GS3嵐×バンビ
鬼の霍乱 テーマ:まさかの嵐さんが風邪
「うーん」
買い物籠の中にはカップのヨーグルトと冷えたスポーツドリンクが並んでいる。
「とりあえずは、これぐらい、かな」
あまりあれこれ持っていって邪魔になってもいけないし、と。頭の中で考えながら目の前に並ぶ商品を手にとってはまた戻して頭をひねる。
不二山が風邪で寝込んでいると知ったのは、早朝に届いた携帯メール。今日風邪で休む、悪い、朝練のこと頼む。と短く書かれた内容。普段のあきれるくらいに健康そのものな不二山が風邪で休みというのはクラスでも話題になるほどだった。
「よし、これでいいか」
レジに買い物籠を置いて鞄からお財布を引っ張りだした。
少し戻って、放課後。
主将の居ない部活、厳しい指導の飛んでこない中で部員達の気が抜けないよう不二山に変わって美奈子が大声を上げる。
「ほら、もう一本!」
「美奈子さん、厳しー。嵐さんとかわんねーし」
「そりゃ当たり前だよ、嵐くんが居ないからってやる気のないのはダメだからね。はい!続けて!」
「押忍!」
掛け声に答える部員達の野太い声を聞きながら部室を見回す。いつもの部室、いつもの練習風景、たった一人だけ足りないだけで、酷く寂しい。
風邪で休み。季節の変わり目で体が冷えたのか?
メールだけで声も聞けなかったけれど、具合はどうなのか?
考えるほどに心配がこみ上げてくる。毎日顔を合わせて一緒にいるはずなのに、たった一日顔を合わせないだけでこれほど不安になるのか、不思議なほどに。
「みーなーこーさん。時間」
「ん?あ、はい、終了!」
押忍!の声が応える中、休憩する部員達の中でつい不二山の姿を無意識に探してしまう。
「……ふぅ」
溜息をつく美奈子の隣、顔を汗で拭いながら新名が隣に座る。
「やっぱ心配?美奈子さん」
「ん、そりゃ心配だよ」
「いーなぁ、嵐さん。俺も美奈子さんにそんな顔で心配されてぇし」
「こらっ」
「はーい、すいませーん。てか部活の方は俺らでなんとかやるんで、嵐さんのお見舞いとかいったほうがいいんじゃないすか?」
最初の方の軽口調子からうって変わって真面目な顔になる。
「えっ、だって」
「そーんな心配げな顔で部活出てるより、早く嵐さんとこ行ってあげてくださいよ。俺らも……見ててなんかツライっていうか」
「ふふ、新名くん達も嵐くんのこと心配なんだね」
「またそういうこと言うし……わかってても黙っとくとこでしょ、ここ」
「ふふっ、じゃあ部活は任せて、お見舞い行ってきちゃっていい?」
「押忍、少しは頼ってくださいよ」
「ありがと、新名くん」
差し入れの入った買い物袋を手に、何度か訪れた不二山宅のインターホンを押す。少し遅れてチャイムの音が響くが、返答がない。
「あれ?」
インターホンに手を伸ばした姿勢のまましばし待つが家の者が出る気配がない。
「お留守……じゃないよね」
もう一度鳴らすか否か迷っていると、内側から鍵を開く音が聞こえた。
「あ、お邪魔しま……あっ」
ドアを開けて顔を出したのは。
「嵐くん!」
「……おう」
パジャマに半纏を羽織った不二山嵐本人の姿だった。
「ど、どうしたの?起きてて大丈夫なの?お家の人は」
「あぁ、ちょっと今日……母親用事があって夜までいねーんだ……」
赤い顔で半纏に首をうずめて答える。
「あ、いいから、お家入って。ごめんね、差し入れ持ってきたんだけど。無理させちゃってごめん」
慌てて不二山を家へと押し込んで玄関先に座らせる、額に手を触れるとじっとりと熱い。
「熱、結構あるんだ。ご飯はどうしてるの?お薬は飲んだ?これ差し入れのヨーグルトとスポーツドリンクだから」
「うん……」
玄関先に座ったまま、こくこくと頷く。
「起こしちゃってごめんね。ほら、お布団戻ろう?これ冷蔵庫入れたら私帰るからちゃんと寝ててね?」
「……帰んの?」
「え?」
きゅっと制服の袖を掴んでくる手。熱でぼやけているのか、どこかとろんとした目がじっと美奈子を見る。
「えっと、じゃあちょっとだけお邪魔するね。ほら、ここにいたら体冷えちゃうから」
「うん」
背を軽く叩いて立ち上がらせて、部屋の奥へと歩かせる。
