マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
05:アスカンタ編
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吹き荒ぶ風と、東の空に浮かぶ月の光。
願いの丘の頂上には、朽ちた建物の残骸⋯⋯窓枠と、石壁の一部分だけが佇んでいた。
「こんなところに家を建てるなんて、どうかしてるでがすよ! 一度山を降りたら最後。二度と戻りたく無いでげす」
「そもそも、家から出たくなくなるだろうね」
エイトは、身震いしながらヤンガスに言葉を返し、仲間たちの顔を見やった。
全員、疲労と夜風の冷たさにやられて、不機嫌そうな表情を浮かべている。
エイトは申し訳ない気持ちになった。迷信を信じて登ったは良いが、何も無かったのだ。
そんな彼の心中を察してか、ククールは表情を緩めた。
「良い景色じゃないか。⋯⋯夜は人を詩人にするが、誰もが優れた詩人になれるとは限らないものさ。⋯⋯俺?」
「別に聞いてないわよ!」
ゼシカが上の空で大声を上げ、吸い込まれる様に石壁の方へ歩いて行った。その後ろに、アンジェリカも続く。
ゼシカはしばらく、何の変哲も無い石壁を眺めて、アンジェリカを振り返った。
「何か感じない? 」
「魔法よ、間違いなく」
アンジェリカは、スッと手を伸ばし、冷たい石壁に触れた。目を閉じると、そこに星の瞬きの様にチラチラと踊る、不思議な力を感じた。しかも、少しずつ強くなっている。
見えそうで見えない。魔法の力が、どんどん大きくなっていく。
ゼシカは、もう一度、石壁の反対側にある、窓枠を調べに行った。
アンジェリカは、壁に映し出された影を見つめていた。時折、その影が小さく不思議な光を放っている気がしたのだ。
一行は、二人の魔法使いの主張を聞き入れ、2時間はその場に留まった。
全員が寒さに震え、下山を決めようとしたその時。
「見て!!」
アンジェリカが、悲鳴にも似た声を上げた。
石壁に映し出された窓枠の影が、誰の目にも分かるように光り輝いている。
「扉が⋯⋯出来た?」
リーダーのエイトが進み出て、アンジェリカの隣に並んだ。彼がゆっくりと手を伸ばすと⋯⋯
石壁に浮かび上がった窓枠の中心に、光が広がり、本物の扉の様に左右に開いた。
気が付くと、全員揃って不思議な世界にいた。
水の音、ハープの音色が、天球に反響し、足元の渡り石には、月の満ち欠けを模した、光の絵が描かれている。
「これ、現実? 私たち、夢を見ているの?」
ゼシカは、頬をつねってみた。確かに痛みがある。
「何だか⋯⋯絵本の世界に来たみたいな感じ⋯⋯」
「修道院も追い出されてみるもんだね。おかげで珍しいモノが見れた」
ククールも、気の利いたセリフを言う余裕を失くして、辺りを眺めまわした。
ヤンガスに至っては、目を見開き過ぎて、今にも気を失って倒れてしまいそうだ。
「⋯⋯ワケの分からねえ事は、見て見ぬフリをする。それがアッシの生き方でがす」
しかし、残念な事に、360度、どの方向を向いても奇妙な光景が目に映るのだ。これでは、現実逃避も出来ない。
「しっかりしましょう、みんな! 不思議な出来事を期待して来たんでしょう?」
アンジェリカは、青白い顔をしていたが、それでも一番冷静に歩き出した。渡り石の先には、不思議な建物がある。
一歩進む毎に、ハープの音色が強く頭の中に響き出した。まるで、音が魔法の力を持っている様に、考えを支配するのだ。
アンジェリカの脳裏に、不思議な光景が浮かんだ。それまで忘れていたはずの、母の顔がはっきりと見えた。
春の日差しの中、手を繋いで、マイエラ修道院へ祈りを捧げに行った事。
母の笑顔と、手の温もりが蘇り、全身を温かい毛布で包まれている様な安心感を覚えた。
彼女がゆっくりと扉を開けると、一際大きな魔法の力が流れて来た。
階段の上には、竪琴を手にした、不思議な容貌の人が佇んでいる。否、人かどうかも定かでは無く、性別さえ判らない。
