02:旅立ち編
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「なんだ、あの大きいのは!!」
ローランが半狂乱で叫んだ。
「クラーゴンよ! 図鑑で見なかった?!」
エトワールは、叫び返し周囲の兵に指示を出す。
「大砲を使うわ! 船の向きを変えて!! 弓兵は目を狙う様に! それから」
彼女は甲板に伸びている大男を指した。
「この馬鹿をどかして!」
(まともに動ける兵は、六割⋯⋯それ以下か)
幾らホメロスの兵が海戦に慣れているとはいえ、こんなに大きな魔物に出くわす事など滅多にない。⋯⋯というか、エトワールが騎士になってから初めての事である。
彼女はスッと剣を抜いた。
(船を損傷させれば、全員死ぬわね。どうしたら⋯⋯)
考える間もくれずに、頭上から巨大な触手が叩きつけられる。
「やあ!」
エトワールは足を思い切り切り捨てた。本体から離れたものの、クラーゴンの足は甲板の上でクネクネと動いていた。
「そこの暇人! 船の外に投げ捨てて!!」
「はいぃぃ!!」
ローランは慌ててヌルヌルと滑る足を抱えて、船の外へ放り投げた。完全に泣いている。
「ライデイン!!」
雷が魔物に直撃し、反動で船が大きく揺れた。運ばれ途中のバルタザールが吹っ飛び、船縁に頭をぶつけて気が付いた。そして、クラーゴンを見るなり、ガタガタと震え出した。
「死にたく無ければ、全員動け!!」
エトワールは、周囲の兵を叱咤し、再び剣を構える。
「エトワール様、ここは我々が!!」
気概のある幾人かの騎士が、ようやく臨戦態勢に入った。
「こちらから敢えて攻撃する必要は無いわ! あの忌々しい手足を削ぎ落とす事に集中してください!」
エトワールは一歩も引かずに剣を振るった。クラーゴンは痛みに呻き、完全に怒り狂って闇雲に手足を動かした。
「スクルト!!」
エトワールの魔法が、甲板に集まっている三十人程の騎士全員に、効果を示した。その並外れた魔法の力こそが、彼女の全てだ。
繰り出される猛攻に耐え、本体にメラゾーマを打ち込もうとした時だ。
一際大きい腕が、バルタザールに向かって振り下ろされた。
「危ない!!」
エトワールは慌てて彼を突き飛ばしたが、代わりに自分が長い腕に掴まれてしまった。
「うっ⋯⋯」
「エトワール様!!」
騎士の悲痛な叫びが響き渡る。エトワールは、海面から10メートル程の高さに持ち上げられ、体をきつく締め付けられた。
その時、丁度ホメロスが出て来た。彼はエトワールの姿を捉えるなり、駆け寄ろうとした。
「駄目です、ホメロス様!!」
重装兵がそれを取り押さえた。
「離せ!! ⋯⋯エトワール!!」
ホメロスは部下たちに拘束されてたまま、叫んだ。クラーゴンはしばらくエトワールを観察し、唐突に手を離した。
彼女は海面に激しく叩きつけられ、沈みかけた。しかし、その体を、またもクラーゴンの腕が捕らえ、宙高く掲げられ、再び手を離された。まるで、子供が人形遊びをするように、人間の苦痛を楽しんでいる。
「こんなの惨すぎる!」
それまで竦んでいたローランは、剣と鎧を脱ぎ捨て、短剣を咥えると海に飛び込んでいた。
「待て、ローラン!! エトワールを殺すつもりか?!」
相当取り乱し、ホメロスが叫んだ。ローランは器用に泳ぎ、海面に力無く浮かぶエトワールを抱き寄せた。
「ひぃぃぃ! 死んじゃう!!」
彼はベソをかきながら、短剣を頭上に掲げ、クラーゴンの腕を切り落とした。
その一瞬の間を、エトワールは逃さなかった。
「スクルト⋯⋯バイキルト⋯⋯っメラゾーマ!」
巨大な火球がクラーゴンの表皮を焼き切った。
