GS3嵐×バンビ
神社にて テーマ:嵐さんと甘いもの食べ歩きながら神社巡り
踏みしめた砂利が足の下で微かに軋むのがわかる。
昼前の神社は人もまばらで、広い境内にはあちこちに色鮮やかな落ち葉が散っている。周囲の木々も残すところわずかばかりの葉が風に揺れて、今にも飛んで行きそうだ。
手水台に置かれた柄杓で水をすくって手にかけると、ぴりりとした冷たさに身震いした。
「冷た……日が照ってるとあったかいけど、もうすっかり秋なんだね」
「ん、そうだな。このぐらいで冷たいなんて甘いぞ?寒稽古の時なんかもっとキツイからな」
「う、それは厳しい、かも」
「慣れないとキツイけどな、ウチもやるかなぁ」
冗談とも本気ともとれる発言に、本気でやりかねない辺り冷や冷やする。美奈子から受け取った柄杓で両手を洗い、片手に受けた水で口を軽く濯いで流す。
「よし、いくか」
濡れた手を軽くこすり合わせる美奈子に手を差し出して。
「ほら」
「うん」
握り返した手は冷たい水で流した後なのに、じわりと温かかった。
石畳の上に模様のように散った落ち葉を踏みしめ、段を上がって賽銭箱の前で足を止める。
「準備いいか?」
「えっと、よし、大丈夫」
手にした小銭を確認して頷くと、よし、と笑って前に向き直り二人で同時に箱に投げ込む。
乾いた音を立てて滑り落ちていくお賽銭、一緒に擦り切れた縄を握って揺さぶる。金タライを叩いたような少し間の抜けた鈴の音が響き、揃って頭を下げて両手を叩く。
二拝二拍手一拝、神社の礼儀はなんとなくでしか知らなかったけれど、不二山と知り合ってからは礼儀に関してかなり詳しくなった気がする。武道は礼に始まり礼に終わる、知っていたつもりでよくわかっていなかった礼儀や作法を色々と学ばせてもらった。
手を合わせたまま目を閉じて、願いをひとつ、ふたつ、みっつ。
部員達の必勝祈願、これから柔道部が続いていくこと、そして。
これからのこと。この先も二人一緒に歩いていけること。
小さく息を吐いて目を開ける。
叶うだろうか、随分欲張ってあれもこれもお祈りしてしまった気がする。
「もういいか?」
「うん、終わったよ。御守り見てこようか」
「うん、いこ」
繋いだ手を握り返して、前を歩く不二山の背中を見る。
この広い背中の主はどこまでいくのか、自分は本当についていけるか。
親に向き合い、一体大の進学を決めて、これから柔道の表舞台へと進んでいこうとする姿が妙に眩しく写る。自分の望む道にひたすらに走っていくこの背中を見ていると、ふとした瞬間に胸の奥から得体の知れない不安が湧き上がってくる。
「美奈子?」
「あ、ううん、行こう」
怪訝そうな顔で振り向いた不二山に軽く首を振って見せて、並んで歩き出す。
「風冷たかったか?寒いならちょっと休んでもいいぞ」
「平気だよ」
本当は少し寒かったけれど、つまらないことで時間を取らせたくなかった。
これからもこの先も、走るのを止めて欲しくない、足を引っ張る存在にだけはなりたくない。
「これかな?ほら、あとこっちのお札を部室に貼って」
「お、いいな、あとは……」
社務所の前、お参り時期でもないので人の姿は二人以外にはない。
「すいません、このお札と御守りで」
「はい、わかりました」
あれこれ時間をかけて選んでいる二人に嫌な顔一つせず、お守りを紙袋に入れて封筒に入ったお札を差し出す。
「あとこれもお願いします」
「えっ?」
ひょいと取り上げた不二山の手に紐のついた小さな鈴が二つ。
「はい、じゃあこちらも」
予定になかったような?という顔の美奈子に構わず札入れから紙幣を渡してまとめた包みを受け取って。
「ありがとうございました」
美奈子の手を掴んで後にする。
「嵐くん?」