その人は、アンジェリカたちを、表情一つ変えずに見下ろした。
「私は、イシュマウリ。月の光のもとに生きる者。私の世界へようこそ」
御簾の裏から聞こえてくる様な神秘的な声色が、音楽の様に心地よく一行の耳へと届いた。
低く、落ち着いた声は、間違いなく男性のものだ。
「此処に人間が来るのは、随分久し振りだ。⋯⋯月の世界へようこそ、お客人。さて、如何なる願いが月影の窓を開いたのか? 君たちの靴に聞いてみよう⋯⋯」
イシュマウリが竪琴を奏でると、エイトの靴が淡く輝いた。エイトは心底驚いて後ろに飛び退き、ヤンガスにぶつかってしまった。
イシュマウリは、やはり喜怒哀楽の無い、作り物の様な表情で、微かに眉間にしわを寄せた。
「⋯⋯アスカンタの王が、生きながら死者に会いたいと、そう願っていると? ⋯⋯ふむ」
願いを言い当てた本人以外の全員が、息を呑んで顔を見合わせた。信じられない事が起きたのだ。
「おや、驚いた顔をしている」
イシュマウリにとっては、些事に過ぎなかった。
「ああ、説明をしていなかったね。昼の光のもと生きる子よ。記憶は、人だけのものとお思いか? その服も、家々も、家具も、この空も大地も、みな、過ぎて行く日々を覚えている。物言わぬ彼らは、じっと抱えた思い出を夢見ながら、微睡んでいるのだ」
その言葉を聞き、アンジェリカには、思い当たる事があった。リーザス像に留まっていた、サーベルトの魂の欠片が見せた記憶だ。
「それじゃあ、この広い大地は、ドルマゲスの事を覚えているかも知れない」
全員が、アンジェリカに注目した。イシュマウリは、階段を滑る様に降り、彼女の黒い瞳をジッと見詰めた。
「その夢⋯⋯記憶を、月の光は形にする事が出来る。死んだ人間を生き返らせる事は出来ないが、君たちの力には成れるだろう。⋯⋯但し、月影の窓が開くのは、人の子の一生につき一度だけ」
初めて、其々が其々の願いに思いを馳せた。たった一度、叶わぬ願いを叶えられる機会が与えられたのだ。
幻でもいい。会いたい人がいた。取り戻したい日常があった。更なる死を防ぎたいと思った。
願いは沢山あった。
「⋯⋯私は、アスカンタ王の願いを叶えて欲しい」
一番に、ゼシカが口を開いた。
「私は、死ぬほど苦しいけれど、兄さんの死を受け入れて、自分で歩いて行けるわ。でも、アスカンタ王は、違う。あの人にこそ、奇跡が必要だわ」
「私も、そう願います」
アンジェリカも決断を下した。
「死んだ人の記憶が無くても、私は生きて行けます。アスカンタ王の願いを叶えて下さい」
イシュマウリは、男性陣に目を向けた。彼ら全員が黙って頷いたのを確認し、ハープを抱え直した。
「さあ。私を城へ。嘆く王の元へ連れて行っておくれ」
彼は、そう言ってアンジェリカの肩に手を置いた。彼女はギクリと身を縮めた。
イシュマウリの手は、羽の様に軽く、それでいて、包み込む様な温かさがあったのだ。
触れた者に、安心と安全を約束するかの様な感覚に、アンジェリカは捉われそうになった。彼女の人生に、そういったものが少なかったからだ。
仲間たちは、飛び石を渡り、出口を目指して歩き始めていた。
アンジェリカは、出来るだけやんわりと、イシュマウリの手を肩から避けて、彼の顔を見上げた。
「貴方の魔法は、私を辛い気持ちにさせるわ」
イシュマウリは、意味が理解出来なかったらしく、目を瞬いた。
「真昼の子よ。君のせめてもの願いを見せる事は、それほど罪深い事だろうか」
「二度と手に入らない幸せを、目にするのは辛いわ。私たちは忘れる事で⋯⋯いいえ、思い出さない事で、強くあれるのよ」
「ああ⋯⋯忘れていたよ」
イシュマウリは、ほんの微かに表情を動かした。仲間たちは扉の向こう側へ行ってしまい、誰もその事に気づかなかった。
優しげな表情に、見逃してしまいそうな程、少しの哀愁を載せて、彼は微笑んだ。
「人とは、そういうものだったね」
「貴方は⋯⋯人では無いの?」
「人では無い」
