マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
05:アスカンタ編
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ククールは、川沿いの教会の扉を開け、絶句した。神父は壁際に崩れて眠りこけ、シスターと修道士見習いがシクシク泣いて頭を抱えている。
そして、アンジェリカは、首から頭蓋骨の形をした、えらく不気味な飾りをぶら下げ、鬼の様な形相で立ち尽くしていた。
「おい、何があった──」
「嗚呼、騎士様!」
シスターは、胸を撫で下ろして、ククールに詰め寄った。
「何とかしてくださいまし! この方が──」
「呪いを解く呪文を、教えて欲しいと言っているのです」
アンジェリカは、気味が悪いほど感情を抑えた声で、ゆっくりと頼んだ。
「ですから! その呪文は、聖職者のみに伝わるもので!!」
シスターは、大声を出して首を横に振った。無理もない。呪いを解く呪文は、教会の貴重な収入源で、門外不出なのだ。簡単に、身元の知れない旅人に伝授出来る物では無い。
そうしている間に、アンジェリカは顔の色を失い、体勢を崩して教台に手をついた。
「馬鹿野郎!」
ククールは、これまで一度も女性に向かって掛けたことの無い乱暴な言葉を吐き、手を差し伸べてアンジェリカを支えた。
「あんた、死にたいのか?!」
「まさか。⋯⋯義父は、死んだ。サーベルさんも⋯⋯オディロ院長も!! この上、死神を喜ばせてやるつもりなんか無いわ! だから、さっさと呪文を教えて下さい!!」
殆ど脅しの懇願に、シスターはよろめいた。額に手を当て、宿泊用の小部屋へ走って消えてしまった。中でドタバタと音が聞こえるので、呪文を記した本か何かを探しているのだろう。
ククールは、呆れと、少しの恐怖を抱いてアンジェリカを見詰めた。
「⋯⋯全く⋯⋯手に負えない女だ」
「ありがとう」
「褒めてねえよ! ⋯⋯気分は?」
「最悪よ。⋯⋯女の顔が見えるわ⋯⋯。ねっとり、纏わり付く様な⋯⋯憎しみが⋯⋯。嗚呼、お気の毒ね。結婚も決まっていたのに⋯⋯相手の男性が⋯⋯他の女性と通じていたのよ! この首飾りは⋯⋯浮気相手の女を殺すはずの物だったけれど⋯⋯死んだのは男の方だった⋯⋯」
「そんなモノが見えるのか⋯⋯」
ククールが力なく問うと、アンジェリカは焦点の合わない瞳で天井を眺めた。
「女の憎しみに⋯⋯殺された男の憎しみが加わって⋯⋯男の家族の無念が加わって⋯⋯解呪をしようとした神父の命が犠牲になり、人から人へと⋯⋯」
「そんな話をどっかで聞いたな。オレが知っているのは、巨大なルビーの話だけど」
「ありました!!!」
シスターが、扉を蹴破る勢いで駆け込んで来た。古ぼけた一冊の本を開いて、教台に置くと、早口に読み上げる。
「呪文の言葉は、シャナク! まず、呪いを見る事から始めるのです!!」
「もう見えています」
アンジェリカは気怠げに応えた。シスターは、彼女の反応を無視して続ける。
「呪いが見えたら、それを自分の命⋯⋯魔法の力から、上手く引き剥がそうとするのです! 失敗すれば勿論⋯⋯命ごと身体から離れてしまいます!!!」
「楽しそう」
「あんた、何時から皮肉屋になったんだ?!」
ククールは焦りから、キツイ言葉を投げ掛けていた。アンジェリカは、とうとう床に膝を着き、頭を下げた。
シスターが、悲鳴を上げそうになった。ククールは慌てて彼女の口を手で塞ぎ、黙らせた。アンジェリカの周りには、魔法の力が溢れており、彼女が集中している事が分かったからだ。
丸々1分は経った。
