03:ダーハルーネ編
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宵闇の迫る通りへ出ると、当たり前の様にホメロスが立っていた。
「何処へ行っていたのですか?!」
エトワールが驚いて訊ねると、彼は無言で紙袋を差し出した。
「え? ⋯⋯えっと、私に?」
エトワールは戸惑いつつも受け取り、中を確かめた。
「綺麗⋯⋯」
素直な感想が溢れ落ちた。精巧な細工の施された短剣だ。
「あ⋯⋯え? でも、なんでこれを⋯⋯」
「普通の女なら、花でも贈れば良いが、それではすぐに萎れて、形が無くなってしまう。かといって、アクセサリーを身に付ける様なヤツでもない。だから⋯⋯その──」
「ありがとうございます!」
エトワールは、思わずホメロスに抱き付いていた。貰った物よりも、彼が気を使ってくれたという事実が、何より嬉しかったのだ。
対してホメロスは、どうして良いのか分からず、固まってしまった。
(抱きしめる⋯⋯べきか? しかし⋯⋯コイツは、そんな事で喜ぶような性格か? どうすれば⋯⋯くそ!)
「⋯⋯っエトワール」
「はい?」
「キスをしても良いか?」
「⋯⋯え」
エトワールの目が点になり、その後、端正な顔が見る見る真っ赤に染まって行った。
「う⋯⋯宿へ戻ってから──」
「今だ」
ホメロスは、引くに引けず、彼女の腰を抱き寄せて囁いた。
「今、ここで」
「だ⋯⋯駄目と言っても、するのでしょう?」
「それは、して欲しいということか?」
「⋯⋯⋯⋯して⋯⋯ください」
蚊の鳴くような声を聞いた瞬間、ホメロスは自制心を失っていた。初めて、エトワールの方から自分を求めて来たのだ。例え無理矢理言わせた言葉だとしても、かけがえのないものだ。
唇を重ね、舌を絡ませると、小さな体が小刻みに震えた。追い掛けても、追い掛けても、逃げ続ける舌を追う事に夢中になった。
(エトワール⋯⋯どうすれば、この渇きは満たされる?! どうすれば⋯⋯お前はオレをもっと求める?!)
やがて苦しくなったのか、彼女はホメロスの胸を強く叩いた。
ホメロスが体を離そうとした瞬間、エトワールはフラフラと彼の方へ倒れ込んでしまった。
「この程度で息が上がる様では、鍛錬が足りんな」
「⋯⋯なんの鍛錬でしょう? 他の方と練習をすれば良いという──っ」
つい減らず口を叩いてしまい、エトワールは後悔した。ホメロスは彼女を路地裏に引き込み、壁に押し付けた。
「誰と練習するつもりだ?」
ホメロスの目は、笑っていなかった。
「好みの男がいるなら、仲を取り持ってやろう」
彼の屈折した愛情を理解し、その上でエトワールは悩んだ。
(ホメロス様しかいないのに! ⋯⋯でも、そんなに求めたら⋯⋯貴方は私を疎ましく思うでしょう? 貴方は、干渉しない人が好きだから⋯⋯私が求めたら⋯⋯私から求めたら⋯⋯)
「っ離して!」
「答えを聞いたら、離してやる」
ホメロスは引かなかった。エトワールの後ろ髪を掴み、無理矢理上を向かせた。
「答えろ」
「⋯⋯っ私を⋯⋯私を愛してくれる人と」
苦し紛れにそう答えると、ホメロスは声を上げて笑った。乾いた、冷たい笑い声だった。
「それなら、オレが愛してやろう。今夜。お前が望めば、何処までも深く」
「貴方の、本当の愛をいただけるのなら、私は何もいりません」
エトワールは、スッと器用に腕を掻い潜り、大通りに出た。
「貴方の気持ちが、嬉しいです。⋯⋯さあ、折角異国へ来たのですから、何か珍しい物を食べませんか? 普段、お城では口に出来ない様な」
「猫の様だな」
ホメロスは誰にも聞こえない声で、ボソリと呟いた。エトワールは、手に入れたと思った瞬間に腕をすり抜け、遠ざかってしまう。
遂に、彼は折れた。
「嫌だ。宿へ戻る」
「え?」
「お前は、少し自分の容姿が優れている事を自覚しろ。酒場や、大衆の食堂へ行けば、人目を惹く。小汚い害虫が付いては堪らぬ。⋯⋯真っ直ぐ、オレの部屋へ来い」