イシュマウリは、妙に引っかかりのある答えを口にし、アンジェリカの背中をそっと押した。もう、その手から、泣きたくなるほどの愛情や、温もりを感じる事は無かった。
願いの丘の頂上には、朽ちた建物の残骸⋯⋯窓枠と、石壁の一部分だけが佇んでいた。
「こんなところに家を建てるなんて、どうかしてるでがすよ! 一度山を降りたら最後。二度と戻りたく無いでげす」
「そもそも、家から出たくなくなるだろうね」
エイトは、身震いしながらヤンガスに言葉を返し、仲間たちの顔を見やった。
全員、疲労と夜風の冷たさにやられて、不機嫌そうな表情を浮かべている。
エイトは申し訳ない気持ちになった。迷信を信じて登ったは良いが、何も無かったのだ。
そんな彼の心中を察してか、ククールは表情を緩めた。
「良い景色じゃないか。⋯⋯夜は人を詩人にするが、誰もが優れた詩人になれるとは限らないものさ。⋯⋯俺?」
「別に聞いてないわよ!」
ゼシカが上の空で大声を上げ、吸い込まれる様に石壁の方へ歩いて行った。その後ろに、アンジェリカも続く。
ゼシカはしばらく、何の変哲も無い石壁を眺めて、アンジェリカを振り返った。
「何か感じない? 」
「魔法よ、間違いなく」
アンジェリカは、スッと手を伸ばし、冷たい石壁に触れた。目を閉じると、そこに星の瞬きの様にチラチラと踊る、不思議な力を感じた。しかも、少しずつ強くなっている。
見えそうで見えない。魔法の力が、どんどん大きくなっていく。
ゼシカは、もう一度、石壁の反対側にある、窓枠を調べに行った。
アンジェリカは、壁に映し出された影を見つめていた。時折、その影が小さく不思議な光を放っている気がしたのだ。
一行は、二人の魔法使いの主張を聞き入れ、2時間はその場に留まった。
全員が寒さに震え、下山を決めようとしたその時。
「見て!!」
アンジェリカが、悲鳴にも似た声を上げた。
石壁に映し出された窓枠の影が、誰の目にも分かるように光り輝いている。
「扉が⋯⋯出来た?」
リーダーのエイトが進み出て、アンジェリカの隣に並んだ。彼がゆっくりと手を伸ばすと⋯⋯
石壁に浮かび上がった窓枠の中心に、光が広がり、本物の扉の様に左右に開いた。
気が付くと、全員揃って不思議な世界にいた。
水の音、ハープの音色が、天球に反響し、足元の渡り石には、月の満ち欠けを模した、光の絵が描かれている。
「これ、現実? 私たち、夢を見ているの?」
ゼシカは、頬をつねってみた。確かに痛みがある。
「何だか⋯⋯絵本の世界に来たみたいな感じ⋯⋯」
「修道院も追い出されてみるもんだね。おかげで珍しいモノが見れた」
ククールも、気の利いたセリフを言う余裕を失くして、辺りを眺めまわした。
ヤンガスに至っては、目を見開き過ぎて、今にも気を失って倒れてしまいそうだ。
「⋯⋯ワケの分からねえ事は、見て見ぬフリをする。それがアッシの生き方でがす」
しかし、残念な事に、360度、どの方向を向いても奇妙な光景が目に映るのだ。これでは、現実逃避も出来ない。
「しっかりしましょう、みんな! 不思議な出来事を期待して来たんでしょう?」
アンジェリカは、青白い顔をしていたが、それでも一番冷静に歩き出した。渡り石の先には、不思議な建物がある。
一歩進む毎に、ハープの音色が強く頭の中に響き出した。まるで、音が魔法の力を持っている様に、考えを支配するのだ。
アンジェリカの脳裏に、不思議な光景が浮かんだ。それまで忘れていたはずの、母の顔がはっきりと見えた。
春の日差しの中、手を繋いで、マイエラ修道院へ祈りを捧げに行った事。
母の笑顔と、手の温もりが蘇り、全身を温かい毛布で包まれている様な安心感を覚えた。
彼女がゆっくりと扉を開けると、一際大きな魔法の力が流れて来た。
階段の上には、竪琴を手にした、不思議な容貌の人が佇んでいる。否、人かどうかも定かでは無く、性別さえ判らない。
その人は、アンジェリカたちを、表情一つ変えずに見下ろした。
「私は、イシュマウリ。月の光のもとに生きる者。私の世界へようこそ」
