01:出会い編
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エトワールは、久方ぶりに、城の敷地外へ出た。金色の花の刺繍が裾に施された、白いワンピースに、レイピアをさげ、大通りへ。
悪魔の子がグレイグを振り切って逃げてから、四日目。翌日には、ホメロスと共にダーハルーネへ向かう予定だ。
今度は先回りをし、海の男コンテストを利用して、情報を集め、確実に悪魔の子を捕らえる手筈だ。
大仕事前の、最後の休日だ。エトワールは、まず教会へ向かった。騎士見習いになるまでの間、身の回りの世話をしてくれた人々へ、五千ゴールドの寄付を。
それから、道具屋へ回り、やくそうやどくけしそうを個人的に仕入れた。勿論、国から支給された、ありとあらゆる薬も船に積まれるが、エトワールはやや心配性の気があり、遠くへ行く際は必ず個人用の治療品を持って行く事にしていた。
「あ、そうだお客さん。前から気になっていたんだけど、貴女冒険者かなにか?」
道具屋の主人が訊ねたので、エトワールは答える。
「騎士です」
「ひょえーっ! 貴女が?! それじゃあ、デルカダールで唯一の女性騎士かつ、ホメロス将軍の片腕って言うのは、貴女の事ですか?!」
「ええ。エトワール・##NAME2##と言います」
「そうですか、そうですか!! いや、実はここだけの話、珍しい物を仕入れたんですよ」
主人はしゃがみこみ、足元の棚から四本の瓶を取り出した。
「先日変な人が来てね。確か預言者って言ってましたよ。コレを⋯⋯まほうのせいすいを必要とする者が現れるって。多分貴女のことじゃあ無いですかね?」
「⋯⋯預言者?」
得体の知れない存在だ。エトワールは、カウンターに四百ゴールド置いた。
「一つ、開けてみても良いですか?」
奇妙な毒でも仕込まれていたら、たまったものでは無い。主人は頷いた。
「お代を頂けるのなら、勿論構いません!」
「ありがとう」
エトワールは、慎重に蓋を開け、臭いを嗅いだ。特に変った臭いはしない。水よりもやや粘度が高いが、彼女の知りうる毒薬の条件には、当てはまらなかった。
そして、何よりちゃんと魔法の力を感じる。不思議な事に、何処かで感じた事のある雰囲気だった。
「本物の様です。これは、その預言者様が作られた物ですか?」
「さあ。詳しい事は分かりません。ただ、妙な事を言っていました。このせいすいを買う者に、必ず伝えて欲しい言葉がある、と」
「私が買います。その言葉を教えてください」
「ええ、それじゃあ⋯⋯」
主人は胸ポケットから、羊皮紙を取り出した。
「“過ちと気付いたら、直ぐに引き返す様に。貴女の行く道は、二つの結末を迎えるが、変化を恐れずに立ち向かえば、幾つかの魂を救う事が出来るだろう”⋯⋯だってさ。ホラ」
彼はメモをエトワールに渡した、彼女はそれを丁寧に道具袋へしまった。
「胸に留めておきます。全て買います。⋯⋯これで足りますか?」
追加で千五百ゴールドを置くと、主人は驚いて目を見開いた。
「へ?! こんなに頂いても良いのですか?!」
「それだけの価値があります。⋯⋯それに、ホメロス様の副官が、道具を値切ったなんて言われたら困りますから」
「⋯⋯へい。それじゃあ、遠慮なく頂きます!」
この取り引きで、主人は随分と機嫌が良くなった。口にするつもりは毛頭無かったが、まほうのせいすいは、半ば押し付けられる様にタダで渡されたのだ。
今日は上等の牛肉を買って帰れる、などと考えていた時、エトワールが小さく声を上げた。
「あの⋯⋯」
「はい! なんでしょう?」
「城下で、白パンを売っているお店を知りませんか? フルーツやホイップクリームの入っている、甘いものです」
「⋯⋯は?」
意外な質問に、主人は一瞬固まった。(夢主)は、頬を赤く染めて、手を振った。
「あ⋯⋯あの、すみません! 道具屋さんなのに、変な事を訊いてしまって⋯⋯」
「いやいや、変じゃないです! 逆ですよ! ⋯⋯若い女性は、まほうのせいすいよりも、甘い物が好きで当然です! 大通りを一番南まで歩いて、東の方向へ進むとパン屋さんがあります。ダーハルーネで修行をつんだ職人さんがやっているらしく、評判が良いです」
