マイエラ地方出身、マスター・ライラスの養女。
04:マイエラ修道院編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
アンジェリカは、階段を駆け上がった所で、また会いたくない人間と、顔を合わせる羽目になった。
「そんな顔をしないでくれよ」
ククールが仏頂面で待ち構えていたのだ。彼はアンジェリカを物陰に引っ張り込み、声を落とした。
「悪い。あんたの仲間に頼み事をしたんだ。オディロ院長の部屋にーー」
「道化師」
「話が早いな。そう、生憎ご存知の通り、俺は謹慎を言い渡されて、無闇に動けない。院長の部屋へ行く橋は、石頭が塞いでいて通れない。だからーー」
「修道院跡地ね。分かりました。すぐに追います。......鍵は......指輪はどうしたんですか?!」
「俺のを預けた」
アンジェリカは、必死に考えた。こういった局面に至ると、彼女は凄まじい勢いで思考できる、一頭優秀な頭を持っていた。
「......分かりました」
彼女は、道具袋を漁り、一番奥底に布に包んでしまっておいたモノを取り出す。
「これを貴方にお渡しします」
「あんた、何処でこれを!!」
聖堂騎士団の指輪だ。アンジェリカは質問に答えず、早口に聞き返した。
「今の物と、形に違いはありませんか?」
「間違いなく、同じものだ。でもーー」
「では、これを持っていて下さい。院長の部屋に着いて、もし......もし何かあれば、私たちは疑われます」
「あんたーー」
「良いから、聞いて!!」
アンジェリカは、遮るように口調を強めた。黙った男の手に、指輪を手渡す。
「マルチェロ団長の様子を見る限り、貴方を追い出す口実を、ずっと探している様に思えます。あの人は......私が、旧修道院跡地の存在を知っている事も、指輪を持っている事も知っています。でも、知らないふりをして、院内に不審者を招き入れた共謀者がいると、貴方を問い詰めかねません」
「......どうして......」
ククールは言葉に詰まった。目の前の少女は、良い意味で全く未知の人種だった。一夜を共に過ごすための、浅はかな考えは欠片も見当たらず、だからこそ、怖かった。
「あんた、何のつもりだ。この指輪は、どうやって手に入れた?」
「安心して下さい。昔、譲り受けた物です」
「っ......そうじゃなくって......クソ!」
ククールはもどかしさに唇を噛んだ。そして、一瞬閉じた瞳に、暗い色を載せてアンジェリカを見詰めた。
「何で俺を助けようとする?!」
「無実の被告は、少ない方が良いからです」
「あんたに何の得がある?!」
ククールの詰問に、アンジェリカは目を見張った。しかし、直ぐに彼の心中を察し、やや穏やかな表情で諭す様に答える。
「では、もし地下牢に幽閉される様なことがあれば、何としてでも私の仲間を逃して下さい。私の事は後回しで構いません。くれぐれも、お願いします」
時間が無いので、アンジェリカは頭を下げ、周りの様子を伺ってから、走りだした。
機会があれば、ククールという青年と、もっと話がしたいと思った。彼は、無償の愛を信じられない性質らしい。
何もかもが、急過ぎる。アンジェリカは、やるせない思いで走った。
トラペッタを出てから、立ち止まることなく走り続けていた。それは、自分の意思ではなく、急き立てられる様に、目に見えない何かに翻弄されるかの様に、止むを得ず走らされているのだ。
指輪を手離してしまった事で、アンジェリカは、また一つ、大切な物を失った様な激しい痛みを、胸に感じた。
あれは、マスター・ライラスに連れられ、マイエラ修道院を発つ朝。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていたマルチェロが、アンジェリカに、こっそり手渡してくれた物だった。神の御加護があります様にと、十字を切って。
生きていくという事は、手放す事。そう思って生きて来たが、もう、彼女は疲れていた。そろそろ限界を迎えそうになっていた。
「......っ」
不覚にも足元をすくわれ、アンジェリカは地面に投げ出された。もうそのまま眠ってしまいたかった。
が、視界の隅に転がり込んだ、木の実が一つ。
アンジェリカは、ほんの一瞬、全ての思考を投げ出して、笑ってしまいそうになった。
近くにくるみの木は無い。きっと、鳥が運んでいた物を落としたのだろう。だとすれば、かなりの高さから落ちてきたに違いない。
こんな風に、ほんの少しの幸運と、大きな不運は背中合わせに寄り添っているのだ。
体を起こして目を細めると、遥か遠くに、番の鳥が羽ばたいていた。二羽は、地上に這いつくばって肩を揺らす、小汚い娘の様子に気付く事もなく、小さく小さく消えてしまった。
「行かなきゃダメ」
アンジェリカは、自分に言い聞かせるようにして、再び歩き出した。
生きる事は、辛い。しかし、死にたくないのなら、生きるしかない。
アンジェリカは、茂みに隠れたリンリンの気配を察知し、扇を構えた。通り抜けるついでに、扇の舞を放った。とどめを刺す必要は無い。自分を襲えない程度にダメージを与えられれば。
川沿いに進みながら、アンジェリカは何度か、泳いでオディロ院長のいる中州に辿り着けないものかと、往生際悪くチャレンジした。
しかし、流れが速く、加えて水底に幾つもの凶悪な影を見つけ、遂に諦めた。諦めた頃に、旧修道院跡地に着いたのだから、これまた運命とは不思議なものである。
