高貴なる薔薇
公爵家の令嬢が王太子の婚約者として王城へ移り住んで、早くも三ヶ月。
「わぁぁぁ……!!」
王宮の王太子妃の私室、その衣装部屋に、王太子妃専属女官リリー・ブライアンの感嘆の声が広がった。
彼女の目の前には、純白のドレスを身にまとった王太子妃――ライラ・フィニストリアが立っている。スラリとした手足、ふくよかな胸、引き締まった細いくびれ。肌の白さと純白のドレスを引き立たせる、ワインレッドのロングストレートヘアと、ルビーのように真っ赤な瞳。
「お綺麗です、ライラ様……!」
「……ありがとうリリー。もうそのセリフ、十度目ですわよ」
いつもならキレのあるツッコミが飛んでくるライラも、さすがに今は疲労が濃いらしい。無理もない、このドレスの採寸が始まって優に二時間は経っているのだ。
その間、ライラは常に立ちっぱなし。背を伸ばして前を向き、微動だにせずそれでも微笑みを浮かべている様は、さすが公爵令嬢というべきか、王妃教育を生き抜いた賜物というべきか。
「レースの仮縫いが終わりましたら、休憩となりますわ」
「分かりましたわ。わたくしは大丈夫ですから、お気になさらないで」
淑女の微笑みがそう告げて前を向く。しかしリリーは気付いていた。ライラの疲労が限界を迎え始めていると。だからといってここで作業を止めてしまうと、ドレスの仕上がりにも問題が出てきてしまうのだろう。
リリーが実家のブライアン伯爵邸で着用していた普段着は、オーダーメイドで作る余裕がないため、既製品しか購入出来なかった。そういった時はリボンの位置がずれていたり、レースがちょっとだけ斜めになっていたものだが、着られるだけありがたいものだった。
だがライラの着るものは、既製品など絶対に許されない。恐らく公爵家にいた頃からそうなのだろう、採寸の時間の長さに文句も言わないあたり、慣れていると思われる。
「お待たせ致しました、どうぞお寛ぎくださいませ」
「ドレスは一度脱いでいただきます。室内着をお召しになられてくださいませ」
「ええ、ありがとう……」
カトレアが針子らと共にライラを着替えさせていく。ようやくソファに腰を落ち着けたライラは、形のいい唇から溜息を零した。赤く紅を引いた唇がリリーへ向けられる。
「ライラ様?」
「リリーも疲れたのではなくて?」
「私は平気です。こうやってここで見守るのが仕事ですから」
「嘘なんてつかなくてもよろしいのよ。立っているだけのわたくしだって疲れたんですもの、リリーだってお疲れのはずですわ。あとは軽い手直しくらいでしょうから、リリー、お昼の休憩に入りなさい」
「し、しかし……」
「わたくしは大丈夫ですわ。休める時は素直に休んでおくものですわよ。不調は常に突然やって来るのですから」
「リリー様、あとは私にお任せください」
カトレアにもそう言われ、リリーは大人しく休憩に向かうことにした。午後からは王太子妃の職務についての書類整理がある。休ませてもらえるのならありがたい。
失礼します、とリリーが部屋を出ていくのを見送り、ライラはティーカップを持ち上げた。本当ならば深く腰かけてしまいたいが、お針子と弟子たちの手前、それは許されない。
「ライラ様」
「なあに?」
カトレアの手がライラの肩に触れる。そうして、背もたれへと押しやられた。期せずして深く腰かける形になってしまい、思わず瞳を瞬かせると、カトレアが小さく微笑んだのだ。
「カトレア?」
「完璧な淑女たらんとする御心は理解しております。が、今はお身体を少しでもお休めになられませ」
「……駄目ですわよ、お針子達が」
「申し訳ございません。ライラ様がまだお疲れのようですので、休憩の時間を伸ばさせていただきます」
「カトレア!?」
王太子妃の一日のスケジュールは決められている。ここで採寸の時間が伸びたら、次の時間に影響が出るはずだ。むしろ早く採寸を終わらせて、少しでも自室でゆっくりしたい。
「だ、大丈夫ですわ! 休めましたもの、予定通り行ってくださいまし」
「ライラ様。ご無理をなさるところではございません。ウェディングドレスの採寸は終わりましたから、その後のパーティーで着用するドレスの採寸はまた後日に致しましょう」
「それではお針子達のお仕事も遅れてしまいますわ。結婚式まであまり余裕もないのでしょう? わたくしなら頑張れますわ、ご心配なさらなずとも宜しくてよ」
ティーカップの中身を飲み干してソーサラーへと戻し、ライラは立ち上がった。元よりこの疲労は覚悟していたものだ。ライラの我儘で全体の工程に支障が出てはいけない。明日は足がむくんでしまうだろうけれど、カトレアのマッサージで多少どうにかなるはずだ。
申し訳なさそうに顔を見合わせるお針子とその弟子たちへ「構いませんのよ」と微笑み、ライラは室内着を脱いだ。言いたげなカトレアの視線からは逃げ、パーティー用のドレスの採寸に移る。
今日は疲労で熟睡しそうですわね。心の中で苦笑して、ライラは不意にやってきたコルセットの締め付けに「うっ」と声を漏らした。