「ダーハルーネ?!」
エトワールは、ビックリして飛び上がってしまった。そして次の瞬間、あまりの恥ずかしさに顔を覆いたくなった。
今日の一番の用事は、ホメロスの為に白パンを買って帰る事だったが、一週間後にダーハルーネに着けば、幾らでも食べられる品だった。
ダーハルーネと言えば、甘いお菓子を沢山売っている事で有名だ。それを直ぐに思い出せなかったのは、エトワールが普段から女性向けの本や、メイドたちの噂話に興味が無かった証拠だ。
「嗚呼⋯⋯私ったら本当に⋯⋯」
彼女は傍目に見ても気の毒な程、萎れてしまった。
「あの、誰かへの贈り物ですか?」
主人の問いに、エトワールはこくこくと頷いた。
「はい。その人、ダーハルーネまで行くと言っていたので、せめて長旅前に好きな物を用意したいと思って⋯⋯でも⋯⋯」
「俺がその人なら、気持ちが嬉しいですよ!」
「そういう⋯⋯ものでしょうか⋯⋯」
「間違いなく。特に貴女みたいに綺麗な人からのプレゼントなんて、周りに自慢して歩きますよ!」
「そうですか。⋯⋯では、折角なので買って行きます」
エトワールは、気をとりなおして、ペコリと頭を下げた。
「ありがとう御座いました。また来ます」
「はい、お待ちしております!」
威勢の良い主人の声を背に、エトワールはまた眩しい光の中へ戻って行った。
今日は少し暑い。太陽が石畳に濃い影を刻む。
ふと、エトワールはイシの村の人々を思った。いくら殺されないとはいえ、ずっと陽の当たらぬ地下牢に閉じ込められていれば、体を悪くするだろう。彼らを解放するためには、一刻も早く悪魔の子を捕らえなければならない。
一方で疑念を覚えた。悪魔の子は、勇者と呼ばれる存在だと聞いた。悪魔の子ではなく、“勇者”についての資料はデルカダール城内に、一切置かれていなかった。この点が不自然に思えた。
敵を倒すには、まず知識を得る必要がある。例え悪魔の子を“勇者”と記す書物でも、目を通すべきだ。
それなのに、全く見当たらない。
エトワールは勇者所縁のユグノアで育った。幼い頃から、勇者の冒険譚や、その輝かしい功績の数々を、御伽噺の様に聞かされていた。
(何かがおかしい)
嫌な予感がした。先程、道具屋の主人から渡された羊皮紙を取り出し、見つめる。
“過ちと気付いたら、直ぐに引き返す様に。“
本来ならば、勇者に関する資料が多くあったであろうバンデルフォンも、魔物の襲撃を受けて滅びている。しかし、こちらは、勇者が生まれる前に滅びたのだ。
ユグノアが襲撃を受けたのは、本当に悪魔の子が魔物を呼び寄せたからなのだろうか?
バンデルフォン、ユグノアが滅びた事で、勇者に関する書物は、殆ど全て失われてしまった。これが、魔王の仕業であるとするなら、辻褄が合う様に思えた。
情報を奪い、自らの敵となり得る勇者を、始末するための手筈。
⋯⋯加えてデルカダール王の言動が腑に落ちない。王はユグノアの国王と親しかったにも関わらず、何故突然、勇者を悪魔の子と呼び始めたのか。何から知識を得て、勇者を悪と決めつけたのか。
「何かお困りかな?」
突然声を掛けられ、エトワールはギクリと肩を揺らした。振り返るとそこに、美しい青年が立っていた。優しい雰囲気の笑みを浮かべている。
「いいえ」
エトワールが反射的に首を横に振ると、彼はクスリと笑った。
「わしの字で書かれた羊皮紙を掴んでいたので、気になってな」
「貴方が預言者なのですか?!」
「如何にも。この世の行く末を見据える、預言者じゃ。⋯⋯質問を変えるとしよう。何を迷っているのじゃ?」
「⋯⋯いいえ」
エトワールは逡巡の後、首を横に振った。
「何も」
「そう、その方が賢明じゃ。迷っているウチは口にせんことじゃ。しかして、過ちに気付いた時には、直ぐに引き返すべきじゃ。わしの様に、後悔せんように」
では、と言い預言者は人ごみの中へ消えて行った。
エトワールは、手足が痺れる感覚を味わった。自分の何もかもを見通している様な瞳を向けられ、心が動揺していた。
(私は、どうすれば良い?)