「ローラン⋯⋯船まで泳げる? 全身の骨が折れたみたい。自力じゃ戻れないわ」
エトワールは、青ざめ、弱ってはいたが冷静に指示を出した。
「左腕は無事だったみたい。攻撃は私が受け止める。泳いで!」
「言われなくてもそうしますよ!」
ローランはバシャバシャと足を動かし、懸命に船を目指した。エトワールは、自分の言葉通り、全ての攻撃を打ち払った。魔法で肉体を強化したのだ。
「早くロープを用意しろ!!」
ホメロスは声が枯れる程怒鳴って急かした。騎士が海に向かってロープを投げると、ローランが死にそうな表情でしがみついた。
二人一緒に引き上げられるなり、エトワールはスッと息を吸い込み、クラーゴンに狙いを定める。
「マダンテ!!」
渾身の一撃が、脳天に直撃した。船が大きく揺れ、クラーゴンは苦悶の叫びを上げると、海の底へと沈んで行った。
「エトワールさん!」
ローランは意識をなくした彼女に、叫んだ。足の骨が折れているらしく、あらぬ方向に曲がっている。
「エトワール!!」
ホメロスが部下を数人連れて駆け寄った。膝をついて座り、エトワールの身体を預かると、肩を抱いて首筋に手を当てた。
「脈が無い⋯⋯。早く回復を!!」
「はい!」
騎士たちが大慌てで囲み、ベホイムを唱えた。目に見えるエトワールの損傷は修復されたが、意識が戻らない。
「エトワール!! 目を覚ませ!! 目をっ⋯⋯。また⋯⋯オレを殴ってくれ!!」
「水を飲んでいるんじゃあ、ありませんかね?」
バルタザールがヨロヨロと歩み寄り、エトワールを横たえると、胸骨を圧迫した。しかし、ひとしきり返しても息が戻らない。
「どけ!」
ホメロスは騎士たちを払いのけ、エトワールと唇を重ねた。人口呼吸を繰り返す。
しばらく経った頃。
「⋯⋯かっ」
エトワールはむせ返り、薄っすらと目を開けた。口の端から水が溢れ、胸を上下させた。
「エトワール⋯⋯」
ホメロスが抱き起こし、濡れた髪を払ってやると、彼女は少しだけ笑った。
「⋯⋯また、貴方に救われた」
「オレは何も出来なかった⋯⋯。許してくれ」
エトワールは、何か言いかけて気を失ってしまった。
「エトワール様!!」
不意に、船室の方から女の声が響いた。救急箱とバスタオルを持ったアンが、血の気を失って走って来た。メイドたちは皆、奥へ引きこもって震えているところ、彼女だけがやって来たのだ。
「エトワール様! 身体を温めないと!」
アンは素早くしゃがみ込み、バスタオルでエトワールを包んだ。
「あの、これも持って来ました!」
彼女は腰に下げていた麻袋を床に置いた。
「エトワール様が非常用に用意していた物です。何かお役に立てれば......」
「まほうの聖水!」
ホメロスは、丸い瓶を取り出し、栓を開けてエトワールの口に押し付けて傾けた。
彼女は、全ての魔力を使い切ってしまっている。
幸い喉が上下した。ホメロスは、ほっと息を吐きローランに目を向けた。
「お前がいなければ、どうなっていたことか。礼を言う。それから、褒賞も与えよう。貴女にも」
彼は半分泣きかけているアンの肩に手を置いた。
「良く、逃げずに来てくれた。騎士でも恐れ慄き、剣を抜けない者がいた中で⋯⋯。何を望む?」
「は⋯⋯母が病気なのです。心臓が悪くて⋯⋯」
「医術者と金銭の手配をしよう」
「そんな事より!!」
ローランが割って入り、大声を上げた。
「僕のエトワールさんをベッドに運んでください!!」
彼も相当錯乱しており、”上官の”と言うつもりが、うっかり間違えてしまった。ホメロスは、靴の底に張り付いた馬糞を見るような目を、ローランに向けた。
