マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
06:大聖堂へ至る陰謀編〜1〜
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流石に早朝だけあってか、ドニの宿場街も静まり返っていた。
アンジェリカは、まっすぐ宿屋へ向かい、控えめに扉を開けた。
カウンターに立っていた女将は、すぐに彼女に気が付き、身を乗り出した。
「アンジェリカさん!!」
「早朝に失礼致します。サージュという修道士見習いが、此処に来ていませんか?」
「その事なんだけどね」
女将は血相を変えて捲し立てた。
「つい、半刻程前に、みんな此処を出て行ってしまったのよ!!」
「みんな? 一人では無かったのですか?」
「ええ。子供ばかり四人で」
「お代は?」
「十分すぎる程いただいたわ」
女将は、不審そうな表情を浮かべながら、アンジェリカの顔をじっと見つめた。
「修道院で何かあったの?」
「お答え出来ません。すぐに、子供たちを追い掛けます」
アンジェリカは、踵を返し、外へ飛び出した。1秒も無駄には出来ない。マイエラ修道院から少し離れれば、魔物の分布も変わり、非常に危険だ。
街を出て、アンジェリカはほんの一瞬迷った。川沿いの教会に移転し、其処からマイエラ方向に戻る方が良いのか。
しかし、落ち着きを取り戻す為に、一呼吸置いて思い直した。自分が10歳だった頃でも、半刻歩いて2kmがせいぜいだった。走れば追い付ける可能性がある。
アンジェリカは、走り出した。
不運な事に、今回は大した武器を持っていない。装備も貧弱だ。銀製のナイフとブロンズナイフが、それぞれ一本。絹のローブでは、物理攻撃を防ぐ事は出来ない。群れの魔物に囲まれれば、かなり危ない思いをするだろう。
おまけに、強い向かい風が吹いていた。
マイエラ修道院を左手に見ながら、緩やかな下り坂を駆け下りる。15分ほど経ったところで、ふと顔を上げると、約500メートル先に、豆粒サイズの子供たちの影が見えた。岩に腰掛け休憩をしている様だ。
「いけない!」
背後に、スライムナイトが忍び寄って行く。子供たちは、会話に夢中になっているせいか、気付かない。
「サージュ!!!」
体から振り絞る様な怒声を放ったが、風に千切られて届かなかった。
「くそ!」
アンジェリカは、到底人に聞かせられない悪態を吐き、駆け出した。
「サージュ!!!! サージュ!!!!⋯⋯気づけ!!!!!」
声は届かない。しかし、修道士見習いの一人が、背後を振り返り武器を構えた。
彼らは、長い武器⋯⋯竹槍を手にしていた。普通修道士見習いは、短剣を装備しているのだが、ドニの商人から仕入れたのだろう。その選択自体は間違っていなかった。
ナイフの間合いよりも、槍の間合いの方が広く、敵を攻撃する時に、自分が傷付くリスクを減らせる。
だが、スライムナイトが持っているのは、鋼の剣で、少年たちが持っているのは竹を荒削りした武器だ。長くは持つまい。
アンジェリカは、一旦立ち止まり、鋭く口笛を吹いた。甲高い音は、風の盾を突き抜け、少年たちと魔物の耳に届いた。
「サージュ!! 逃げろ!!!」
魔物たちはアンジェリカの姿に気付いたものの、少年たちに襲い掛かるのをやめなかった。喰い殺すには、弱い敵の方が良いに決まっている。
アンジェリカには、ただ走る事しか出来なかった。
坂道を下るその間にも、一人の竹槍が無残に折られ、少年が頭を抱えて後ろへ吹き飛んだ。
「スクルト!!!」
あと100メートルの所まで来て、アンジェリカは大声で唱えた。流石に距離が離れすぎているせいで、魔物と少年たちの両方に呪文が掛かってしまったが、これで大抵の攻撃は避けられるだろう。
