サンストリアの輝ける華
朝日に照らされたベッドで、ライラ・サンストリア王太子妃は目を覚ました。
起き上がって背伸びをし、窓を開ける。朝の気配と共に吹き込んだ風は爽やかだ。どこからともなく小鳥の鳴き声が響き、空は雲ひとつない青空。まさに快晴だ。
「天気が良いわね」
「はい、お嬢様」
「ひゃぁああ!?」
返ってくるはずのない相槌が真後ろから聞こえ、ライラは文字通り飛び上がった。
背後にはライラの侍女であるカトレアが立っていて、いつものキリッとした表情が何かを堪えるように歪になっている。
「カトレア! いつからそこに? というかノックとかそういうものはないのかしら!?」
「ノックは致しましたし、お声もお掛けしました。それでもお返事がございませんでしたので、まだご就寝中かと思い入室しましたら、空を見て『天気が良いわね』とおっしゃいましたので、お答えした次第です」
「状況の説明をありがとう! おかげで睡魔も全て吹き飛びましたわ!! 朝からとんだサプライズをご用意してくださいましたこと!!」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてませんのよ!!」
いつまで経ってもこれである。こんなふうに主人で遊ぶくせに、ライラのこととなるとすぐに感情のリミッターがぶっ壊れるのだから、温度差でいつか風邪を引きそうだ。
鏡台の椅子に座り、身支度を整えてもらいながら、ライラはふとここ数年のことを思い返した。
卒業パーティ前夜に前世の記憶が蘇ってから数年、ライラの周囲は驚く程に激変した。なにせあの『悪役令嬢』が王太子妃になる前代未聞のエンディングだ。こればかりは全ルート粉砕に心血を注いだリリーに感謝するばかりである。
リリーも前世の記憶を持っているなら、推しのルートに突き進めば良かったのに。そんな私欲よりもライラを助けたいという願いの方が強かったのだ、さすが全キャラ人気投票ぶっちぎり一位の悪役令嬢。ライラの前世の人間も、リリーに転生していたら間違いなくライラを助けるべく動いただろう。
そう思わせるだけの何かが、ライラにはあるらしい。数年を経てもその魅力が何かは分からなかったが、今もライラはあの頃と変わらず、全員のボケをひとつ残らず拾い続けている。……このツッコミスキルが愛される魅力ではないことだけを願うばかりだが。
「髪がまた伸びましたね」
「手入れが大変ではない? 少し切っても宜しいのよ」
「切りません。整えるだけにしてくださいませ」
「そうは言うけれど、やはり大変ですわよね?」
「いいえまったくこれっぽっちも大変だなどとは思いません。むしろお嬢様の髪を切るなど、私の髪が禿げるよりショックが大きいです」
「それはさすがに貴女の髪が禿げる方がショックが大きいのではなくて!?」
「お嬢様のことの前では私の事など些事です。お気になさらず」
「貴女の髪が禿げるのは些事ではありませんわよ!? 極端すぎますのよ! もっとこう、中間地点がないかしら!!」
「ご安心ください。禿げてもカツラを被れば良いだけなので」
「一度、貴女の髪が禿げる例えから離れていただけますこと!?」
まさか自分の髪が禿げるより、主人の髪をたかだか数センチ切ることのほうがショックが大きいとは。カトレアに限ったことではないが、ライラの周囲にいる者達は全員こうなのだ。
もしライラが数センチ髪を切ったら、ジョセフはショックで心肺停止になるかもしれない。スタイリングにかかる時間が日を追う事に長くなっていくので、数年前の長さまで切ってしまいたいのに。
「本日はどのように致しましょう?」
「カトレアにお任せしますわ」
「お嬢様のお好みはございませんか?」
「特にありませんわね。カトレアのセンスを信頼しておりますもの、あなたに任せれば間違いないでしょう?」
「過分な評価、恐れ入ります」
