GS2若デジ
小さな背伸び
見上げた空は暗く淀んでいた。
ごてごてと灰色のクリームを盛ったような厚い雲に覆われて、今にも空から雫がこぼれそうな空模様。
スーパーの帰り道、買い物袋を手に空を見上げる。
「貴文さん、傘持ったかな?」
午後、夕暮れ前。
まだ明るいはずの空は暗く、同じく買い物帰りの者たちが足早に歩いていくのが見える。
「早く帰らなきゃ」
今日は特別な日だから、と。心の中で付け加えながら。
卒業後、あかりが若王子の住むアパートへ通うようになってもう半年近く。
今ではすっかり勝手知ったる台所に立って腕まくりする。
「よーし」
買ってきたケーキは冷蔵庫にしまってある、あとはメインディッシュとサラダと簡単なスープ。今から下ごしらえをして部屋を飾り付けて、と。頭の中で順序だてながら買い物袋から材料を取り出す。
「さて、始めますか」
狭い台所での料理は最初使い辛さに困ったが、今となってはすっかりやり方も慣れて手際も良くなってきている。
まな板の上でリズムよく包丁を動かしながら、時折窓の方へと視線を動かす。
まだ明るいはずの時間だが、もう夕方かと思うほどの暗さにわずかに眉を寄せる。
「雨の前に帰ってこれるかな?」
ふつふつと沸いた鍋のふたを取って薄切り玉ねぎを落とし込みながら、まだ帰ってきていない若王子の姿に思いを馳せた。
*
* *
窓を叩く音に顔を上げる。
ひとつ、ふたつ。あとからあとから窓ガラスに当たった大きな滴が流れ落ちていく。
「降ってきちゃいましたね」
手にしたペンをくるりと回して小さく息をつく。
科学準備室の机の上、休日返上で進めているレポートの採点はまだ半分ほど残っている。どうしても急がなければいけないというわけではないが、しっかりレポートを書き上げてきてくれた生徒達のことを思うと半端に放り出して帰ってしまうのは気が引けた。
小さく伸びをして積まれた次のレポートを広げる。そういえば先日のレポート提出時には数名の女生徒から一緒にプレゼントを渡されそうになったが、いずれももらうことなく断った。毎年のことながらプレゼントを断った時の残念そうな生徒達の顔を見るのは少し辛い。
「あと、もうちょっと」
壁にかかった時計を見上げて、あかりが待っているであろう自分の部屋を思い浮かべる。
ろくな家具もない殺風景な部屋、日々の生活で寝に変えるだけの場所。それが今の若王子にとって暖かな帰る場所になったのはあかりのお陰だ。
『明日は貴文さんのお誕生日だから、ごちそう作って待ってますね』
誕生日を祝われることがこんなにも楽しみで嬉しいものか。
確かに昔アメリカに居た頃も誕生日を祝ってもらうことはあった。でもその頃は今のような楽しさやワクワクする気持ちを感じることはなかった。自分が生まれた日であり、年を重ねることの意味を理屈ではなく気持ちで教えてくれたのはあかりの存在だ。
窓の外、灰色の雲に覆われた空。
灰色だった心を照らしてくれた人を目の奥に浮かべながら、再びペンを片手に机に向かった。
*
* *
ふつふつと沸いて自己主張する鍋の蓋を取ってぐるぐるとお玉でかき回す。
「んー、いい匂い」
鼻歌を歌いながらお玉をすくって小皿に注ぐ。
透明に煮えた玉ねぎとコンソメの匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「味のほうは……うん、美味しい」
蓋をしてコンロの火を止める。
窓を見ると窓を叩く滴があとからあとから流れて、アパート全体を揺るがすような風に建物がきしきしと悲鳴を上げている。
「貴文さん、大丈夫かな」
吹き付ける風の音、軋む建物の音。
狭いはずのアパートがやけに広く感じる。
「あとは帰ってくるのを待つだけ、だよね」
料理の準備もできて、部屋もすっかり片付いて、あとは若王子の帰りを待つだけだ。
ちょこんとちゃぶ台の前に座って、天井を見上げる。
「なんだか夫の帰りを待つ妻みたい、なんて」