アンジェリカは、走りながらもう一度、鋭く口笛を吹いた。今度は、迫り来る脅威を無視できなかったからか、魔物たちは彼女めがけて飛び掛かって来た。
ブロンズナイフを鞘から取り出し、迷いなく投げつけると、それはスライムナイトの本体である、騎手の心臓部に見事にヒットした。魔物は光になり、地面には宝石が散らばった。多くの人間が、飛び付いて拾うほど価値のある物だが、アンジェリカはそれを踏み砕いて少年たちの元へ駆け寄った。
「私の体に掴まって!!」
アンジェリカは、大声で怒鳴り散らした。敵が多すぎる。しかも、声に誘われ、毒矢ずきんまでもが群がってきた。
突然、絹を引き裂くような悲鳴が響いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
少年の一人が、背後から襲われ、左腕の肘から下を、サイコロンという魔物に食いちぎられたのだ。
アンジェリカは闘う事を放棄し、魔物に背を向け、彼らを庇うように両腕を大きく広げた。片腕を失くした少年の襟首を掴んで、他の子供達を抱き込む。
そのせいで、恰好の的になってしまった、空白の背中を、スライムナイトの剣が切り裂き、ぬらぬらと光る毒を塗られた矢が、何本も突き刺さった。
アンジェリカは、前のめりになり、息を詰まらせたが、四人の子供達をしっかり腕に抱き、ルーラを唱えた。
転移した先は、アスカンタ城下町の入り口だった。突然天から現れた少女と、少年たちの姿を捉え、街人たちは一斉に動きを止め、次の瞬間悲鳴を挙げた。
アンジェリカは、腕を失った少年の治療を優先した。
「べ⋯⋯ベホマ」
最近身に付けたばかりの呪文を唱えると、傷口は塞がり、出血は止まった。しかし、なくなった腕を生やすことは出来ない。
アンジェリカは、意識が遠のいて行くのを感じた。身体がどんどん冷たくなり、震えが止まらない。
「おい、しっかりしろ!!!」
誰かが怒鳴り声を挙げた。アンジェリカが、薄っすら目を開けると、ククールの姿があった。その後ろには、青ざめた表情のエイトたちもいる。
「一体どうしてこんな事に──」
「早く、助けて!」
アンジェリカは、胸を押さえて喘いだ。
「まだ死にたくない!! こんな所で⋯⋯こんな風に──」
「矢を抜くよ」
冷静だったのは、エイトだ。彼はすぐにアンジェリカの肩を支え、真っ直ぐ矢を引き抜いた。彼女は、危うく舌を噛みそうになったが、なんとか歯を食いしばって堪えた。
「あと二本だ!」
彼は、まるで躊躇いを見せずに、一気に二本引き抜き回復魔法を掛けた。
毒の治療は、曲がりなりにも教会の技を学んでいたククールが行なった。
全員が最善を尽くしたお陰で、アンジェリカは何とか一人で座る事が出来た。彼女は即座にサージュの頬を平手打ちした。
「ドニの宿屋で待ってと言ったでしょう!!!」
「あ⋯⋯貴女に、これ以上頼りたくなくて──」
「少しは考えなかったの?! 貴方は騎士じゃない!! 普通の男の子よ!!」
「四人なら⋯⋯大丈夫だと思って⋯⋯大丈夫だって、僕が言って──」
「その責任を、貴方はどう取るの?! ⋯⋯この子の腕はもう二度と元には戻らないのよ!!!」
腕を失った少年は、憎悪に満ちた表情でサージュを睨んでいた。それは、マルチェロがククールへ向けていた視線に、よく似ている。サージュは、声をあげて泣き出し、そんな彼に、腕を失くした少年は体当たりした。
「お前が⋯⋯お前が強引に僕たちを誘わなければ、こんな事にはならなかった!!! この人を待てと言ったのに!!!」
彼は、喉を枯らして恨み言を吐き続ける。
「騎士になりたかったのに⋯⋯全部台無しだ!! お前さえいなければ──」
「もう、分かったわ」
アンジェリカは、硬い表情で少年を抱き締めた。そして離れると、ナイフを抜いて、切っ先を彼の喉に突き付けた。
「全てが駄目になってしまって、生きるのが辛いなら、私が終わらせてあげるから」
「アンジェリカ──」