そう言いつつもカトレアの手は迷うことなくライラの髪に編み込みを施していく。それでもライラのトレードマークであるストレートヘアーは、今日も綺麗に伸ばされたままだ。結い上げずに下ろした状態で一部分だけを編み込むヘアスタイルを選ぶあたり、カトレアもライラのストレートヘアーが好みらしい。
ドレスに着替えて私室を出ると、上階から降りてきたところらしいオスカーと鉢合わせた。ライラが声を掛ける前に、オスカーの表情が甘く和らいだ。
「おはよう、ライラ」
「おはようございます、オスカー様」
「今日も僕の赤薔薇は綺麗だね。見蕩れてしまうよ」
「勿体ないお言葉ですわ。オスカー様もこれから朝食ですの?」
「うん。今日はいつもよりゆっくり起こしてもらったからね。たまにはライラと一緒に朝食を取るのもいいなと思って」
自然な流れで差し出された右手をとる。そうして食堂へと向かおうとした二人の元へ、オスカーの侍従が慌てたようにやってきた。
ただならぬ様子にオスカーとライラの表情が引き締まる。今までの柔らかい雰囲気は一瞬で緊迫したものへ様変わりした。
「未来の金獅子オスカー王太子殿下、並びに王国の薔薇 ライラ王太子妃殿下にご挨拶申し上げます」
「何があったんだい」
「エミリア王女殿下が、留学先のカスティーナ帝国からご帰国なさいました!」
「……なんだって?」
懐疑的に眉をひそめたオスカーの隣で、真剣な表情を保ちながら、ライラは頭を抱えたくなった。
忘れていた。それはもう綺麗さっぱり忘れていた。サンストリア王国王女、オスカーの実妹――エミリア・サンストリア王女の存在を。
なにせ彼女は続編に登場するキャラクターなのだ。サンブラの続編、『サンストリアの輝ける星 』――通称サンスタは、これまた神スチルと神シナリオで軒並み高評価。メインとなるキャラクターこそ一新されたものの、舞台は同じくサンストリア王国の王立学院。
ヒロインは斜陽伯爵家出身の設定だった前作と違い、しっかりと基盤も財力もある侯爵家の令嬢だ。ただしヒロインは三人姉妹の末っ子で、おまけに侯爵の婚外子である。
女手ひとつで育ててくれた平民の母親を病で失ったヒロインは侯爵家へ入ることとなるが、出自を理由に侯爵家内で冷遇されてしまう。
学院へ入学してもそれは変わらず、他の生徒からは蔑まれ、白い目で見られ、同情され――とろくな目にあってない。そんな折、ヒロインはたまたま学院内で一枚のハンカチを拾う。それはなんと隣国ルーデンヴァール王国から留学中の第一王子ウィリアムのものだった。
というところから本編は始まるのだが、このサンスタの悪役令嬢としてヒロインの前に立ちはだかるのが、王女エミリアなのである。ちなみにヒロインの名前はデフォルト名ならばアイリスだ。
そこまで思い出してライラはため息をつきたくなった。いる。アイリスの名を持つ侯爵令嬢に覚えがある。
サンストリア王国第一侯爵家のキャロライン家だ。ちょうど今年、学院に入学する年頃のはず。そしてエミリアが帰国したということは、彼女も学院へ編入するだろう。
大丈夫かしら。ライラは学院の行く末を憂いた。サンスタのキャラクターはサンブラと違い、ツッコミ役が二名ほどいる。ライラのように延々とボケを一人で拾い続けることにはならないのが救いだが、悪役令嬢役のエミリアはツッコミなのだ。そしてアイリスはというと安定のボケ役。ちなみにもう一人のツッコミ役はヒロインの友人であるジャスミン伯爵令嬢だ。
裏を返せば、サンスタも攻略対象キャラクターは総じてボケなのだが、エミリアよりもジャスミンが先にツッコミを入れてくれるため、ジャスミンとアイリスが行動を共にする時は、エミリアもそこまでツッコミ役としてのスキルを使うことは無かった。
という無駄な情報はさておき、ライラが危惧しているのは続編のことではない。この状況そのものだ。
サンスタ時空では、オスカーは前作にあたるサンブラのヒロインことリリーと結ばれている。帰国したてのエミリアもリリーの優しさに惹かれ、すぐに懐いて「リリー姉様」と慕っていた。