冗談交じりにつぶやいてみるが、響く風の音に半分かき消される。
「……早く、帰ってこないかな」
ことんとちゃぶ台によりかかって頬を乗せる。
高校を卒業し、先生と生徒という関係からから恋人同士という関係になって。それでもまだあかりと若王子との間で年齢の差という大きな壁をなかなか越えられていない気がする。
「やっぱり、私まだ子供なのかな」
それは当然といえば当然で、ずっと年上で社会人の若王子とついこの間まで高校生だった自分とでは大きな差がある。
でも今は先生と生徒ではなく恋人なのだ。子供ではなくもっと対等な恋人として扱って欲しい、認めてもらいたい。
「貴文さん」
そのままうつらうつらと吸い込まれるようにあかりの意識が落ちていった。
*
* *
日も落ちてすっかりずぶ濡れになって帰宅した若王子が目にしたのは、ちゃぶ台に顔を乗せてぐっすり眠るあかりの姿だった。
「ごめんなさい、遅くなって」
エプロン姿のまま寝入る姿。自分の為にごちそうを作って遅い帰りの自分をずっと待っていたことを思うと、胸の奥がじんわりと暖かくなってくる。
今すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑えて濡れて肌に張り付いたワイシャツを脱いで頭をタオルで拭う。
「ん……あ、貴文さん?」
「ああ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
「貴文さん、おかえりなさいっ、あ」
目を見開いたあかりの顔が真っ赤になる。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて背を向けてうつむく。
「僕こそゴメンなさい、すぐ着替えちゃいますから」
「えっと、ちがっ、そうじゃなくてっ……ちょっとビックリしちゃって」
縮み上がってうつむく後姿が可愛らしくて思わず笑いが浮かぶ。
「ドッキリさせちゃってゴメンなさい。着替えたら美味しいごちそうを食べさせてください」
「……はい」
消え入りそうな声で答えて小さく頷いた。
*
* *
頬張ったチキンの肉汁が口に広がる。
肉の柔らかさも、鼻をくすぐる香草の香りも、少し焦げたチーズの香ばしさも心地よい。
料理はバッチリ美味しくできている、食卓に灯した小さなキャンドルの淡い光がうっすら部屋を照らして雰囲気を醸し出している。
だた足りていないのは自分の心構え。
「うん、美味しい。スープもお肉にとても合いますよ」
「よかった」
目の前で美味しそうに料理を食べる若王子の姿を見てホッと息をつく。
「私が大人だったら一緒にお酒とか飲めたのかも」
「それは大人になってからのお楽しみです。こうして君がお誕生日のごちそうを作って僕を待っててくれる、今はそれだけですごく幸せですよ」
スープカップを片手に嬉しそうにあかりを見つめて微笑む。
「今日は風が強くてお買い物も大変だったでしょう」
「はい。でも雨は降ってなかったから、貴文さんは大丈夫ですか?」
心配げなあかりの顔にまだわずかに湿った髪をつまんで。
「僕は大丈夫。雨は大分収まってきたけどあまり遅くなったら君の帰りが心配だ」
「あ……」
思わずピクリと手を止めて。
「あの」
「どうしたの?」
目の前で急に居住まいを正したあかりの顔を不思議そうに見る。
「あの、貴文さん。私、今日」
ぎゅっと握った手に力を込めて、意を決したように顔を上げる。
「私、今日泊まってくるって親に言ってあります!」
「え?」
突然の発言に手にしたカップを取り落としそうになる。
今日、泊まってくる。
その言葉の意味がわからないわけではない。
「僕の家に泊まる?」
「はい」
顔を真っ赤にして決死の表情で頷くあかりの顔をまじまじと見る。
「あのっ、だから」
「大丈夫、わかってます」
「はい……」
視線から逃げるように顔を伏せる。
「ねぇ、こっちを見て」
答えようとして小さく口を開いて、また顔を伏せてしまう。