そう言い放つと、エトワールは目を大きく見開き、それから恥ずかしそうに視線を逸らした。
「貴方の方が、ずっと綺麗です」
「知っている。だからオレはそれを利用して生きているのだ。さあ、姫君。オレを避ける理由があれば、聞いて差し上げよう」
「⋯⋯もっと、優しくしてください。私は、何も知らないんです」
エトワールは、恥じらいながら手を伸ばした。ホメロスは躊躇なく、その手を取り、甲に口付けた。
「あまり可愛いことをおっしゃるな。もっと可愛がってやりたくなる。⋯⋯ああ、それが望みか?」
「やめてください!! 人に見られます!!」
「見られなければ良いと?」
「もうやめて!!」
エトワールは、顔を真っ赤にして涙ぐんだ。
「⋯⋯恥ずかしくて、死にそうなんです。足が前に出ないくらい⋯⋯。貴方は慣れているのかもしれませんが、私は⋯⋯手を握られるのも、貴方が初めてで⋯⋯」
尻すぼみになった言葉を聞き、ホメロスはその場にうずくまりたくなった。生まれて初めて、女を“可愛い”と思えた。
「良いですよ、姫君。続きは私の部屋で」
「お願いです。これ以上、からかわないでください!」
懇願され、ホメロスはため息を吐いた。そして、優しく......出来るだけ邪な感情を取り除いて、エトワールを抱き寄せた。子供にそうする様に。
「戻るぞ。しかし、その前に何か食べ物を買う必要があるな」
「⋯⋯作りましょうか?」
エトワールの遠慮がちな申し出に、ホメロスは驚いた。
「料理が出来るのか?!」
「はい。少しですが⋯⋯食べられる物を、お作り出来ます」
「では任せた」
ホメロスは即答し、ゆっくりと歩き出した。しかし、しばらく歩いたところで、エトワールが困った様に笑って立ち止まった。
「あの、ホメロス様? もしかして、気を使っていらっしゃいますか? 私はこの通り、ブーツですので、もっと速く歩けます」
「そうか」
ホメロスは、眉間にしわを寄せて頷き、普通のスピードで歩き出した。何もかも、彼の思惑通りにいかず、そのくせ不愉快には思えなかった。
エトワールは、こもり切ったホメロスの心に、清涼な風を送り込んでくれた。
「何処へ行っていたのですか?!」
エトワールが驚いて訊ねると、彼は無言で紙袋を差し出した。
「え? ⋯⋯えっと、私に?」
エトワールは戸惑いつつも受け取り、中を確かめた。
「綺麗⋯⋯」
素直な感想が溢れ落ちた。精巧な細工の施された短剣だ。
「あ⋯⋯え? でも、なんでこれを⋯⋯」
「普通の女なら、花でも贈れば良いが、それではすぐに萎れて、形が無くなってしまう。かといって、アクセサリーを身に付ける様なヤツでもない。だから⋯⋯その──」
「ありがとうございます!」
エトワールは、思わずホメロスに抱き付いていた。貰った物よりも、彼が気を使ってくれたという事実が、何より嬉しかったのだ。
対してホメロスは、どうして良いのか分からず、固まってしまった。
(抱きしめる⋯⋯べきか? しかし⋯⋯コイツは、そんな事で喜ぶような性格か? どうすれば⋯⋯くそ!)
「⋯⋯っエトワール」
「はい?」
「キスをしても良いか?」
「⋯⋯え」
エトワールの目が点になり、その後、端正な顔が見る見る真っ赤に染まって行った。
「う⋯⋯宿へ戻ってから──」
「今だ」
ホメロスは、引くに引けず、彼女の腰を抱き寄せて囁いた。
「今、ここで」
「だ⋯⋯駄目と言っても、するのでしょう?」
「それは、して欲しいということか?」
「⋯⋯⋯⋯して⋯⋯ください」
蚊の鳴くような声を聞いた瞬間、ホメロスは自制心を失っていた。初めて、エトワールの方から自分を求めて来たのだ。例え無理矢理言わせた言葉だとしても、かけがえのないものだ。
唇を重ね、舌を絡ませると、小さな体が小刻みに震えた。追い掛けても、追い掛けても、逃げ続ける舌を追う事に夢中になった。
(エトワール⋯⋯どうすれば、この渇きは満たされる?! どうすれば⋯⋯お前はオレをもっと求める?!)