御簾の裏から聞こえてくる様な神秘的な声色が、音楽の様に心地よく一行の耳へと届いた。
低く、落ち着いた声は、間違いなく男性のものだ。
「此処に人間が来るのは、随分久し振りだ。⋯⋯月の世界へようこそ、お客人。さて、如何なる願いが月影の窓を開いたのか? 君たちの靴に聞いてみよう⋯⋯」
イシュマウリが竪琴を奏でると、エイトの靴が淡く輝いた。エイトは心底驚いて後ろに飛び退き、ヤンガスにぶつかってしまった。
イシュマウリは、やはり喜怒哀楽の無い、作り物の様な表情で、微かに眉間にしわを寄せた。
「⋯⋯アスカンタの王が、生きながら死者に会いたいと、そう願っていると? ⋯⋯ふむ」
願いを言い当てた本人以外の全員が、息を呑んで顔を見合わせた。信じられない事が起きたのだ。
「おや、驚いた顔をしている」
イシュマウリにとっては、些事に過ぎなかった。
「ああ、説明をしていなかったね。昼の光のもと生きる子よ。記憶は、人だけのものとお思いか? その服も、家々も、家具も、この空も大地も、みな、過ぎて行く日々を覚えている。物言わぬ彼らは、じっと抱えた思い出を夢見ながら、微睡んでいるのだ」
その言葉を聞き、アンジェリカには、思い当たる事があった。リーザス像に留まっていた、サーベルトの魂の欠片が見せた記憶だ。
「それじゃあ、この広い大地は、ドルマゲスの事を覚えているかも知れない」
全員が、アンジェリカに注目した。イシュマウリは、階段を滑る様に降り、彼女の黒い瞳をジッと見詰めた。
「その夢⋯⋯記憶を、月の光は形にする事が出来る。死んだ人間を生き返らせる事は出来ないが、君たちの力には成れるだろう。⋯⋯但し、月影の窓が開くのは、人の子の一生につき一度だけ」
初めて、其々が其々の願いに思いを馳せた。たった一度、叶わぬ願いを叶えられる機会が与えられたのだ。
幻でもいい。会いたい人がいた。取り戻したい日常があった。更なる死を防ぎたいと思った。
願いは沢山あった。
「⋯⋯私は、アスカンタ王の願いを叶えて欲しい」
一番に、ゼシカが口を開いた。
「私は、死ぬほど苦しいけれど、兄さんの死を受け入れて、自分で歩いて行けるわ。でも、アスカンタ王は、違う。あの人にこそ、奇跡が必要だわ」
「私も、そう願います」
アンジェリカも決断を下した。
「死んだ人の記憶が無くても、私は生きて行けます。アスカンタ王の願いを叶えて下さい」
イシュマウリは、男性陣に目を向けた。彼ら全員が黙って頷いたのを確認し、ハープを抱え直した。
「さあ。私を城へ。嘆く王の元へ連れて行っておくれ」
彼は、そう言ってアンジェリカの肩に手を置いた。彼女はギクリと身を縮めた。
イシュマウリの手は、羽の様に軽く、それでいて、包み込む様な温かさがあったのだ。
触れた者に、安心と安全を約束するかの様な感覚に、アンジェリカは捉われそうになった。彼女の人生に、そういったものが少なかったからだ。
仲間たちは、飛び石を渡り、出口を目指して歩き始めていた。
アンジェリカは、出来るだけやんわりと、イシュマウリの手を肩から避けて、彼の顔を見上げた。
「貴方の魔法は、私を辛い気持ちにさせるわ」
イシュマウリは、意味が理解出来なかったらしく、目を瞬いた。
「真昼の子よ。君のせめてもの願いを見せる事は、それほど罪深い事だろうか」
「二度と手に入らない幸せを、目にするのは辛いわ。私たちは忘れる事で⋯⋯いいえ、思い出さない事で、強くあれるのよ」
「ああ⋯⋯忘れていたよ」
イシュマウリは、ほんの微かに表情を動かした。仲間たちは扉の向こう側へ行ってしまい、誰もその事に気づかなかった。
優しげな表情に、見逃してしまいそうな程、少しの哀愁を載せて、彼は微笑んだ。
「人とは、そういうものだったね」
「貴方は⋯⋯人では無いの?」
「人では無い」
イシュマウリは、妙に引っかかりのある答えを口にし、アンジェリカの背中をそっと押した。もう、その手から、泣きたくなるほどの愛情や、温もりを感じる事は無かった。