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05:アスカンタ編

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マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
夢主様
夢主様あだ名

エイト達は、アスカンタ城の方角へ旅立ったらしい。アンジェリカとククールは、彼らを一目散に追い掛けて進んだ。

魔物と戦闘になる度、アンジェリカはククールの事が好きになっていた。彼は、聖職者でさえなければ、優れた所の多い人間だと思った。

人並み以上の剣の腕に、抜群の集中力。ふとした瞬間にアンジェリカの事を気遣い、危ない事は自らが進んでやる姿勢。

「貴方、本当に凄いわ」

「そりゃ、どうも」

ククールは、少しはにかみながら、アンジェリカの頭をぽんぽんと撫でた。

「賞賛の言葉より、褒賞が欲しいな」

「褒賞って?」

アンジェリカの時間を、一晩貰っても良いか?」

「それは無理よ。だって、一晩喋る元気があったら、少しでも先を急ぎたいもの 」

「お前なぁ......」

ククールは苦笑し、頭を振った。アンジェリカは、賢い。ククールが酒場で引っ掛けていた女とは違い、頭がキレる。下卑たジョークも軽くかわされ、ククールの方が恥ずかしくなるほどだ。

ふと、彼は隣を歩く少女を横目に見た。

「なあ。兄貴が一晩くれって言ったら、どうする?」

ククールは、アンジェリカが怒り出すと思った。大抵の女は、意地の悪い質問をすると、理論もへったくれも無く平手をかましてくるのだ。

しかし、アンジェリカは、じっと黙り込んでしまった。その表情からは、一切の感情が窺えず、ククールは失言だったかと悔いた。

彼は、幼い時分より、陰口を叩かれながら生きていたせいで、必要以上に他者の反応を気にする性分になっていたのだ。

「ごめん。話を変えよーー」

「やっぱり、もう一度お会いしたいです」

「......はあ?!」

ククールは目を見開き、素っ頓狂な声を上げていた。アンジェリカは冷静を装いつつも、微かに頬を染めて、彼を見返した。

「でも、お会いするべきでは無いわね。あの人は聖職者だから、女の私が近辺を彷徨いて、万が一変な噂が立っては困るもの」

「別に"会いに行くだけ"なら、変な噂なんて立たないぜ。金持ちのご婦人なんかは、マルチェロの所に良く出入りしているからな」

「貧乏人がウロウロしていたら、目立つでしょう? この通り、家も無いし、無職だし」

「でも、魔法の腕は確かだ」

ククールは、心の底からそう思って口にした。彼はアンジェリカ以上の魔法使いに、出会った事が無い。

「そういえば......」

ふと、ククールは異母兄の姿を思い出して、顔を顰めた。

「マルチェロの奴、頭に包帯を巻いたままだったな。まさか修道院の奴ら、まともに回復呪文も使えないなんてーー」

「呪文は効かなかったわ」

アンジェリカは、キッパリと首を横に振った。マルチェロの傷は、恐らく特殊な物だ。

「私も試したの。......手元に特薬草か、世界樹の雫があれば良かったのだけれど......」

「呪文が効かないのに、薬草は効くのか?」

ククールは、未知の出来事に好奇心をそそられた。#アンジェリカは、持ち前の"良い指導者気質"を遺憾無く発揮する。

「マホカンタは、魔法を弾くけれど、剣を弾いてはくれないでしょう? それと同じ様な事」

「なるほどね。でも、特薬草って道端に生えてるもんなのか?」

「稀に」

「稀って、どのくらい?」

「見つかる頃に、マルチェロ様は寿命を迎えられると思うわ」

彼女のサラリとした口調に、ククールは盛大に吹き出してしまった。ひとしきり腹を抱えて笑った後、アンジェリカの頭に手を置いた。

「あんたは、きっと、何とか出来るんじゃないか?」

「どうしてそう思うの?」

「これまでも、随分沢山の事を、何とかして来た様に見えるからさ」

ククールの言葉には、優しさが滲んでいた。そのせいで、アンジェリカの弱い部分が、本人の意思とは関係無しに晒されてしまった。

「......本当にどうにかしたいと思った事は、どうにもらなかった」

母の事も、養父の事も、オディロ院長の事も。

「大丈夫だ」

ククールは、思わずアンジェリカの肩を抱き寄せた。

「この俺がついているんだからな。さっさとドルマゲスを追い詰めて、殺ーー」

す。と言い切れなかった。ドルマゲスは魔物ではない。人間だ。ククールは、これまで一度も人間を殺した事などない。マルチェロや、取り巻きの騎士団員たちは、時折重犯罪者を鞭打ちに処していたが、それを目にする度、とてつもなく不愉快な気持ちになった。

例え、相手がどんなに極悪人だったとしても、傷付ける事は気分の良い事では無い。

「殺す必要はないかも知れないわ」

アンジェリカが助け舟を出した。ククールは眉をひそめて、耳を傾ける。

「ドルマゲスが、オディロ院長を殺害する姿を見て確信したわ。あの杖が怪しいって」

「杖?」

「トロデーン城の秘宝。確か......神鳥の杖。あれを盗んでから、おかしくなったんだわ。だって、彼は元々魔法が下手くそだったもの。あの杖には、きっと何かがあるんだわ!」