やがて苦しくなったのか、彼女はホメロスの胸を強く叩いた。
ホメロスが体を離そうとした瞬間、エトワールはフラフラと彼の方へ倒れ込んでしまった。
「この程度で息が上がる様では、鍛錬が足りんな」
「⋯⋯なんの鍛錬でしょう? 他の方と練習をすれば良いという──っ」
つい減らず口を叩いてしまい、エトワールは後悔した。ホメロスは彼女を路地裏に引き込み、壁に押し付けた。
「誰と練習するつもりだ?」
ホメロスの目は、笑っていなかった。
「好みの男がいるなら、仲を取り持ってやろう」
彼の屈折した愛情を理解し、その上でエトワールは悩んだ。
(ホメロス様しかいないのに! ⋯⋯でも、そんなに求めたら⋯⋯貴方は私を疎ましく思うでしょう? 貴方は、干渉しない人が好きだから⋯⋯私が求めたら⋯⋯私から求めたら⋯⋯)
「っ離して!」
「答えを聞いたら、離してやる」
ホメロスは引かなかった。エトワールの後ろ髪を掴み、無理矢理上を向かせた。
「答えろ」
「⋯⋯っ私を⋯⋯私を愛してくれる人と」
苦し紛れにそう答えると、ホメロスは声を上げて笑った。乾いた、冷たい笑い声だった。
「それなら、オレが愛してやろう。今夜。お前が望めば、何処までも深く」
「貴方の、本当の愛をいただけるのなら、私は何もいりません」
エトワールは、スッと器用に腕を掻い潜り、大通りに出た。
「貴方の気持ちが、嬉しいです。⋯⋯さあ、折角異国へ来たのですから、何か珍しい物を食べませんか? 普段、お城では口に出来ない様な」
「猫の様だな」
ホメロスは誰にも聞こえない声で、ボソリと呟いた。エトワールは、手に入れたと思った瞬間に腕をすり抜け、遠ざかってしまう。
遂に、彼は折れた。
「嫌だ。宿へ戻る」
「え?」
「お前は、少し自分の容姿が優れている事を自覚しろ。酒場や、大衆の食堂へ行けば、人目を惹く。小汚い害虫が付いては堪らぬ。⋯⋯真っ直ぐ、オレの部屋へ来い」
そう言い放つと、エトワールは目を大きく見開き、それから恥ずかしそうに視線を逸らした。
「貴方の方が、ずっと綺麗です」
「知っている。だからオレはそれを利用して生きているのだ。さあ、姫君。オレを避ける理由があれば、聞いて差し上げよう」
「⋯⋯もっと、優しくしてください。私は、何も知らないんです」
エトワールは、恥じらいながら手を伸ばした。ホメロスは躊躇なく、その手を取り、甲に口付けた。
「あまり可愛いことをおっしゃるな。もっと可愛がってやりたくなる。⋯⋯ああ、それが望みか?」
「やめてください!! 人に見られます!!」
「見られなければ良いと?」
「もうやめて!!」
エトワールは、顔を真っ赤にして涙ぐんだ。
「⋯⋯恥ずかしくて、死にそうなんです。足が前に出ないくらい⋯⋯。貴方は慣れているのかもしれませんが、私は⋯⋯手を握られるのも、貴方が初めてで⋯⋯」
尻すぼみになった言葉を聞き、ホメロスはその場にうずくまりたくなった。生まれて初めて、女を“可愛い”と思えた。
「良いですよ、姫君。続きは私の部屋で」
「お願いです。これ以上、からかわないでください!」
懇願され、ホメロスはため息を吐いた。そして、優しく......出来るだけ邪な感情を取り除いて、エトワールを抱き寄せた。子供にそうする様に。
「戻るぞ。しかし、その前に何か食べ物を買う必要があるな」
「⋯⋯作りましょうか?」
エトワールの遠慮がちな申し出に、ホメロスは驚いた。
「料理が出来るのか?!」
「はい。少しですが⋯⋯食べられる物を、お作り出来ます」
「では任せた」
ホメロスは即答し、ゆっくりと歩き出した。しかし、しばらく歩いたところで、エトワールが困った様に笑って立ち止まった。
「あの、ホメロス様? もしかして、気を使っていらっしゃいますか? 私はこの通り、ブーツですので、もっと速く歩けます」
「そうか」
ホメロスは、眉間にしわを寄せて頷き、普通のスピードで歩き出した。何もかも、彼の思惑通りにいかず、そのくせ不愉快には思えなかった。
エトワールは、こもり切ったホメロスの心に、清涼な風を送り込んでくれた。