止めようとした、ククールの手を(夢主)は遮った。
「貴方は一生サージュを恨みながら生きる事も出来るし、死ぬ事も出来る。勿論、違う生き方も」
「い⋯⋯嫌だ!! なんで僕が死ななきゃいけないんだ!!! なんで僕の腕だけ──」
「人を憎む事が、どういう事なのか、貴方なら分かるでしょう」
アンジェリカは、辛抱強く諭すような口調で語り掛けた。
「貴族や、自分の生まれを恨んで来た、マルチェロ様の身に何が起こったか、貴方は知っているでしょう?」
「兄貴に何かあったのか?!」
咄嗟にククールが訊ねた。しかし、アンジェリカは少年だけを見詰めていた。
「恨むなら、私を恨みなさい。私がもっと上手く立ち回っていれば⋯⋯」
「⋯⋯貴女のせいではありません」
少年は、悩んだ末、ぶっきらぼうにそれだけ言った。あとの言葉は、涙に呑まれてしまった。アンジェリカは、子供たちの背中を撫でながら立ち上がった。
「アスカンタ王にお会いしないと。本を幾つか預かってきたし、この子たちを路頭に迷わせるわけには行かないから」
「酷い顔色だ」
ククールが頬に触れようとした。しかし、アンジェリカは、その手をやんわり振り払った。だが、ククールも引かなかった。
「腕に掴まれよ」
「大丈夫──」
「良いから!」
ククールは、無理矢理彼女の左手首を掴み、驚き、目を見開いた。
「あんた、いつの間に結婚したんだ?!」
「は?」
アンジェリカは、あからさまに動揺し、凍りついた。
「どうしてそんな事を聞くの?」
「だって、薬指に指輪をはめているから⋯⋯」
「これにそんな意味があったなんて、知らなかったわ!」
「相手の男を気の毒に思うぜ。⋯⋯ちょっと待て! まさか──」
「今はそんな話、どうでも良いでしょう!」
アンジェリカは、ククールが具体的な名前を出す前に遮った。今になってマルチェロの想いを知り、気持ちの整理がつけられず、困惑した。
修道院長が、指輪を贈る事だけでも、あってはならない事だ。アンジェリカは、外そうとした。しかし、指にピッタリ貼り付いているかのように、動かない。
「見せてみ──」
ククールが手を伸ばし、指輪に触れようとした瞬間、弾かれた様に後ろへ後ずさった。
「これ、間違いなく呪いの指輪だぜ! 渡した人間の、おぞましいほどの独占欲を感じる。⋯⋯どこのどいつだか知らないけどさ」
「私を攻撃しないなら、それで良いわ。貴方みたいな厄介な男性を、遠ざける武器になりそうだし。指輪の話は、どうでも良いのよ」
アンジェリカは、出来るだけ素っ気なく聞こえる様に努力し、子供達の背をやんわり押した。
「世の中、タダ飯を喰わせてくれるほど甘くは無いのよ。貴方たちが死なない程度に、こき使ってくれそうな職場を紹介するわ」
子供達は目をまん丸に見開き、お互いに顔を見合わせた。
アンジェリカは、慌てて手を振った。
「ごめんなさい。酷い言い方だったわね。誰も貴方たちを死ぬほど働かせたりしないから、安心してちょうだい?」
この時、彼女は初めて気付いた。人に対して気を遣わずに、辛辣な言葉を口にする事が、如何に簡単か。相手の心の機微に対して、後ろめたさを感じなくなれば、こんなに楽な生き方は無い。
マルチェロも、ライラスも、いう人間だ。彼らは良心の呵責など感じる事もなく、思った事を口にする人たちだった。
でも⋯⋯だけど、その結果、ドルマゲスは杖を盗み、一部の聖堂騎士団は暴徒と化した。そんな生き方は、間違っていると思った。
アンジェリカは、人を殺めてしまった。常人が決して超えぬ壁を突き破ってしまったのだ。けれど、言葉まで刃に変えたくは無かった。
「さあ、行きましょう。アスカンタの王様にお会いするの。とても、心の優しい方よ」
彼女は、片腕の無い少年を支えながら、歩き出した。二、三歩進んで、アンジェリカは振り返った。
「ごめんなさい。もう少しだけ、時間をちょうだい」
