マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
04:マイエラ修道院編
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アンジェリカは、鉄格子の奥で、壁に寄りかかり、時を見送っていた。半刻おきに見張りの交代が前を横切ったが、その度に眠ったふりをしてやり過ごした。
尋問されたはずの人間が、ピンピンしているのもおかしな話なので、そうするより他になかったのだ。
しかし、あろう事か、本当に眠りに落ちてしまった。
だから、ようやく現れた救いの足音にも、直ぐには気づけなかった。
「おい!」
ククールは鉄格子を揺さぶって呼び掛けた。しかし、中の住人は死んだ様に眠ったまま、ピクリとも動かない。
「クソ......って?!」
扉が大きく開いた。錠前が半分外れていたらしい。ありえないミスだ。マルチェロに知られたら、タダでは済まされないだろう。
其処まで考えて、ククールははたと気が付く。アンジェリカを尋問していたのは、マルチェロだと聞いた。随って、鍵を掛けたのも、当然マルチェロだ。しかし、マルチェロは、天地がひっくり返ったとしても、こんなにつまらない失敗をしない。
「おい、あんた!」
ククールは牢屋の中に入り、地面に横になっている少女を抱き上げた。
「しっかりしろよ!」
何度か揺さぶると、アンジェリカはようやくぼんやりと目を覚ました。黒い瞳がククールの顔を捉え、大きく広がった。
「私、嗚呼......どうしましょう! 寝てしまったんだわ!」
「落ち着けって! ......寝てたって言ったが、眠らされてたわけじゃないだろうな?」
「違うの! 貴方、ここに来ちゃ行けなかったのよ! 他のみんなは?! もう助けてしまった?!」
「助けちまったが、問題無い。あの道化師の野郎、院長の部屋へ続く橋に、火を点けやがった!」
「問題だらけじゃない!!」
アンジェリカは、勢いよく立ち上がり、頭を抱えた。幾ら魔法の腕が立つからと言っても、丸腰でドルマゲスの所へ走るのは、無謀だ。
しかし、武器が無いからといって、逃げ出すわけには行かない。
「待てよ!」
ククールは、尻に火が点いた様に走り出したアンジェリカを、全力で追い掛けた。
「ちょっと待て!!」
彼は漸くアンジェリカの襟首を掴むと、上着を脱いで少女に着せた。彼女は、すこぶる不機嫌そうに振り返る。
「別に寒く無いわよ!」
「そうじゃない! あんた、その痕......マルチェロ団長にやられたのか?」
「痕?」
「首に、キスでもされたのか?」
「......え? あっ......どっ、どうしてっーー」
「マジかよ!」
ククールは、緊急事態にも関わらず、大声を出して立ち止まってしまった。一気に視線が集中し、慌てて声を落とす。
「経験のある奴なら、すぐに分かる痕が残ってるよ。そういうのは、しまっとけ!」
「好きで出してるんじゃないわ! 気付かなかったの。上着をお借りするわね」
アンジェリカは、羞恥心を飲み込んで再び早足に進み出した。
彼女は、今となっても何故マルチェロがあんな行動に出たのか、まるで分からなかった。
ただ一つ、確実に言える事があるとすれば、アンジェリカ自身にも、隙があった。
彼女は並の男よりも、遥かに強い力を持っていた。しかし、それは相手が死んでも惜しくない魔物であった場合に限る。
傷付ける事を躊躇う相手に対しては、恐ろしいほど無力だった。
「あ!」
