ファヌージュ出身の傭兵。
02:失望
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優しい針葉樹の香り。帰って来たのだ。自分の家に。何時振りだろう? 一月前に、遺書紛いの手紙を出して、それからは連絡を取っていない。
故郷に帰り、ホッとした次の瞬間、フランチェスカは異常に気が付いた。
彼女は自分の使っていた部屋にいたのだが、家具の類が一切無い。娘は死んだと判断した母が、片付けてしまったのかとも思ったが、流石に早過ぎではなかろうか? 加えて言えば、病弱で非力な母が、独力で処分したとは考えにくい。
「......嘘」
エクシードを用い、初めて気が付いた。人の気配が無いのだ。隣に佇んでいる魔人を除いて。
部屋を飛び出すと、廊下には埃が積もっていた。
「お母さん?! お母さん!!!」
返事は無い。それどころか、文字通り何も無い。台所からは、全ての調理器具、食器棚が丸ごと消えていたし、母の私室もガランとしていた。ベッドもクローゼットも、何も無い。唯一残っていたのは、フランチェスカが護身用にと残しておいた、古びた長剣が一振り。
彼女は、レイグルの存在を忘れ去り、剣を掴んで家を飛び出した。村長なら、何があったのか知っているかもしれない。
本当の事を言うと、覚悟は出来ていた。なんの治療も施さなければ、母はもう長くないと分かっていた。しかし、状況があまりに不自然だ。
間に合わなかったのだとしたら、フランチェスカの託した報償金は何処へ行ったのか?
村で一等大きな家の前に着き、フランチェスカは呼吸を整えた。中に10人程度の気配がある。この時期は、特に集まりなどないはずだ。
悪いとは思いながら、そっと扉を開け、細い廊下を進む。応接間の扉に手を伸ばして、フランチェスカは動きを止めた。
ーーしかし、あれだけの大金、どうやって工面したんでしょうねえ
ーーさあな。だが、ありがたく頂戴しよう。これでわしらの代は、働かなくても食うに困らんよ
ーーでも、もし......もしですよ? フランチェスカの奴が戻ったら、なんて説明するつもりですか?
ーー母親の元へ送るのが、一番の幸せじゃろう
ーーだけど、あの女は、名うての傭兵ですよ? 同じ様にはいかんでしょう
ーー流石にこれだけの人数がいれば、どうにでもなるんじゃねえか? 身包み剥いで、森に放り出せば、あとは魔獣が、綺麗さっぱり始末してくれやすよ。骨も残さずにね!
(この人たちは......何を言っているの......)
フランチェスカは、視界がグラグラ揺れるのを感じた。頭が理解を拒んでいる。この人たちは......村人たちは......
ーーでもなぁ、婆さんと違って、若い女を喰わせるってのは、ちょっと気が引けねぇか? 取り締まりの騎士くらい、例の金をちょこっと渡せば、見逃してくれるんじゃないですかね?
ーーそれで、地方騎士を黙らせたところでどうする? あの女は傭兵だ。この村に監禁しておくのも無理だろう
ーーそれなら、やっぱりやっちまうしかねぇですわ
ーーまあ、生きて帰って来たら、の話ですが
ようやく、フランチェスカは感情を取り戻した。怒り、失望、絶望......。それらの感情は、冷たい笑みを生み出した。錆び付いた剣を抜き、静かに扉を開ける。
全員が、一斉にフランチェスカを見返した。たった10人の男に、彼女が敗れるはずもない。
「......つまり、貴方がたは、私の稼いだ金を手に入れる為に、母を殺したと? そして、裁きも受けずに、のうのうと生きている......」
「フランチェスカっ......」
頭のハゲかかった村長が、慌てて立ち上がった。一拍遅れて、他の男たちも。彼らは急いで......フランチェスカにとっては、緩慢すぎる動作で剣を抜いた。どうやら生きて帰す気は無いらしい。
「はは......あはははは!!!」
深い闇が、彼女の胸を支配する。
三歳の時、傭兵だった父は、商人の護衛中に野盗に殺された。
母は懸命に畑を耕し、フランチェスカを育てるために稼いだが、無理がたたって病に伏した。
彼女は七歳の時には剣を取り、十歳の頃から傭兵として仕事を受け始めた。自分を生かしてくれた、母を助けるために。母の病を治し、平凡な生活を送るために、戦ってきた。そして何時の間にか、戦いこそが、フランチェスカの全てになっていた。
(私はどうすれば良い?! これから、何のために戦い、生きれば良い?!)