自分に語り掛けても、今はまだ答えが返ってこなかった。だから⋯⋯
(前を向いて歩こう。全てを見よう)
もしも勇者が、いわれなき中傷を受けていると分かったら、必ず助けようと決めた。
そして、今は何より、心から尊敬する上官の為に、ふわふわの白パンを手に入れようと、歩き出した。
悪魔の子がグレイグを振り切って逃げてから、四日目。翌日には、ホメロスと共にダーハルーネへ向かう予定だ。
今度は先回りをし、海の男コンテストを利用して、情報を集め、確実に悪魔の子を捕らえる手筈だ。
大仕事前の、最後の休日だ。エトワールは、まず教会へ向かった。騎士見習いになるまでの間、身の回りの世話をしてくれた人々へ、五千ゴールドの寄付を。
それから、道具屋へ回り、やくそうやどくけしそうを個人的に仕入れた。勿論、国から支給された、ありとあらゆる薬も船に積まれるが、エトワールはやや心配性の気があり、遠くへ行く際は必ず個人用の治療品を持って行く事にしていた。
「あ、そうだお客さん。前から気になっていたんだけど、貴女冒険者かなにか?」
道具屋の主人が訊ねたので、エトワールは答える。
「騎士です」
「ひょえーっ! 貴女が?! それじゃあ、デルカダールで唯一の女性騎士かつ、ホメロス将軍の片腕って言うのは、貴女の事ですか?!」
「ええ。エトワール・##NAME2##と言います」
「そうですか、そうですか!! いや、実はここだけの話、珍しい物を仕入れたんですよ」
主人はしゃがみこみ、足元の棚から四本の瓶を取り出した。
「先日変な人が来てね。確か預言者って言ってましたよ。コレを⋯⋯まほうのせいすいを必要とする者が現れるって。多分貴女のことじゃあ無いですかね?」
「⋯⋯預言者?」
得体の知れない存在だ。エトワールは、カウンターに四百ゴールド置いた。
「一つ、開けてみても良いですか?」
奇妙な毒でも仕込まれていたら、たまったものでは無い。主人は頷いた。
「お代を頂けるのなら、勿論構いません!」
「ありがとう」
エトワールは、慎重に蓋を開け、臭いを嗅いだ。特に変った臭いはしない。水よりもやや粘度が高いが、彼女の知りうる毒薬の条件には、当てはまらなかった。
そして、何よりちゃんと魔法の力を感じる。不思議な事に、何処かで感じた事のある雰囲気だった。
「本物の様です。これは、その預言者様が作られた物ですか?」
「さあ。詳しい事は分かりません。ただ、妙な事を言っていました。このせいすいを買う者に、必ず伝えて欲しい言葉がある、と」
「私が買います。その言葉を教えてください」
「ええ、それじゃあ⋯⋯」
主人は胸ポケットから、羊皮紙を取り出した。
「“過ちと気付いたら、直ぐに引き返す様に。貴女の行く道は、二つの結末を迎えるが、変化を恐れずに立ち向かえば、幾つかの魂を救う事が出来るだろう”⋯⋯だってさ。ホラ」
彼はメモをエトワールに渡した、彼女はそれを丁寧に道具袋へしまった。
「胸に留めておきます。全て買います。⋯⋯これで足りますか?」
追加で千五百ゴールドを置くと、主人は驚いて目を見開いた。
「へ?! こんなに頂いても良いのですか?!」
「それだけの価値があります。⋯⋯それに、ホメロス様の副官が、道具を値切ったなんて言われたら困りますから」
「⋯⋯へい。それじゃあ、遠慮なく頂きます!」
この取り引きで、主人は随分と機嫌が良くなった。口にするつもりは毛頭無かったが、まほうのせいすいは、半ば押し付けられる様にタダで渡されたのだ。
今日は上等の牛肉を買って帰れる、などと考えていた時、エトワールが小さく声を上げた。
「あの⋯⋯」
「はい! なんでしょう?」
「城下で、白パンを売っているお店を知りませんか? フルーツやホイップクリームの入っている、甘いものです」
「⋯⋯は?」
意外な質問に、主人は一瞬固まった。(夢主)は、頬を赤く染めて、手を振った。
「あ⋯⋯あの、すみません! 道具屋さんなのに、変な事を訊いてしまって⋯⋯」
「いやいや、変じゃないです! 逆ですよ! ⋯⋯若い女性は、まほうのせいすいよりも、甘い物が好きで当然です! 大通りを一番南まで歩いて、東の方向へ進むとパン屋さんがあります。ダーハルーネで修行をつんだ職人さんがやっているらしく、評判が良いです」
「ダーハルーネ?!」