「待ってるよ」
エイトが答え、ゼシカとヤンガスが頷いた。ククールは片手を挙げて応えた。
アンジェリカは、まっすぐ宿屋へ向かい、控えめに扉を開けた。
カウンターに立っていた女将は、すぐに彼女に気が付き、身を乗り出した。
「アンジェリカさん!!」
「早朝に失礼致します。サージュという修道士見習いが、此処に来ていませんか?」
「その事なんだけどね」
女将は血相を変えて捲し立てた。
「つい、半刻程前に、みんな此処を出て行ってしまったのよ!!」
「みんな? 一人では無かったのですか?」
「ええ。子供ばかり四人で」
「お代は?」
「十分すぎる程いただいたわ」
女将は、不審そうな表情を浮かべながら、アンジェリカの顔をじっと見つめた。
「修道院で何かあったの?」
「お答え出来ません。すぐに、子供たちを追い掛けます」
アンジェリカは、踵を返し、外へ飛び出した。1秒も無駄には出来ない。マイエラ修道院から少し離れれば、魔物の分布も変わり、非常に危険だ。
街を出て、アンジェリカはほんの一瞬迷った。川沿いの教会に移転し、其処からマイエラ方向に戻る方が良いのか。
しかし、落ち着きを取り戻す為に、一呼吸置いて思い直した。自分が10歳だった頃でも、半刻歩いて2kmがせいぜいだった。走れば追い付ける可能性がある。
アンジェリカは、走り出した。
不運な事に、今回は大した武器を持っていない。装備も貧弱だ。銀製のナイフとブロンズナイフが、それぞれ一本。絹のローブでは、物理攻撃を防ぐ事は出来ない。群れの魔物に囲まれれば、かなり危ない思いをするだろう。
おまけに、強い向かい風が吹いていた。
マイエラ修道院を左手に見ながら、緩やかな下り坂を駆け下りる。15分ほど経ったところで、ふと顔を上げると、約500メートル先に、豆粒サイズの子供たちの影が見えた。岩に腰掛け休憩をしている様だ。
「いけない!」
背後に、スライムナイトが忍び寄って行く。子供たちは、会話に夢中になっているせいか、気付かない。
「サージュ!!!」
体から振り絞る様な怒声を放ったが、風に千切られて届かなかった。
「くそ!」
アンジェリカは、到底人に聞かせられない悪態を吐き、駆け出した。
「サージュ!!!! サージュ!!!!⋯⋯気づけ!!!!!」
声は届かない。しかし、修道士見習いの一人が、背後を振り返り武器を構えた。
彼らは、長い武器⋯⋯竹槍を手にしていた。普通修道士見習いは、短剣を装備しているのだが、ドニの商人から仕入れたのだろう。その選択自体は間違っていなかった。
ナイフの間合いよりも、槍の間合いの方が広く、敵を攻撃する時に、自分が傷付くリスクを減らせる。
だが、スライムナイトが持っているのは、鋼の剣で、少年たちが持っているのは竹を荒削りした武器だ。長くは持つまい。
アンジェリカは、一旦立ち止まり、鋭く口笛を吹いた。甲高い音は、風の盾を突き抜け、少年たちと魔物の耳に届いた。
「サージュ!! 逃げろ!!!」
魔物たちはアンジェリカの姿に気付いたものの、少年たちに襲い掛かるのをやめなかった。喰い殺すには、弱い敵の方が良いに決まっている。
アンジェリカには、ただ走る事しか出来なかった。
坂道を下るその間にも、一人の竹槍が無残に折られ、少年が頭を抱えて後ろへ吹き飛んだ。
「スクルト!!!」
あと100メートルの所まで来て、アンジェリカは大声で唱えた。流石に距離が離れすぎているせいで、魔物と少年たちの両方に呪文が掛かってしまったが、これで大抵の攻撃は避けられるだろう。
アンジェリカは、走りながらもう一度、鋭く口笛を吹いた。今度は、迫り来る脅威を無視できなかったからか、魔物たちは彼女めがけて飛び掛かって来た。
