マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
05:アスカンタ編
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エイト達は、一刻も早くドルマゲスに追いつくため、後ろ髪を引かれる思いでアスカンタ城を目指した。
ところが、いざ城下に辿り着いてみると、どんよりと暗い雰囲気。
街人曰く、王妃様が亡くなられてから、なんと二年もの間、喪に服しているとか。王様は大層傷心で、誰にも会わず、塞ぎ込んでしまっているそうな。
一行は、なんとか道化師について情報を得られないかと、城内に入ったのだが、案の定アスカンタ国王は謁見を許してはくれなかった。
諦めて城を去ろうとした時、エイト達の前に、メイドのキラという娘が現れた。
彼女は、日に日にやつれて行く王を心配し、藁にもすがる思いで、行きずりの旅人に助けを求めて来たのだ。
キラが言うに、アスカンタには、何でも願いを叶える事のできる、不思議なおとぎ話があるとか。その詳しい話を、彼女の祖母が知っているとの事で、エイト達は、来た道をとんぼ返りし、教会前の小さな家を訪れたのだ。
「それにしても、大の男が二年間も、うじうじと!」
ゼシカは、ツインテールの片方を指で弄りながらぼやいた。
「そりゃ、私だって、サーベルト兄さんが死んだ時は、凄く悲しかったけれど」
「ま、家族と最愛の妻とじゃ、色々違うって事さ」
ククールがスカしたような笑みを浮かべて、返す。
「そのうち恋をすれば分かる。どう? 教えてやろうか?」
「結構です!!!」
ゼシカは、カンカンになって木のテーブルを殴った。ククールとの相性は最悪の様だ。
このままでは、ゼシカが放火魔になりかねないので、エイトが身を乗り出した。
「で! キラさんのお婆さん曰く、この家の前に流れる川を、上流へ行った所にある丘の上で、満月の夜に一晩じーっと待っていると、不思議な世界への扉が開くらしいんだ」
「何でも願いが叶うのなら、王妃様を生き返らせる事が出来るかも知れない」
ゼシカが、少し興奮した調子で続ける。
死者が蘇るとしたら、それはアンジェリカにとっても、素晴らしい事だ。
しかし、そんなうまい話があるだろうか?
「あんた、一ミリも信じてないって顔してるぞ」
ククールがアンジェリカの鼻を突いた。彼女はビックリして、椅子の背もたれに激突した。
「おお、悪い悪い」
ちっとも悪びれず、ククールは笑った。ゼシカは、御伽噺に渋い顔をして見せたアンジェリカに、やや不満そうな表情を浮かべた。
「夢みたいな話だっていうのは、分かるわよ? でも、もう少し"夢見たら"どうかしら?」
「怖いんです」
アンジェリカは、相手の感情に振り回されず、淡々とした口調で返す。
「人は、昔から魔法の研究に力を入れて来ましたが、人の領分を超える魔法に手を出した者には、必ず災厄が降りかかっています」
「それでも、私は行ってみるわよ」
ゼシカは、強気に拳を握って見せた。
「サーベルト兄さんの為にも、勇気を持たなくちゃ。怖がってちゃ、何も始まらないじゃない。アンジェも、下ばかり向いてないで──」
「ゼシカ。お前、ちょっと勘違いしてる」
ククールが鋭く切り込んだ。ゼシカは、名前を呼び捨てされた事に抗議しようとしたが、ククールの真剣な表情に口を噤んだ。
「アンジェリカは、別に臆病者じゃない。みんなの事が心配なんだよな?」
「⋯⋯ええ」
アンジェリカは、ため息混じりに頷いた。
「他人の厄介ごとに首を突っ込んで、もし死んでしまったら、ドルマゲスはどうなるのかしら? 誰が彼を追い掛けるの?」
「貴女にとっては他人かも知れないけれど、私たちはキラに会ったの。放ってなんておけないわ! だって、あんなに王様の為に、一生懸命で⋯⋯」
「その王様だって、自分の力で立ち直れるはずよ。この前も言ったじゃない。人は悲しい記憶を忘れていける生き物なのよ」
「王様は、悲しい記憶に苦しめられているんじゃないわ! 絶対に手に入らない、幸せな記憶に苦しめられているのよ!」