オディロ院長の離れがある、小島へ至る橋の前に辿り着き、アンジェリカは息をのんだ。
つり橋が燃えていた。どうやら、ドルマゲスは付け火が大好きらしい。
ともかく、今にも崩れそうな橋に、アンジェリカとククールは顔を見合わせ、同時に走り出していた。
聖堂騎士団員達が、尻込み右往左往している横を、二人は風のように駆け抜け、ボロボロの板を時折踏み抜きながら、なんとか小島へ渡りきった。
「アンジェ!」
エイトが振り返り、安堵の声を上げた。しかし、すぐに表情を引き締め、目先の難題を性格に伝える。
「鍵が掛かってるんだ。」
「みんな、離れて!」
アンジェリカは一同を押し退け、扉の前に立つと、かまいたちを放った。扉は蝶番ごと内側に吹き飛んだ。
ククールは、彼女に軽く会釈し、風の様に部屋の中へ滑り込んだ。エイト達もそれを追う。
一階では、聖堂騎士団の強者達が倒れていた。アンジェリカは、すぐ近くの男の首筋にふれたが、もう生きてはいない。
「おい、何があった!」
ククールが虫の息の団員を揺さぶり、問い詰める。団員は薄く目を開いて、最期の声を絞り出す。
「よか......った......応援が......早く院長様を......」
「誰がやった?!」
「ヤツは......強い......。マルチェロ様も......危な......」
男はガクリと事切れた。ククールは聖職者らしく十字を切ると、スッと立ち上がった。
「上だ。行こう。お前達も来てくれるな?」
「勿論」
エイトが頷くと、ククールは階段へ向かった。
「すまない」
全員が彼の後を追い、駆け上がる登りきったその瞬間、オディロ院長を庇っていたマルチェロが、壁際に吹き飛ばされ、叩き付けられた。
「兄貴!」
駆け寄ろうとしたククールに向かって、マルチェロは叫んだ。
「命令だ! 聖堂騎士団員ククール!! 院長を連れて逃げ......」
皆まで言い終える前に、ククールも壁に叩き付けられた。二人とも身動きが取れない様子でいる。
ドルマゲスが腕を挙げると、彼が砕いたステンドグラスの破片が一カ所に集まり、そして......
「やめて!!!」
アンジェリカは、衝動的にマルチェロの前に飛び出した。スクルトの呪文が一通り効いた瞬間、凶器となったガラスが、一斉に彼女に突き刺さった。
多少は衝撃を軽減出来たもの、完全には防げなかった。傷を負った彼女に、ドルマゲスが呪文を掛けると、彼女も吹き飛ばされ、壁に激突してマルチェロの傍にぐったりと倒れてしまった。
「......お前は!」
マルチェロは息も絶え絶えに、横目で少女の姿を捉え、言葉につまった。
「案ずるな、皆の者」
オディロ院長は、柔らかな口調で語りかける。
「私は神にすべてを捧げた身。神の御心ならば、私はいつでも死のう。 ……だが、罪深き子よ。それが神の御心に反するならば、お前が何をしようと私は死なぬ! 神のご加護が、必ずや、私と、ここにいる者たちとを、悪しき業より守るであろう!」
「……ほう。ずいぶんな自信だな。 ならば……試してみるか?」
ドルマゲスは、醜悪に笑い杖を振り上げた。そこに飛び込んで来たのは、馬車にいたはずのトロデ王。
「待て待て待てーい!!」
「おっさん、いつのまに!」
ヤンガスが、お決まりのポーズを取った。しかし、トロデは完全に無視し、ドルマゲスを睨み付けた。
「姫とわしを元の姿に戻せ!よくもわしの城をっ……!!! 」
彼の言葉は、ドルマゲスに一ミリも届いていない。道化師は目的を果たすべく、杖を振り上げた。エイトが駆け出したその瞬間......