……はたしてライラのことをエミリアが「ライラ姉様」と呼ぶだろうか。間違いなく一瞬で嫌われる自信がある。なにせこちらはフィニストリア家の出身。留学のために国を空けていた王女にとって、ライラ・フィニストリアは未だに血濡れの薔薇 なのだ。
そのような不吉な家の人間が、神聖なる金獅子の一族になるなど言語道断――と言われかねないのは、悲しいかな事実である。
「あの子の帰国は来年のはずでは?」
「それが、留学先の帝国学園中等部を、飛び級でご卒業なさったとかで……」
「まあ……! やはりエミリア王女殿下は、オスカー様と同じく優秀なお方でございますのね」
「そうだね。彼女の頭脳が優秀であるのは、僕も太鼓判を押しておこう。はあ……留学中に、少しでも傲慢な性格が治っていればいいのだけどね」
「傲慢……ですの? 留学なさる前にお会い致しました時は、明るく活発で聡明なお方だと思いましたけれど」
「……言い方が悪いけれど、外面がいいんだ。裏では貴族達を低脳な凡愚共だと見下して、鼻で笑っている。特にフィニストリア家のことは酷い言い様でね……。君の気分を酷く害してしまうかもしれない。会うのはやめておくかい?」
やはりそうか。特段驚くこともなく、ライラは素直に納得した。オスカーが心配するほど、ライラの精神はヤワではない。なにせフィニストリア公爵家は、根も葉もない悪評を浴びながらも、第二王家として貴族界の頂点に君臨し続ける家だ。多少の罵倒など、ライラの堪忍袋の緒を切るほどではないだろう。
「いいえ、わたくしにとっては未来の妹となるお方ですもの。ご挨拶するべきではございませんこと?」
「……あまりにも酷いことを言うようなら、私があの子をちゃんと叱るから、安心してくれ」
「ええ。よろしくお願い致しますわ」
食堂へ向かいながら、ライラは久々のピリッとしたら感覚に心を疼かせた。さあ来い、続編の悪役令嬢。初代悪役令嬢として、格の違いを見せつけるときだ。
ちなみに食堂で合流したリリーにエミリアのことを伝えると、目に見えて顔を輝かせたため、彼女の前世の人間もサンスタは履修済みだったようである。
起き上がって背伸びをし、窓を開ける。朝の気配と共に吹き込んだ風は爽やかだ。どこからともなく小鳥の鳴き声が響き、空は雲ひとつない青空。まさに快晴だ。
「天気が良いわね」
「はい、お嬢様」
「ひゃぁああ!?」
返ってくるはずのない相槌が真後ろから聞こえ、ライラは文字通り飛び上がった。
背後にはライラの侍女であるカトレアが立っていて、いつものキリッとした表情が何かを堪えるように歪になっている。
「カトレア! いつからそこに? というかノックとかそういうものはないのかしら!?」
「ノックは致しましたし、お声もお掛けしました。それでもお返事がございませんでしたので、まだご就寝中かと思い入室しましたら、空を見て『天気が良いわね』とおっしゃいましたので、お答えした次第です」
「状況の説明をありがとう! おかげで睡魔も全て吹き飛びましたわ!! 朝からとんだサプライズをご用意してくださいましたこと!!」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてませんのよ!!」
いつまで経ってもこれである。こんなふうに主人で遊ぶくせに、ライラのこととなるとすぐに感情のリミッターがぶっ壊れるのだから、温度差でいつか風邪を引きそうだ。
鏡台の椅子に座り、身支度を整えてもらいながら、ライラはふとここ数年のことを思い返した。
卒業パーティ前夜に前世の記憶が蘇ってから数年、ライラの周囲は驚く程に激変した。なにせあの『悪役令嬢』が王太子妃になる前代未聞のエンディングだ。こればかりは全ルート粉砕に心血を注いだリリーに感謝するばかりである。
