01:出会い編
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暖かい部屋。風に揺れる、木々の音。浅い眠りの淵で、エトワールは幾度目かの、過ぎ去りし日の夢を見ていた。
あれは何時の事だっただろう? 忙しい父が久し振りに家に戻り、母と共に海を見に出掛けた。
当時はあまり強い魔物もいなかったため、騎士の付き添い無しに、城壁の外へ出られた。
どんな言葉を交わしたか⋯⋯幼過ぎたエトワールは、覚えていなかった。
しかし、優しい父の笑顔と、穏やかな母の姿。幸せだった感情だけは覚えている。
エトワールには、それが夢であると分かっていた。しかし、目覚める気になれず、二度と帰れない幻想の日々にしがみついた。少しでも長く、穏やかな時が続く様に、と。
「エトワール」
誰かの呼ぶ声が聞こえた。しかし、彼女は、頑なに夢を手放さず、訪れる朝を拒否した。まだ眠っていたかったのだ。
「エトワール!」
厳しい声色に、エトワールの背中はスッと冷たくなった。呼び声には覚えがある。
彼女は、とうとう観念して目を開いた。
硬い床⋯⋯随分と湿っている。髪が濡れて気持ち悪かった。全身に激しい痛みがあり、物凄く怠く、熱があると分かった。
「さっさと目を覚ませ」
声の主は、何処までも冷たい瞳でエトワールを見下ろしていた。
「ホ⋯⋯ホメロス様⋯⋯」
「何故”悪魔の子”を逃した?!」
ホメロスは、エトワールの足元に立ち、凄んだ。あまりの気迫に、彼女も血の気を失い言葉を返せなかった。
よく見ると、ホメロスは随分と酷い傷を負っていた。首筋に大きな切り傷、脇腹にも血が滲んでいる。
「ホメロス様! その怪我は?!」
エトワールは跳ね起き、主人の傷口に手をかざした。
「ベホマ」
最上級の回復呪文が、あっという間に全身を癒した。と、同時に彼女は真後ろに倒れそうになった。ホメロスが反射的に背中へ手を回して、身体を支えた。
「質問に答えろ。何故逃した?!」
「⋯⋯っ⋯⋯申し訳ございません! 咄嗟の事で⋯⋯彼らが少年に⋯⋯普通の少年にしか見えず⋯⋯」
エトワールは嘘を吐いた。しかし、真実の織り混ざった嘘を見抜く事は、難しいものだ。
ホメロスは納得し、やや表情を緩めた。
「二度は赦さぬ。⋯⋯立てるか?」
「は⋯⋯っ」
エトワールは、胸を押さえてホメロスに寄りかかってしまった。
「すみま⋯⋯せ⋯⋯。肋骨と⋯⋯肩甲骨を駄目にしました⋯⋯」
彼女は自分に向けて回復呪文を唱え、手の甲で額の汗を拭った。
「平気です。立てます。......ホメロス様のお怪我は、あのドラゴンに付けられたのですか?」
「いや⋯⋯?」
ホメロスは不思議な声色で返した。彼は視線を泳がせ、エトワールを見ようとしなかった。瞳孔が奇妙に揺れている。
「まさかっ」
エトワールは、改めて周囲を見回した。どうやら自分は、地下牢に閉じ込められていたらしい。
「私のせいで、陛下に咎められたのですか?! 陛下に罰せられたのですか?!」
「考え過ぎだ」
ホメロスは短く答え、エトワールの身体を抱き上げた。
「二度と馬鹿な考えにはしらぬ様、頭を休ませろ。これからも、私の背中を任せる」
「申し訳⋯⋯御座いません」
エトワールは、ハラハラと涙を零した。ホメロスは彼女を抱えたまま、階段を登って行った。
玉座の間へと続く廊下に差し掛かった時、エトワールが身動いだ。
「どうした?」
ホメロスが訊ねると、彼女は決然とした表情で、彼を見詰め返した。
「陛下にお詫びを──」
「その必要は無い」
「いいえ。私にとって必要なのです」
エトワールに視線で訴えられ、ホメロスは彼女を床におろした。熱のせいか、足取りがフラフラしている。
「運んでくださって、ありがとう御座いました。此処からは、一人で行きます」
「私はお前の上司だ。共に行く」
「⋯⋯申し訳ございません」
エトワールは、すっかり萎れて、俯き加減に歩き出した。全てが中途半端に終わってしまった。