封印から解かれ、地下へと続く道がアンジェリカにもハッキリと見えた。そして、その奥から禍々しい気配が漂って来るのも感じた。
「そんな顔をしないでくれよ」
ククールが仏頂面で待ち構えていたのだ。彼はアンジェリカを物陰に引っ張り込み、声を落とした。
「悪い。あんたの仲間に頼み事をしたんだ。オディロ院長の部屋にーー」
「道化師」
「話が早いな。そう、生憎ご存知の通り、俺は謹慎を言い渡されて、無闇に動けない。院長の部屋へ行く橋は、石頭が塞いでいて通れない。だからーー」
「修道院跡地ね。分かりました。すぐに追います。......鍵は......指輪はどうしたんですか?!」
「俺のを預けた」
アンジェリカは、必死に考えた。こういった局面に至ると、彼女は凄まじい勢いで思考できる、一頭優秀な頭を持っていた。
「......分かりました」
彼女は、道具袋を漁り、一番奥底に布に包んでしまっておいたモノを取り出す。
「これを貴方にお渡しします」
「あんた、何処でこれを!!」
聖堂騎士団の指輪だ。アンジェリカは質問に答えず、早口に聞き返した。
「今の物と、形に違いはありませんか?」
「間違いなく、同じものだ。でもーー」
「では、これを持っていて下さい。院長の部屋に着いて、もし......もし何かあれば、私たちは疑われます」
「あんたーー」
「良いから、聞いて!!」
アンジェリカは、遮るように口調を強めた。黙った男の手に、指輪を手渡す。
「マルチェロ団長の様子を見る限り、貴方を追い出す口実を、ずっと探している様に思えます。あの人は......私が、旧修道院跡地の存在を知っている事も、指輪を持っている事も知っています。でも、知らないふりをして、院内に不審者を招き入れた共謀者がいると、貴方を問い詰めかねません」
「......どうして......」
ククールは言葉に詰まった。目の前の少女は、良い意味で全く未知の人種だった。一夜を共に過ごすための、浅はかな考えは欠片も見当たらず、だからこそ、怖かった。
「あんた、何のつもりだ。この指輪は、どうやって手に入れた?」
「安心して下さい。昔、譲り受けた物です」
「っ......そうじゃなくって......クソ!」
ククールはもどかしさに唇を噛んだ。そして、一瞬閉じた瞳に、暗い色を載せてアンジェリカを見詰めた。
「何で俺を助けようとする?!」
「無実の被告は、少ない方が良いからです」
「あんたに何の得がある?!」
ククールの詰問に、アンジェリカは目を見張った。しかし、直ぐに彼の心中を察し、やや穏やかな表情で諭す様に答える。
「では、もし地下牢に幽閉される様なことがあれば、何としてでも私の仲間を逃して下さい。私の事は後回しで構いません。くれぐれも、お願いします」
時間が無いので、アンジェリカは頭を下げ、周りの様子を伺ってから、走りだした。
機会があれば、ククールという青年と、もっと話がしたいと思った。彼は、無償の愛を信じられない性質らしい。
何もかもが、急過ぎる。アンジェリカは、やるせない思いで走った。
トラペッタを出てから、立ち止まることなく走り続けていた。それは、自分の意思ではなく、急き立てられる様に、目に見えない何かに翻弄されるかの様に、止むを得ず走らされているのだ。
指輪を手離してしまった事で、アンジェリカは、また一つ、大切な物を失った様な激しい痛みを、胸に感じた。
あれは、マスター・ライラスに連れられ、マイエラ修道院を発つ朝。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていたマルチェロが、アンジェリカに、こっそり手渡してくれた物だった。神の御加護があります様にと、十字を切って。
生きていくという事は、手放す事。そう思って生きて来たが、もう、彼女は疲れていた。そろそろ限界を迎えそうになっていた。
「......っ」
不覚にも足元をすくわれ、アンジェリカは地面に投げ出された。もうそのまま眠ってしまいたかった。
が、視界の隅に転がり込んだ、木の実が一つ。
アンジェリカは、ほんの一瞬、全ての思考を投げ出して、笑ってしまいそうになった。
近くにくるみの木は無い。きっと、鳥が運んでいた物を落としたのだろう。だとすれば、かなりの高さから落ちてきたに違いない。
こんな風に、ほんの少しの幸運と、大きな不運は背中合わせに寄り添っているのだ。
体を起こして目を細めると、遥か遠くに、番の鳥が羽ばたいていた。二羽は、地上に這いつくばって肩を揺らす、小汚い娘の様子に気付く事もなく、小さく小さく消えてしまった。
「行かなきゃダメ」
アンジェリカは、自分に言い聞かせるようにして、再び歩き出した。
生きる事は、辛い。しかし、死にたくないのなら、生きるしかない。
アンジェリカは、茂みに隠れたリンリンの気配を察知し、扇を構えた。通り抜けるついでに、扇の舞を放った。とどめを刺す必要は無い。自分を襲えない程度にダメージを与えられれば。
川沿いに進みながら、アンジェリカは何度か、泳いでオディロ院長のいる中州に辿り着けないものかと、往生際悪くチャレンジした。
しかし、流れが速く、加えて水底に幾つもの凶悪な影を見つけ、遂に諦めた。諦めた頃に、旧修道院跡地に着いたのだから、これまた運命とは不思議なものである。
封印から解かれ、地下へと続く道がアンジェリカにもハッキリと見えた。そして、その奥から禍々しい気配が漂って来るのも感じた。