「何かあったの?君がそう言ってくれるのはとても嬉しいけど、今の君はちょっと変ですよ」
「あの」
ぎゅっと膝の上に置いた手をもう一度握り締めて。
「私、その、もっと……貴文さんと対等な恋人になりたいから、その」
舌をもつれさせながらたどたどしくつぶやいて。
「だから、もっと、お、大人の関係になれたらって!」
顔を真っ赤にしたまま勢いよく顔を上げて若王子に向き直る。
それは恋人に対して向かうというより、これから戦いに行くとばかりの決意に満ちた顔で。
「その顔、ブッブーです」
人差し指でこつんと眉間を突く。
「えっ!?あの……やっぱり、私が子供だから……ですか?」
予想していない反応に大きな目を見開いてくしゃっと表情が歪む。
「違います。そんなこれから生け贄にされちゃう羊さんみたいな顔の君にそんなことしたくない」
「でもっ!たか……むぐ」
指先で口を押さえて反撃を封じて。
「あのね、焦らなくてもいいんだ」
唇を押さえた指先を離してあかりの頭にそっと手を乗せる。
「僕は君を子供だなんて思ってない、大切な恋人だってちゃんと思ってる。でも君がまだ幼くて背伸びするのにまだちょっとだけ早いのもわかってる。僕は大人だからちゃんと待てます」
「でも……」
「いいんだ、無理に背伸びなんかしなくていい。今はこうしてゆっくり幸せを噛み締めて居たい」
くしゃっと小さな頭を掴むように撫でる。
「今日は一緒に寝よう。僕の誕生日に君が待っていてくれて、美味しいご飯を食べて、同じ時間を一緒に過ごせる。それだけでも僕は十分幸せだから」
「貴文さん」
「楽しいことも、嬉しいことも、ひとつひとつゆっくり重ねていこう?ずっと一緒に、ね?」
触れた髪の手触りを確認するように、何度も頭を撫でながら。
「はい……貴文さん」
END
見上げた空は暗く淀んでいた。
ごてごてと灰色のクリームを盛ったような厚い雲に覆われて、今にも空から雫がこぼれそうな空模様。
スーパーの帰り道、買い物袋を手に空を見上げる。
「貴文さん、傘持ったかな?」
午後、夕暮れ前。
まだ明るいはずの空は暗く、同じく買い物帰りの者たちが足早に歩いていくのが見える。
「早く帰らなきゃ」
今日は特別な日だから、と。心の中で付け加えながら。
卒業後、あかりが若王子の住むアパートへ通うようになってもう半年近く。
今ではすっかり勝手知ったる台所に立って腕まくりする。
「よーし」
買ってきたケーキは冷蔵庫にしまってある、あとはメインディッシュとサラダと簡単なスープ。今から下ごしらえをして部屋を飾り付けて、と。頭の中で順序だてながら買い物袋から材料を取り出す。
「さて、始めますか」
狭い台所での料理は最初使い辛さに困ったが、今となってはすっかりやり方も慣れて手際も良くなってきている。
まな板の上でリズムよく包丁を動かしながら、時折窓の方へと視線を動かす。
まだ明るいはずの時間だが、もう夕方かと思うほどの暗さにわずかに眉を寄せる。
「雨の前に帰ってこれるかな?」
ふつふつと沸いた鍋のふたを取って薄切り玉ねぎを落とし込みながら、まだ帰ってきていない若王子の姿に思いを馳せた。
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* *
窓を叩く音に顔を上げる。
ひとつ、ふたつ。あとからあとから窓ガラスに当たった大きな滴が流れ落ちていく。
「降ってきちゃいましたね」
手にしたペンをくるりと回して小さく息をつく。
科学準備室の机の上、休日返上で進めているレポートの採点はまだ半分ほど残っている。どうしても急がなければいけないというわけではないが、しっかりレポートを書き上げてきてくれた生徒達のことを思うと半端に放り出して帰ってしまうのは気が引けた。
小さく伸びをして積まれた次のレポートを広げる。そういえば先日のレポート提出時には数名の女生徒から一緒にプレゼントを渡されそうになったが、いずれももらうことなく断った。毎年のことながらプレゼントを断った時の残念そうな生徒達の顔を見るのは少し辛い。
