マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
05:アスカンタ編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
迎賓室で、豪奢なテーブルを囲んでの食事中、アンジェリカの意識は、既に別の所へ飛んでいた。
この国での厄介ごとは解決し、万能薬の錬金も終えた。今すぐにでも、マイエラの地へ戻りたかったが、心優しい王の好意を無碍にも出来ず、必死に皆の会話に耳を傾けていた。
ククールは上等の酒を飲んで、すこぶる機嫌が良かったし、ヤンガスは巨大な骨つき肉を、人目も憚らず、ガツガツと食らっている。
エイトは遠慮がちに、残されがちな料理を皿に取り分け、ゼシカは完璧な作法に則って、美しくナイフとフォークを動かしていた。
「アンジェリカさん」
唐突に名前を呼ばれ、アンジェリカは驚いて顔を上げた。アスカンタ王が、心配そうな表情で彼女を見ていた。
「何かお困りの事が? 私で良ければ、なんなりと力になります。どうか、遠慮なさらずに、申してください」
「実は、怪我人の手当てに行く約束をしているのです。お許し頂けるのでしたら、今すぐにでも、そちらに向かいたいのですが」
「なんと。そうでしたか! それならば、どうぞ、遠慮なさらずに、すぐ席を立って下さい。入り用のものがあれば、用意させます! 」
アスカンタ王は、役に立ちたいと言わんばかりに身を乗り出した。王族とは思えない腰の低さに、アンジェリカは感銘を受けた。
「薬は足りています。ただ、マイエラへ行くので、アスカンタの書庫から本をお借りしたいのですが⋯⋯。帰りに、修道院の蔵書をお持ちします」
「すぐに用意させましょう。⋯⋯キラ」
「はい、王様!」
それまで部屋の隅に控えていたキラは、待っていましたと言わんばかりに、瞳を輝かせた。
「書庫の学者様の所へ、行って参ります!」
最低限の礼をして、彼女は走り去った。城中の誰もがそうだが、もう一度生まれ直したかの様に、活き活きとしている。当たり前の日常を、楽しそうに、幸せそうに過ごしている。
「やれやれ」
ククールが、グラスで口元を隠しながら、アンジェリカにだけ聞こえる声で囁いた。
「漸く、あの腑抜けの王も、正気に戻ったみたいだな」
「なんて事を言うの!」
アンジェリカは思い切り彼を睨んだ。しかし、ククールは悪びれる様子も見せず、少し肩を竦めた。
「おっと。つい口が滑っちまった。ちょっと飲み過ぎたかな?」
「貴方が正気だって事は、分かっているんだから!」
「嗚呼、アンジェ。そんなに怒ると、美しい顔が台無しだ」
「なっ⋯⋯」
アンジェリカは言葉に詰まった。我に返ってアスカンタ王の方を向くと、彼は心配そうにこっちを見ていた。
「申し訳御座いません、陛下。折角の宴席で⋯⋯」
「いいや、構わないよ。私は聖職者では無いが、せめて、貴方の大切な人の傷が癒える様、神に祈らせて貰おう」
アンジェリカは、ホッと息を吐き、テーブルの広さに感謝した。会話は王の耳まで届いていなかった様だ。
彼女がチラリと隣を見ると、ククールは我関せずといった表情で、優雅にワインを仰いでいる。完璧な美しさに、アンジェリカは腹が立って仕方がなかった。テーブルがもう少し狭ければ、思い切り足を蹴飛ばしてやった所だ。
気を取り直して、アンジェリカが果汁の入ったグラスを手に取ろうとした時、再びククールが口を開いた。
「一人で大丈夫か?」
「⋯⋯貴方、やっぱり正気じゃない!」
「マルチェロに会うのは、怖くないのか? また──」
「陛下、ただいま戻りました!」
キラが、分厚い本を何冊か抱えてやって来た。パヴァンは、それを直接受け取り、内容を確認した。
「アスカンタ王家に伝わる秘宝や伝説、この国の成り立ち⋯⋯信仰、錬金術のレシピ、三大聖地との交易記録。⋯⋯こんな物で良いだろうか?」
「大丈夫と、学者が申しておりました」
キラが太鼓判を押した。
「写本の遣り取りの記録に、これらは載っていないと」
「ありがとう御座います」
アンジェリカは、席を立って、パヴァンから書物を預かった。キラにも頭を下げ、微笑む。
「実は、最近になって、旧修道院跡地から、膨大な量の書物が見付かったのです。きっと、この国にとって良い知識をお持ちします」
「アンジェ」
