マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
06:大聖堂へ至る陰謀編〜1〜
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アンジェリカは、起こされるまでも無く、朝日の昇る前に目覚めた。同室で仕事をしていたマルチェロは、すぐに気が付き、無言で部屋を出て行くと、薬湯を持って帰って来た。
マルチェロ本人から器を受け取ったアンジェリカは、ジーノに手渡された時よりも数百倍ダメージを受け、目を伏せた。
旅を続ける以上、万が一の事があってはならない。しかし、薬湯を飲んでしまえば、一夜限りの関係であったと、認める事になる。
「⋯⋯飲まなければ、いけませんか?」
「馬鹿な事を言うな」
マルチェロは、アンジェリカの髪を乱暴に掴んで引っ張り、顔を上に向かせると、薬湯を口に含んだ。そして、そのまま彼女に口付け、無理矢理飲み込ませた。
「時間の無駄だ」
マルチェロの有無を言わせぬ冷たい声色に、アンジェリカは渋々器を手に取り、全て飲み干した。
マルチェロは、真冬の刺す様な風よりも冷ややかな態度で、アンジェリカは居た堪れなくなり、素早くベッドから出て、服の皺を伸ばした。
軋む体に鞭打ち、壁際に置いてあった短剣を腰に装備しおえ、ようやくマルチェロに視線を戻すと、彼は執務机に掛けて、アンジェリカを招いた。
彼女が歩み寄ると、マルチェロは引き出しを開け、麻袋を取り出した。机上に落とされたそれは、金属のぶつかり合う音を立てた。
「昨夜の身辺警護に対する俸給だ」
「受け取れません」
「マイエラ修道院は、傭兵に賃金を支払わないなどと言われては、こちらが迷惑だ」
「⋯⋯受け取れません」
アンジェリカは、震えながら首を横に振った。
「私は⋯⋯お金のために人を殺したのですか?」
マルチェロは、丸々3秒間彼女の蒼白な顔を見詰めた後、溜息を溢した。
「割り切る術は、自分で見付けろ」
「金銭は受け取らない。それが、私なりの割り切り方です」
アンジェリカは、自分でもとんだ屁理屈を言っていると認識していたが、それでも抵抗せずにはいられなかった。
マルチェロは、目を閉じて思案した後、頷いた。
「⋯⋯分かった」
まるで、最初からこうなる事を想定していたかの様に、麻袋を引き出しに戻すと、今度は小さく折り畳んだ絹の布を取り出した。
「では、これを受け取れ。拒否権は無い」
「⋯⋯なんでしょうか?」
アンジェリカの問いに、マルチェロは答えをくれなかった。ただ、視線で品物を受け取る様に促した。
彼女は、仕方なく受け取り、小さな包みを手の平の上でめくった。
「これは⋯⋯」
指輪だ。
ライラスの家で読んだ、書物の中に登場した、いのりの指輪。強い魔力を持つ、魔法使いや聖職者が、ブルーサファイアに力を注ぎ込んで作製する、非常に貴重な品物だ。
「いただけません! 私の手は、武器を振るう為にあるのです!! このような貴重な品をーー」
「戦いに明け暮れる者にこそ、必要な品だ」
マルチェロは立ち上がり、指輪を手にした。
「力が必要な時、この指輪に祈りを捧げれば、込められた魔力を引き出す事が出来る。⋯⋯お前がこんなものに頼るなど、到底あり得ないとは思うが⋯⋯死を先送りにする助けにはなるかも知れん」
そう言い、彼はアンジェリカの左手首を掴むと、迷わず薬指にそれを嵌めた。
「必要が無ければ、売り払うなり好きにするが良い。俸給として払う予定だったゴールドと、同額程度にはなるはずだ」
「マルチェロ様──」
「それと、アスカンタへ渡す書物だ」