「わぁぁぁ……!!」
王宮の王太子妃の私室、その衣装部屋に、王太子妃専属女官リリー・ブライアンの感嘆の声が広がった。
彼女の目の前には、純白のドレスを身にまとった王太子妃――ライラ・フィニストリアが立っている。スラリとした手足、ふくよかな胸、引き締まった細いくびれ。肌の白さと純白のドレスを引き立たせる、ワインレッドのロングストレートヘアと、ルビーのように真っ赤な瞳。
「お綺麗です、ライラ様……!」
「……ありがとうリリー。もうそのセリフ、十度目ですわよ」
いつもならキレのあるツッコミが飛んでくるライラも、さすがに今は疲労が濃いらしい。無理もない、このドレスの採寸が始まって優に二時間は経っているのだ。
その間、ライラは常に立ちっぱなし。背を伸ばして前を向き、微動だにせずそれでも微笑みを浮かべている様は、さすが公爵令嬢というべきか、王妃教育を生き抜いた賜物というべきか。
「レースの仮縫いが終わりましたら、休憩となりますわ」
「分かりましたわ。わたくしは大丈夫ですから、お気になさらないで」
淑女の微笑みがそう告げて前を向く。しかしリリーは気付いていた。ライラの疲労が限界を迎え始めていると。だからといってここで作業を止めてしまうと、ドレスの仕上がりにも問題が出てきてしまうのだろう。
リリーが実家のブライアン伯爵邸で着用していた普段着は、オーダーメイドで作る余裕がないため、既製品しか購入出来なかった。そういった時はリボンの位置がずれていたり、レースがちょっとだけ斜めになっていたものだが、着られるだけありがたいものだった。
だがライラの着るものは、既製品など絶対に許されない。恐らく公爵家にいた頃からそうなのだろう、採寸の時間の長さに文句も言わないあたり、慣れていると思われる。
「お待たせ致しました、どうぞお寛ぎくださいませ」
「ドレスは一度脱いでいただきます。室内着をお召しになられてくださいませ」
「ええ、ありがとう……」
カトレアが針子らと共にライラを着替えさせていく。ようやくソファに腰を落ち着けたライラは、形のいい唇から溜息を零した。赤く紅を引いた唇がリリーへ向けられる。
「ライラ様?」
「リリーも疲れたのではなくて?」
「私は平気です。こうやってここで見守るのが仕事ですから」
「嘘なんてつかなくてもよろしいのよ。立っているだけのわたくしだって疲れたんですもの、リリーだってお疲れのはずですわ。あとは軽い手直しくらいでしょうから、リリー、お昼の休憩に入りなさい」
「し、しかし……」
「わたくしは大丈夫ですわ。休める時は素直に休んでおくものですわよ。不調は常に突然やって来るのですから」
「リリー様、あとは私にお任せください」
カトレアにもそう言われ、リリーは大人しく休憩に向かうことにした。午後からは王太子妃の職務についての書類整理がある。休ませてもらえるのならありがたい。
失礼します、とリリーが部屋を出ていくのを見送り、ライラはティーカップを持ち上げた。本当ならば深く腰かけてしまいたいが、お針子と弟子たちの手前、それは許されない。
「ライラ様」
「なあに?」
カトレアの手がライラの肩に触れる。そうして、背もたれへと押しやられた。期せずして深く腰かける形になってしまい、思わず瞳を瞬かせると、カトレアが小さく微笑んだのだ。
「カトレア?」
「完璧な淑女たらんとする御心は理解しております。が、今はお身体を少しでもお休めになられませ」
「……駄目ですわよ、お針子達が」
「申し訳ございません。ライラ様がまだお疲れのようですので、休憩の時間を伸ばさせていただきます」
「カトレア!?」
王太子妃の一日のスケジュールは決められている。ここで採寸の時間が伸びたら、次の時間に影響が出るはずだ。むしろ早く採寸を終わらせて、少しでも自室でゆっくりしたい。
「だ、大丈夫ですわ! 休めましたもの、予定通り行ってくださいまし」
「ライラ様。ご無理をなさるところではございません。ウェディングドレスの採寸は終わりましたから、その後のパーティーで着用するドレスの採寸はまた後日に致しましょう」
「それではお針子達のお仕事も遅れてしまいますわ。結婚式まであまり余裕もないのでしょう? わたくしなら頑張れますわ、ご心配なさらなずとも宜しくてよ」
ティーカップの中身を飲み干してソーサラーへと戻し、ライラは立ち上がった。元よりこの疲労は覚悟していたものだ。ライラの我儘で全体の工程に支障が出てはいけない。明日は足がむくんでしまうだろうけれど、カトレアのマッサージで多少どうにかなるはずだ。
申し訳なさそうに顔を見合わせるお針子とその弟子たちへ「構いませんのよ」と微笑み、ライラは室内着を脱いだ。言いたげなカトレアの視線からは逃げ、パーティー用のドレスの採寸に移る。
今日は疲労で熟睡しそうですわね。心の中で苦笑して、ライラは不意にやってきたコルセットの締め付けに「うっ」と声を漏らした。