楽しかった日々が心に浮かぶ。
母に頭を撫でられたこと。
一緒に料理をしたこと。
服を仕立ててくれたこと。
辛いことも沢山あった。けれども、幸せを信じられた。されど、結局人生とは、一雫の幸福も波紋を残さぬ程の、大きな不幸の海だ。
フランチェスカは、次々と男たちを素手で殴りつけ、気絶させた。
「た......頼む!! 命だけは助けてくれ!! 金なら返す!! この件について不問にーー」
壁際まで逃げ去り、武器を手放した男の頭の横に、剣を突き刺した。
「教えろ。母の最期について。どうやって森まで連れて行った? お前らの家族は、この事を知っているのか? 置き去りにされた母は、なんと言った? 答えろ!!!」
「お......お前の母は、大人しく従った!!」
「私が死んだと思っていたからか?」
「違う......。いや......お前は生きていると、言っていた!! しかし、自分の存在が、お前のためにならぬから、丁度良いと......。それが運命だと受け容れていた!! か......家族は関係ない!! 手出ししないでくれ!!! 頼む!!!」
「そうか」
ある程度予測はついていた。ここ数年、母は自らの死について口にする事があった。
フランチェスカも、考えなかったわけではない。もし、母がいなくなれば、もっと自由に生きられるのではないか、と。
しかし、こんな結末は望んでいなかった。
フランチェスカは剣を収めた。
「殺しはしない。永遠の眠りにつかせて、安らぎなど与えるものか!! この地獄のような世界で生きて行け!! ......赦しはしない。何時か必ず、罰を受けさせる」
彼女は、呆然と佇む男たに背を向けた。そのまま真っ直ぐ部屋を出ると、驚くべきことに、まだレイグル王がいた。
「国に戻らなかったのですか?」
「お前を待っていた。......外へ行こう」
彼は半ば強制的にフランチェスカの手首を掴み、転移魔法を唱えた。
辿り着いたのは、何処かの森の中だ。
レイグルは、木漏れ日に銀髪を煌めかせながら、静かに目を伏せた。
「何故あの男たちを生かしておいた?」
「あの者たちにも、家族がいます。......それに、騎士まで買収されているとなると、殺せば私が罪に問われます。何時か......貴方に使える時、ザーマイン王が罪人を匿っていると言われては、堪りません」
フランチェスカの言葉を聞き、レイグルは微かに笑った。
「こちら側に来る気になったか」
「もう、人間に使える気はありません。あんなに残酷な生き物を、私は知らない......。ですが、時間をください!! 今の私では、貴方と同じ領域で戦うことは出来ませんから。......もっと腕を磨きます。それまで時間をください」
「好きにしろ」
レイグルは、短く答え、剣を一振り差し出した。
「俸給の一部だ。気が向いたら、ザーマインへ戻ると良い」
「ありがとうございます」
フランチェスカは素直に受け取り、早速抜いてみた。想定通り魔剣で、白い強烈な光を放っている。かなりの業物だ。これなら、例えドラゴンを相手に戦っても、持ち堪えられるだろう。
「早く貴方のお力になれる様、努力致します」
「まずは、この森から出る術を探るのだな」
そう言われて、フランチェスカは周りを見回した。少し標高が高いのか、あるいはなんらかの理由で気温が低いのか、針葉樹が目立つ。
「此処は?」
「ファヌージュと、ジブリタールの国境線だ。魔獣の巣窟でもある。運が良ければ......」
レイグルはそれ以上言わなかったが、フランチェスカには、彼の心遣いが分かった。
「ありがとうございます。有事の際には、必ず......必ずザーマインへ“戻り”ます」
彼女の言葉を聞くと、レイグルはその場で印を結び、溶けるように姿を消してしまった。
何処か遠くの方で、獣の咆哮が聞こえる。フランチェスカは、魔剣一本を手に、森の奥へと進んで行った。
故郷に帰り、ホッとした次の瞬間、フランチェスカは異常に気が付いた。