彼は事務的な口調で古い書物を二冊と、アスカンタへ返す本を机に置いた。
「話は済んだ。さっさと此処を出て行け。そして⋯⋯二度と私の前に現れるな」
マルチェロは、苦々しげに言い放ち、目を逸らした。
アンジェリカは、これ以上、別れの為に時間を割くのは、苦痛以外のなにものでも無いと理解した。全てが終わったのだ。彼女はマルチェロの命を救い、マルチェロは俸給を支払った。これで、二人の関係はゼロになる。
「お世話になりました。⋯⋯マイエラ修道院長様のご栄転を、心からお祈り致します」
アンジェリカは本を抱え、一礼し、踵を返した。腹部が鈍く痛み、身体が鉛の様に重かったが、胸を張って何事も無かったかの様に、扉へ向かった。
しかし。
部屋を半分も歩かぬ内に、背後から強く抱き竦められた。
「マルチェロ様?!」
「見るな」
マルチェロは、振り返り掛けたアンジェリカに囁いた。
アンジェリカは、全身に、温かい魔法の力が広がって行くのを感じた。痛みや、怠さが消えていき、力が漲って来た。
「⋯⋯マルチェロ⋯⋯様⋯⋯」
思わず、アンジェリカは、涙を零してしまった。振り返り、最後にもう一度マルチェロの顔を見たかった。しかし、彼の力強い腕は、それを許してくれなかった。
「そのまま、立ち去れ。振り返らずに、出て行け」
マルチェロの声は、不自然に掠れていた。
彼の腕が緩んだ瞬間、アンジェリカは、ゆっくりと歩みを進めた。羽の様に軽くなった身体を、何処か不思議な気分で動かしながら。
そうして、部屋を横切り、外へ出て扉を閉め切った途端、深い悲しみと寂しさに襲われ、次から次へと涙が溢れるのを、止められなかった。
幸い、周囲に人影は無く、彼女は誰にも会わずに宿舎を出る事が出来た。
静まり返った中庭と大聖堂を、幽霊になった様な気持ちで過ぎ、修道院の建物の外に出た。
早朝の少し冷たい風に、湿った土の匂い。何処か遠くで鳴く鳥の声と、魔物の咆哮。"外の世界"⋯⋯彼女がこれから生きて行く世界の、あまりの広さと、美しさに息を呑んだ。左手の薬指に光る指輪を空にかざし、彼女は微かに微笑み、移転呪文を唱えた。
マルチェロ本人から器を受け取ったアンジェリカは、ジーノに手渡された時よりも数百倍ダメージを受け、目を伏せた。
旅を続ける以上、万が一の事があってはならない。しかし、薬湯を飲んでしまえば、一夜限りの関係であったと、認める事になる。
「⋯⋯飲まなければ、いけませんか?」
「馬鹿な事を言うな」
マルチェロは、アンジェリカの髪を乱暴に掴んで引っ張り、顔を上に向かせると、薬湯を口に含んだ。そして、そのまま彼女に口付け、無理矢理飲み込ませた。
「時間の無駄だ」
マルチェロの有無を言わせぬ冷たい声色に、アンジェリカは渋々器を手に取り、全て飲み干した。
マルチェロは、真冬の刺す様な風よりも冷ややかな態度で、アンジェリカは居た堪れなくなり、素早くベッドから出て、服の皺を伸ばした。
軋む体に鞭打ち、壁際に置いてあった短剣を腰に装備しおえ、ようやくマルチェロに視線を戻すと、彼は執務机に掛けて、アンジェリカを招いた。
彼女が歩み寄ると、マルチェロは引き出しを開け、麻袋を取り出した。机上に落とされたそれは、金属のぶつかり合う音を立てた。
「昨夜の身辺警護に対する俸給だ」
「受け取れません」
「マイエラ修道院は、傭兵に賃金を支払わないなどと言われては、こちらが迷惑だ」
「⋯⋯受け取れません」
アンジェリカは、震えながら首を横に振った。
「私は⋯⋯お金のために人を殺したのですか?」
マルチェロは、丸々3秒間彼女の蒼白な顔を見詰めた後、溜息を溢した。
「割り切る術は、自分で見付けろ」
「金銭は受け取らない。それが、私なりの割り切り方です」
