純真なる白百合
白百合を掲げるブライアン伯爵家の長女、リリー・ブライアンには、誰にも知られてはならない秘密があった。それは――。
「はぁ……!! 今日もフィニストリアの赤薔薇ちゃまが美しい……!! 私の最推し、女神すぎ……」
――それは、真紅の薔薇を掲げる血塗られた公爵家の令嬢、血濡れの薔薇 の名を持つライラ・フィニストリアが最推しであることだ。
最推し。この国の貴族であるならばまず使わないような言葉をなぜリリーが知っているのか。それは――リリー・ブライアンが、異世界転生者であるからだ。
物心ついた時から、リリーは時折脳裏を過ぎる不可思議な光景に悩まされてきた。明らかにこのサンストリア王国ではない国。文化も文明も、人々の容姿も、乗っているものも何もかもが違う。そうしてサンストリア学院へ入学する前日、リリーは全てを『思い出した』のだ。
道路へ飛び出た五歳くらいの小さな男の子を助けて、乗用車に轢かれて死んだこと。そしてリリー・ブライアンとなってこの世界に生まれ変わってしまったことを。
「もしこの世界が本当にサンブラの世界なら、フィニストリアの赤薔薇ちゃま――ライラちゃまも明日、ご入学となるはず。そしてライラちゃまは、私のせいで命を落とすか国外追放か自殺……!」
サンブラ。前世で一時代を築いた乙女ゲーム『サンストリアの輝ける華 』。中世ヨーロッパをモチーフとした世界観と魅力的なキャラクター、豪華声優陣が評判を呼び、人気が爆発。ファンディスクや続編も発売される度、前回の内容を圧倒する神シナリオと美麗なスチルが襲いかかる、まさに乙女ゲームの最高峰。
界隈では名の知れたイラストレーターとシナリオライターがタッグを組んだ神作は、ヒロインの設定や攻略対象キャラの魅力もさることながら、しかし誰よりも人気を爆発させたキャラクターがいたのだ。
それが――サンブラの悪役。天下無敵の第二王家にして血塗られた公爵家の忌み名を持つフィニストリア公爵家の、血濡れの薔薇――ブラッディローズ。
歪みも癖もない、ワインレッドのストレートロングヘア。勝ち気な吊り目は血のように赤く、口を開けば薔薇のように棘を放つ。まさに絵に描いたとおりの『悪役令嬢』。
発売前の情報誌では、ライラの人気は最悪だった。どのルートでもヒロインのリリーをいじめ倒し、果てには暗殺未遂まで引き起こす、とんでもないお嬢様。
けれど彼女は、本編の全ルートをクリアした人間しか見られない特典によって、その人気を爆発させ、後発のドラマCDであまねくユーザーを沼の底に沈めた。
そう、あまりにも――常識人すぎたのだ。
サンブラはシナリオも世界観もキャラ設定も文句ない。しかし致命的な欠点を挙げるとするなら、ツッコミ役が足りないのだ。
そのツッコミ役を一手に担ったのが、なんと悪役令嬢ライラである。上品なお嬢様言葉で放たれるのは、的確に鋭く突いてくるツッコミ。実はシナリオライターは芸人も兼ねているのでは? と噂されるほど、ライラのツッコミスキルは本物だった。
そして決め台詞は『殿下には付き合いきれませんわ!』である。この言葉が出てくる度、ユーザーはライラに同情した。そりゃそうだよね、付き合いきれないよね、このド天然王太子。
リリーの前世の記憶の持ち主も、例に漏れずライラが最推しだったのである。幸せになってほしいのに、悪役令嬢はどのルートを選んでも破滅の道を進んでしまう。それも、足掻きもせずに。粛々と断罪を受け入れ、ギロチンが落ちる間際まで、淑女の鑑と言われた美しい微笑みを浮かべていた。なんて健気。健気すぎて泣くユーザーが多発したにも関わらず、制作会社は最後までライラ救済のシナリオを用意しなかった。人の心がないにも程がある。
――だったら、これはチャンスでは?
リリー・ブライアンは思った。ゲームの世界であるけれど、ここに暮らす人々は誰しもが『生きている人々』だ。己の意思を持ち、誰に操作されるわけでもなく生きている。ならば、あの赤薔薇ちゃまだって。
そうだ、彼女がリリーのせいで破滅するなら、リリーが上手く立ち回ればいい。虐められないようにライラと仲を深めておけば、彼女はきっと破滅しない。
救え! 私の最推しライラちゃまを! ギロチンと国外追放と自殺の未来から!!