リリーも前世の記憶を持っているなら、推しのルートに突き進めば良かったのに。そんな私欲よりもライラを助けたいという願いの方が強かったのだ、さすが全キャラ人気投票ぶっちぎり一位の悪役令嬢。ライラの前世の人間も、リリーに転生していたら間違いなくライラを助けるべく動いただろう。
そう思わせるだけの何かが、ライラにはあるらしい。数年を経てもその魅力が何かは分からなかったが、今もライラはあの頃と変わらず、全員のボケをひとつ残らず拾い続けている。……このツッコミスキルが愛される魅力ではないことだけを願うばかりだが。
「髪がまた伸びましたね」
「手入れが大変ではない? 少し切っても宜しいのよ」
「切りません。整えるだけにしてくださいませ」
「そうは言うけれど、やはり大変ですわよね?」
「いいえまったくこれっぽっちも大変だなどとは思いません。むしろお嬢様の髪を切るなど、私の髪が禿げるよりショックが大きいです」
「それはさすがに貴女の髪が禿げる方がショックが大きいのではなくて!?」
「お嬢様のことの前では私の事など些事です。お気になさらず」
「貴女の髪が禿げるのは些事ではありませんわよ!? 極端すぎますのよ! もっとこう、中間地点がないかしら!!」
「ご安心ください。禿げてもカツラを被れば良いだけなので」
「一度、貴女の髪が禿げる例えから離れていただけますこと!?」
まさか自分の髪が禿げるより、主人の髪をたかだか数センチ切ることのほうがショックが大きいとは。カトレアに限ったことではないが、ライラの周囲にいる者達は全員こうなのだ。
もしライラが数センチ髪を切ったら、ジョセフはショックで心肺停止になるかもしれない。スタイリングにかかる時間が日を追う事に長くなっていくので、数年前の長さまで切ってしまいたいのに。
「本日はどのように致しましょう?」
「カトレアにお任せしますわ」
「お嬢様のお好みはございませんか?」
「特にありませんわね。カトレアのセンスを信頼しておりますもの、あなたに任せれば間違いないでしょう?」
「過分な評価、恐れ入ります」
そう言いつつもカトレアの手は迷うことなくライラの髪に編み込みを施していく。それでもライラのトレードマークであるストレートヘアーは、今日も綺麗に伸ばされたままだ。結い上げずに下ろした状態で一部分だけを編み込むヘアスタイルを選ぶあたり、カトレアもライラのストレートヘアーが好みらしい。
ドレスに着替えて私室を出ると、上階から降りてきたところらしいオスカーと鉢合わせた。ライラが声を掛ける前に、オスカーの表情が甘く和らいだ。
「おはよう、ライラ」
「おはようございます、オスカー様」
「今日も僕の赤薔薇は綺麗だね。見蕩れてしまうよ」
「勿体ないお言葉ですわ。オスカー様もこれから朝食ですの?」
「うん。今日はいつもよりゆっくり起こしてもらったからね。たまにはライラと一緒に朝食を取るのもいいなと思って」
自然な流れで差し出された右手をとる。そうして食堂へと向かおうとした二人の元へ、オスカーの侍従が慌てたようにやってきた。
ただならぬ様子にオスカーとライラの表情が引き締まる。今までの柔らかい雰囲気は一瞬で緊迫したものへ様変わりした。
「未来の金獅子オスカー王太子殿下、並びに
「何があったんだい」
「エミリア王女殿下が、留学先のカスティーナ帝国からご帰国なさいました!」
「……なんだって?」
懐疑的に眉をひそめたオスカーの隣で、真剣な表情を保ちながら、ライラは頭を抱えたくなった。
忘れていた。それはもう綺麗さっぱり忘れていた。サンストリア王国王女、オスカーの実妹――エミリア・サンストリア王女の存在を。
なにせ彼女は続編に登場するキャラクターなのだ。サンブラの続編、『サンストリアの
ヒロインは斜陽伯爵家出身の設定だった前作と違い、しっかりと基盤も財力もある侯爵家の令嬢だ。ただしヒロインは三人姉妹の末っ子で、おまけに侯爵の婚外子である。
女手ひとつで育ててくれた平民の母親を病で失ったヒロインは侯爵家へ入ることとなるが、出自を理由に侯爵家内で冷遇されてしまう。