アンジェリカは、自分でもとんだ屁理屈を言っていると認識していたが、それでも抵抗せずにはいられなかった。
マルチェロは、目を閉じて思案した後、頷いた。
「⋯⋯分かった」
まるで、最初からこうなる事を想定していたかの様に、麻袋を引き出しに戻すと、今度は小さく折り畳んだ絹の布を取り出した。
「では、これを受け取れ。拒否権は無い」
「⋯⋯なんでしょうか?」
アンジェリカの問いに、マルチェロは答えをくれなかった。ただ、視線で品物を受け取る様に促した。
彼女は、仕方なく受け取り、小さな包みを手の平の上でめくった。
「これは⋯⋯」
指輪だ。
ライラスの家で読んだ、書物の中に登場した、いのりの指輪。強い魔力を持つ、魔法使いや聖職者が、ブルーサファイアに力を注ぎ込んで作製する、非常に貴重な品物だ。
「いただけません! 私の手は、武器を振るう為にあるのです!! このような貴重な品をーー」
「戦いに明け暮れる者にこそ、必要な品だ」
マルチェロは立ち上がり、指輪を手にした。
「力が必要な時、この指輪に祈りを捧げれば、込められた魔力を引き出す事が出来る。⋯⋯お前がこんなものに頼るなど、到底あり得ないとは思うが⋯⋯死を先送りにする助けにはなるかも知れん」
そう言い、彼はアンジェリカの左手首を掴むと、迷わず薬指にそれを嵌めた。
「必要が無ければ、売り払うなり好きにするが良い。俸給として払う予定だったゴールドと、同額程度にはなるはずだ」
「マルチェロ様──」
「それと、アスカンタへ渡す書物だ」
彼は事務的な口調で古い書物を二冊と、アスカンタへ返す本を机に置いた。
「話は済んだ。さっさと此処を出て行け。そして⋯⋯二度と私の前に現れるな」
マルチェロは、苦々しげに言い放ち、目を逸らした。
アンジェリカは、これ以上、別れの為に時間を割くのは、苦痛以外のなにものでも無いと理解した。全てが終わったのだ。彼女はマルチェロの命を救い、マルチェロは俸給を支払った。これで、二人の関係はゼロになる。
「お世話になりました。⋯⋯マイエラ修道院長様のご栄転を、心からお祈り致します」
アンジェリカは本を抱え、一礼し、踵を返した。腹部が鈍く痛み、身体が鉛の様に重かったが、胸を張って何事も無かったかの様に、扉へ向かった。
しかし。
部屋を半分も歩かぬ内に、背後から強く抱き竦められた。
「マルチェロ様?!」
「見るな」
マルチェロは、振り返り掛けたアンジェリカに囁いた。
アンジェリカは、全身に、温かい魔法の力が広がって行くのを感じた。痛みや、怠さが消えていき、力が漲って来た。
「⋯⋯マルチェロ⋯⋯様⋯⋯」
思わず、アンジェリカは、涙を零してしまった。振り返り、最後にもう一度マルチェロの顔を見たかった。しかし、彼の力強い腕は、それを許してくれなかった。
「そのまま、立ち去れ。振り返らずに、出て行け」
マルチェロの声は、不自然に掠れていた。
彼の腕が緩んだ瞬間、アンジェリカは、ゆっくりと歩みを進めた。羽の様に軽くなった身体を、何処か不思議な気分で動かしながら。
そうして、部屋を横切り、外へ出て扉を閉め切った途端、深い悲しみと寂しさに襲われ、次から次へと涙が溢れるのを、止められなかった。
幸い、周囲に人影は無く、彼女は誰にも会わずに宿舎を出る事が出来た。
静まり返った中庭と大聖堂を、幽霊になった様な気持ちで過ぎ、修道院の建物の外に出た。
早朝の少し冷たい風に、湿った土の匂い。何処か遠くで鳴く鳥の声と、魔物の咆哮。"外の世界"⋯⋯彼女がこれから生きて行く世界の、あまりの広さと、美しさに息を呑んだ。左手の薬指に光る指輪を空にかざし、彼女は微かに微笑み、移転呪文を唱えた。