「”私の”だ」
そういうと、彼はエトワールを抱き上げ、船室へ戻って行ってしまった。
ローランが半狂乱で叫んだ。
「クラーゴンよ! 図鑑で見なかった?!」
エトワールは、叫び返し周囲の兵に指示を出す。
「大砲を使うわ! 船の向きを変えて!! 弓兵は目を狙う様に! それから」
彼女は甲板に伸びている大男を指した。
「この馬鹿をどかして!」
(まともに動ける兵は、六割⋯⋯それ以下か)
幾らホメロスの兵が海戦に慣れているとはいえ、こんなに大きな魔物に出くわす事など滅多にない。⋯⋯というか、エトワールが騎士になってから初めての事である。
彼女はスッと剣を抜いた。
(船を損傷させれば、全員死ぬわね。どうしたら⋯⋯)
考える間もくれずに、頭上から巨大な触手が叩きつけられる。
「やあ!」
エトワールは足を思い切り切り捨てた。本体から離れたものの、クラーゴンの足は甲板の上でクネクネと動いていた。
「そこの暇人! 船の外に投げ捨てて!!」
「はいぃぃ!!」
ローランは慌ててヌルヌルと滑る足を抱えて、船の外へ放り投げた。完全に泣いている。
「ライデイン!!」
雷が魔物に直撃し、反動で船が大きく揺れた。運ばれ途中のバルタザールが吹っ飛び、船縁に頭をぶつけて気が付いた。そして、クラーゴンを見るなり、ガタガタと震え出した。
「死にたく無ければ、全員動け!!」
エトワールは、周囲の兵を叱咤し、再び剣を構える。
「エトワール様、ここは我々が!!」
気概のある幾人かの騎士が、ようやく臨戦態勢に入った。
「こちらから敢えて攻撃する必要は無いわ! あの忌々しい手足を削ぎ落とす事に集中してください!」
エトワールは一歩も引かずに剣を振るった。クラーゴンは痛みに呻き、完全に怒り狂って闇雲に手足を動かした。
「スクルト!!」
エトワールの魔法が、甲板に集まっている三十人程の騎士全員に、効果を示した。その並外れた魔法の力こそが、彼女の全てだ。
繰り出される猛攻に耐え、本体にメラゾーマを打ち込もうとした時だ。
一際大きい腕が、バルタザールに向かって振り下ろされた。
「危ない!!」
エトワールは慌てて彼を突き飛ばしたが、代わりに自分が長い腕に掴まれてしまった。
「うっ⋯⋯」
「エトワール様!!」
騎士の悲痛な叫びが響き渡る。エトワールは、海面から10メートル程の高さに持ち上げられ、体をきつく締め付けられた。
その時、丁度ホメロスが出て来た。彼はエトワールの姿を捉えるなり、駆け寄ろうとした。
「駄目です、ホメロス様!!」
重装兵がそれを取り押さえた。
「離せ!! ⋯⋯エトワール!!」
ホメロスは部下たちに拘束されてたまま、叫んだ。クラーゴンはしばらくエトワールを観察し、唐突に手を離した。
彼女は海面に激しく叩きつけられ、沈みかけた。しかし、その体を、またもクラーゴンの腕が捕らえ、宙高く掲げられ、再び手を離された。まるで、子供が人形遊びをするように、人間の苦痛を楽しんでいる。
「こんなの惨すぎる!」
それまで竦んでいたローランは、剣と鎧を脱ぎ捨て、短剣を咥えると海に飛び込んでいた。
「待て、ローラン!! エトワールを殺すつもりか?!」
相当取り乱し、ホメロスが叫んだ。ローランは器用に泳ぎ、海面に力無く浮かぶエトワールを抱き寄せた。
「ひぃぃぃ! 死んじゃう!!」
彼はベソをかきながら、短剣を頭上に掲げ、クラーゴンの腕を切り落とした。
その一瞬の間を、エトワールは逃さなかった。
「スクルト⋯⋯バイキルト⋯⋯っメラゾーマ!」
巨大な火球がクラーゴンの表皮を焼き切った。
「ローラン⋯⋯船まで泳げる? 全身の骨が折れたみたい。自力じゃ戻れないわ」