彼女は自分の使っていた部屋にいたのだが、家具の類が一切無い。娘は死んだと判断した母が、片付けてしまったのかとも思ったが、流石に早過ぎではなかろうか? 加えて言えば、病弱で非力な母が、独力で処分したとは考えにくい。
「......嘘」
エクシードを用い、初めて気が付いた。人の気配が無いのだ。隣に佇んでいる魔人を除いて。
部屋を飛び出すと、廊下には埃が積もっていた。
「お母さん?! お母さん!!!」
返事は無い。それどころか、文字通り何も無い。台所からは、全ての調理器具、食器棚が丸ごと消えていたし、母の私室もガランとしていた。ベッドもクローゼットも、何も無い。唯一残っていたのは、フランチェスカが護身用にと残しておいた、古びた長剣が一振り。
彼女は、レイグルの存在を忘れ去り、剣を掴んで家を飛び出した。村長なら、何があったのか知っているかもしれない。
本当の事を言うと、覚悟は出来ていた。なんの治療も施さなければ、母はもう長くないと分かっていた。しかし、状況があまりに不自然だ。
間に合わなかったのだとしたら、フランチェスカの託した報償金は何処へ行ったのか?
村で一等大きな家の前に着き、フランチェスカは呼吸を整えた。中に10人程度の気配がある。この時期は、特に集まりなどないはずだ。
悪いとは思いながら、そっと扉を開け、細い廊下を進む。応接間の扉に手を伸ばして、フランチェスカは動きを止めた。
ーーしかし、あれだけの大金、どうやって工面したんでしょうねえ
ーーさあな。だが、ありがたく頂戴しよう。これでわしらの代は、働かなくても食うに困らんよ
ーーでも、もし......もしですよ? フランチェスカの奴が戻ったら、なんて説明するつもりですか?
ーー母親の元へ送るのが、一番の幸せじゃろう
ーーだけど、あの女は、名うての傭兵ですよ? 同じ様にはいかんでしょう
ーー流石にこれだけの人数がいれば、どうにでもなるんじゃねえか? 身包み剥いで、森に放り出せば、あとは魔獣が、綺麗さっぱり始末してくれやすよ。骨も残さずにね!
(この人たちは......何を言っているの......)
フランチェスカは、視界がグラグラ揺れるのを感じた。頭が理解を拒んでいる。この人たちは......村人たちは......
ーーでもなぁ、婆さんと違って、若い女を喰わせるってのは、ちょっと気が引けねぇか? 取り締まりの騎士くらい、例の金をちょこっと渡せば、見逃してくれるんじゃないですかね?
ーーそれで、地方騎士を黙らせたところでどうする? あの女は傭兵だ。この村に監禁しておくのも無理だろう
ーーそれなら、やっぱりやっちまうしかねぇですわ
ーーまあ、生きて帰って来たら、の話ですが
ようやく、フランチェスカは感情を取り戻した。怒り、失望、絶望......。それらの感情は、冷たい笑みを生み出した。錆び付いた剣を抜き、静かに扉を開ける。
全員が、一斉にフランチェスカを見返した。たった10人の男に、彼女が敗れるはずもない。
「......つまり、貴方がたは、私の稼いだ金を手に入れる為に、母を殺したと? そして、裁きも受けずに、のうのうと生きている......」
「フランチェスカっ......」
頭のハゲかかった村長が、慌てて立ち上がった。一拍遅れて、他の男たちも。彼らは急いで......フランチェスカにとっては、緩慢すぎる動作で剣を抜いた。どうやら生きて帰す気は無いらしい。
「はは......あはははは!!!」
深い闇が、彼女の胸を支配する。
三歳の時、傭兵だった父は、商人の護衛中に野盗に殺された。
母は懸命に畑を耕し、フランチェスカを育てるために稼いだが、無理がたたって病に伏した。
彼女は七歳の時には剣を取り、十歳の頃から傭兵として仕事を受け始めた。自分を生かしてくれた、母を助けるために。母の病を治し、平凡な生活を送るために、戦ってきた。そして何時の間にか、戦いこそが、フランチェスカの全てになっていた。
(私はどうすれば良い?! これから、何のために戦い、生きれば良い?!)