ゼシカは半ば叫ぶ様に返し、立ち上がった。制止しようとするククールの手を振り払い、アンジェリカへの怒りを露わにした。
「私だって⋯⋯兄さんが死んだ事より、"もういない事"が辛いの! あんなに楽しかった日々が、もう二度と訪れないって思うと⋯⋯寂しくて⋯⋯」
「ごめんなさい」
アンジェリカは、掠れた声で詫び、席を立った。
「おい、アンジェリカ!」
ククールが止めようとしたが、彼女は少し首を傾けて笑った。
「ごめんなさい。みんなが行くと決めているのなら、それで良いの。私は⋯⋯ただ、警戒して欲しかっただけ」
少し、外の風を浴びたいと言い、アンジェリカは家を出て行ってしまった。
ゼシカは、部屋中の人間の視線を感じて、頬を赤く染めた。
「⋯⋯どうして⋯⋯どうして、アンジェと喧嘩しちゃうのかな......」
「そりゃ、ゼシカ。お前がマルチェロを嫌いだからだろう」
「は?」
ククールの訳の分からない理屈に、ゼシカは顔を顰めた。
「どういう意味?」
「似てるんだよ。アンジェリカとマルチェロは。まず、理詰めで物を考える。⋯⋯まあ、兄貴は自分の事を、アンジェリカは"自分たち"の事を最優先する点で、大きく違うけどな。それから──」
ククールは一旦口を噤んだ。ここから先は、憶測の域に達する。
彼は声を落として、テーブルに肘をついた。
「あくまで俺個人の見立てだが、あの子は腹の内で誰も信用していない。その点もマルチェロと共通する」
「信用してない⋯⋯って⋯⋯。私だけじゃなくて、エイト達の事も?!」
ゼシカは意外そうに目を見開いた。ククールは、前髪を疎惜しげに払い、微かに頷く。
「信用出来ないんじゃないか? 頼りにしていた人間が、片っ端から死んじまえば、誰だって心が荒むさ。別に、お前らに非があるわけじゃない。アンジェリカも、それは分かってる。でも、どんなに隠しても不信感ってのは滲み出てくる物で、無意識に、何処かで、お前らの事を"ドルマゲスを倒すための仲間"って思ってるんじゃないかな」
「そんな! っでも⋯⋯どうして貴方にそんな事が分かるの?」
「あいつの事は、分からない。でも、兄貴の事は良く知ってる」
ククールは、ぼんやりと窓の外へ視線を動かした。
マルチェロが抱いている憎しみは、決してククールに責任のある物では無い。ククールは、本当に何も知らなかったのだ。両親を亡くし、修道院に行ったあの時まで。
本当は、マルチェロの事も良く分かっていないのだ。
ククールは、ほんの一時でも両親に愛情を注がれて育った。だから、人に愛される事を知っていた。
オディロ院長は、確かに愛情に満ちていたが、親のそれとはまた種類が違う。全ての者に、等量に⋯⋯悪く言えば、事務的に愛情を注いでいた。
「でも⋯⋯」
ゼシカは、意を決した表情で拳を握り直した。
「でも、アンジェリカは、イヤミ男とは違うわ。あの子の言う事は正しいし⋯⋯それに、何度も私たちの命を救ってくれた」
「ゼシカは真面目だね」
エイトが、突然口を挟んだ。彼の存在を忘れていたゼシカとククールは飛び上がり、部屋の隅ではヤンガスが椅子から滑り落ちた。
エイトは、ガタガタと鳴り響く音を物ともせず、のんびりとした、優しい口調で諭す。
「アンジェも真面目だよね。人の話をちゃんと聞いて、全部飲み込もうとするから、喧嘩になっちゃうんだよ。"それでも行く!" じゃなくて、"じゃあ、気を付けて行く!"って言えば、それで終わったんじゃ無いかな?」
「もっとも、アンジェリカの言い方も良くなかったけどな」
ククールがすかさず付け足したおかげで、ゼシカは反論の機会を逸してしまった。
彼は大人びた、年相応の深みのある表情で、苦笑した。
「それに、分かり合おうとするから、ぶつかっちまうんだ。人には、其々信念があるもんだからな。分かり合えない部分があるって事を、分かってないと」
「あんたにも、信念があるの?」
ゼシカは半信半疑で訊ねた。瞬間、ククールは軽薄で、少し幼く見える顔付きに戻り、器用にウインクをして見せた。
