02:旅立ち編
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翌朝、ホメロスは予定外の来訪を受けて目を覚ました。けたたましく叩かれた扉の音に、部屋の主人より先に、エトワールが跳ね起き、拳を構えた。
許可無く扉が開き、姿を現したのは⋯⋯。
「ジゼル⋯⋯さん?」
「どうしてお前がここに⋯⋯? それじゃあ⋯⋯噂は本当なの?!」
「ジゼルさん!!」
エトワールが止める間もなく、ジゼルは劇的に泣き叫びながら、走り去ってしまった。
「ホメロス様! 追ってください!! ホメロス様の口から事情を⋯⋯」
エトワールは途中で口を噤んだ。ホメロスは額に手を当てて俯いていた。
「ホメロス様! 具合が悪いのですか?!」
「⋯⋯いや⋯⋯何時もの事だ。朝はどうも調子が良くない」
ホメロスは、駆け寄って来たエトワールの手を、やんわり退けた。
「着替えを用意しろ。すぐに追う」
「かしこまりました」
エトワールは、すぐに行動に移った。テキパキと新しいブラウス、スラックスを用意し、ホメロスに差し出した。
「どうぞ」
しかし、ホメロスは受け取ろうとしなかった。
「⋯⋯え?」
エトワールが首を傾げると、ホメロスは嫌な笑みを浮かべた。
「着替えを手伝え」
「は?! ⋯⋯いや⋯⋯なんで」
「グレイグは使用人の手を借りている。ヤツだけではなく、城の重臣たちは、皆その様にしているが」
「⋯⋯かしこまりました」
エトワールは、表情を変えずに目を伏せた。ホメロスに歩み寄り、皺の寄った服に手を伸ばした。しかし、表情に表さずとも、彼女が緊張している事は伝わった。頬が薔薇色に染まり、指が震えている。
「冗談だ。髪を結わえる時だけ、手を貸せ。あとは自分で出来る」
ホメロスは、まるで子供に接するように、エトワールの頭をポンポンと撫で、着替えを受け取った。
エトワールは、サッと背を向けてしまった。ホメロスは、少し残念な気持ちになった。時間があれば、全て任せてみたいところだが、今試せば不誠実さを責められるだろう。
(時間なら、この先幾らでもある。焦って失っては、元も子もない)
手早く着替えを済ませて、早足でソファーに向かい、ブラシと髪留めをエトワールに手渡した。
「よろしく」
「はい。⋯⋯ですが、ホメロス様」
「なんだ?」
「髪を切ってはどうでしょうか」
「ブフォ?!?!」
予想外の言葉に、ホメロスは意味不明な音を発して、吹き出してしまった。少し振り返ると、エトワールは至って真面目な表情だった。
「鎧に挟まりませんか?」
「オレもそう思っていた。だがこれまで、散々勿体無いからそのままにしておけと、周りの連中に言われて来た。だが、お前のためになら、切っても構わない。どう思う?」
「⋯⋯とても綺麗です。美しいと思います。ずっと触れていたいくらい」
エトワールのおずおずとした答えを聞き、ホメロスは肩を揺らして笑った。
「それなら、未来永劫このままだな」
エトワールの手つきは、とても心地良く、ホメロスは何時迄も身を委ねていたかった。
(これでは、まるでオレが犬だな)
彼は自分自身に呆れていた。まさか、これほどまでに深く、人を愛することなど、生涯ないと思っていた。相手に、なんの見返りを求めない愛を抱くとは、考えてもみなかった。
「終わりました」
エトワールの細い指が、言葉とともに離れて行く。ホメロスは、本能的に彼女の手首を掴んでいた。
「これからは、毎日手伝え」
「かしこまりました。私も着替えて──」
「エトワール様!!」
外から絶叫が響いた。エトワールは驚き、目を見開いて振り返る。普段は冷静沈着のメイド長が、足音を立てて、蹴破る勢いで扉をひらいた。
「エトワール様!!!」
「ど⋯⋯どうしたのですか、エレナさん?」
「アンが毒を盛られたのです!! 倒れて⋯⋯血⋯⋯血を吐いて⋯⋯」