ブロンズナイフを鞘から取り出し、迷いなく投げつけると、それはスライムナイトの本体である、騎手の心臓部に見事にヒットした。魔物は光になり、地面には宝石が散らばった。多くの人間が、飛び付いて拾うほど価値のある物だが、アンジェリカはそれを踏み砕いて少年たちの元へ駆け寄った。
「私の体に掴まって!!」
アンジェリカは、大声で怒鳴り散らした。敵が多すぎる。しかも、声に誘われ、毒矢ずきんまでもが群がってきた。
突然、絹を引き裂くような悲鳴が響いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
少年の一人が、背後から襲われ、左腕の肘から下を、サイコロンという魔物に食いちぎられたのだ。
アンジェリカは闘う事を放棄し、魔物に背を向け、彼らを庇うように両腕を大きく広げた。片腕を失くした少年の襟首を掴んで、他の子供達を抱き込む。
そのせいで、恰好の的になってしまった、空白の背中を、スライムナイトの剣が切り裂き、ぬらぬらと光る毒を塗られた矢が、何本も突き刺さった。
アンジェリカは、前のめりになり、息を詰まらせたが、四人の子供達をしっかり腕に抱き、ルーラを唱えた。
転移した先は、アスカンタ城下町の入り口だった。突然天から現れた少女と、少年たちの姿を捉え、街人たちは一斉に動きを止め、次の瞬間悲鳴を挙げた。
アンジェリカは、腕を失った少年の治療を優先した。
「べ⋯⋯ベホマ」
最近身に付けたばかりの呪文を唱えると、傷口は塞がり、出血は止まった。しかし、なくなった腕を生やすことは出来ない。
アンジェリカは、意識が遠のいて行くのを感じた。身体がどんどん冷たくなり、震えが止まらない。
「おい、しっかりしろ!!!」
誰かが怒鳴り声を挙げた。アンジェリカが、薄っすら目を開けると、ククールの姿があった。その後ろには、青ざめた表情のエイトたちもいる。
「一体どうしてこんな事に──」
「早く、助けて!」
アンジェリカは、胸を押さえて喘いだ。
「まだ死にたくない!! こんな所で⋯⋯こんな風に──」
「矢を抜くよ」
冷静だったのは、エイトだ。彼はすぐにアンジェリカの肩を支え、真っ直ぐ矢を引き抜いた。彼女は、危うく舌を噛みそうになったが、なんとか歯を食いしばって堪えた。
「あと二本だ!」
彼は、まるで躊躇いを見せずに、一気に二本引き抜き回復魔法を掛けた。
毒の治療は、曲がりなりにも教会の技を学んでいたククールが行なった。
全員が最善を尽くしたお陰で、アンジェリカは何とか一人で座る事が出来た。彼女は即座にサージュの頬を平手打ちした。
「ドニの宿屋で待ってと言ったでしょう!!!」
「あ⋯⋯貴女に、これ以上頼りたくなくて──」
「少しは考えなかったの?! 貴方は騎士じゃない!! 普通の男の子よ!!」
「四人なら⋯⋯大丈夫だと思って⋯⋯大丈夫だって、僕が言って──」
「その責任を、貴方はどう取るの?! ⋯⋯この子の腕はもう二度と元には戻らないのよ!!!」
腕を失った少年は、憎悪に満ちた表情でサージュを睨んでいた。それは、マルチェロがククールへ向けていた視線に、よく似ている。サージュは、声をあげて泣き出し、そんな彼に、腕を失くした少年は体当たりした。
「お前が⋯⋯お前が強引に僕たちを誘わなければ、こんな事にはならなかった!!! この人を待てと言ったのに!!!」
彼は、喉を枯らして恨み言を吐き続ける。
「騎士になりたかったのに⋯⋯全部台無しだ!! お前さえいなければ──」
「もう、分かったわ」
アンジェリカは、硬い表情で少年を抱き締めた。そして離れると、ナイフを抜いて、切っ先を彼の喉に突き付けた。
「全てが駄目になってしまって、生きるのが辛いなら、私が終わらせてあげるから」
「アンジェリカ──」
止めようとした、ククールの手を(夢主)は遮った。
「貴方は一生サージュを恨みながら生きる事も出来るし、死ぬ事も出来る。勿論、違う生き方も」
「い⋯⋯嫌だ!! なんで僕が死ななきゃいけないんだ!!! なんで僕の腕だけ──」