漸く、アンジェリカは、掠れた声で呪文を唱えた。瞬間、不気味な首飾りの紐がプツリと切れ、首飾りはバラバラになった。
「アンジェリカ!」
ククールは大慌てで、ベホイミを唱えた。もっと修行をつんでいれば、更に高位の回復呪文を唱えられたのにと、後悔した。まさか、自分のこれ迄の生きかたを、ほんの少しでも後悔するとは、今の今まで思っていなかった。
アンジェリカは顔を上げ、立ち上がった。疲れた表情ではあったが、クスクスと笑いシスターと向き合った。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「笑い事では御座いませんよ!!」
シスターは、ハンカチを取り出して鼻をかむと、またシクシク泣き出してしまった。当分涙が止みそうに無い。
ククールは、アンジェリカの両肩を抱いて顔を覗き込んだ。
「しっかりしろ! 本当に⋯⋯馬鹿な事をしやがって!! 何考えて──」
しかし、それ以上言葉が続かなかった。アンジェリカが、酷く怯えた様子で涙を一雫零したからだ。彼女は、分別の無い子供の様にしゃくりあげ、ククールに縋り付いた。
「⋯⋯虚しくて⋯⋯」
「何が?」
ククールは、一言一句聞き漏らすまいと耳を傾けた。アンジェリカは生気の無い瞳で、微かに唇を動かす。
「死ぬと思った時⋯⋯まさか、ここで⋯⋯こんな風に死ぬなんて思っていなかった⋯⋯って。後悔しか無かったわ。覚悟をしていたのに」
「普通はそうだろう」
「覚悟していたの......」
アンジェリカは、弱々しく繰り返した。
「あんなに覚悟をしていたのに⋯⋯。ねえ、それなら、不意に死んでしまったオディロ院長や、お義父さんは⋯⋯どんな⋯⋯どんな気持ちで──」
「やめろよ!」
ククールは、強い口調で遮った。アンジェリカが想像している、恐怖や悲しみ、空虚感を思うだけで、胃袋がスーッと下に引っ張られる様な、薄ら寒さを覚えたのだ。
「そんな事を考えても無駄だ。そうだろう? どうやったって、本人にしか分からない事だ!!」
「⋯⋯分かっているわ」
彼女は、幾らか瞳に生気を取り戻し、自分の力だけで床に座り直した。やっとククールは、心から安堵して、まだ鼻水を啜っているシスターに顔を向けた。
「悪いが、ベッドを貸してくれないか? この子に死んで欲しく無いんだ」
シスターは、言葉を発せずに何度も頷いた。ククールは有無を言わさずアンジェリカを抱き上げ、旅人に貸し出されている小部屋へ急いだ。
「ククール⋯⋯」
アンジェリカは、か細い声で呟いた。
「まだ死にたくない⋯⋯怖い⋯⋯」
「何言って──」
「意識が⋯⋯魔法の力が暗闇に転がり落ちそうなの!」
ククールは、背筋が凍る思いで彼女をベッドに降ろした。必死に、人の魔法⋯⋯命をこの世に繋ぎ止める呪文を心に描いた。
瞬間、アンジェリカが彼の頬に手を伸ばし、目を見開いた。
「駄目よ! 付いて来てはダメ! 絶対に──」
「ザオリク」
嘗てない程真剣に、ククールは呪文を唱えた。暗闇を転がり落ちる、オーブの様なアンジェリカの魔法を捕まえ、身体に留まれる様に自分の魔法を楔とした。
アンジェリカは、驚いた表情を浮かべた。
「⋯⋯貴方にその呪文が使えるなんて、思ってもみなかったわ」
「想像するべきだったな。一応、マイエラ修道院の聖堂騎士団員だったんだ。⋯⋯話は止めるんだ。もう、眠るのは怖く無いだろう?」
「⋯⋯ええ。でも、夕方には、絶対に起こして」
「あんた⋯⋯」
ククールは、らしくもない小言を言いかけて、口を噤んだ。気を失いそうな程、体力と気力を失くしているのに、登山などさせたくは無かった。