「勿論。世界一美しいレディーを、この腕に抱く事さ。⋯⋯嗚呼、ゼシカ。君も第一候補さ」
「馬鹿言わないで!! 本当に信じられない!! 良くそんな言葉がスラスラ出て来るわね!!!」
彼女はカンカンになって、両手をテーブルについてククールに顔を寄せた。
「まさか、アンジェに、何か悪さをして無いでしょうね?!」
「⋯⋯してないよ」
ククールは、反射的に視線を逸らしていた。しまったと思った時には既に遅く、部屋中の冷たい視線が彼に集中していた。
「いや、本当にしてない。神に誓って!」
「嘘くさい」
「いや、本当だって、ゼシカ! 仕出かしたのはマルチェ──」
ククールは、慌てて口を噤んだ。しかし、これまた時既に遅し。
その場にいる全員が、誰かが何かを切り出す事を期待して視線を漂わせた。
丸々五秒の沈黙の後、空気を動かしたのは、一行のリーダーであるエイトだ。
彼は恐ろしく感じの良い笑みを浮かべ、ぞっとするほど穏やかに告げる。
「ククール。お兄さんの事は置いていて、今此処にいる君の話をしよう。一緒に旅をするのは良いとして、ルールを決めようか」
「ルール?」
「自由な時間に、君が何処でどんな風に過ごそうと勝手だけど、ゼシカやアンジェは、仲間だからね。嫌がる事はしない。良い?」
「俺を、分別の無い人間みたいに言うのは、やめろよ!」
ククールはイライラと返し、鼻を鳴らした。流石に、歳下の面々に向かって癇癪を起こしたりはしなかったが、心底腹が立っていた。
ドニでは、色々なタイプの女と一夜を過ごしたが、その気が無い相手に手を出した事は、一度も無い。
「⋯⋯アンジェリカを探してくる」
ククールの本日分の忍耐は、もう売り切れていた。この場に留まれば、大人気ない振る舞いをしてしまうだろう。
彼は席を立ち、家を飛び出した。ところが、アンジェリカの姿は何処にも無かった。馬車の側にも。
少し考え、そして閃いた。
緩やかな斜面を下り、橋を渡って、彼が最も嫌う辛気臭い場所⋯⋯古い教会へと向かった。
エイト達は、一刻も早くドルマゲスに追いつくため、後ろ髪を引かれる思いでアスカンタ城を目指した。
ところが、いざ城下に辿り着いてみると、どんよりと暗い雰囲気。
街人曰く、王妃様が亡くなられてから、なんと二年もの間、喪に服しているとか。王様は大層傷心で、誰にも会わず、塞ぎ込んでしまっているそうな。
一行は、なんとか道化師について情報を得られないかと、城内に入ったのだが、案の定アスカンタ国王は謁見を許してはくれなかった。
諦めて城を去ろうとした時、エイト達の前に、メイドのキラという娘が現れた。
彼女は、日に日にやつれて行く王を心配し、藁にもすがる思いで、行きずりの旅人に助けを求めて来たのだ。
キラが言うに、アスカンタには、何でも願いを叶える事のできる、不思議なおとぎ話があるとか。その詳しい話を、彼女の祖母が知っているとの事で、エイト達は、来た道をとんぼ返りし、教会前の小さな家を訪れたのだ。
「それにしても、大の男が二年間も、うじうじと!」
ゼシカは、ツインテールの片方を指で弄りながらぼやいた。
「そりゃ、私だって、サーベルト兄さんが死んだ時は、凄く悲しかったけれど」
「ま、家族と最愛の妻とじゃ、色々違うって事さ」
ククールがスカしたような笑みを浮かべて、返す。
「そのうち恋をすれば分かる。どう? 教えてやろうか?」
「結構です!!!」
ゼシカは、カンカンになって木のテーブルを殴った。ククールとの相性は最悪の様だ。
このままでは、ゼシカが放火魔になりかねないので、エイトが身を乗り出した。
「で! キラさんのお婆さん曰く、この家の前に流れる川を、上流へ行った所にある丘の上で、満月の夜に一晩じーっと待っていると、不思議な世界への扉が開くらしいんだ」
「何でも願いが叶うのなら、王妃様を生き返らせる事が出来るかも知れない」
ゼシカが、少し興奮した調子で続ける。
死者が蘇るとしたら、それはアンジェリカにとっても、素晴らしい事だ。
しかし、そんなうまい話があるだろうか?
