1章・アトランタ超大陸

 歪んでいた風景が元に戻る。足がしっかりと地面に着いた。
 目の前にそびえたつ壁は、どこまでも続いているように思えた。

「さあ、着いたわよ」

 アトランタ王国・首都、ローザンビーグ――。
 魔物の襲来に備えているという城壁は、かの英雄が活躍した時代からそのままで、現在もときおり修復を受けながら、首都内部を守り続けている。
 アレンたちがいるのは、首都へ入る門の前だ。ここは関所の役割も担っており、一番人の出入りが多い門だという。

「今回は私がいるからいいけど、次からはしっかりと入国許可証をここでもらってから入るのよ」

 ヘレンの姿を見た関所の役人が、背筋を伸ばして敬礼する。それに軽い会釈で応えたヘレンに続き、アレンとエドナはローザンビーグへと入った。

 一歩踏み込んだそこは、まるで別世界のようだった。
 活気のある城下町は、多くの人々が行き交い、数々の店が軒を連ねる。店は食べ物を売ったり、服を売ったり、あるいは武器や防具、旅をするのに必要な道具を売っていたりと、多種多様だ。

「これが、アトランタ……」
「そう。世界最大の国よ」

 見慣れないものばかりが目に飛び込んでくる。興奮を隠そうともしないアレンに、ヘレンはくすりと笑い、それから二人を促して、商業エリアを抜けた。
 商業エリアを抜けると、そこから先はアカデミーと呼ばれる王立学校が立ち並ぶエリアになる。アカデミーエリアは主に三つに分けられ、剣術学校と魔術学校、そして学術学校がある。
 剣術学校はその名の通り、剣術、槍術など、武術を極める者が集う場所で、月に一度の剣闘大会を勝ち抜いた者だけが、年に一度の世界剣闘大会への出場権を手にするのだという。
 魔術学校は、その名の通り魔術を扱う学校なのだが、前提として魔力を持っている者のみが入学できる。そのため、生徒人数は他の二校に比べるととても少なく、さらに最近は魔法の本場であるカトリスへ留学する者も少なくないため、生徒数は減少傾向にある。
 学術学校は、一般的な学校とそん色ないが、ここに入学する対象となるのは名家や貴族といった身分の高い家柄の子息女である。一般市民は、住居エリアごとにおかれた区立の学術学校へ通っている。
 ヘレンによる説明を聞きながら、二人はアカデミーエリアを通り過ぎた。

 アカデミーエリアを抜けた先は、さらに厳重な警備となっていた。
 堂々とした城門は、絶えず二人の衛兵が目を光らせている。城へ入るには、この城門を通る以外に方法はなく、また城へ入るには入城許可証が必要になる。許可証は誰でも取得できるわけでなく、エリアごとにおかれた区の長、アトランタ王国内に存在する地方の長、そして名家や貴族といった身分の者に限定されている。
 例外として、国家魔術師といった、国が召し抱える者、また王立学校に在籍する生徒の一部は許可証を取得できる。
 さらに、城の周りは水を張った堀で囲まれていて、有事の際には橋を上げ、城に入ることを防ぐことが可能になっていた。
 ヘレンは懐から一つの物を取り出した。それは国家魔術師が肌身離さず持っていなければならないとされる、守護魔術が付与されたペンダントだった。
 衛兵が二人で確認し、道を譲る。ヘレンは二人を労い、それから橋を渡っていく。アレンとエドナもそれに続き、橋を渡り終えた。
 大きな扉を門兵が二人がかりで開ける。その中へと入れば、城内はさらに別世界のようだった。
 天井は首が痛くなるほど高く、全てが大理石と呼ばれるもので出来ていた。木材などどこにも見当たらない。その高い天井からは、何十個、何百個ものランプが垂れ下がっている。ヘレンに尋ねると、あの照明は「シャンデリア」と呼ばれるものらしかった。
 真っ赤な絨毯の上を歩いていくと、その場を歩いている人々が全員、赤い絨毯から外れ、ヘレンに向かって腰を折る。「これが国家魔術師なのか」と、背後を歩いているアレンとエドナは、ただただ驚きを持ってヘレンを見つめていた。

 赤い絨毯は、大階段を上ってさらに回廊を進み、一つの大きな扉に続いていた。そこにはまた衛兵が立っており、ヘレンを見ると敬礼をしてから、扉を開いた。

「国家魔術師、ヘレン。ただ今、アトランタ王国に帰国いたしました」

 大広間に一歩入ったヘレンが、片膝をつき、はるか向こうに座る人物に向かって頭を下げた。それにならい、アレンとエドナも見よう見まねで片膝をついて頭を下げる。

「よくぞ戻った。それに、『名もなき島』からの新たなる使者よ。近う寄れ」
「はっ」

 立ち上がったヘレンが、さらに伸びる赤い絨毯を歩いて進んでいく。厳かな雰囲気が漂う大広間に、完全にアレンとエドナは緊張していた。

「改めて、良く戻った。島の様子はどうであった」
「はい。島に異常はなく、民も皆、日常に変化はございません」
「それはよきかな。……して」

 豪華な椅子にゆったりと腰かける人物が、ヘレンの背後にいるアレンとエドナを捉えた。まっすぐに見据えてくる瞳に、二人が思わず背筋をさらに伸ばすと。

「よくぞ参られた。私はアトランタ国王のアドミニスだ」

 王座から立ち上がった国王のアドミニスが、アレンの前へと歩み寄り、顔を上げるように命令する。
 恐る恐る顔を上げたアレンは、まっすぐにアドミニスに見つめられ、羞恥から顔を下げたくなった。が、それはそれで不敬に当たるのではと思い直し、踏ん張って見つめ返していた。

「……真っ直ぐな目をしている」

 呟いたアドミニスは、続いてエドナの顔も同じように見つめ、満足したようにうなずいた後、王座へと再び腰かけた。
 何だったのかよく分からない二人はお互いに顔を見合わせ、それからアドミニスを見上げた。

「余には多少ばかり、人の本質を見抜く力があってな。お前たちを見せてもらった」
「本質……」
「例えば、アレン」

 教えもしていない自分の名前を呼ばれ、アレンは目を丸くした。そんなアレンを見たアドミニスが、楽しそうに笑う。

「言ったであろう、余は人の本質を見抜くと。本質とはすなわち、お主が何者であるか、ということよ」
「は、はあ」

 いまいち分からない、とでも言いたげな声に、アドミニスはまた笑う。それから笑いを納めると、ひとつ咳払いをしてみせた。

「アレン。お主は、力を欲しておるな」

 核心に触れられたような気がして、アレンの表情が引き締まる。それを肯定と捉えたアドミニスが、ヘレンをちらりと見て、それから再びアレンを見つめた。

「しかしそれは、ただの力ではない。純粋な思いから来るものだ。誰かを守りたいという、強い思いからのな。そのためにお主は、島でその技を磨いてきたのであろう」

 アレンは答えない。けれどアドミニスははっきりと感じ取っていた。目の前の青年から伝わるひたむきな思いを。
 そして、アレンから感じたのは、それ以上の好奇心。それも相当の大きさだ。
 若いとはなんと素晴らしいことか。そして、この青年は、その好奇心に見合うだけの目を持っている。

 こういう人物が現れるのを待っていた。アトランタ国王・アドミニスは、心のうちで歓喜の声を上げるのだった。
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