しかし、置いていけば、アンジェリカのことだから、一人で追い掛けて来るだろう。
「分かった。起こすから、休んでくれ」
「ありがとう」
アンジェリカは、微笑みを浮かべたまま、すーっと眠りへ落ちて行った。
瞬間、ドアの開く音と、複数の足音がバラバラと近付いて来た。エイトたちだろう。
ゼシカは、ベッドに寝かされたアンジェリカの姿を見るなり、喉の奥をヒッと鳴らした。
「一体何があったの?!」
責める様な口調に、ククールはウンザリして肩を竦めた。
「この子は、とある男の命を救う為に、自分を殺す最大限の努力をしたのさ」
ゼシカは、エイトとヤンガスを振り返り、首を傾げた。三人とも、さっぱりワケが分からず、ククールに無言の視線で説明を求めた。
「あー⋯⋯ここじゃなんだ。病人もいる事だし、外で話そう」
彼は、そう行って三人の背中を押した。
マイエラ修道院の院長が、呪いに冒されている事は、伏せられている。
院長とは、聖職者の中でも位の高い人物であり、病気や呪いに冒されているとなれば、大変縁起の悪い事として、退位を迫られる可能性があるからだ。
教会関係者には、話を聞かれない方が良い。
「あ、あの!」
シスターが、慌ててククールに迫った。
「神父様は、どうすれば⋯⋯」
「忘れてた」
ククールは、何も知らずに壁際に伸びている、恰幅の良い神父の事を、やっと思い出した。アンジェリカが魔法で眠らせたのだろう。ぐうぐうイビキまでかいている。
「寝ているだけだから、放っとけば⋯⋯」
「アッシにおまかせを!」
ヤンガスが前へ飛び出した。いつの間に目覚めの呪文を覚えたのかと、皆が感心していると、彼は神父を軽々と片手で抱え上げ、アンジェリカの隣のベッドに、どさっと落とした。
「さあ、これで片付いたでがす」
「豪快だな」
ククールはなんとか感想を捻り出し、改めて仲間と連れ立って外へ出た。
事情を説明している最中、一言ごとにゼシカは口を挟みたがったし、話し終わると全員が漏れなくククールに同情した。
それから、夜に備えて各々身の回りの準備を始めた。
そして、アンジェリカは、首から頭蓋骨の形をした、えらく不気味な飾りをぶら下げ、鬼の様な形相で立ち尽くしていた。
「おい、何があった──」
「嗚呼、騎士様!」
シスターは、胸を撫で下ろして、ククールに詰め寄った。
「何とかしてくださいまし! この方が──」
「呪いを解く呪文を、教えて欲しいと言っているのです」
アンジェリカは、気味が悪いほど感情を抑えた声で、ゆっくりと頼んだ。
「ですから! その呪文は、聖職者のみに伝わるもので!!」
シスターは、大声を出して首を横に振った。無理もない。呪いを解く呪文は、教会の貴重な収入源で、門外不出なのだ。簡単に、身元の知れない旅人に伝授出来る物では無い。
そうしている間に、アンジェリカは顔の色を失い、体勢を崩して教台に手をついた。
「馬鹿野郎!」
ククールは、これまで一度も女性に向かって掛けたことの無い乱暴な言葉を吐き、手を差し伸べてアンジェリカを支えた。
「あんた、死にたいのか?!」
「まさか。⋯⋯義父は、死んだ。サーベルさんも⋯⋯オディロ院長も!! この上、死神を喜ばせてやるつもりなんか無いわ! だから、さっさと呪文を教えて下さい!!」
殆ど脅しの懇願に、シスターはよろめいた。額に手を当て、宿泊用の小部屋へ走って消えてしまった。中でドタバタと音が聞こえるので、呪文を記した本か何かを探しているのだろう。
ククールは、呆れと、少しの恐怖を抱いてアンジェリカを見詰めた。
「⋯⋯全く⋯⋯手に負えない女だ」
「ありがとう」
「褒めてねえよ! ⋯⋯気分は?」