エトワールは、ビックリして飛び上がってしまった。そして次の瞬間、あまりの恥ずかしさに顔を覆いたくなった。
今日の一番の用事は、ホメロスの為に白パンを買って帰る事だったが、一週間後にダーハルーネに着けば、幾らでも食べられる品だった。
ダーハルーネと言えば、甘いお菓子を沢山売っている事で有名だ。それを直ぐに思い出せなかったのは、エトワールが普段から女性向けの本や、メイドたちの噂話に興味が無かった証拠だ。
「嗚呼⋯⋯私ったら本当に⋯⋯」
彼女は傍目に見ても気の毒な程、萎れてしまった。
「あの、誰かへの贈り物ですか?」
主人の問いに、エトワールはこくこくと頷いた。
「はい。その人、ダーハルーネまで行くと言っていたので、せめて長旅前に好きな物を用意したいと思って⋯⋯でも⋯⋯」
「俺がその人なら、気持ちが嬉しいですよ!」
「そういう⋯⋯ものでしょうか⋯⋯」
「間違いなく。特に貴女みたいに綺麗な人からのプレゼントなんて、周りに自慢して歩きますよ!」
「そうですか。⋯⋯では、折角なので買って行きます」
エトワールは、気をとりなおして、ペコリと頭を下げた。
「ありがとう御座いました。また来ます」
「はい、お待ちしております!」
威勢の良い主人の声を背に、エトワールはまた眩しい光の中へ戻って行った。
今日は少し暑い。太陽が石畳に濃い影を刻む。
ふと、エトワールはイシの村の人々を思った。いくら殺されないとはいえ、ずっと陽の当たらぬ地下牢に閉じ込められていれば、体を悪くするだろう。彼らを解放するためには、一刻も早く悪魔の子を捕らえなければならない。
一方で疑念を覚えた。悪魔の子は、勇者と呼ばれる存在だと聞いた。悪魔の子ではなく、“勇者”についての資料はデルカダール城内に、一切置かれていなかった。この点が不自然に思えた。
敵を倒すには、まず知識を得る必要がある。例え悪魔の子を“勇者”と記す書物でも、目を通すべきだ。
それなのに、全く見当たらない。
エトワールは勇者所縁のユグノアで育った。幼い頃から、勇者の冒険譚や、その輝かしい功績の数々を、御伽噺の様に聞かされていた。
(何かがおかしい)
嫌な予感がした。先程、道具屋の主人から渡された羊皮紙を取り出し、見つめる。
“過ちと気付いたら、直ぐに引き返す様に。“
本来ならば、勇者に関する資料が多くあったであろうバンデルフォンも、魔物の襲撃を受けて滅びている。しかし、こちらは、勇者が生まれる前に滅びたのだ。
ユグノアが襲撃を受けたのは、本当に悪魔の子が魔物を呼び寄せたからなのだろうか?
バンデルフォン、ユグノアが滅びた事で、勇者に関する書物は、殆ど全て失われてしまった。これが、魔王の仕業であるとするなら、辻褄が合う様に思えた。
情報を奪い、自らの敵となり得る勇者を、始末するための手筈。
⋯⋯加えてデルカダール王の言動が腑に落ちない。王はユグノアの国王と親しかったにも関わらず、何故突然、勇者を悪魔の子と呼び始めたのか。何から知識を得て、勇者を悪と決めつけたのか。
「何かお困りかな?」
突然声を掛けられ、エトワールはギクリと肩を揺らした。振り返るとそこに、美しい青年が立っていた。優しい雰囲気の笑みを浮かべている。
「いいえ」
エトワールが反射的に首を横に振ると、彼はクスリと笑った。
「わしの字で書かれた羊皮紙を掴んでいたので、気になってな」
「貴方が預言者なのですか?!」
「如何にも。この世の行く末を見据える、預言者じゃ。⋯⋯質問を変えるとしよう。何を迷っているのじゃ?」
「⋯⋯いいえ」
エトワールは逡巡の後、首を横に振った。
「何も」
「そう、その方が賢明じゃ。迷っているウチは口にせんことじゃ。しかして、過ちに気付いた時には、直ぐに引き返すべきじゃ。わしの様に、後悔せんように」
では、と言い預言者は人ごみの中へ消えて行った。
エトワールは、手足が痺れる感覚を味わった。自分の何もかもを見通している様な瞳を向けられ、心が動揺していた。
(私は、どうすれば良い?)
自分に語り掛けても、今はまだ答えが返ってこなかった。だから⋯⋯
(前を向いて歩こう。全てを見よう)
もしも勇者が、いわれなき中傷を受けていると分かったら、必ず助けようと決めた。
そして、今は何より、心から尊敬する上官の為に、ふわふわの白パンを手に入れようと、歩き出した。