そう決意してリリーは学院へ入学した。そして、愛しの赤薔薇――ライラ・フィニストリアその人と出会い、リリーの「サンブラ全ルート粉砕作戦」が幕を開けたのである。
「はぁ……!! 今日もフィニストリアの赤薔薇ちゃまが美しい……!! 私の最推し、女神すぎ……」
――それは、真紅の薔薇を掲げる血塗られた公爵家の令嬢、
最推し。この国の貴族であるならばまず使わないような言葉をなぜリリーが知っているのか。それは――リリー・ブライアンが、異世界転生者であるからだ。
物心ついた時から、リリーは時折脳裏を過ぎる不可思議な光景に悩まされてきた。明らかにこのサンストリア王国ではない国。文化も文明も、人々の容姿も、乗っているものも何もかもが違う。そうしてサンストリア学院へ入学する前日、リリーは全てを『思い出した』のだ。
道路へ飛び出た五歳くらいの小さな男の子を助けて、乗用車に轢かれて死んだこと。そしてリリー・ブライアンとなってこの世界に生まれ変わってしまったことを。
「もしこの世界が本当にサンブラの世界なら、フィニストリアの赤薔薇ちゃま――ライラちゃまも明日、ご入学となるはず。そしてライラちゃまは、私のせいで命を落とすか国外追放か自殺……!」
サンブラ。前世で一時代を築いた乙女ゲーム『サンストリアの
界隈では名の知れたイラストレーターとシナリオライターがタッグを組んだ神作は、ヒロインの設定や攻略対象キャラの魅力もさることながら、しかし誰よりも人気を爆発させたキャラクターがいたのだ。
それが――サンブラの悪役。天下無敵の第二王家にして血塗られた公爵家の忌み名を持つフィニストリア公爵家の、血濡れの薔薇――ブラッディローズ。
歪みも癖もない、ワインレッドのストレートロングヘア。勝ち気な吊り目は血のように赤く、口を開けば薔薇のように棘を放つ。まさに絵に描いたとおりの『悪役令嬢』。
発売前の情報誌では、ライラの人気は最悪だった。どのルートでもヒロインのリリーをいじめ倒し、果てには暗殺未遂まで引き起こす、とんでもないお嬢様。
けれど彼女は、本編の全ルートをクリアした人間しか見られない特典によって、その人気を爆発させ、後発のドラマCDであまねくユーザーを沼の底に沈めた。
そう、あまりにも――常識人すぎたのだ。
サンブラはシナリオも世界観もキャラ設定も文句ない。しかし致命的な欠点を挙げるとするなら、ツッコミ役が足りないのだ。
そのツッコミ役を一手に担ったのが、なんと悪役令嬢ライラである。上品なお嬢様言葉で放たれるのは、的確に鋭く突いてくるツッコミ。実はシナリオライターは芸人も兼ねているのでは? と噂されるほど、ライラのツッコミスキルは本物だった。
そして決め台詞は『殿下には付き合いきれませんわ!』である。この言葉が出てくる度、ユーザーはライラに同情した。そりゃそうだよね、付き合いきれないよね、このド天然王太子。
リリーの前世の記憶の持ち主も、例に漏れずライラが最推しだったのである。幸せになってほしいのに、悪役令嬢はどのルートを選んでも破滅の道を進んでしまう。それも、足掻きもせずに。粛々と断罪を受け入れ、ギロチンが落ちる間際まで、淑女の鑑と言われた美しい微笑みを浮かべていた。なんて健気。健気すぎて泣くユーザーが多発したにも関わらず、制作会社は最後までライラ救済のシナリオを用意しなかった。人の心がないにも程がある。
――だったら、これはチャンスでは?
リリー・ブライアンは思った。ゲームの世界であるけれど、ここに暮らす人々は誰しもが『生きている人々』だ。己の意思を持ち、誰に操作されるわけでもなく生きている。ならば、あの赤薔薇ちゃまだって。
そうだ、彼女がリリーのせいで破滅するなら、リリーが上手く立ち回ればいい。虐められないようにライラと仲を深めておけば、彼女はきっと破滅しない。
救え! 私の最推しライラちゃまを! ギロチンと国外追放と自殺の未来から!!
そう決意してリリーは学院へ入学した。そして、愛しの赤薔薇――ライラ・フィニストリアその人と出会い、リリーの「サンブラ全ルート粉砕作戦」が幕を開けたのである。