学院へ入学してもそれは変わらず、他の生徒からは蔑まれ、白い目で見られ、同情され――とろくな目にあってない。そんな折、ヒロインはたまたま学院内で一枚のハンカチを拾う。それはなんと隣国ルーデンヴァール王国から留学中の第一王子ウィリアムのものだった。
というところから本編は始まるのだが、このサンスタの悪役令嬢としてヒロインの前に立ちはだかるのが、王女エミリアなのである。ちなみにヒロインの名前はデフォルト名ならばアイリスだ。
そこまで思い出してライラはため息をつきたくなった。いる。アイリスの名を持つ侯爵令嬢に覚えがある。
サンストリア王国第一侯爵家のキャロライン家だ。ちょうど今年、学院に入学する年頃のはず。そしてエミリアが帰国したということは、彼女も学院へ編入するだろう。
大丈夫かしら。ライラは学院の行く末を憂いた。サンスタのキャラクターはサンブラと違い、ツッコミ役が二名ほどいる。ライラのように延々とボケを一人で拾い続けることにはならないのが救いだが、悪役令嬢役のエミリアはツッコミなのだ。そしてアイリスはというと安定のボケ役。ちなみにもう一人のツッコミ役はヒロインの友人であるジャスミン伯爵令嬢だ。
裏を返せば、サンスタも攻略対象キャラクターは総じてボケなのだが、エミリアよりもジャスミンが先にツッコミを入れてくれるため、ジャスミンとアイリスが行動を共にする時は、エミリアもそこまでツッコミ役としてのスキルを使うことは無かった。
という無駄な情報はさておき、ライラが危惧しているのは続編のことではない。この状況そのものだ。
サンスタ時空では、オスカーは前作にあたるサンブラのヒロインことリリーと結ばれている。帰国したてのエミリアもリリーの優しさに惹かれ、すぐに懐いて「リリー姉様」と慕っていた。
……はたしてライラのことをエミリアが「ライラ姉様」と呼ぶだろうか。間違いなく一瞬で嫌われる自信がある。なにせこちらはフィニストリア家の出身。留学のために国を空けていた王女にとって、ライラ・フィニストリアは未だに
そのような不吉な家の人間が、神聖なる金獅子の一族になるなど言語道断――と言われかねないのは、悲しいかな事実である。
「あの子の帰国は来年のはずでは?」
「それが、留学先の帝国学園中等部を、飛び級でご卒業なさったとかで……」
「まあ……! やはりエミリア王女殿下は、オスカー様と同じく優秀なお方でございますのね」
「そうだね。彼女の頭脳が優秀であるのは、僕も太鼓判を押しておこう。はあ……留学中に、少しでも傲慢な性格が治っていればいいのだけどね」
「傲慢……ですの? 留学なさる前にお会い致しました時は、明るく活発で聡明なお方だと思いましたけれど」
「……言い方が悪いけれど、外面がいいんだ。裏では貴族達を低脳な凡愚共だと見下して、鼻で笑っている。特にフィニストリア家のことは酷い言い様でね……。君の気分を酷く害してしまうかもしれない。会うのはやめておくかい?」
やはりそうか。特段驚くこともなく、ライラは素直に納得した。オスカーが心配するほど、ライラの精神はヤワではない。なにせフィニストリア公爵家は、根も葉もない悪評を浴びながらも、第二王家として貴族界の頂点に君臨し続ける家だ。多少の罵倒など、ライラの堪忍袋の緒を切るほどではないだろう。
「いいえ、わたくしにとっては未来の妹となるお方ですもの。ご挨拶するべきではございませんこと?」
「……あまりにも酷いことを言うようなら、私があの子をちゃんと叱るから、安心してくれ」
「ええ。よろしくお願い致しますわ」
食堂へ向かいながら、ライラは久々のピリッとしたら感覚に心を疼かせた。さあ来い、続編の悪役令嬢。初代悪役令嬢として、格の違いを見せつけるときだ。
ちなみに食堂で合流したリリーにエミリアのことを伝えると、目に見えて顔を輝かせたため、彼女の前世の人間もサンスタは履修済みだったようである。