結局、悪魔の子と直接話をする事は叶わず、誰が正しいのか分からぬまま、ただホメロスに迷惑を掛けただけ。最悪の結果だ。
彼女は重い足取りを、決意で進め、玉座の間へ足を踏む入れた。罰を受ける事は覚悟の上だ。
デルカダール王は、玉座に着き、目を閉じていたエトワールは、彼の目の前まで歩み寄り、膝を着いて深々と頭を下げた。
「陛下⋯⋯申し訳御座いません。”悪魔の子”を取り逃がしたのは、私です。どうか⋯⋯どうか、厳罰に処してください」
なんとかそう述べると、王はゆっくりと目を開いた。刃物の様に鋭い視線をエトワールへ送り、立ち上がる。
「よもや、ユグノアの悲劇を忘れたとは言うまいな? そなたの両親を殺し、我が娘マルティナの命を奪った者の存在を、許せとは言うまいな?」
「っ⋯⋯あの、陛──」
エトワールが疑問をぶつけようと、顔をあげた瞬間。彼女の胸元に、黒い光球が現れた。
「っく!!」
心臓の真上辺りを魔法で深く抉られ、彼女は喀血し、真横に倒れた。傷自体はすぐに癒えたが、ダメージは肉体に残り、もはや指一本動かさなかった。
必死に意識を保とうと努力していたが、数秒後には脱力し、気を失ってしまった。
そんなエトワールの首筋に、デルカダール王は剣を突き付けた。
「ホメロスよ。そなたの甘さが、この者の首を跳ばす事になれねば良いが」
「申し訳御座いません、ウルノーガ様。二度と同じ失敗はせぬと誓います!」
「なら良い。サッサと片付けろ」
デルカダール王⋯⋯いや、彼に取り憑いた邪悪の存在ウルノーガは、剣をおさめ、窓際へ行き背を向けてしまった。
ホメロスは震える手でエトワールを抱き上げ、部屋を出た。
まるで死人の様な彼女の顔を見詰めている内に、何故か一筋涙が溢れた。
「⋯⋯馬鹿め」
譫言の様に、勝手に言葉が飛び出した。それは、エトワールに宛てたものか、自分に宛てたものなのか、最早分からなくなっていた。
ホメロスは少し考えて、彼女を自分の部屋に連れて行く事にした。当分治療に専念する必要があるし、一人きりにさせたくなかったから。
あれは何時の事だっただろう? 忙しい父が久し振りに家に戻り、母と共に海を見に出掛けた。
当時はあまり強い魔物もいなかったため、騎士の付き添い無しに、城壁の外へ出られた。
どんな言葉を交わしたか⋯⋯幼過ぎたエトワールは、覚えていなかった。
しかし、優しい父の笑顔と、穏やかな母の姿。幸せだった感情だけは覚えている。
エトワールには、それが夢であると分かっていた。しかし、目覚める気になれず、二度と帰れない幻想の日々にしがみついた。少しでも長く、穏やかな時が続く様に、と。
「エトワール」
誰かの呼ぶ声が聞こえた。しかし、彼女は、頑なに夢を手放さず、訪れる朝を拒否した。まだ眠っていたかったのだ。
「エトワール!」
厳しい声色に、エトワールの背中はスッと冷たくなった。呼び声には覚えがある。
彼女は、とうとう観念して目を開いた。
硬い床⋯⋯随分と湿っている。髪が濡れて気持ち悪かった。全身に激しい痛みがあり、物凄く怠く、熱があると分かった。
「さっさと目を覚ませ」
声の主は、何処までも冷たい瞳でエトワールを見下ろしていた。
「ホ⋯⋯ホメロス様⋯⋯」
「何故”悪魔の子”を逃した?!」
ホメロスは、エトワールの足元に立ち、凄んだ。あまりの気迫に、彼女も血の気を失い言葉を返せなかった。
よく見ると、ホメロスは随分と酷い傷を負っていた。首筋に大きな切り傷、脇腹にも血が滲んでいる。
「ホメロス様! その怪我は?!」
エトワールは跳ね起き、主人の傷口に手をかざした。
「ベホマ」
最上級の回復呪文が、あっという間に全身を癒した。と、同時に彼女は真後ろに倒れそうになった。ホメロスが反射的に背中へ手を回して、身体を支えた。
「質問に答えろ。何故逃した?!」
「⋯⋯っ⋯⋯申し訳ございません! 咄嗟の事で⋯⋯彼らが少年に⋯⋯普通の少年にしか見えず⋯⋯」
