02:旅立ち編
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エトワールは、自室に着いた瞬間、膝から崩れた。
(私は馬鹿だ⋯⋯。期待しては行けなかったのに⋯⋯騎士として、生涯あの人にお仕えすると決めていたのに! 悪いのは私⋯⋯でも、だけど⋯⋯)
「うっ⋯⋯ひっく⋯⋯」
エトワールはボロボロ涙を零しながら、覚束ない足取りで立ち上がり、テーブルの上に置かれていた鏡を、床に叩きつけた。バリッと音を立てて、粉々に砕けたが、彼女の心はまだ荒んでいた。しゃがみ込み、破片を思い切り握り、また叩きつける。手が切れて、血が流れたが、痛みは全く無かった。
「あぁぁぁ!! 私が!! 私が悪いのに!!」
インクの入った壺、羽ペン、書きかけの書類など、手当たり次第に投げ付け、とうとう壊せる物がなくなると、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
(酷い⋯⋯酷い! 酷い!!)
どうしても、ホメロスを許すことが出来なかった。
「こんなに想っていたの⋯⋯私⋯⋯。嗚呼⋯⋯許せない⋯⋯死んで欲しい⋯⋯!!」
愛と憎悪が入り乱れ、彼女の許容範囲を超えてしまった。
エトワールは、壊れてしまったかの様に、光の無くなった目で、ぼんやりと何も無い空間を眺めていた。
────
アンは、朝食を摂らず、昼食の席にも現れなかったエトワールの為に、パンとミルクを持って、彼女の私室へと向かった。
朝方、部屋から物音がすると、複数の使用人が言っていたが、今は静まり返っていた。
「⋯⋯エトワール様?」
呼び掛けても返事が無い。アンは嫌な予感がして、そっとドアノブを回した。鍵は掛かっていなかった。
「エトワール様? 軽食を⋯⋯きゃあ!!!」
彼女は悲鳴を上げてしまった。荒れ果てた部屋の真ん中に、エトワールが座り込んでいる。目は虚で、手には深い切り傷が幾つも出来ていた。
「エトワール様!! しっかりしてください!!」
「⋯⋯アン?」
エトワールは、ゆっくりと顔を向けた。アンは慌てて駆け寄り、彼女の手を取った。
「ベッドに行きましょう! 薬箱をお持ちします!」
「⋯⋯良いの。放っておいて」
「放っておけるわけが──」
「放っておいてって、言ってるでしょう!!!」
エトワールは、また新たな傷が出来る事も厭わず、鋭利なガラスの破片を手にとって振り上げた。しかし、すぐに思い直し、手を下ろすと、ボロボロ涙を零した。
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい! 私が悪いの⋯⋯。お願いだから、しばらく独りにして⋯⋯」
「⋯⋯分かりました」
アンは少し考えてから、首を縦に振った。
「パンとミルクを置いておきます。落ち着いたら、召し上がってください。空腹のままでは、お体に障ります」
返事は無かった。アンは黙って部屋を出ると、向かいの壁に寄り掛かって、息を吐いた。
(あのエトワール様が、こんなに荒れるなんて⋯⋯。なんとかしないと⋯⋯でも、私じゃ無理)
彼女は決意を固め、顔を上げた。どうにか出来る人間がいるとすれば、それはホメロスだけだ。
アンは真っ直ぐホメロスの私室へ向かった。本当は怖かったが、彼女はそれだけの恩をエトワールから受けている。