「最悪よ。⋯⋯女の顔が見えるわ⋯⋯。ねっとり、纏わり付く様な⋯⋯憎しみが⋯⋯。嗚呼、お気の毒ね。結婚も決まっていたのに⋯⋯相手の男性が⋯⋯他の女性と通じていたのよ! この首飾りは⋯⋯浮気相手の女を殺すはずの物だったけれど⋯⋯死んだのは男の方だった⋯⋯」
「そんなモノが見えるのか⋯⋯」
ククールが力なく問うと、アンジェリカは焦点の合わない瞳で天井を眺めた。
「女の憎しみに⋯⋯殺された男の憎しみが加わって⋯⋯男の家族の無念が加わって⋯⋯解呪をしようとした神父の命が犠牲になり、人から人へと⋯⋯」
「そんな話をどっかで聞いたな。オレが知っているのは、巨大なルビーの話だけど」
「ありました!!!」
シスターが、扉を蹴破る勢いで駆け込んで来た。古ぼけた一冊の本を開いて、教台に置くと、早口に読み上げる。
「呪文の言葉は、シャナク! まず、呪いを見る事から始めるのです!!」
「もう見えています」
アンジェリカは気怠げに応えた。シスターは、彼女の反応を無視して続ける。
「呪いが見えたら、それを自分の命⋯⋯魔法の力から、上手く引き剥がそうとするのです! 失敗すれば勿論⋯⋯命ごと身体から離れてしまいます!!!」
「楽しそう」
「あんた、何時から皮肉屋になったんだ?!」
ククールは焦りから、キツイ言葉を投げ掛けていた。アンジェリカは、とうとう床に膝を着き、頭を下げた。
シスターが、悲鳴を上げそうになった。ククールは慌てて彼女の口を手で塞ぎ、黙らせた。アンジェリカの周りには、魔法の力が溢れており、彼女が集中している事が分かったからだ。
丸々1分は経った。
漸く、アンジェリカは、掠れた声で呪文を唱えた。瞬間、不気味な首飾りの紐がプツリと切れ、首飾りはバラバラになった。
「アンジェリカ!」
ククールは大慌てで、ベホイミを唱えた。もっと修行をつんでいれば、更に高位の回復呪文を唱えられたのにと、後悔した。まさか、自分のこれ迄の生きかたを、ほんの少しでも後悔するとは、今の今まで思っていなかった。
アンジェリカは顔を上げ、立ち上がった。疲れた表情ではあったが、クスクスと笑いシスターと向き合った。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「笑い事では御座いませんよ!!」
シスターは、ハンカチを取り出して鼻をかむと、またシクシク泣き出してしまった。当分涙が止みそうに無い。
ククールは、アンジェリカの両肩を抱いて顔を覗き込んだ。
「しっかりしろ! 本当に⋯⋯馬鹿な事をしやがって!! 何考えて──」
しかし、それ以上言葉が続かなかった。アンジェリカが、酷く怯えた様子で涙を一雫零したからだ。彼女は、分別の無い子供の様にしゃくりあげ、ククールに縋り付いた。
「⋯⋯虚しくて⋯⋯」
「何が?」
ククールは、一言一句聞き漏らすまいと耳を傾けた。アンジェリカは生気の無い瞳で、微かに唇を動かす。
「死ぬと思った時⋯⋯まさか、ここで⋯⋯こんな風に死ぬなんて思っていなかった⋯⋯って。後悔しか無かったわ。覚悟をしていたのに」
「普通はそうだろう」
「覚悟していたの......」
アンジェリカは、弱々しく繰り返した。
「あんなに覚悟をしていたのに⋯⋯。ねえ、それなら、不意に死んでしまったオディロ院長や、お義父さんは⋯⋯どんな⋯⋯どんな気持ちで──」
「やめろよ!」
ククールは、強い口調で遮った。アンジェリカが想像している、恐怖や悲しみ、空虚感を思うだけで、胃袋がスーッと下に引っ張られる様な、薄ら寒さを覚えたのだ。
「そんな事を考えても無駄だ。そうだろう? どうやったって、本人にしか分からない事だ!!」