「すぐに行きます。厨房ですね?」
エトワールが訊ねると、エレナは力なく頷いた。エトワールは薄い寝間着のまま、裸足で駆け出した。ホメロスもその後を追った。
狭い厨房の中では、既に駆け付けた騎士により治療を施されたのか、真っ青な顔をしたアンが床にへたり込んで、胸を押さえて荒い息をしていた。
一方で、ジゼルが後ろ手に拘束されている。
エトワールは、なんとなく事情を察し、まずはアンの隣に膝を着いた。
「大丈夫? ⋯⋯いえ、大丈夫と言って」
「⋯⋯大丈夫で⋯⋯す。心配してくださったのですね? 嬉しい」
「一体何があったの?」
「あの女が!!」
アンは、ジゼルを指し、激昂した。
「あの女が突然やって来て、ホメロス様のお部屋のお世話は、自分の仕事だと言ったのです!! エトワールのトレイに触れていたので、もしやと思い、手を付けてみたら!!!」
エトワールが言葉を返す前に、ホメロスが無言で剣を抜いた。
「ホメロス様?」
「エトワール様?」
「何があったんだ?!」
集まって来た騎士たちが囁き合う中、ホメロスはジゼルを睨んだ。
「お前は害す相手を間違えた。私も罪を犯したが、お前も罪を犯した事に変わりは無い。タダで済むと思うな!!」
「お待ちください!」
すかさず、エトワールは両手を広げ、ジゼルを背後に庇った。
「未遂に終わりました!! どうか、罰を与える前に、お話をなさって──」
突然、彼女の声が途切れた。
その場にいた誰もが、状況を把握出来ずに固まってしまった。
「⋯⋯」
エトワールも、事態を把握出来ぬまま、がくりと糸が切れた様に膝を着いていた。左胸から、ナイフの先が飛び出ている。
(嗚呼⋯⋯刺されたの⋯⋯)
「あ⋯⋯ホ⋯⋯」
「エトワール⋯⋯」
ホメロスの差し出した手を、エトワールの手が掠めて通り過ぎた。そのまま床に落ちて行く。
「エトワール!!」
ホメロスは力強く彼女を引き寄せ、一思いに短剣を抜いた。すかさず、回復の呪文を使える騎士たちが治療にあたった。
傷口はすぐに塞がったが、ここしばらくの間に、何度も大怪我を負い、治療を繰り返されて来たエトワールは、力無く倒れてしまった。
ホメロスは彼女の頭を抱き抱えたまま、思い切り床を殴りつけた。そして鬼のような形相でジゼルを睨んだ。
「その女をマストに逆さ吊りにしろ!」
「待って⋯⋯」
エトワールの弱々しい声を、ホメロスは無視した。
「次に現れた魔物の餌にしてやる。楽に終われると思うなよ。出来るだけ苦しんで死ね!!」
「駄目! そんな⋯⋯惨い⋯⋯」
騎士たちも、エトワールの言葉を無視した。相当頭にきているらしい。
「ホメロス様! やめて⋯⋯。誰か止めて!!」
不意に、一人の騎士が剣を抜いた。周りが制止をする間もなく、大上段に構え、そして⋯⋯。
ゴトッと嫌な音が響いた。
メイド達は悲鳴をあげ、何人かは卒倒してしまった様だ。エトワールの近くに転がって来たソレは⋯⋯。
「⋯⋯っ!!」
首だ。ジゼルの首だ。
「⋯⋯ローラン⋯⋯。ローラン!」
ローランは、血濡れた剣を手放し、後ろによろけて尻餅をついてしまった。
エトワールは、這う様にして彼の元へ行き、そっと抱きしめた。
「ありがとう⋯⋯ローラン」
「これが正しかったのか⋯⋯僕には分かりません⋯⋯。それに、お礼なんて⋯⋯言わないでください! 貴女のためじゃない! 僕が⋯⋯僕が嫌だったから──」
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
エトワールは、何度も謝り、涙をこぼした。
(こんな終わりはあんまりだわ⋯⋯。私が⋯⋯私がホメロス様に近付かなければ、こんな事にはならなかった⋯⋯)
鉛の様に重い体を、無理矢理動かして、彼女は立ち上がった。ホメロスと向き合い、苦渋の決断をする。