「あんた、一ミリも信じてないって顔してるぞ」
ククールがアンジェリカの鼻を突いた。彼女はビックリして、椅子の背もたれに激突した。
「おお、悪い悪い」
ちっとも悪びれず、ククールは笑った。ゼシカは、御伽噺に渋い顔をして見せたアンジェリカに、やや不満そうな表情を浮かべた。
「夢みたいな話だっていうのは、分かるわよ? でも、もう少し"夢見たら"どうかしら?」
「怖いんです」
アンジェリカは、相手の感情に振り回されず、淡々とした口調で返す。
「人は、昔から魔法の研究に力を入れて来ましたが、人の領分を超える魔法に手を出した者には、必ず災厄が降りかかっています」
「それでも、私は行ってみるわよ」
ゼシカは、強気に拳を握って見せた。
「サーベルト兄さんの為にも、勇気を持たなくちゃ。怖がってちゃ、何も始まらないじゃない。アンジェも、下ばかり向いてないで──」
「ゼシカ。お前、ちょっと勘違いしてる」
ククールが鋭く切り込んだ。ゼシカは、名前を呼び捨てされた事に抗議しようとしたが、ククールの真剣な表情に口を噤んだ。
「アンジェリカは、別に臆病者じゃない。みんなの事が心配なんだよな?」
「⋯⋯ええ」
アンジェリカは、ため息混じりに頷いた。
「他人の厄介ごとに首を突っ込んで、もし死んでしまったら、ドルマゲスはどうなるのかしら? 誰が彼を追い掛けるの?」
「貴女にとっては他人かも知れないけれど、私たちはキラに会ったの。放ってなんておけないわ! だって、あんなに王様の為に、一生懸命で⋯⋯」
「その王様だって、自分の力で立ち直れるはずよ。この前も言ったじゃない。人は悲しい記憶を忘れていける生き物なのよ」
「王様は、悲しい記憶に苦しめられているんじゃないわ! 絶対に手に入らない、幸せな記憶に苦しめられているのよ!」
ゼシカは半ば叫ぶ様に返し、立ち上がった。制止しようとするククールの手を振り払い、アンジェリカへの怒りを露わにした。
「私だって⋯⋯兄さんが死んだ事より、"もういない事"が辛いの! あんなに楽しかった日々が、もう二度と訪れないって思うと⋯⋯寂しくて⋯⋯」
「ごめんなさい」
アンジェリカは、掠れた声で詫び、席を立った。
「おい、アンジェリカ!」
ククールが止めようとしたが、彼女は少し首を傾けて笑った。
「ごめんなさい。みんなが行くと決めているのなら、それで良いの。私は⋯⋯ただ、警戒して欲しかっただけ」
少し、外の風を浴びたいと言い、アンジェリカは家を出て行ってしまった。
ゼシカは、部屋中の人間の視線を感じて、頬を赤く染めた。
「⋯⋯どうして⋯⋯どうして、アンジェと喧嘩しちゃうのかな......」
「そりゃ、ゼシカ。お前がマルチェロを嫌いだからだろう」
「は?」
ククールの訳の分からない理屈に、ゼシカは顔を顰めた。
「どういう意味?」
「似てるんだよ。アンジェリカとマルチェロは。まず、理詰めで物を考える。⋯⋯まあ、兄貴は自分の事を、アンジェリカは"自分たち"の事を最優先する点で、大きく違うけどな。それから──」
ククールは一旦口を噤んだ。ここから先は、憶測の域に達する。
彼は声を落として、テーブルに肘をついた。
「あくまで俺個人の見立てだが、あの子は腹の内で誰も信用していない。その点もマルチェロと共通する」
「信用してない⋯⋯って⋯⋯。私だけじゃなくて、エイト達の事も?!」
ゼシカは意外そうに目を見開いた。ククールは、前髪を疎惜しげに払い、微かに頷く。
「信用出来ないんじゃないか? 頼りにしていた人間が、片っ端から死んじまえば、誰だって心が荒むさ。別に、お前らに非があるわけじゃない。アンジェリカも、それは分かってる。でも、どんなに隠しても不信感ってのは滲み出てくる物で、無意識に、何処かで、お前らの事を"ドルマゲスを倒すための仲間"って思ってるんじゃないかな」
「そんな! っでも⋯⋯どうして貴方にそんな事が分かるの?」