「あと、もうちょっと」
壁にかかった時計を見上げて、あかりが待っているであろう自分の部屋を思い浮かべる。
ろくな家具もない殺風景な部屋、日々の生活で寝に変えるだけの場所。それが今の若王子にとって暖かな帰る場所になったのはあかりのお陰だ。
『明日は貴文さんのお誕生日だから、ごちそう作って待ってますね』
誕生日を祝われることがこんなにも楽しみで嬉しいものか。
確かに昔アメリカに居た頃も誕生日を祝ってもらうことはあった。でもその頃は今のような楽しさやワクワクする気持ちを感じることはなかった。自分が生まれた日であり、年を重ねることの意味を理屈ではなく気持ちで教えてくれたのはあかりの存在だ。
窓の外、灰色の雲に覆われた空。
灰色だった心を照らしてくれた人を目の奥に浮かべながら、再びペンを片手に机に向かった。
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* *
ふつふつと沸いて自己主張する鍋の蓋を取ってぐるぐるとお玉でかき回す。
「んー、いい匂い」
鼻歌を歌いながらお玉をすくって小皿に注ぐ。
透明に煮えた玉ねぎとコンソメの匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「味のほうは……うん、美味しい」
蓋をしてコンロの火を止める。
窓を見ると窓を叩く滴があとからあとから流れて、アパート全体を揺るがすような風に建物がきしきしと悲鳴を上げている。
「貴文さん、大丈夫かな」
吹き付ける風の音、軋む建物の音。
狭いはずのアパートがやけに広く感じる。
「あとは帰ってくるのを待つだけ、だよね」
料理の準備もできて、部屋もすっかり片付いて、あとは若王子の帰りを待つだけだ。
ちょこんとちゃぶ台の前に座って、天井を見上げる。
「なんだか夫の帰りを待つ妻みたい、なんて」
冗談交じりにつぶやいてみるが、響く風の音に半分かき消される。
「……早く、帰ってこないかな」
ことんとちゃぶ台によりかかって頬を乗せる。
高校を卒業し、先生と生徒という関係からから恋人同士という関係になって。それでもまだあかりと若王子との間で年齢の差という大きな壁をなかなか越えられていない気がする。
「やっぱり、私まだ子供なのかな」
それは当然といえば当然で、ずっと年上で社会人の若王子とついこの間まで高校生だった自分とでは大きな差がある。
でも今は先生と生徒ではなく恋人なのだ。子供ではなくもっと対等な恋人として扱って欲しい、認めてもらいたい。
「貴文さん」
そのままうつらうつらと吸い込まれるようにあかりの意識が落ちていった。
*
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日も落ちてすっかりずぶ濡れになって帰宅した若王子が目にしたのは、ちゃぶ台に顔を乗せてぐっすり眠るあかりの姿だった。
「ごめんなさい、遅くなって」
エプロン姿のまま寝入る姿。自分の為にごちそうを作って遅い帰りの自分をずっと待っていたことを思うと、胸の奥がじんわりと暖かくなってくる。
今すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑えて濡れて肌に張り付いたワイシャツを脱いで頭をタオルで拭う。
「ん……あ、貴文さん?」
「ああ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
「貴文さん、おかえりなさいっ、あ」
目を見開いたあかりの顔が真っ赤になる。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて背を向けてうつむく。
「僕こそゴメンなさい、すぐ着替えちゃいますから」
「えっと、ちがっ、そうじゃなくてっ……ちょっとビックリしちゃって」
縮み上がってうつむく後姿が可愛らしくて思わず笑いが浮かぶ。