「辞めます。⋯⋯ダーハルーネでの任務が終わり次第、騎士を辞めさせていただきます。私のせいで、この様な騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございません!! 全て、私の責任です」
「駄目だ。許さない。何故なら、お前に罪は無いからだ」
ホメロスは頑なに言い、エトワールの肩に手を置いた。
「部屋に戻って休んでいろ。この場はオレが収める」
「お手伝いします!!」
すかさず、アンが前に進み出た。自分も怖い思いをしただろうに、気丈にエトワールの背に手を添えた。
「さあ、エトワール様。お部屋に戻りましょう?」
「⋯⋯私は一人でも大丈夫。貴女も着替えた方が良いわ」
エトワールは、弱々しく応えて、やんわりとアンの手を退けた。
フラフラと扉へ向かうと、騎士達は自然に避けて通り道を作った。皆、心配そうな表情をしている。
「おい、姐さん!!」
唐突に、バルタザールがエトワールの体をひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「そんな足取りじゃあ、永遠に辿り着けないぜ」
彼なりの思いやりに溢れた言葉に、エトワールは涙した。
(ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい!!)
何度も何度も、心中で繰り返した。
部屋に戻るなり、エトワールは、床にへたり込み、シクシクと声を漏らして泣いた。全てが悪夢なら良いのにと、思った。
着替えを済ませると、自然と足はベッドへ向かっていた。何もする気が起きず、手足が冷たくしびれている。息がつまる様に苦しく、頭の中では、破れ鐘が響いていた。
辛い現実から逃げる様に、自分自身にラリホーを掛けた。
落ちていく意識。暗闇に滑り落ちるかの様な束の間に、彼女は過ぎ去りし日の幻影を見た。
(お母さん⋯⋯お父さん⋯⋯。私は騎士になり損ねました⋯⋯)
困った様に微笑んだ母は、唇を動かした。けれど、その言葉を、エトワールは理解出来なかった。
許可無く扉が開き、姿を現したのは⋯⋯。
「ジゼル⋯⋯さん?」
「どうしてお前がここに⋯⋯? それじゃあ⋯⋯噂は本当なの?!」
「ジゼルさん!!」
エトワールが止める間もなく、ジゼルは劇的に泣き叫びながら、走り去ってしまった。
「ホメロス様! 追ってください!! ホメロス様の口から事情を⋯⋯」
エトワールは途中で口を噤んだ。ホメロスは額に手を当てて俯いていた。
「ホメロス様! 具合が悪いのですか?!」
「⋯⋯いや⋯⋯何時もの事だ。朝はどうも調子が良くない」
ホメロスは、駆け寄って来たエトワールの手を、やんわり退けた。
「着替えを用意しろ。すぐに追う」
「かしこまりました」
エトワールは、すぐに行動に移った。テキパキと新しいブラウス、スラックスを用意し、ホメロスに差し出した。
「どうぞ」
しかし、ホメロスは受け取ろうとしなかった。
「⋯⋯え?」
エトワールが首を傾げると、ホメロスは嫌な笑みを浮かべた。
「着替えを手伝え」
「は?! ⋯⋯いや⋯⋯なんで」
「グレイグは使用人の手を借りている。ヤツだけではなく、城の重臣たちは、皆その様にしているが」
「⋯⋯かしこまりました」
エトワールは、表情を変えずに目を伏せた。ホメロスに歩み寄り、皺の寄った服に手を伸ばした。しかし、表情に表さずとも、彼女が緊張している事は伝わった。頬が薔薇色に染まり、指が震えている。
「冗談だ。髪を結わえる時だけ、手を貸せ。あとは自分で出来る」
ホメロスは、まるで子供に接するように、エトワールの頭をポンポンと撫で、着替えを受け取った。
エトワールは、サッと背を向けてしまった。ホメロスは、少し残念な気持ちになった。時間があれば、全て任せてみたいところだが、今試せば不誠実さを責められるだろう。