楽しかった日々が心に浮かぶ。
母に頭を撫でられたこと。
一緒に料理をしたこと。
服を仕立ててくれたこと。
辛いことも沢山あった。けれども、幸せを信じられた。されど、結局人生とは、一雫の幸福も波紋を残さぬ程の、大きな不幸の海だ。
フランチェスカは、次々と男たちを素手で殴りつけ、気絶させた。
「た......頼む!! 命だけは助けてくれ!! 金なら返す!! この件について不問にーー」
壁際まで逃げ去り、武器を手放した男の頭の横に、剣を突き刺した。
「教えろ。母の最期について。どうやって森まで連れて行った? お前らの家族は、この事を知っているのか? 置き去りにされた母は、なんと言った? 答えろ!!!」
「お......お前の母は、大人しく従った!!」
「私が死んだと思っていたからか?」
「違う......。いや......お前は生きていると、言っていた!! しかし、自分の存在が、お前のためにならぬから、丁度良いと......。それが運命だと受け容れていた!! か......家族は関係ない!! 手出ししないでくれ!!! 頼む!!!」
「そうか」
ある程度予測はついていた。ここ数年、母は自らの死について口にする事があった。
フランチェスカも、考えなかったわけではない。もし、母がいなくなれば、もっと自由に生きられるのではないか、と。
しかし、こんな結末は望んでいなかった。
フランチェスカは剣を収めた。
「殺しはしない。永遠の眠りにつかせて、安らぎなど与えるものか!! この地獄のような世界で生きて行け!! ......赦しはしない。何時か必ず、罰を受けさせる」
彼女は、呆然と佇む男たに背を向けた。そのまま真っ直ぐ部屋を出ると、驚くべきことに、まだレイグル王がいた。
「国に戻らなかったのですか?」
「お前を待っていた。......外へ行こう」
彼は半ば強制的にフランチェスカの手首を掴み、転移魔法を唱えた。
辿り着いたのは、何処かの森の中だ。
レイグルは、木漏れ日に銀髪を煌めかせながら、静かに目を伏せた。
「何故あの男たちを生かしておいた?」
「あの者たちにも、家族がいます。......それに、騎士まで買収されているとなると、殺せば私が罪に問われます。何時か......貴方に使える時、ザーマイン王が罪人を匿っていると言われては、堪りません」
フランチェスカの言葉を聞き、レイグルは微かに笑った。
「こちら側に来る気になったか」
「もう、人間に使える気はありません。あんなに残酷な生き物を、私は知らない......。ですが、時間をください!! 今の私では、貴方と同じ領域で戦うことは出来ませんから。......もっと腕を磨きます。それまで時間をください」
「好きにしろ」
レイグルは、短く答え、剣を一振り差し出した。
「俸給の一部だ。気が向いたら、ザーマインへ戻ると良い」
「ありがとうございます」
フランチェスカは素直に受け取り、早速抜いてみた。想定通り魔剣で、白い強烈な光を放っている。かなりの業物だ。これなら、例えドラゴンを相手に戦っても、持ち堪えられるだろう。
「早く貴方のお力になれる様、努力致します」
「まずは、この森から出る術を探るのだな」
そう言われて、フランチェスカは周りを見回した。少し標高が高いのか、あるいはなんらかの理由で気温が低いのか、針葉樹が目立つ。
「此処は?」
「ファヌージュと、ジブリタールの国境線だ。魔獣の巣窟でもある。運が良ければ......」
レイグルはそれ以上言わなかったが、フランチェスカには、彼の心遣いが分かった。
「ありがとうございます。有事の際には、必ず......必ずザーマインへ“戻り”ます」
彼女の言葉を聞くと、レイグルはその場で印を結び、溶けるように姿を消してしまった。
何処か遠くの方で、獣の咆哮が聞こえる。フランチェスカは、魔剣一本を手に、森の奥へと進んで行った。