内心、今の不二山の反応に驚いていた。不安そうな目で子供みたいに袖を掴んでくる姿というのは今までからは想像もできなかった。
不二山が寝ていた部屋は普段の自室ではなく、客間に敷かれた布団らしく、傍らに綺麗に畳まれた予備のパジャマと薬セットがお盆にのって置かれている。
「はい、ちゃんと寝て」
「ん」
半分より掛かるように歩いてきた体をよいせと横たえて掛け布団をかけなおす。
「じゃあ、差し入れ冷蔵庫にいれてくるね。それともヨーグルト食べる?ご飯は食べたんだっけ?」
「飯、まだ。たぶん、台所にある」
「わかった、ちょっとまっててね。ほら、手離して?」
「……ん」
不承不承といった様子で袖を離して、枕に埋もれるように息をつく。
「びっくりしたなぁ……」
綺麗に片付いた台所で、小さく息をつく。
「嵐くん、子供みたい。一人で不安だったのかな?」
昔は体が弱かったというのは本人から聞いていたが、最初は今の姿からは想像できなかったけれど。さっきの不安げな子供みたいな姿を見ていると何となく昔の病弱だった不二山の姿がぼんやりと浮かんでくる。
「ご飯は……あ、メモが」
テーブルの上、チラシの裏に書かれたメモが置いてある。
『お昼はお鍋のおじやを食べてね。冷蔵庫にリンゴを入れておきました。お薬はちゃんと飲むように』
綺麗な文字で書かれた書置き。
「お母さんのメモ、えーっとお鍋に、あった」
コンロに乗った小さな土鍋のふたを開けると、冷めたおじやが手付かずのまま残っている。
「嵐くん、食べてなかったんだ。ちょっと暖めなおしたほうがいいかな」
スイッチをひねって火をつける。
「あと冷蔵庫のリンゴ、は後でいいか。まずはちゃんと食べてお薬飲ませないと」
普段の不二山の姿から考えると、ご飯も食べずにいるなど想像もつかない。
「来てよかった……もう」
じわじわと湯気の上がってきたおじやをかるくかき回して、安堵と心配の混じった溜息をついた。
「嵐くん、おじや暖めなおしてきたよ。食べてなかったんでしょ?」
お盆に載せたおじやを傍らに置いて、ゆっくりと掛け布団をめくる。
「ほら、まずはちゃんと食べなきゃね。起きれる?」
「……うん」
のろのろと体を起こそうとする不二山の体を抱き起こして、枕を腰の後ろに置いた。
「はい、これ羽織って。あと首伸ばして、んーって」
「んー」
くるりと首に暖めたタオルを巻いて。
「これでよし、食べたら汗拭いてパジャマ替えるからね」
「うん」
膝の上におかれたお盆からスプーンを手にとって、ぼんやりと動きが止まる。
「嵐くん?」
ぼんやりとした目で何かを訴えるように美奈子を見る。くるりと、手にしたスプーンの柄を差し出すように。
「えーっと、食べさせて欲しいの、かな」
返事はないが、視線がだめ?と訴えている。
「もう……いいよ、はい」
心持ち緊張しつつ受け取ったスプーンでおじやを掬って差し出すと、熱に浮かされつつもどこか嬉しそうに口を開けてぱくつく。
「うまい」
「もう……甘ったれ」
つぶやき声が聞こえたか聞こえなかったか、口をもごもごさせたままにっと不二山が笑った。
ひとつ、ふたつ、パジャマのボタンをはずす。
シチュエーションだけで考えるとちょっとアレな状況かもしれない。
「熱かったらいってね」
「ん」
お湯で絞ったタオルで体を拭う。
不二山の体は練習やマッサージで見慣れているはずだが、こんな風にじっとりと熱をもってこちらのされるままになっているという、普段にない状況で妙に緊張してしまう。
「よし、こっちのパジャマ着ようね」
「うん……」
手を袖に通させてボタンをひとつふたつと止めていく、病人というより大きな子供の世話を焼いているようにも思える。
「はい、終わり。じゃあそろそろ私帰るね?」
ぽん、と。軽く背中を叩いて。
「なぁ、帰んの?」
「だって、帰らないと」
「……ダメ」
「だめって」
「ダメ?」
「……う」
急に寂しげな目で訴えられて一瞬答えに詰まる。
「もうちょっとだけ、ダメ?」
ぎゅっと手を握って横になる姿を見て、呆れたように息をつく。
嵐くんて、こんなに甘えん坊だったっけ?