オディロ院長は、心臓を貫かれ、糸の切れたマリオネットの様に倒れた。赤い血が床に広がって行く。
「……悲しいなあ。お前たちの神も運命も、どうやら私の味方をして下さるようだ……。キヒャヒャ!……悲しいなあ。オディロ院長よ。そうだ、このチカラだ!……クックックッ。これで、ここにはもう用はない。」
ドルマゲスは杖を引き戻し、両腕を広げた。
「……さらば、みなさま。ごきげんよう。」
道化師は満月を背に、不愉快な笑い声を残して消えた。
と、同時に、複数の足音が近付いてきた。
「オディロ院長様!」
聖堂騎士団の面々が、今更になって駆け込んで来たのだ。彼らは、まず血溜まりに沈むオディロ院長を目にし、次に重傷を負って倒れているマルチェロを捉えた。
「マルチェロ様!」
一同は騎士団長に駆け寄り、回復の魔法を掛けた。何とか立ち上がれるまでに回復したマルチェロは、アンジェリカを抱き起こした。まだ呼吸をしている。
ガラスの破片の多くは、彼女が羽織っていた聖堂騎士団の上着を破っているだけだった。しかし、其れを脱がせると、胸に一際大きな破片が突き刺さっていた。
マルチェロは、其れを勢い良く引き抜くと、間髪入れずに回復呪文を唱えた。傷は塞がったが、意識が戻らない。
「私の事は心配ない! この女性を手当てしてくれ。」
「かしこまりました。」
騎士団員のうち二人が、彼女を抱えて部屋を後にした。残りの全員が、オディロ院長の傍に歩み寄り、祈りを捧げた。
「ちょっと......」
ゼシカは憤慨して、壁際に歩み寄った。未だにダメージを受けたままのククールが、ぐったりと倒れている。
「どうしよう、私......回復呪文なんて使えないわ! アンジェに任せっきりだったし......」
「アッシにお任せ!」
ヤンガスが、短い腕を精一杯広げて、ベホイミを唱えた。ククールは漸く意識を取り戻し、ゆっくりと顔を上げた。
「なんてこった......」
彼は、部屋の中央の血溜まりを目にし、うな垂れた。
ククールにとって、オディロ院長は父親代わりだった。この修道院で、唯一自分を理解し、受け止めてくれた存在だ。
彼は胸の痛みを決死の思いで押し殺し、冷静に周りを見回した。どうやら、マルチェロは無事らしい。
「......あの子はどうした?!」
「え?!」
ゼシカは困惑した。ククールは、彼女の肩を掴んで問い詰める。
「アンジェリカはどうした?! 確かマルチェロを庇って怪我をしただろう?!」
そして、ククールは壁際の血溜まりに気が付いた。マルチェロが、ガラス片を引き抜いた時に出来たものだ。
「大丈夫よ」
ゼシカは自分に言い聞かせる様に、そう返した。
「大丈夫。騎士団長が、彼女の治療を優先するようにって......さっき運び出されたわ」
「マルチェロが......」
ククールは意外に思い、立ち上がった。マルチェロの隣まで歩み寄るも、団長はククールの存在を完全に無視した。
全員が祈りを捧げ終わった所で、淡々と命令を下す。オディロ院長の遺体は運び出された、エイト達には宿泊用の部屋が用意された。
翌日、雨の降りしきる中で、葬儀は執り行われた。あの場に居合わせたエイト達も参列したが、アンジェリカだけは、まだ目を覚まさなかった。
尋問されたはずの人間が、ピンピンしているのもおかしな話なので、そうするより他になかったのだ。
しかし、あろう事か、本当に眠りに落ちてしまった。
だから、ようやく現れた救いの足音にも、直ぐには気づけなかった。
「おい!」
ククールは鉄格子を揺さぶって呼び掛けた。しかし、中の住人は死んだ様に眠ったまま、ピクリとも動かない。
「クソ......って?!」
扉が大きく開いた。錠前が半分外れていたらしい。ありえないミスだ。マルチェロに知られたら、タダでは済まされないだろう。
其処まで考えて、ククールははたと気が付く。アンジェリカを尋問していたのは、マルチェロだと聞いた。随って、鍵を掛けたのも、当然マルチェロだ。しかし、マルチェロは、天地がひっくり返ったとしても、こんなにつまらない失敗をしない。
「おい、あんた!」
ククールは牢屋の中に入り、地面に横になっている少女を抱き上げた。
「しっかりしろよ!」
何度か揺さぶると、アンジェリカはようやくぼんやりと目を覚ました。黒い瞳がククールの顔を捉え、大きく広がった。
「私、嗚呼......どうしましょう! 寝てしまったんだわ!」
「落ち着けって! ......寝てたって言ったが、眠らされてたわけじゃないだろうな?」
「違うの! 貴方、ここに来ちゃ行けなかったのよ! 他のみんなは?! もう助けてしまった?!」
「助けちまったが、問題無い。あの道化師の野郎、院長の部屋へ続く橋に、火を点けやがった!」
「問題だらけじゃない!!」
アンジェリカは、勢いよく立ち上がり、頭を抱えた。幾ら魔法の腕が立つからと言っても、丸腰でドルマゲスの所へ走るのは、無謀だ。