「ドッキリさせちゃってゴメンなさい。着替えたら美味しいごちそうを食べさせてください」
「……はい」
消え入りそうな声で答えて小さく頷いた。
*
* *
頬張ったチキンの肉汁が口に広がる。
肉の柔らかさも、鼻をくすぐる香草の香りも、少し焦げたチーズの香ばしさも心地よい。
料理はバッチリ美味しくできている、食卓に灯した小さなキャンドルの淡い光がうっすら部屋を照らして雰囲気を醸し出している。
だた足りていないのは自分の心構え。
「うん、美味しい。スープもお肉にとても合いますよ」
「よかった」
目の前で美味しそうに料理を食べる若王子の姿を見てホッと息をつく。
「私が大人だったら一緒にお酒とか飲めたのかも」
「それは大人になってからのお楽しみです。こうして君がお誕生日のごちそうを作って僕を待っててくれる、今はそれだけですごく幸せですよ」
スープカップを片手に嬉しそうにあかりを見つめて微笑む。
「今日は風が強くてお買い物も大変だったでしょう」
「はい。でも雨は降ってなかったから、貴文さんは大丈夫ですか?」
心配げなあかりの顔にまだわずかに湿った髪をつまんで。
「僕は大丈夫。雨は大分収まってきたけどあまり遅くなったら君の帰りが心配だ」
「あ……」
思わずピクリと手を止めて。
「あの」
「どうしたの?」
目の前で急に居住まいを正したあかりの顔を不思議そうに見る。
「あの、貴文さん。私、今日」
ぎゅっと握った手に力を込めて、意を決したように顔を上げる。
「私、今日泊まってくるって親に言ってあります!」
「え?」
突然の発言に手にしたカップを取り落としそうになる。
今日、泊まってくる。
その言葉の意味がわからないわけではない。
「僕の家に泊まる?」
「はい」
顔を真っ赤にして決死の表情で頷くあかりの顔をまじまじと見る。
「あのっ、だから」
「大丈夫、わかってます」
「はい……」
視線から逃げるように顔を伏せる。
「ねぇ、こっちを見て」
答えようとして小さく口を開いて、また顔を伏せてしまう。
「何かあったの?君がそう言ってくれるのはとても嬉しいけど、今の君はちょっと変ですよ」
「あの」
ぎゅっと膝の上に置いた手をもう一度握り締めて。
「私、その、もっと……貴文さんと対等な恋人になりたいから、その」
舌をもつれさせながらたどたどしくつぶやいて。
「だから、もっと、お、大人の関係になれたらって!」
顔を真っ赤にしたまま勢いよく顔を上げて若王子に向き直る。
それは恋人に対して向かうというより、これから戦いに行くとばかりの決意に満ちた顔で。
「その顔、ブッブーです」
人差し指でこつんと眉間を突く。
「えっ!?あの……やっぱり、私が子供だから……ですか?」
予想していない反応に大きな目を見開いてくしゃっと表情が歪む。
「違います。そんなこれから生け贄にされちゃう羊さんみたいな顔の君にそんなことしたくない」
「でもっ!たか……むぐ」
指先で口を押さえて反撃を封じて。
「あのね、焦らなくてもいいんだ」
唇を押さえた指先を離してあかりの頭にそっと手を乗せる。
「僕は君を子供だなんて思ってない、大切な恋人だってちゃんと思ってる。でも君がまだ幼くて背伸びするのにまだちょっとだけ早いのもわかってる。僕は大人だからちゃんと待てます」
「でも……」
「いいんだ、無理に背伸びなんかしなくていい。今はこうしてゆっくり幸せを噛み締めて居たい」
くしゃっと小さな頭を掴むように撫でる。
「今日は一緒に寝よう。僕の誕生日に君が待っていてくれて、美味しいご飯を食べて、同じ時間を一緒に過ごせる。それだけでも僕は十分幸せだから」
「貴文さん」
「楽しいことも、嬉しいことも、ひとつひとつゆっくり重ねていこう?ずっと一緒に、ね?」
触れた髪の手触りを確認するように、何度も頭を撫でながら。
「はい……貴文さん」
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