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GS2若デジ

ささやかな夢の裏表

 お揃いの中華椀に盛られたバニラアイス、その脇にスプーンですくった飴色のカラメルリンゴジャムがのせられる。煮詰め終わってまださほど時間の経ってないジャムに溶けたアイスが混ざって底に小さく広がっていく。
「や、これは美味しそうだ」
「えへへ初挑戦です、どうぞ」
 とろけたアイスと煮溶けたカラメルリンゴをスプーンですくって口に運ぶ。
「うん、美味しい」
 頷いてみせると、嬉しそうに笑ってスプーンを手に取る。
「こないだ読んだ本にのってて、すごく美味しそうだったんで挑戦してみました」
「パティシエさんですね、最近の女の子の一番人気職。先生ちゃんと知ってますよ」
「ふふっ、私も一時期憧れてました」
 ぱくりとスプーンを口に運んで。
「それはいい、他にも憧れてたものがあった?」
「はい!たくさん。でも昔一番なりたかったのは宇宙飛行士、かな」
「宇宙飛行士?ああ、君は空が好きだから」
「はい、星とか宇宙とか空とか、ちっちゃい頃にお母さんが一緒に星を見てくれたり、宇宙の本を買ってくれたり」
 アイスをすくいながら嬉しそうに話す顔を見て、ふと遠くを思う。
 かつて自分がいた場所、様々な国から集まった頭脳達が夢を語ることもなく、ただ価値を数字に変えて動かすことばかりを続けていた時間。
「せんせぇ?」
「ああ、ごめんなさい、ちょっとぼーっとしちゃいました」
 ぱちくりと瞬きする大きな目を見つめて小さく笑う。
「……夢か」
「え?」
「いいえ、ちょっとだけ昔の夢を思い出しました」
「どんな夢ですか?」
「君と同じような夢です、フォン・ブラウン、知ってますか?」
「あ、知ってます!ヴェルナー・フォン・ブラウン。ロケット技術開発の第一人者ですよね」
「お、流石です」
「えへへ、先生も宇宙に行きたいって思ってたんですか?」
「ええ」
 望んだ夢の裏表。
 夢は大きければ大きい程、道程は険しくたどり着くために犠牲にするものは重い。
 ロケット技術開発の第一人者であると同時にナチス党員でもあり、大戦時にV2号ミサイルの製作を指揮したフォン・ブラウ。
「……宇宙にいく為なら悪魔に魂を売り渡してもよいと思った」
「あ、有名な言葉ですね」
「でも、僕にはそこまでの大きな覚悟は持てなかった」
「せんせぇ?」
「僕にはね、そんな覚悟は持てなかった。大きな夢を持つには僕はちっぽけすぎたんです」
 全てを飲み込み、利用し、魂を売ってでもつぎ込める覚悟がなかった。
「ただ、僕はささやかな幸せを感じて居たかった。抱きしめてくれる腕と小さなキスが欲しかった。本当は只の臆病者だったのかもしれない」
 夢から逃げて、研究施設から逃げて、自分が望んでいたものはなんだったのか。
「ああ、ごめんなさい。ヘンなこと言っちゃいました。折角君が美味しいデザートを用意してくれたのに」
「せんせぇ、フォン・ブラウンの別の名言は知ってますか?」
「え?」
 スプーンを置いた手が頬を撫でる。
「昨日の夢は、今日の希望、明日の現実」
 そのままゆっくりと首に回った腕と近づく顔、触れた唇はほんのりバニラの味がする。
「ほら、現実です。貴文さん」
 額を寄せたまま、彼女が微笑む。
「うん、ありがとう……僕の夢は君です」

END
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