貴族出身のメイドたちに嫌がらせを受けていたアンを、エトワールは常に守ってくれた。メイド一人一人と直接話し合い、「アンを虐めないでくれ」と頭を下げて回ってくれたのだ。
「ホメロス様! 入りますよ!!」
最早許可も求めず、扉をぶち破る勢いで、アンは部屋に入った。
ホメロスは不機嫌そうな表情で顔を上げ、溜息を吐いた。
「何の用だ」
「エトワール様を救ってください! 朝も昼も、何もお召し上がりにならず、憔悴しきっています」
「もう、私の部下では無い。私には、干渉する権利など──」
「馬鹿野郎!!」
アンは、これまでの人生で、一度も使った事のない言葉を口にして、ホメロスの机をバンと叩いた。
「貴方にしか救えないんです!! あんなに直向きに貴方を支えていたのに、どうして裏切る様な真似をしたんですか?! エトワール様は、誰よりも貴方の事を──」
言いかけ、アンは口を噤んだ。エトワールが必死に隠している想いを、勝手に伝えるわけにはいかなかったからだ。
「とにかく謝ってください!! エトワール様に謝ってください!!」
「騒ぐな」
「はいと言うまで居座ります!! 殺されても居座ります!」
アンはその場を動こうとしなかった。ホメロスは、物凄い剣幕のメイドを見つめ、溜息を吐いた。
「⋯⋯⋯⋯私に非があった。あいつは悪くない。⋯⋯少し落ち着いたら、話をしに行くと約束する」
「エトワール様が海に飛び込む前に、行ってください!!」
「大袈裟な──」
「そのくらい傷付いて、弱っていらっしゃるんです!! あんなに打ちひしがれた##NAME1#様は、初めて見ました!! 早くお側に行ってください!! 貴方が必要なんです!!」
ホメロスは、何も言わずに俯いた。少し考えてみれば、分かることだった。エトワールがホメロスに好意を告げたその日に、違う男の元へ向かったら?
(許すはずがない⋯⋯。考えただけでも、虫唾が走る)
「⋯⋯少し時間をくれ。必ず行く。それまで(夢主)を見ていてくれ」
「かしこまりました」
アンは冷ややかに応え、頭を下げた。部屋を出る直前になって、ホメロスを振り返り、クレイモランの風より凍て付いた表情で睨んだ。
「エトワール様に何かあったら、私、貴方を許しませんから。⋯⋯⋯⋯死んで償ってください」
使用人にあるまじき暴言を、ホメロスは咎める事が出来なかった。悪いのは自分だと、分かっていたから。
アンが立ち去った瞬間、彼は机に突っ伏して頭を抱えた。
(何と言えば良い?! 許されなくて当然だ⋯⋯)
頭の中から悪魔の子を捕まえる策など、すっかり消え失せてしまっていた。
(私は馬鹿だ⋯⋯。期待しては行けなかったのに⋯⋯騎士として、生涯あの人にお仕えすると決めていたのに! 悪いのは私⋯⋯でも、だけど⋯⋯)
「うっ⋯⋯ひっく⋯⋯」
エトワールはボロボロ涙を零しながら、覚束ない足取りで立ち上がり、テーブルの上に置かれていた鏡を、床に叩きつけた。バリッと音を立てて、粉々に砕けたが、彼女の心はまだ荒んでいた。しゃがみ込み、破片を思い切り握り、また叩きつける。手が切れて、血が流れたが、痛みは全く無かった。
「あぁぁぁ!! 私が!! 私が悪いのに!!」
インクの入った壺、羽ペン、書きかけの書類など、手当たり次第に投げ付け、とうとう壊せる物がなくなると、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
(酷い⋯⋯酷い! 酷い!!)