エトワールは、青ざめ、弱ってはいたが冷静に指示を出した。
「左腕は無事だったみたい。攻撃は私が受け止める。泳いで!」
「言われなくてもそうしますよ!」
ローランはバシャバシャと足を動かし、懸命に船を目指した。エトワールは、自分の言葉通り、全ての攻撃を打ち払った。魔法で肉体を強化したのだ。
「早くロープを用意しろ!!」
ホメロスは声が枯れる程怒鳴って急かした。騎士が海に向かってロープを投げると、ローランが死にそうな表情でしがみついた。
二人一緒に引き上げられるなり、エトワールはスッと息を吸い込み、クラーゴンに狙いを定める。
「マダンテ!!」
渾身の一撃が、脳天に直撃した。船が大きく揺れ、クラーゴンは苦悶の叫びを上げると、海の底へと沈んで行った。
「エトワールさん!」
ローランは意識をなくした彼女に、叫んだ。足の骨が折れているらしく、あらぬ方向に曲がっている。
「エトワール!!」
ホメロスが部下を数人連れて駆け寄った。膝をついて座り、エトワールの身体を預かると、肩を抱いて首筋に手を当てた。
「脈が無い⋯⋯。早く回復を!!」
「はい!」
騎士たちが大慌てで囲み、ベホイムを唱えた。目に見えるエトワールの損傷は修復されたが、意識が戻らない。
「エトワール!! 目を覚ませ!! 目をっ⋯⋯。また⋯⋯オレを殴ってくれ!!」
「水を飲んでいるんじゃあ、ありませんかね?」
バルタザールがヨロヨロと歩み寄り、エトワールを横たえると、胸骨を圧迫した。しかし、ひとしきり返しても息が戻らない。
「どけ!」
ホメロスは騎士たちを払いのけ、エトワールと唇を重ねた。人口呼吸を繰り返す。
しばらく経った頃。
「⋯⋯かっ」
エトワールはむせ返り、薄っすらと目を開けた。口の端から水が溢れ、胸を上下させた。
「エトワール⋯⋯」
ホメロスが抱き起こし、濡れた髪を払ってやると、彼女は少しだけ笑った。
「⋯⋯また、貴方に救われた」
「オレは何も出来なかった⋯⋯。許してくれ」
エトワールは、何か言いかけて気を失ってしまった。
「エトワール様!!」
不意に、船室の方から女の声が響いた。救急箱とバスタオルを持ったアンが、血の気を失って走って来た。メイドたちは皆、奥へ引きこもって震えているところ、彼女だけがやって来たのだ。
「エトワール様! 身体を温めないと!」
アンは素早くしゃがみ込み、バスタオルでエトワールを包んだ。
「あの、これも持って来ました!」
彼女は腰に下げていた麻袋を床に置いた。
「エトワール様が非常用に用意していた物です。何かお役に立てれば......」
「まほうの聖水!」
ホメロスは、丸い瓶を取り出し、栓を開けてエトワールの口に押し付けて傾けた。
彼女は、全ての魔力を使い切ってしまっている。
幸い喉が上下した。ホメロスは、ほっと息を吐きローランに目を向けた。
「お前がいなければ、どうなっていたことか。礼を言う。それから、褒賞も与えよう。貴女にも」
彼は半分泣きかけているアンの肩に手を置いた。
「良く、逃げずに来てくれた。騎士でも恐れ慄き、剣を抜けない者がいた中で⋯⋯。何を望む?」
「は⋯⋯母が病気なのです。心臓が悪くて⋯⋯」
「医術者と金銭の手配をしよう」
「そんな事より!!」
ローランが割って入り、大声を上げた。
「僕のエトワールさんをベッドに運んでください!!」
彼も相当錯乱しており、”上官の”と言うつもりが、うっかり間違えてしまった。ホメロスは、靴の底に張り付いた馬糞を見るような目を、ローランに向けた。
「”私の”だ」
そういうと、彼はエトワールを抱き上げ、船室へ戻って行ってしまった。