輝ける金獅子と真紅の薔薇

 昼間際になり、ルーデンヴァール王国の第一王子・ウィリアムが到着した。
 透き通るような銀の髪は後ろでひとつに結えられ、一国の王太子らしく気品に溢れた仕草が目を惹くようだ。
 散々画面越しに見てきたキャラクターが目の前に生ける存在として現れている。立体になるとここまで美形になるんですのね。ライラは平常心を保つべく、余計なことを考えることにした。
「サンストリア王国の若き金獅子・オスカー王太子殿下、並びに王国の薔薇ロイヤルローズ・ライラ王太子妃殿下へ、ルーデンヴァール王国第一王子ウィリアム・ルーデンヴァールがご挨拶申し上げます」
 右手を胸に当てて王族の最敬礼を見せたウィリアムへ、オスカーも同様に王族の礼を見せる。ライラも最上のカーテシーで応えた。
 オスカーとウィリアムの視線が絡み、ウィリアムの微笑みが深くなる。どうやら無事に二人はウィリアムのお眼鏡にかなったらしい。
「遠路はるばる、ようこそサンストリア王国へ参られました。我々王国民一同、貴殿を歓迎致します。どうか我が国での学びが、実りあるものとなるよう祈っています」
「ありがとうございます。サンストリア王国とは、古くより友好国として大変良くして頂きました。私の留学も快く受け入れていただいたこと、感謝申し上げます」
 そうして今度は、ウィリアムとライラの視線が絡む。ライラと同じ、真っ赤な瞳。なんだ、とライラは笑いたくなった。
 フィニストリア公爵家に生まれた人間の瞳の色が赤いのは、ルーデンヴァール王家から受け継いだものだっただけなのだ。なにが呪われた血か。何も呪われてなどいなかったのに。
「王太子妃殿下は、フィニストリア公爵家のお生まれとのこと。フィニストリア公爵家と我がルーデンヴァール王家は、先祖を辿れば婚姻関係にあります。どうぞこれからも、我が国との関係が続くよう願っています」
「二百年前の戦役では、我が先祖の窮地をルーデンヴァール王国に助けて頂きました。その日以来続いてきた良い関係を、今後とも続けてまいりたく存じますわ」
 にっこりと微笑んだウィリアムが視界で誰かを探した。おそらくエミリアが出席していないのを訝しんだのだろう。彼女の侍女が言うには、彼女は体調が思わしくないらしく、この挨拶の時間は欠席すると連絡があったのだ。
 それには触れず、オスカーが昼食会への案内を申し出る。ウィリアムも何も問わず、素直にオスカーと共に謁見の間を出ることにしたようだ。
 向かう途中、オスカーが側近に何かを指示した。気にはなったが何かを問うことはせず、昼食会場である広間へと向かう。そうして広間の扉を開くと、その席にはエミリア王女が座っていた。
 エミリアはウィリアムを目にするや否や椅子から立ち上がり、そうして目の前で立派なカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。サンストリア王国王女、エミリアと申します」
「ルーデンヴァール王国第一王子ウィリアムです。エミリア王女にお会いできて光栄です。先日までカスティーナ帝国にご留学されておられたとお伺いしました。ぜひその時のお話をお聞かせください」
 エミリアとウィリアムはひとつ違いだ。学院での学年は同じだが、エミリアは飛び級で進学する。そのため、学院でのクラスも同じクラスになるだろう。
 昼食会は終始和やかな雰囲気で進んだ。エミリアも思うところがあったのか、王族として隣国への敬意を見せる振る舞いが出来ている。やれば出来る子じゃありませんの。ライラは食後の紅茶を飲みながら口元の微笑を深くした。
 午後からは市街地の視察が待っている。この視察にはエミリアは同行しない。エミリアの出席は国賓挨拶と昼食会だけだ。
「エミリア王女殿下、体調はもう宜しいのですか?」
「急に体調が悪くなったと聞いたから心配したんだ。昼食会だけでも顔を出してくれて良かったよ」
「ありがとう、お兄様。私も王族ですもの、それに相応しい行動をとろうと思ったの」
 エミリアはまだ十四歳。賢いとはいえ、まだまだ大人に混じって公務にあたるには未熟な子供だ。だからといって除け者にもしない。エミリアが出来る範囲で、彼女にも王族としての務めを果たしてもらう。