「じゃあ、その杖をもぎ取って、煉獄島へ放り込めばいいわけだ。簡単だな」

ククールは鋭く口笛を吹き、空を見上げた。瞬間、左右の茂みから"おおさそり"の群れが飛び出して来た。

「ちょっと! 口笛は盗賊の特技でしょう?!」

「レディーの心は奪い放題だからな!」

憎まれ口を叩きながら、ククールは真剣な表情に切り替え、レイピアを抜いた。状況が状況でなければ、アンジェリカも、その絵になる美しさに見惚れていただろう。

左利きの彼は、右手腕でアンジェリカを背後へ押しやった。幾度か経験した戦いの勘で、アンジェリカも無理に前へ出ようとはしなかった。
後方から、補助呪文の限りをククールにぶつけ、必要なタイミングに備える。

同じ剣使いのエイトとは、また違う戦い方をする。ククールは、身の軽さを活かした、技巧的な攻撃が得意だ。一秒に攻撃できる敵の数は、エイトよりもずっと多い。しかし、その分、一撃の強さは劣ってしまう。

だから、おおさそりの様に、守備力の高いモンスターには苦戦する。

そのための、アンジェリカだ。

ククールが、器用に敵の毒針を交わしている合間に、彼女は集中する。

「イオラ」

中規模の爆発が、魔物の体を丸ごと吹き飛ばした。砂埃が舞い上がり、それが霧散すると、地面にキラキラと輝く物が転がっていた。

「しかし、不思議だな」

ククールは、それを手際よく集めながら呟いた。

「なんで魔物が宝石なんか持ってるんだ?」

「宝石が魔物になったって、父は言っていたわ。多分、迷信だけれど」

アンジェリカも、ククールの隣に膝をついて、エメラルドグリーンの石を手に取った。それを太陽に翳し、愛おしげに目を細める。

「私、この前気が付いた事があるの。昔から海の青が好きだったけれど、本物をよく見たら、こんな色だったわ」

「じゃあ、そいつはゴールドにしないで、持っておけよ」

「......そうしても良い?」

アンジェリカは、心底嬉しそうに笑った。ククールは無邪気な彼女を横目に、青い宝石を拾った。恐らく、彼女が二番目に好きな色だ。

「あら!」

アンジェリカは、ククールの手元を覗き込んで、黒い瞳を輝かせた。

「貴方の目の色と同じだわ」

その言葉は、ククールの胸に、まとわりつく様に拭いがたい、鈍い痛みを奔らせた。けれど、それを表に出すのは自分らしくないと、彼は笑った。

「あんたが持ってるのは、兄貴の瞳と同じ色だ」

きっと、彼女は無意識に、それを好んだのだ。そのくらい、心の奥底に、空気や水の様にしなやかな愛情を隠しもっているのだろう。

数多の女を虜にして来たククールにも、アンジェリカに付け入る隙が無いことを、認めるより無かった。例え、物心付いて以来、初めて本気でモノにしたいと思った相手だったとしても。

「エイトたちに追い付いたら」

アンジェリカは、再び歩き出しながら、宝石を大切そうに仕舞い込んだ。

「練金釜を使える。特薬草を作って、一度マイエラ修道院に戻るわ」

「マルチェロに会いに?」

「......ええ。それに、次の別れが、最後になる」

アンジェリカは、しっかりとした表情で言い切った。ククールは、彼女の頑なさに溜息を零した。そして、微かな苛立ちを覚えた。

アンジェリカは、世間の人々が欲しがるものを、大抵持っている。
頭が良く、容姿も端麗。勇敢で、魔法の腕も、物理攻撃の腕も一級品。明るく、人当たりが良く、素直。
けれども、それらの素晴らしい宝の一切を、自分が幸せになる為に使おうとはしない。

側で見ているククールは、もどかしさに苛立ったのだ。もし、自分が彼女だったら、きっと自分の気持ちに素直でいるだろう。マルチェロも、アンジェリカの事を、少なからず思っているのだから。

「ムカつく」

「......え?」

アンジェリカは、血の気失せた顔をククールに向けた。ククールは、予想外の反応にたじろいだ。

「あ......いや、何て言うかーー」

「ごめんなさい」

アンジェリカは、慌てて頭を下げた。不安に駆られた表情で、一生懸命言葉を紡ぐ。

「私、気に触る事を言ったのね? 本当にごめんなさい」

黒い瞳が、すがる様にククールを見つめていた。ククールは、彼女が......マルチェロに良く似ていると、確信した。居場所を失う事や、拒絶される事を極端に恐れているのだ。

「違うんだ。ちゃんと話すよ」

嘘が通じない相手と判断したククールは、真面目に頭の中を整理した。

「あんたは、美人だし、人が欲しがる物を、何でも持ってる。でも、良い道具を持っているだけで、使わない奴を見ていると、俺みたいに道具を持ってない人間は、疎ましく思うもんなんだ」

「貴方の方が綺麗だわ」

アンジェリカは、的外れな称賛を口にした。ククールはビックリして絶句した。こんなに、他意のない真っ直ぐな褒められ方をしたのは、初めてだった。

「綺麗だし、声も素敵。強いし優しいじゃない」

「......そりゃ、どうも」

ククールは観念して肩を竦めた。アンジェリカは、彼に扱う事の出来ない人間だと結論付けた。彼女は善意の塊の様な物で、雑念の塊であるククールには、一体全体、何をどうすればここまで潔白な人間が生まれるのか、到底分からなかった。

「あ、ほら。あそこ」

彼の指す先に、橋が見えた。右手には教会が、左手には一軒の民家が建っている。
そして、民家の前に、見覚えのある馬車が繋がれていた。

ククールとアンジェリカは、滑る様に坂道を下り、目的の場所へ走った。
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