部屋を去ろうとする彼女を、エイトが呼び止めた。
「僕たちも、少し休息を取ろうと思うんだ。明後日の朝には、ここを発つつもり。だから⋯⋯その」
「待ってるから、戻って来てね」
ゼシカが続きを引き取った。彼女はフォークとナイフを揃えて皿の上に置き、上品に笑った。
「私達には、どんな時も冷静な人が必要なの」
「戻ってくるわ。出来るだけ早く」
アンジェリカは、抱えた本の重さによろめきながら、明るく返した。
キラが扉を開けてくれた。
廊下へ出ると、彼女はアンジェリカの隣に進み、探る様に顔を見詰めた。
「本当にありがとう御座います。皆さんのおかげで、王様も立ち直る事が出来ました」
「貴女が楽しく暮らせる国になってくれて、本当に良かったわ」
アンジェリカは、クスクス笑いながら答えた。キラの心の内が、手に取るように分かったのだ。この使用人は、パヴァン王を好いている。
「アンジェリカさん。貴女は、あの魔物が沢山出る山を登ったのですよね? 凄い⋯⋯私には、とても出来ません」
「私には出来る事が沢山あるけれど、出来ない事も同じくらいあるの。例えば、何年もひとところに留まって、お行儀良く働く事とか」
実際、アンジェリカは、王個人の為に働ける人間では無かった。どちらかと言えば、傭兵や、使者の方が向いている。
「パヴァン国王陛下の支えは、シセル王妃よ。王妃への思いが、陛下を立ち直らせたの。でも、これから先、陛下が幸せであり続ける為には、きっと別の支えが必要だと思うわ」
「わ⋯⋯私は」
「行きずりの旅人には、陛下を立ち直らせるのが精一杯。この先の事は、この国の人に掛かっています」
アンジェリカは、キラと向き合い、ちょこんと頭を下げた。
「此処までで、結構です。お見送りをありがとうございました。貴女は陛下の元へ」
「あの⋯⋯ありがとうございます! 本当に⋯⋯ありがとうございました!!」
キラの感謝を受け止め、アンジェリカは歩き出した。
一歩歩みを進める毎に、アスカンタを救えた喜びよりも、今現在苦しみを抱えている人物の事が、気掛かりでどうしようも無くなった。
気付けば走り出しており、ビックリ顔の門番の横をすり抜けると、すぐにルーラを唱えようとした。
しかし、一瞬思いとどまり、慌てて腰に下げた短剣と、道具袋の中身を探った。間違いなく万能薬が入っている事を確認すると、彼女は一陣の風となった。
この国での厄介ごとは解決し、万能薬の錬金も終えた。今すぐにでも、マイエラの地へ戻りたかったが、心優しい王の好意を無碍にも出来ず、必死に皆の会話に耳を傾けていた。
ククールは上等の酒を飲んで、すこぶる機嫌が良かったし、ヤンガスは巨大な骨つき肉を、人目も憚らず、ガツガツと食らっている。
エイトは遠慮がちに、残されがちな料理を皿に取り分け、ゼシカは完璧な作法に則って、美しくナイフとフォークを動かしていた。
「アンジェリカさん」
唐突に名前を呼ばれ、アンジェリカは驚いて顔を上げた。アスカンタ王が、心配そうな表情で彼女を見ていた。
「何かお困りの事が? 私で良ければ、なんなりと力になります。どうか、遠慮なさらずに、申してください」
「実は、怪我人の手当てに行く約束をしているのです。お許し頂けるのでしたら、今すぐにでも、そちらに向かいたいのですが」
「なんと。そうでしたか! それならば、どうぞ、遠慮なさらずに、すぐ席を立って下さい。入り用のものがあれば、用意させます! 」
アスカンタ王は、役に立ちたいと言わんばかりに身を乗り出した。王族とは思えない腰の低さに、アンジェリカは感銘を受けた。
「薬は足りています。ただ、マイエラへ行くので、アスカンタの書庫から本をお借りしたいのですが⋯⋯。帰りに、修道院の蔵書をお持ちします」
「すぐに用意させましょう。⋯⋯キラ」
「はい、王様!」
それまで部屋の隅に控えていたキラは、待っていましたと言わんばかりに、瞳を輝かせた。
「書庫の学者様の所へ、行って参ります!」
最低限の礼をして、彼女は走り去った。城中の誰もがそうだが、もう一度生まれ直したかの様に、活き活きとしている。当たり前の日常を、楽しそうに、幸せそうに過ごしている。
「やれやれ」
ククールが、グラスで口元を隠しながら、アンジェリカにだけ聞こえる声で囁いた。
「漸く、あの腑抜けの王も、正気に戻ったみたいだな」
「なんて事を言うの!」