(時間なら、この先幾らでもある。焦って失っては、元も子もない)
手早く着替えを済ませて、早足でソファーに向かい、ブラシと髪留めをエトワールに手渡した。
「よろしく」
「はい。⋯⋯ですが、ホメロス様」
「なんだ?」
「髪を切ってはどうでしょうか」
「ブフォ?!?!」
予想外の言葉に、ホメロスは意味不明な音を発して、吹き出してしまった。少し振り返ると、エトワールは至って真面目な表情だった。
「鎧に挟まりませんか?」
「オレもそう思っていた。だがこれまで、散々勿体無いからそのままにしておけと、周りの連中に言われて来た。だが、お前のためになら、切っても構わない。どう思う?」
「⋯⋯とても綺麗です。美しいと思います。ずっと触れていたいくらい」
エトワールのおずおずとした答えを聞き、ホメロスは肩を揺らして笑った。
「それなら、未来永劫このままだな」
エトワールの手つきは、とても心地良く、ホメロスは何時迄も身を委ねていたかった。
(これでは、まるでオレが犬だな)
彼は自分自身に呆れていた。まさか、これほどまでに深く、人を愛することなど、生涯ないと思っていた。相手に、なんの見返りを求めない愛を抱くとは、考えてもみなかった。
「終わりました」
エトワールの細い指が、言葉とともに離れて行く。ホメロスは、本能的に彼女の手首を掴んでいた。
「これからは、毎日手伝え」
「かしこまりました。私も着替えて──」
「エトワール様!!」
外から絶叫が響いた。エトワールは驚き、目を見開いて振り返る。普段は冷静沈着のメイド長が、足音を立てて、蹴破る勢いで扉をひらいた。
「エトワール様!!!」
「ど⋯⋯どうしたのですか、エレナさん?」
「アンが毒を盛られたのです!! 倒れて⋯⋯血⋯⋯血を吐いて⋯⋯」
「すぐに行きます。厨房ですね?」
エトワールが訊ねると、エレナは力なく頷いた。エトワールは薄い寝間着のまま、裸足で駆け出した。ホメロスもその後を追った。
狭い厨房の中では、既に駆け付けた騎士により治療を施されたのか、真っ青な顔をしたアンが床にへたり込んで、胸を押さえて荒い息をしていた。
一方で、ジゼルが後ろ手に拘束されている。
エトワールは、なんとなく事情を察し、まずはアンの隣に膝を着いた。
「大丈夫? ⋯⋯いえ、大丈夫と言って」
「⋯⋯大丈夫で⋯⋯す。心配してくださったのですね? 嬉しい」
「一体何があったの?」
「あの女が!!」
アンは、ジゼルを指し、激昂した。
「あの女が突然やって来て、ホメロス様のお部屋のお世話は、自分の仕事だと言ったのです!! エトワールのトレイに触れていたので、もしやと思い、手を付けてみたら!!!」
エトワールが言葉を返す前に、ホメロスが無言で剣を抜いた。
「ホメロス様?」
「エトワール様?」
「何があったんだ?!」
集まって来た騎士たちが囁き合う中、ホメロスはジゼルを睨んだ。
「お前は害す相手を間違えた。私も罪を犯したが、お前も罪を犯した事に変わりは無い。タダで済むと思うな!!」
「お待ちください!」
すかさず、エトワールは両手を広げ、ジゼルを背後に庇った。
「未遂に終わりました!! どうか、罰を与える前に、お話をなさって──」
突然、彼女の声が途切れた。
その場にいた誰もが、状況を把握出来ずに固まってしまった。
「⋯⋯」
エトワールも、事態を把握出来ぬまま、がくりと糸が切れた様に膝を着いていた。左胸から、ナイフの先が飛び出ている。
(嗚呼⋯⋯刺されたの⋯⋯)
「あ⋯⋯ホ⋯⋯」
「エトワール⋯⋯」
ホメロスの差し出した手を、エトワールの手が掠めて通り過ぎた。そのまま床に落ちて行く。
「エトワール!!」
ホメロスは力強く彼女を引き寄せ、一思いに短剣を抜いた。すかさず、回復の呪文を使える騎士たちが治療にあたった。