手を握り返しながら苦笑する。
「ちょっとだけ、ね」
END
「うーん」
買い物籠の中にはカップのヨーグルトと冷えたスポーツドリンクが並んでいる。
「とりあえずは、これぐらい、かな」
あまりあれこれ持っていって邪魔になってもいけないし、と。頭の中で考えながら目の前に並ぶ商品を手にとってはまた戻して頭をひねる。
不二山が風邪で寝込んでいると知ったのは、早朝に届いた携帯メール。今日風邪で休む、悪い、朝練のこと頼む。と短く書かれた内容。普段のあきれるくらいに健康そのものな不二山が風邪で休みというのはクラスでも話題になるほどだった。
「よし、これでいいか」
レジに買い物籠を置いて鞄からお財布を引っ張りだした。
少し戻って、放課後。
主将の居ない部活、厳しい指導の飛んでこない中で部員達の気が抜けないよう不二山に変わって美奈子が大声を上げる。
「ほら、もう一本!」
「美奈子さん、厳しー。嵐さんとかわんねーし」
「そりゃ当たり前だよ、嵐くんが居ないからってやる気のないのはダメだからね。はい!続けて!」
「押忍!」
掛け声に答える部員達の野太い声を聞きながら部室を見回す。いつもの部室、いつもの練習風景、たった一人だけ足りないだけで、酷く寂しい。
風邪で休み。季節の変わり目で体が冷えたのか?
メールだけで声も聞けなかったけれど、具合はどうなのか?
考えるほどに心配がこみ上げてくる。毎日顔を合わせて一緒にいるはずなのに、たった一日顔を合わせないだけでこれほど不安になるのか、不思議なほどに。
「みーなーこーさん。時間」
「ん?あ、はい、終了!」
押忍!の声が応える中、休憩する部員達の中でつい不二山の姿を無意識に探してしまう。
「……ふぅ」
溜息をつく美奈子の隣、顔を汗で拭いながら新名が隣に座る。
「やっぱ心配?美奈子さん」
「ん、そりゃ心配だよ」
「いーなぁ、嵐さん。俺も美奈子さんにそんな顔で心配されてぇし」
「こらっ」
「はーい、すいませーん。てか部活の方は俺らでなんとかやるんで、嵐さんのお見舞いとかいったほうがいいんじゃないすか?」
最初の方の軽口調子からうって変わって真面目な顔になる。
「えっ、だって」
「そーんな心配げな顔で部活出てるより、早く嵐さんとこ行ってあげてくださいよ。俺らも……見ててなんかツライっていうか」
「ふふ、新名くん達も嵐くんのこと心配なんだね」
「またそういうこと言うし……わかってても黙っとくとこでしょ、ここ」
「ふふっ、じゃあ部活は任せて、お見舞い行ってきちゃっていい?」
「押忍、少しは頼ってくださいよ」
「ありがと、新名くん」
差し入れの入った買い物袋を手に、何度か訪れた不二山宅のインターホンを押す。少し遅れてチャイムの音が響くが、返答がない。
「あれ?」
インターホンに手を伸ばした姿勢のまましばし待つが家の者が出る気配がない。
「お留守……じゃないよね」
もう一度鳴らすか否か迷っていると、内側から鍵を開く音が聞こえた。
「あ、お邪魔しま……あっ」
ドアを開けて顔を出したのは。
「嵐くん!」
「……おう」
パジャマに半纏を羽織った不二山嵐本人の姿だった。
「ど、どうしたの?起きてて大丈夫なの?お家の人は」
「あぁ、ちょっと今日……母親用事があって夜までいねーんだ……」
赤い顔で半纏に首をうずめて答える。
「あ、いいから、お家入って。ごめんね、差し入れ持ってきたんだけど。無理させちゃってごめん」
慌てて不二山を家へと押し込んで玄関先に座らせる、額に手を触れるとじっとりと熱い。
「熱、結構あるんだ。ご飯はどうしてるの?お薬は飲んだ?これ差し入れのヨーグルトとスポーツドリンクだから」
「うん……」
玄関先に座ったまま、こくこくと頷く。
「起こしちゃってごめんね。ほら、お布団戻ろう?これ冷蔵庫入れたら私帰るからちゃんと寝ててね?」
「……帰んの?」
「え?」
きゅっと制服の袖を掴んでくる手。熱でぼやけているのか、どこかとろんとした目がじっと美奈子を見る。
「えっと、じゃあちょっとだけお邪魔するね。ほら、ここにいたら体冷えちゃうから」
「うん」
背を軽く叩いて立ち上がらせて、部屋の奥へと歩かせる。