アンジェリカは思い切り彼を睨んだ。しかし、ククールは悪びれる様子も見せず、少し肩を竦めた。
「おっと。つい口が滑っちまった。ちょっと飲み過ぎたかな?」
「貴方が正気だって事は、分かっているんだから!」
「嗚呼、アンジェ。そんなに怒ると、美しい顔が台無しだ」
「なっ⋯⋯」
アンジェリカは言葉に詰まった。我に返ってアスカンタ王の方を向くと、彼は心配そうにこっちを見ていた。
「申し訳御座いません、陛下。折角の宴席で⋯⋯」
「いいや、構わないよ。私は聖職者では無いが、せめて、貴方の大切な人の傷が癒える様、神に祈らせて貰おう」
アンジェリカは、ホッと息を吐き、テーブルの広さに感謝した。会話は王の耳まで届いていなかった様だ。
彼女がチラリと隣を見ると、ククールは我関せずといった表情で、優雅にワインを仰いでいる。完璧な美しさに、アンジェリカは腹が立って仕方がなかった。テーブルがもう少し狭ければ、思い切り足を蹴飛ばしてやった所だ。
気を取り直して、アンジェリカが果汁の入ったグラスを手に取ろうとした時、再びククールが口を開いた。
「一人で大丈夫か?」
「⋯⋯貴方、やっぱり正気じゃない!」
「マルチェロに会うのは、怖くないのか? また──」
「陛下、ただいま戻りました!」
キラが、分厚い本を何冊か抱えてやって来た。パヴァンは、それを直接受け取り、内容を確認した。
「アスカンタ王家に伝わる秘宝や伝説、この国の成り立ち⋯⋯信仰、錬金術のレシピ、三大聖地との交易記録。⋯⋯こんな物で良いだろうか?」
「大丈夫と、学者が申しておりました」
キラが太鼓判を押した。
「写本の遣り取りの記録に、これらは載っていないと」
「ありがとう御座います」
アンジェリカは、席を立って、パヴァンから書物を預かった。キラにも頭を下げ、微笑む。
「実は、最近になって、旧修道院跡地から、膨大な量の書物が見付かったのです。きっと、この国にとって良い知識をお持ちします」
「アンジェ」
部屋を去ろうとする彼女を、エイトが呼び止めた。
「僕たちも、少し休息を取ろうと思うんだ。明後日の朝には、ここを発つつもり。だから⋯⋯その」
「待ってるから、戻って来てね」
ゼシカが続きを引き取った。彼女はフォークとナイフを揃えて皿の上に置き、上品に笑った。
「私達には、どんな時も冷静な人が必要なの」
「戻ってくるわ。出来るだけ早く」
アンジェリカは、抱えた本の重さによろめきながら、明るく返した。
キラが扉を開けてくれた。
廊下へ出ると、彼女はアンジェリカの隣に進み、探る様に顔を見詰めた。
「本当にありがとう御座います。皆さんのおかげで、王様も立ち直る事が出来ました」
「貴女が楽しく暮らせる国になってくれて、本当に良かったわ」
アンジェリカは、クスクス笑いながら答えた。キラの心の内が、手に取るように分かったのだ。この使用人は、パヴァン王を好いている。
「アンジェリカさん。貴女は、あの魔物が沢山出る山を登ったのですよね? 凄い⋯⋯私には、とても出来ません」
「私には出来る事が沢山あるけれど、出来ない事も同じくらいあるの。例えば、何年もひとところに留まって、お行儀良く働く事とか」
実際、アンジェリカは、王個人の為に働ける人間では無かった。どちらかと言えば、傭兵や、使者の方が向いている。
「パヴァン国王陛下の支えは、シセル王妃よ。王妃への思いが、陛下を立ち直らせたの。でも、これから先、陛下が幸せであり続ける為には、きっと別の支えが必要だと思うわ」
「わ⋯⋯私は」
「行きずりの旅人には、陛下を立ち直らせるのが精一杯。この先の事は、この国の人に掛かっています」
アンジェリカは、キラと向き合い、ちょこんと頭を下げた。
「此処までで、結構です。お見送りをありがとうございました。貴女は陛下の元へ」
「あの⋯⋯ありがとうございます! 本当に⋯⋯ありがとうございました!!」
キラの感謝を受け止め、アンジェリカは歩き出した。
一歩歩みを進める毎に、アスカンタを救えた喜びよりも、今現在苦しみを抱えている人物の事が、気掛かりでどうしようも無くなった。
気付けば走り出しており、ビックリ顔の門番の横をすり抜けると、すぐにルーラを唱えようとした。
しかし、一瞬思いとどまり、慌てて腰に下げた短剣と、道具袋の中身を探った。間違いなく万能薬が入っている事を確認すると、彼女は一陣の風となった。