しかし、武器が無いからといって、逃げ出すわけには行かない。
「待てよ!」
ククールは、尻に火が点いた様に走り出したアンジェリカを、全力で追い掛けた。
「ちょっと待て!!」
彼は漸くアンジェリカの襟首を掴むと、上着を脱いで少女に着せた。彼女は、すこぶる不機嫌そうに振り返る。
「別に寒く無いわよ!」
「そうじゃない! あんた、その痕......マルチェロ団長にやられたのか?」
「痕?」
「首に、キスでもされたのか?」
「......え? あっ......どっ、どうしてっーー」
「マジかよ!」
ククールは、緊急事態にも関わらず、大声を出して立ち止まってしまった。一気に視線が集中し、慌てて声を落とす。
「経験のある奴なら、すぐに分かる痕が残ってるよ。そういうのは、しまっとけ!」
「好きで出してるんじゃないわ! 気付かなかったの。上着をお借りするわね」
アンジェリカは、羞恥心を飲み込んで再び早足に進み出した。
彼女は、今となっても何故マルチェロがあんな行動に出たのか、まるで分からなかった。
ただ一つ、確実に言える事があるとすれば、アンジェリカ自身にも、隙があった。
彼女は並の男よりも、遥かに強い力を持っていた。しかし、それは相手が死んでも惜しくない魔物であった場合に限る。
傷付ける事を躊躇う相手に対しては、恐ろしいほど無力だった。
「あ!」
オディロ院長の離れがある、小島へ至る橋の前に辿り着き、アンジェリカは息をのんだ。
つり橋が燃えていた。どうやら、ドルマゲスは付け火が大好きらしい。
ともかく、今にも崩れそうな橋に、アンジェリカとククールは顔を見合わせ、同時に走り出していた。
聖堂騎士団員達が、尻込み右往左往している横を、二人は風のように駆け抜け、ボロボロの板を時折踏み抜きながら、なんとか小島へ渡りきった。
「アンジェ!」
エイトが振り返り、安堵の声を上げた。しかし、すぐに表情を引き締め、目先の難題を性格に伝える。
「鍵が掛かってるんだ。」
「みんな、離れて!」
アンジェリカは一同を押し退け、扉の前に立つと、かまいたちを放った。扉は蝶番ごと内側に吹き飛んだ。
ククールは、彼女に軽く会釈し、風の様に部屋の中へ滑り込んだ。エイト達もそれを追う。
一階では、聖堂騎士団の強者達が倒れていた。アンジェリカは、すぐ近くの男の首筋にふれたが、もう生きてはいない。
「おい、何があった!」
ククールが虫の息の団員を揺さぶり、問い詰める。団員は薄く目を開いて、最期の声を絞り出す。
「よか......った......応援が......早く院長様を......」
「誰がやった?!」
「ヤツは......強い......。マルチェロ様も......危な......」
男はガクリと事切れた。ククールは聖職者らしく十字を切ると、スッと立ち上がった。
「上だ。行こう。お前達も来てくれるな?」
「勿論」
エイトが頷くと、ククールは階段へ向かった。
「すまない」
全員が彼の後を追い、駆け上がる登りきったその瞬間、オディロ院長を庇っていたマルチェロが、壁際に吹き飛ばされ、叩き付けられた。
「兄貴!」
駆け寄ろうとしたククールに向かって、マルチェロは叫んだ。
「命令だ! 聖堂騎士団員ククール!! 院長を連れて逃げ......」
皆まで言い終える前に、ククールも壁に叩き付けられた。二人とも身動きが取れない様子でいる。
ドルマゲスが腕を挙げると、彼が砕いたステンドグラスの破片が一カ所に集まり、そして......
「やめて!!!」
アンジェリカは、衝動的にマルチェロの前に飛び出した。スクルトの呪文が一通り効いた瞬間、凶器となったガラスが、一斉に彼女に突き刺さった。
多少は衝撃を軽減出来たもの、完全には防げなかった。傷を負った彼女に、ドルマゲスが呪文を掛けると、彼女も吹き飛ばされ、壁に激突してマルチェロの傍にぐったりと倒れてしまった。
「......お前は!」
マルチェロは息も絶え絶えに、横目で少女の姿を捉え、言葉につまった。
「案ずるな、皆の者」
オディロ院長は、柔らかな口調で語りかける。
「私は神にすべてを捧げた身。神の御心ならば、私はいつでも死のう。 ……だが、罪深き子よ。それが神の御心に反するならば、お前が何をしようと私は死なぬ! 神のご加護が、必ずや、私と、ここにいる者たちとを、悪しき業より守るであろう!」
「……ほう。ずいぶんな自信だな。 ならば……試してみるか?」
ドルマゲスは、醜悪に笑い杖を振り上げた。そこに飛び込んで来たのは、馬車にいたはずのトロデ王。
「待て待て待てーい!!」
「おっさん、いつのまに!」
ヤンガスが、お決まりのポーズを取った。しかし、トロデは完全に無視し、ドルマゲスを睨み付けた。
「姫とわしを元の姿に戻せ!よくもわしの城をっ……!!! 」
彼の言葉は、ドルマゲスに一ミリも届いていない。道化師は目的を果たすべく、杖を振り上げた。エイトが駆け出したその瞬間......