どうしても、ホメロスを許すことが出来なかった。
「こんなに想っていたの⋯⋯私⋯⋯。嗚呼⋯⋯許せない⋯⋯死んで欲しい⋯⋯!!」
愛と憎悪が入り乱れ、彼女の許容範囲を超えてしまった。
エトワールは、壊れてしまったかの様に、光の無くなった目で、ぼんやりと何も無い空間を眺めていた。
────
アンは、朝食を摂らず、昼食の席にも現れなかったエトワールの為に、パンとミルクを持って、彼女の私室へと向かった。
朝方、部屋から物音がすると、複数の使用人が言っていたが、今は静まり返っていた。
「⋯⋯エトワール様?」
呼び掛けても返事が無い。アンは嫌な予感がして、そっとドアノブを回した。鍵は掛かっていなかった。
「エトワール様? 軽食を⋯⋯きゃあ!!!」
彼女は悲鳴を上げてしまった。荒れ果てた部屋の真ん中に、エトワールが座り込んでいる。目は虚で、手には深い切り傷が幾つも出来ていた。
「エトワール様!! しっかりしてください!!」
「⋯⋯アン?」
エトワールは、ゆっくりと顔を向けた。アンは慌てて駆け寄り、彼女の手を取った。
「ベッドに行きましょう! 薬箱をお持ちします!」
「⋯⋯良いの。放っておいて」
「放っておけるわけが──」
「放っておいてって、言ってるでしょう!!!」
エトワールは、また新たな傷が出来る事も厭わず、鋭利なガラスの破片を手にとって振り上げた。しかし、すぐに思い直し、手を下ろすと、ボロボロ涙を零した。
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい! 私が悪いの⋯⋯。お願いだから、しばらく独りにして⋯⋯」
「⋯⋯分かりました」
アンは少し考えてから、首を縦に振った。
「パンとミルクを置いておきます。落ち着いたら、召し上がってください。空腹のままでは、お体に障ります」
返事は無かった。アンは黙って部屋を出ると、向かいの壁に寄り掛かって、息を吐いた。
(あのエトワール様が、こんなに荒れるなんて⋯⋯。なんとかしないと⋯⋯でも、私じゃ無理)
彼女は決意を固め、顔を上げた。どうにか出来る人間がいるとすれば、それはホメロスだけだ。
アンは真っ直ぐホメロスの私室へ向かった。本当は怖かったが、彼女はそれだけの恩をエトワールから受けている。
貴族出身のメイドたちに嫌がらせを受けていたアンを、エトワールは常に守ってくれた。メイド一人一人と直接話し合い、「アンを虐めないでくれ」と頭を下げて回ってくれたのだ。
「ホメロス様! 入りますよ!!」
最早許可も求めず、扉をぶち破る勢いで、アンは部屋に入った。
ホメロスは不機嫌そうな表情で顔を上げ、溜息を吐いた。
「何の用だ」
「エトワール様を救ってください! 朝も昼も、何もお召し上がりにならず、憔悴しきっています」
「もう、私の部下では無い。私には、干渉する権利など──」
「馬鹿野郎!!」
アンは、これまでの人生で、一度も使った事のない言葉を口にして、ホメロスの机をバンと叩いた。
「貴方にしか救えないんです!! あんなに直向きに貴方を支えていたのに、どうして裏切る様な真似をしたんですか?! エトワール様は、誰よりも貴方の事を──」
言いかけ、アンは口を噤んだ。エトワールが必死に隠している想いを、勝手に伝えるわけにはいかなかったからだ。
「とにかく謝ってください!! エトワール様に謝ってください!!」
「騒ぐな」
「はいと言うまで居座ります!! 殺されても居座ります!」
アンはその場を動こうとしなかった。ホメロスは、物凄い剣幕のメイドを見つめ、溜息を吐いた。
「⋯⋯⋯⋯私に非があった。あいつは悪くない。⋯⋯少し落ち着いたら、話をしに行くと約束する」
「エトワール様が海に飛び込む前に、行ってください!!」
「大袈裟な──」
「そのくらい傷付いて、弱っていらっしゃるんです!! あんなに打ちひしがれた##NAME1#様は、初めて見ました!! 早くお側に行ってください!! 貴方が必要なんです!!」
ホメロスは、何も言わずに俯いた。少し考えてみれば、分かることだった。エトワールがホメロスに好意を告げたその日に、違う男の元へ向かったら?
(許すはずがない⋯⋯。考えただけでも、虫唾が走る)
「⋯⋯少し時間をくれ。必ず行く。それまで(夢主)を見ていてくれ」
「かしこまりました」
アンは冷ややかに応え、頭を下げた。部屋を出る直前になって、ホメロスを振り返り、クレイモランの風より凍て付いた表情で睨んだ。
「エトワール様に何かあったら、私、貴方を許しませんから。⋯⋯⋯⋯死んで償ってください」
使用人にあるまじき暴言を、ホメロスは咎める事が出来なかった。悪いのは自分だと、分かっていたから。
アンが立ち去った瞬間、彼は机に突っ伏して頭を抱えた。
(何と言えば良い?! 許されなくて当然だ⋯⋯)
頭の中から悪魔の子を捕まえる策など、すっかり消え失せてしまっていた。