「⋯⋯分かっているわ」
彼女は、幾らか瞳に生気を取り戻し、自分の力だけで床に座り直した。やっとククールは、心から安堵して、まだ鼻水を啜っているシスターに顔を向けた。
「悪いが、ベッドを貸してくれないか? この子に死んで欲しく無いんだ」
シスターは、言葉を発せずに何度も頷いた。ククールは有無を言わさずアンジェリカを抱き上げ、旅人に貸し出されている小部屋へ急いだ。
「ククール⋯⋯」
アンジェリカは、か細い声で呟いた。
「まだ死にたくない⋯⋯怖い⋯⋯」
「何言って──」
「意識が⋯⋯魔法の力が暗闇に転がり落ちそうなの!」
ククールは、背筋が凍る思いで彼女をベッドに降ろした。必死に、人の魔法⋯⋯命をこの世に繋ぎ止める呪文を心に描いた。
瞬間、アンジェリカが彼の頬に手を伸ばし、目を見開いた。
「駄目よ! 付いて来てはダメ! 絶対に──」
「ザオリク」
嘗てない程真剣に、ククールは呪文を唱えた。暗闇を転がり落ちる、オーブの様なアンジェリカの魔法を捕まえ、身体に留まれる様に自分の魔法を楔とした。
アンジェリカは、驚いた表情を浮かべた。
「⋯⋯貴方にその呪文が使えるなんて、思ってもみなかったわ」
「想像するべきだったな。一応、マイエラ修道院の聖堂騎士団員だったんだ。⋯⋯話は止めるんだ。もう、眠るのは怖く無いだろう?」
「⋯⋯ええ。でも、夕方には、絶対に起こして」
「あんた⋯⋯」
ククールは、らしくもない小言を言いかけて、口を噤んだ。気を失いそうな程、体力と気力を失くしているのに、登山などさせたくは無かった。
しかし、置いていけば、アンジェリカのことだから、一人で追い掛けて来るだろう。
「分かった。起こすから、休んでくれ」
「ありがとう」
アンジェリカは、微笑みを浮かべたまま、すーっと眠りへ落ちて行った。
瞬間、ドアの開く音と、複数の足音がバラバラと近付いて来た。エイトたちだろう。
ゼシカは、ベッドに寝かされたアンジェリカの姿を見るなり、喉の奥をヒッと鳴らした。
「一体何があったの?!」
責める様な口調に、ククールはウンザリして肩を竦めた。
「この子は、とある男の命を救う為に、自分を殺す最大限の努力をしたのさ」
ゼシカは、エイトとヤンガスを振り返り、首を傾げた。三人とも、さっぱりワケが分からず、ククールに無言の視線で説明を求めた。
「あー⋯⋯ここじゃなんだ。病人もいる事だし、外で話そう」
彼は、そう行って三人の背中を押した。
マイエラ修道院の院長が、呪いに冒されている事は、伏せられている。
院長とは、聖職者の中でも位の高い人物であり、病気や呪いに冒されているとなれば、大変縁起の悪い事として、退位を迫られる可能性があるからだ。
教会関係者には、話を聞かれない方が良い。
「あ、あの!」
シスターが、慌ててククールに迫った。
「神父様は、どうすれば⋯⋯」
「忘れてた」
ククールは、何も知らずに壁際に伸びている、恰幅の良い神父の事を、やっと思い出した。アンジェリカが魔法で眠らせたのだろう。ぐうぐうイビキまでかいている。
「寝ているだけだから、放っとけば⋯⋯」
「アッシにおまかせを!」
ヤンガスが前へ飛び出した。いつの間に目覚めの呪文を覚えたのかと、皆が感心していると、彼は神父を軽々と片手で抱え上げ、アンジェリカの隣のベッドに、どさっと落とした。
「さあ、これで片付いたでがす」
「豪快だな」
ククールはなんとか感想を捻り出し、改めて仲間と連れ立って外へ出た。
事情を説明している最中、一言ごとにゼシカは口を挟みたがったし、話し終わると全員が漏れなくククールに同情した。
それから、夜に備えて各々身の回りの準備を始めた。