「あいつの事は、分からない。でも、兄貴の事は良く知ってる」
ククールは、ぼんやりと窓の外へ視線を動かした。
マルチェロが抱いている憎しみは、決してククールに責任のある物では無い。ククールは、本当に何も知らなかったのだ。両親を亡くし、修道院に行ったあの時まで。
本当は、マルチェロの事も良く分かっていないのだ。
ククールは、ほんの一時でも両親に愛情を注がれて育った。だから、人に愛される事を知っていた。
オディロ院長は、確かに愛情に満ちていたが、親のそれとはまた種類が違う。全ての者に、等量に⋯⋯悪く言えば、事務的に愛情を注いでいた。
「でも⋯⋯」
ゼシカは、意を決した表情で拳を握り直した。
「でも、アンジェリカは、イヤミ男とは違うわ。あの子の言う事は正しいし⋯⋯それに、何度も私たちの命を救ってくれた」
「ゼシカは真面目だね」
エイトが、突然口を挟んだ。彼の存在を忘れていたゼシカとククールは飛び上がり、部屋の隅ではヤンガスが椅子から滑り落ちた。
エイトは、ガタガタと鳴り響く音を物ともせず、のんびりとした、優しい口調で諭す。
「アンジェも真面目だよね。人の話をちゃんと聞いて、全部飲み込もうとするから、喧嘩になっちゃうんだよ。"それでも行く!" じゃなくて、"じゃあ、気を付けて行く!"って言えば、それで終わったんじゃ無いかな?」
「もっとも、アンジェリカの言い方も良くなかったけどな」
ククールがすかさず付け足したおかげで、ゼシカは反論の機会を逸してしまった。
彼は大人びた、年相応の深みのある表情で、苦笑した。
「それに、分かり合おうとするから、ぶつかっちまうんだ。人には、其々信念があるもんだからな。分かり合えない部分があるって事を、分かってないと」
「あんたにも、信念があるの?」
ゼシカは半信半疑で訊ねた。瞬間、ククールは軽薄で、少し幼く見える顔付きに戻り、器用にウインクをして見せた。
「勿論。世界一美しいレディーを、この腕に抱く事さ。⋯⋯嗚呼、ゼシカ。君も第一候補さ」
「馬鹿言わないで!! 本当に信じられない!! 良くそんな言葉がスラスラ出て来るわね!!!」
彼女はカンカンになって、両手をテーブルについてククールに顔を寄せた。
「まさか、アンジェに、何か悪さをして無いでしょうね?!」
「⋯⋯してないよ」
ククールは、反射的に視線を逸らしていた。しまったと思った時には既に遅く、部屋中の冷たい視線が彼に集中していた。
「いや、本当にしてない。神に誓って!」
「嘘くさい」
「いや、本当だって、ゼシカ! 仕出かしたのはマルチェ──」
ククールは、慌てて口を噤んだ。しかし、これまた時既に遅し。
その場にいる全員が、誰かが何かを切り出す事を期待して視線を漂わせた。
丸々五秒の沈黙の後、空気を動かしたのは、一行のリーダーであるエイトだ。
彼は恐ろしく感じの良い笑みを浮かべ、ぞっとするほど穏やかに告げる。
「ククール。お兄さんの事は置いていて、今此処にいる君の話をしよう。一緒に旅をするのは良いとして、ルールを決めようか」
「ルール?」
「自由な時間に、君が何処でどんな風に過ごそうと勝手だけど、ゼシカやアンジェは、仲間だからね。嫌がる事はしない。良い?」
「俺を、分別の無い人間みたいに言うのは、やめろよ!」
ククールはイライラと返し、鼻を鳴らした。流石に、歳下の面々に向かって癇癪を起こしたりはしなかったが、心底腹が立っていた。
ドニでは、色々なタイプの女と一夜を過ごしたが、その気が無い相手に手を出した事は、一度も無い。
「⋯⋯アンジェリカを探してくる」
ククールの本日分の忍耐は、もう売り切れていた。この場に留まれば、大人気ない振る舞いをしてしまうだろう。
彼は席を立ち、家を飛び出した。ところが、アンジェリカの姿は何処にも無かった。馬車の側にも。
少し考え、そして閃いた。
緩やかな斜面を下り、橋を渡って、彼が最も嫌う辛気臭い場所⋯⋯古い教会へと向かった。