オディロ院長は、心臓を貫かれ、糸の切れたマリオネットの様に倒れた。赤い血が床に広がって行く。
「……悲しいなあ。お前たちの神も運命も、どうやら私の味方をして下さるようだ……。キヒャヒャ!……悲しいなあ。オディロ院長よ。そうだ、このチカラだ!……クックックッ。これで、ここにはもう用はない。」
ドルマゲスは杖を引き戻し、両腕を広げた。
「……さらば、みなさま。ごきげんよう。」
道化師は満月を背に、不愉快な笑い声を残して消えた。
と、同時に、複数の足音が近付いてきた。
「オディロ院長様!」
聖堂騎士団の面々が、今更になって駆け込んで来たのだ。彼らは、まず血溜まりに沈むオディロ院長を目にし、次に重傷を負って倒れているマルチェロを捉えた。
「マルチェロ様!」
一同は騎士団長に駆け寄り、回復の魔法を掛けた。何とか立ち上がれるまでに回復したマルチェロは、アンジェリカを抱き起こした。まだ呼吸をしている。
ガラスの破片の多くは、彼女が羽織っていた聖堂騎士団の上着を破っているだけだった。しかし、其れを脱がせると、胸に一際大きな破片が突き刺さっていた。
マルチェロは、其れを勢い良く引き抜くと、間髪入れずに回復呪文を唱えた。傷は塞がったが、意識が戻らない。
「私の事は心配ない! この女性を手当てしてくれ。」
「かしこまりました。」
騎士団員のうち二人が、彼女を抱えて部屋を後にした。残りの全員が、オディロ院長の傍に歩み寄り、祈りを捧げた。
「ちょっと......」
ゼシカは憤慨して、壁際に歩み寄った。未だにダメージを受けたままのククールが、ぐったりと倒れている。
「どうしよう、私......回復呪文なんて使えないわ! アンジェに任せっきりだったし......」
「アッシにお任せ!」
ヤンガスが、短い腕を精一杯広げて、ベホイミを唱えた。ククールは漸く意識を取り戻し、ゆっくりと顔を上げた。
「なんてこった......」
彼は、部屋の中央の血溜まりを目にし、うな垂れた。
ククールにとって、オディロ院長は父親代わりだった。この修道院で、唯一自分を理解し、受け止めてくれた存在だ。
彼は胸の痛みを決死の思いで押し殺し、冷静に周りを見回した。どうやら、マルチェロは無事らしい。
「......あの子はどうした?!」
「え?!」
ゼシカは困惑した。ククールは、彼女の肩を掴んで問い詰める。
「アンジェリカはどうした?! 確かマルチェロを庇って怪我をしただろう?!」
そして、ククールは壁際の血溜まりに気が付いた。マルチェロが、ガラス片を引き抜いた時に出来たものだ。
「大丈夫よ」
ゼシカは自分に言い聞かせる様に、そう返した。
「大丈夫。騎士団長が、彼女の治療を優先するようにって......さっき運び出されたわ」
「マルチェロが......」
ククールは意外に思い、立ち上がった。マルチェロの隣まで歩み寄るも、団長はククールの存在を完全に無視した。
全員が祈りを捧げ終わった所で、淡々と命令を下す。オディロ院長の遺体は運び出された、エイト達には宿泊用の部屋が用意された。
翌日、雨の降りしきる中で、葬儀は執り行われた。あの場に居合わせたエイト達も参列したが、アンジェリカだけは、まだ目を覚まさなかった。