内心、今の不二山の反応に驚いていた。不安そうな目で子供みたいに袖を掴んでくる姿というのは今までからは想像もできなかった。
不二山が寝ていた部屋は普段の自室ではなく、客間に敷かれた布団らしく、傍らに綺麗に畳まれた予備のパジャマと薬セットがお盆にのって置かれている。
「はい、ちゃんと寝て」
「ん」
半分より掛かるように歩いてきた体をよいせと横たえて掛け布団をかけなおす。
「じゃあ、差し入れ冷蔵庫にいれてくるね。それともヨーグルト食べる?ご飯は食べたんだっけ?」
「飯、まだ。たぶん、台所にある」
「わかった、ちょっとまっててね。ほら、手離して?」
「……ん」
不承不承といった様子で袖を離して、枕に埋もれるように息をつく。
「びっくりしたなぁ……」
綺麗に片付いた台所で、小さく息をつく。
「嵐くん、子供みたい。一人で不安だったのかな?」
昔は体が弱かったというのは本人から聞いていたが、最初は今の姿からは想像できなかったけれど。さっきの不安げな子供みたいな姿を見ていると何となく昔の病弱だった不二山の姿がぼんやりと浮かんでくる。
「ご飯は……あ、メモが」
テーブルの上、チラシの裏に書かれたメモが置いてある。
『お昼はお鍋のおじやを食べてね。冷蔵庫にリンゴを入れておきました。お薬はちゃんと飲むように』
綺麗な文字で書かれた書置き。
「お母さんのメモ、えーっとお鍋に、あった」
コンロに乗った小さな土鍋のふたを開けると、冷めたおじやが手付かずのまま残っている。
「嵐くん、食べてなかったんだ。ちょっと暖めなおしたほうがいいかな」
スイッチをひねって火をつける。
「あと冷蔵庫のリンゴ、は後でいいか。まずはちゃんと食べてお薬飲ませないと」
普段の不二山の姿から考えると、ご飯も食べずにいるなど想像もつかない。
「来てよかった……もう」
じわじわと湯気の上がってきたおじやをかるくかき回して、安堵と心配の混じった溜息をついた。
「嵐くん、おじや暖めなおしてきたよ。食べてなかったんでしょ?」
お盆に載せたおじやを傍らに置いて、ゆっくりと掛け布団をめくる。
「ほら、まずはちゃんと食べなきゃね。起きれる?」
「……うん」
のろのろと体を起こそうとする不二山の体を抱き起こして、枕を腰の後ろに置いた。
「はい、これ羽織って。あと首伸ばして、んーって」
「んー」
くるりと首に暖めたタオルを巻いて。
「これでよし、食べたら汗拭いてパジャマ替えるからね」
「うん」
膝の上におかれたお盆からスプーンを手にとって、ぼんやりと動きが止まる。
「嵐くん?」
ぼんやりとした目で何かを訴えるように美奈子を見る。くるりと、手にしたスプーンの柄を差し出すように。
「えーっと、食べさせて欲しいの、かな」
返事はないが、視線がだめ?と訴えている。
「もう……いいよ、はい」
心持ち緊張しつつ受け取ったスプーンでおじやを掬って差し出すと、熱に浮かされつつもどこか嬉しそうに口を開けてぱくつく。
「うまい」
「もう……甘ったれ」
つぶやき声が聞こえたか聞こえなかったか、口をもごもごさせたままにっと不二山が笑った。
ひとつ、ふたつ、パジャマのボタンをはずす。
シチュエーションだけで考えるとちょっとアレな状況かもしれない。
「熱かったらいってね」
「ん」
お湯で絞ったタオルで体を拭う。
不二山の体は練習やマッサージで見慣れているはずだが、こんな風にじっとりと熱をもってこちらのされるままになっているという、普段にない状況で妙に緊張してしまう。
「よし、こっちのパジャマ着ようね」
「うん……」
手を袖に通させてボタンをひとつふたつと止めていく、病人というより大きな子供の世話を焼いているようにも思える。
「はい、終わり。じゃあそろそろ私帰るね?」
ぽん、と。軽く背中を叩いて。
「なぁ、帰んの?」
「だって、帰らないと」
「……ダメ」
「だめって」
「ダメ?」
「……う」
急に寂しげな目で訴えられて一瞬答えに詰まる。
「もうちょっとだけ、ダメ?」
ぎゅっと手を握って横になる姿を見て、呆れたように息をつく。
嵐くんて、こんなに甘えん坊だったっけ?
手を握り返しながら苦笑する。
「ちょっとだけ、ね」
END