傷口はすぐに塞がったが、ここしばらくの間に、何度も大怪我を負い、治療を繰り返されて来たエトワールは、力無く倒れてしまった。
ホメロスは彼女の頭を抱き抱えたまま、思い切り床を殴りつけた。そして鬼のような形相でジゼルを睨んだ。
「その女をマストに逆さ吊りにしろ!」
「待って⋯⋯」
エトワールの弱々しい声を、ホメロスは無視した。
「次に現れた魔物の餌にしてやる。楽に終われると思うなよ。出来るだけ苦しんで死ね!!」
「駄目! そんな⋯⋯惨い⋯⋯」
騎士たちも、エトワールの言葉を無視した。相当頭にきているらしい。
「ホメロス様! やめて⋯⋯。誰か止めて!!」
不意に、一人の騎士が剣を抜いた。周りが制止をする間もなく、大上段に構え、そして⋯⋯。
ゴトッと嫌な音が響いた。
メイド達は悲鳴をあげ、何人かは卒倒してしまった様だ。エトワールの近くに転がって来たソレは⋯⋯。
「⋯⋯っ!!」
首だ。ジゼルの首だ。
「⋯⋯ローラン⋯⋯。ローラン!」
ローランは、血濡れた剣を手放し、後ろによろけて尻餅をついてしまった。
エトワールは、這う様にして彼の元へ行き、そっと抱きしめた。
「ありがとう⋯⋯ローラン」
「これが正しかったのか⋯⋯僕には分かりません⋯⋯。それに、お礼なんて⋯⋯言わないでください! 貴女のためじゃない! 僕が⋯⋯僕が嫌だったから──」
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
エトワールは、何度も謝り、涙をこぼした。
(こんな終わりはあんまりだわ⋯⋯。私が⋯⋯私がホメロス様に近付かなければ、こんな事にはならなかった⋯⋯)
鉛の様に重い体を、無理矢理動かして、彼女は立ち上がった。ホメロスと向き合い、苦渋の決断をする。
「辞めます。⋯⋯ダーハルーネでの任務が終わり次第、騎士を辞めさせていただきます。私のせいで、この様な騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございません!! 全て、私の責任です」
「駄目だ。許さない。何故なら、お前に罪は無いからだ」
ホメロスは頑なに言い、エトワールの肩に手を置いた。
「部屋に戻って休んでいろ。この場はオレが収める」
「お手伝いします!!」
すかさず、アンが前に進み出た。自分も怖い思いをしただろうに、気丈にエトワールの背に手を添えた。
「さあ、エトワール様。お部屋に戻りましょう?」
「⋯⋯私は一人でも大丈夫。貴女も着替えた方が良いわ」
エトワールは、弱々しく応えて、やんわりとアンの手を退けた。
フラフラと扉へ向かうと、騎士達は自然に避けて通り道を作った。皆、心配そうな表情をしている。
「おい、姐さん!!」
唐突に、バルタザールがエトワールの体をひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「そんな足取りじゃあ、永遠に辿り着けないぜ」
彼なりの思いやりに溢れた言葉に、エトワールは涙した。
(ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい!!)
何度も何度も、心中で繰り返した。
部屋に戻るなり、エトワールは、床にへたり込み、シクシクと声を漏らして泣いた。全てが悪夢なら良いのにと、思った。
着替えを済ませると、自然と足はベッドへ向かっていた。何もする気が起きず、手足が冷たくしびれている。息がつまる様に苦しく、頭の中では、破れ鐘が響いていた。
辛い現実から逃げる様に、自分自身にラリホーを掛けた。
落ちていく意識。暗闇に滑り落ちるかの様な束の間に、彼女は過ぎ去りし日の幻影を見た。
(お母さん⋯⋯お父さん⋯⋯。私は騎士になり損ねました⋯⋯)
困った様に微笑んだ母は、唇を動かした。けれど、その言葉を、エトワールは理解出来なかった。