 オスカーの考えには、エミリアへの期待が込められている。昼食会だけでも出席したのは、その期待に応えたかったためだ。
「……私、立派な王族になるわ。いつかあなたに並び立てるように」
「王女殿下……」
「だから……その、お願いがあるの、だけど」
「はい」
 もじもじと指を絡ませたエミリアが、頬を赤らめながらライラを見上げる。微笑んだまま小首を傾げると、エミリアが小さな声で言った。
「あなたのこと、お姉様とお呼びしても、いいかしら……」
「えッ」
 前世の人間の素が出た。リリーが王太子妃でない以上、リリーがお姉様と呼ばれることはないし、まさかライラが呼ばれることもないだろうと思っていたのだ。それがまさか、ここに来て、
「や、やっぱり駄目かしら、そうよね、私はフィニストリア公爵家に対して酷いことを言ってきたから――」
「いいえ! 嬉しく思いますわ! ちょっと感動してしまって! わたくし公爵家では末っ子ですし、学院でもほら、フィニストリアの娘を慕うご令嬢など、いらっしゃるはずもなかったでしょう? ですからあの、思った以上に萌、いや尊……じゃなくて嬉しいんですの!」
 うっかり萌えとか尊いとかいうフレーズを口走りかけた。前世の人間の記憶に引きずられすぎて、ワードセンスがオタクになってしまいそうだ。脳内でその記憶を隅に追いやって、ライラはエミリアへ右手を差し出した。
 握手のつもりで差し出した手をじっと見つめたエミリアは、しかしその手を両手で恭しく持ち上げると、腰を折ってライラの右手の甲にキスをしたのだ。
 それはこの国の貴族が見せる、王家への忠誠を誓う仕草。それを王族のエミリアがライラへやったということは。
「ありがとう、ライラお姉様。お姉様とお兄様の末永いお幸せと、この国の未来が栄えあるものになることを祈っていますわ」
「王女殿下……!」
「どうかエミリアと呼んでくださらないかしら? 私はお姉様の妹よ」
「エミリア!!」
 感極まってライラはエミリアを抱き締めた。それはもうがっしりと。そもそもライラは末っ子とはいえ、上二人があんな調子だったおかげでかなりまともな感性を持った人間に育っている。
 貴族の末っ子と言えば、上に甘やかされて我儘放題になるタイプが多いのが通常で――それもどうかと思うのだが、この例に当てはまる令嬢令息が多いのだ――エミリアもどちらかと言えばそのタイプだ。
 その点、ライラはサンブラ作中唯一のツッコミ役ということもあり、我儘を言う前にツッコミを入れなくてはならなくなっている。本当にそれもどうかと思うのだが。
「お姉様とお兄様は、午後からウィリアム王子とご一緒に市街地の視察に向かわれるのよね?」
「うん、その予定だね。エミリアは王宮で留守を預かってくれる?」
「王族が総出で出掛けるのは、あまり宜しくないと思うんですの。警備の手も回らない可能性がありますし、何より王宮に王族が一人もいないのは、それはそれで気掛かりですわ」
「承知しておりますわ。ウィリアム王子に宜しくお伝えくださいな」
 棘が無くなれば愛嬌さえ感じる子だ。さすがサンスタ人気投票で上位に食い込む悪役令嬢である。サンブラに続きサンスタも悪役令嬢の人気が高いのだが、サンブラとの違いは悪役令嬢と和解する友情エンドが用意されている事だ。
 前作のサンブラで悪役令嬢を務めたライラに一切の救済が無かったことに対して、それはもうユーザーから嘆願の嵐が寄せられたそうであるので、エミリアには最初から(隠しルートにはなるが)救済措置が用意されているのだ。
 ちなみにライラには何も用意されなかった。ファンディスクが発売されてもライラは救済無しである。脚本家はライラが嫌いなのでは? という疑惑がファンの間で通説となるくらいには、ライラはどこまでもドン底に突き落とされそのままだった。
 ちなみに某創作サイトで当時ジャンル王道カップリングとされたのが、オスカーとライラのカップリングだったのも伝説だったりするが、全てはライラに救済が何一つなかったせいである。
1/4ページ
スキ