エトワールは嘘を吐いた。しかし、真実の織り混ざった嘘を見抜く事は、難しいものだ。
ホメロスは納得し、やや表情を緩めた。
「二度は赦さぬ。⋯⋯立てるか?」
「は⋯⋯っ」
エトワールは、胸を押さえてホメロスに寄りかかってしまった。
「すみま⋯⋯せ⋯⋯。肋骨と⋯⋯肩甲骨を駄目にしました⋯⋯」
彼女は自分に向けて回復呪文を唱え、手の甲で額の汗を拭った。
「平気です。立てます。......ホメロス様のお怪我は、あのドラゴンに付けられたのですか?」
「いや⋯⋯?」
ホメロスは不思議な声色で返した。彼は視線を泳がせ、エトワールを見ようとしなかった。瞳孔が奇妙に揺れている。
「まさかっ」
エトワールは、改めて周囲を見回した。どうやら自分は、地下牢に閉じ込められていたらしい。
「私のせいで、陛下に咎められたのですか?! 陛下に罰せられたのですか?!」
「考え過ぎだ」
ホメロスは短く答え、エトワールの身体を抱き上げた。
「二度と馬鹿な考えにはしらぬ様、頭を休ませろ。これからも、私の背中を任せる」
「申し訳⋯⋯御座いません」
エトワールは、ハラハラと涙を零した。ホメロスは彼女を抱えたまま、階段を登って行った。
玉座の間へと続く廊下に差し掛かった時、エトワールが身動いだ。
「どうした?」
ホメロスが訊ねると、彼女は決然とした表情で、彼を見詰め返した。
「陛下にお詫びを──」
「その必要は無い」
「いいえ。私にとって必要なのです」
エトワールに視線で訴えられ、ホメロスは彼女を床におろした。熱のせいか、足取りがフラフラしている。
「運んでくださって、ありがとう御座いました。此処からは、一人で行きます」
「私はお前の上司だ。共に行く」
「⋯⋯申し訳ございません」
エトワールは、すっかり萎れて、俯き加減に歩き出した。全てが中途半端に終わってしまった。
結局、悪魔の子と直接話をする事は叶わず、誰が正しいのか分からぬまま、ただホメロスに迷惑を掛けただけ。最悪の結果だ。
彼女は重い足取りを、決意で進め、玉座の間へ足を踏む入れた。罰を受ける事は覚悟の上だ。
デルカダール王は、玉座に着き、目を閉じていたエトワールは、彼の目の前まで歩み寄り、膝を着いて深々と頭を下げた。
「陛下⋯⋯申し訳御座いません。”悪魔の子”を取り逃がしたのは、私です。どうか⋯⋯どうか、厳罰に処してください」
なんとかそう述べると、王はゆっくりと目を開いた。刃物の様に鋭い視線をエトワールへ送り、立ち上がる。
「よもや、ユグノアの悲劇を忘れたとは言うまいな? そなたの両親を殺し、我が娘マルティナの命を奪った者の存在を、許せとは言うまいな?」
「っ⋯⋯あの、陛──」
エトワールが疑問をぶつけようと、顔をあげた瞬間。彼女の胸元に、黒い光球が現れた。
「っく!!」
心臓の真上辺りを魔法で深く抉られ、彼女は喀血し、真横に倒れた。傷自体はすぐに癒えたが、ダメージは肉体に残り、もはや指一本動かさなかった。
必死に意識を保とうと努力していたが、数秒後には脱力し、気を失ってしまった。
そんなエトワールの首筋に、デルカダール王は剣を突き付けた。
「ホメロスよ。そなたの甘さが、この者の首を跳ばす事になれねば良いが」
「申し訳御座いません、ウルノーガ様。二度と同じ失敗はせぬと誓います!」
「なら良い。サッサと片付けろ」
デルカダール王⋯⋯いや、彼に取り憑いた邪悪の存在ウルノーガは、剣をおさめ、窓際へ行き背を向けてしまった。
ホメロスは震える手でエトワールを抱き上げ、部屋を出た。
まるで死人の様な彼女の顔を見詰めている内に、何故か一筋涙が溢れた。
「⋯⋯馬鹿め」
譫言の様に、勝手に言葉が飛び出した。それは、エトワールに宛てたものか、自分に宛てたものなのか、最早分からなくなっていた。
ホメロスは少し考えて、彼女を自分の部屋に連れて行く事にした。当分治療に専念する必要があるし、一人きりにさせたくなかったから。