「人を憎む事が、どういう事なのか、貴方なら分かるでしょう」
アンジェリカは、辛抱強く諭すような口調で語り掛けた。
「貴族や、自分の生まれを恨んで来た、マルチェロ様の身に何が起こったか、貴方は知っているでしょう?」
「兄貴に何かあったのか?!」
咄嗟にククールが訊ねた。しかし、アンジェリカは少年だけを見詰めていた。
「恨むなら、私を恨みなさい。私がもっと上手く立ち回っていれば⋯⋯」
「⋯⋯貴女のせいではありません」
少年は、悩んだ末、ぶっきらぼうにそれだけ言った。あとの言葉は、涙に呑まれてしまった。アンジェリカは、子供たちの背中を撫でながら立ち上がった。
「アスカンタ王にお会いしないと。本を幾つか預かってきたし、この子たちを路頭に迷わせるわけには行かないから」
「酷い顔色だ」
ククールが頬に触れようとした。しかし、アンジェリカは、その手をやんわり振り払った。だが、ククールも引かなかった。
「腕に掴まれよ」
「大丈夫──」
「良いから!」
ククールは、無理矢理彼女の左手首を掴み、驚き、目を見開いた。
「あんた、いつの間に結婚したんだ?!」
「は?」
アンジェリカは、あからさまに動揺し、凍りついた。
「どうしてそんな事を聞くの?」
「だって、薬指に指輪をはめているから⋯⋯」
「これにそんな意味があったなんて、知らなかったわ!」
「相手の男を気の毒に思うぜ。⋯⋯ちょっと待て! まさか──」
「今はそんな話、どうでも良いでしょう!」
アンジェリカは、ククールが具体的な名前を出す前に遮った。今になってマルチェロの想いを知り、気持ちの整理がつけられず、困惑した。
修道院長が、指輪を贈る事だけでも、あってはならない事だ。アンジェリカは、外そうとした。しかし、指にピッタリ貼り付いているかのように、動かない。
「見せてみ──」
ククールが手を伸ばし、指輪に触れようとした瞬間、弾かれた様に後ろへ後ずさった。
「これ、間違いなく呪いの指輪だぜ! 渡した人間の、おぞましいほどの独占欲を感じる。⋯⋯どこのどいつだか知らないけどさ」
「私を攻撃しないなら、それで良いわ。貴方みたいな厄介な男性を、遠ざける武器になりそうだし。指輪の話は、どうでも良いのよ」
アンジェリカは、出来るだけ素っ気なく聞こえる様に努力し、子供達の背をやんわり押した。
「世の中、タダ飯を喰わせてくれるほど甘くは無いのよ。貴方たちが死なない程度に、こき使ってくれそうな職場を紹介するわ」
子供達は目をまん丸に見開き、お互いに顔を見合わせた。
アンジェリカは、慌てて手を振った。
「ごめんなさい。酷い言い方だったわね。誰も貴方たちを死ぬほど働かせたりしないから、安心してちょうだい?」
この時、彼女は初めて気付いた。人に対して気を遣わずに、辛辣な言葉を口にする事が、如何に簡単か。相手の心の機微に対して、後ろめたさを感じなくなれば、こんなに楽な生き方は無い。
マルチェロも、ライラスも、いう人間だ。彼らは良心の呵責など感じる事もなく、思った事を口にする人たちだった。
でも⋯⋯だけど、その結果、ドルマゲスは杖を盗み、一部の聖堂騎士団は暴徒と化した。そんな生き方は、間違っていると思った。
アンジェリカは、人を殺めてしまった。常人が決して超えぬ壁を突き破ってしまったのだ。けれど、言葉まで刃に変えたくは無かった。
「さあ、行きましょう。アスカンタの王様にお会いするの。とても、心の優しい方よ」
彼女は、片腕の無い少年を支えながら、歩き出した。二、三歩進んで、アンジェリカは振り返った。
「ごめんなさい。もう少しだけ、時間をちょうだい」
「待ってるよ」
エイトが答え、ゼシカとヤンガスが頷いた。ククールは片手を挙げて応えた。
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