手を引いたまま石畳を歩いてずんずんと歩いていく。どこか怒ったような様子に恐る恐る声をかけるが、返事がない。
鳥居をくぐって通りに出てようやく歩みが止まった。
「……あの」
「あのな、お前俺といる時に無理するな」
「えっ」
「寒かったんだろ?」
「え、うん……でも」
「なんかわかんねーけど、お前ヘンだ。今日だけじゃなくてここ最近」
どきりとして顔を見上げる。
「なんかあったんか?俺なんかお前困らせるようなことしたか?わかんねーんだ、憶えとかねぇし」
「ち、違うよ。嵐くんがなにかしたってわけじゃなくて……その、進路とか不安で」
嘘ではなかった。高校に入って三年、クラスも部活もずっと一緒だった学生生活からどう変わっていくのか、漠然とした不安で、胸が一杯になっていたのは確かだった。
「……そっか、よし」
いいことを思いついたとばかりに。
「甘いもん食いにいこ」
「えっ?」
「そーいう煮詰まってる時には甘いもん食うのが一番」
「で、でも」
「わかるからさ、そういうの」
ふと、少し沈んだ声で。
「え?」
「この先どうしよう、とか。どうなるのかなーって悩むの。俺んときはお前が話聞いてくれただろ?今度は俺の番」
「嵐くん……」
「ここ曲がったとこにうまい甘味処ある、いこ」
「うん」
「後、これ」
掴んだ手に握らせたのはさっき買っていた小さな鈴が一つ。
「これお前のな」
もうひとつの鈴を自分の目の前で揺らして。
「うん、ありがとう、嵐くん」
握り返した手に力が篭った。
END
踏みしめた砂利が足の下で微かに軋むのがわかる。
昼前の神社は人もまばらで、広い境内にはあちこちに色鮮やかな落ち葉が散っている。周囲の木々も残すところわずかばかりの葉が風に揺れて、今にも飛んで行きそうだ。
手水台に置かれた柄杓で水をすくって手にかけると、ぴりりとした冷たさに身震いした。
「冷た……日が照ってるとあったかいけど、もうすっかり秋なんだね」
「ん、そうだな。このぐらいで冷たいなんて甘いぞ?寒稽古の時なんかもっとキツイからな」
「う、それは厳しい、かも」
「慣れないとキツイけどな、ウチもやるかなぁ」
冗談とも本気ともとれる発言に、本気でやりかねない辺り冷や冷やする。美奈子から受け取った柄杓で両手を洗い、片手に受けた水で口を軽く濯いで流す。
「よし、いくか」
濡れた手を軽くこすり合わせる美奈子に手を差し出して。
「ほら」
「うん」
握り返した手は冷たい水で流した後なのに、じわりと温かかった。
石畳の上に模様のように散った落ち葉を踏みしめ、段を上がって賽銭箱の前で足を止める。
「準備いいか?」
「えっと、よし、大丈夫」
手にした小銭を確認して頷くと、よし、と笑って前に向き直り二人で同時に箱に投げ込む。
乾いた音を立てて滑り落ちていくお賽銭、一緒に擦り切れた縄を握って揺さぶる。金タライを叩いたような少し間の抜けた鈴の音が響き、揃って頭を下げて両手を叩く。
二拝二拍手一拝、神社の礼儀はなんとなくでしか知らなかったけれど、不二山と知り合ってからは礼儀に関してかなり詳しくなった気がする。武道は礼に始まり礼に終わる、知っていたつもりでよくわかっていなかった礼儀や作法を色々と学ばせてもらった。
手を合わせたまま目を閉じて、願いをひとつ、ふたつ、みっつ。
部員達の必勝祈願、これから柔道部が続いていくこと、そして。
これからのこと。この先も二人一緒に歩いていけること。
小さく息を吐いて目を開ける。
叶うだろうか、随分欲張ってあれもこれもお祈りしてしまった気がする。
「もういいか?」
「うん、終わったよ。御守り見てこようか」
「うん、いこ」
繋いだ手を握り返して、前を歩く不二山の背中を見る。
この広い背中の主はどこまでいくのか、自分は本当についていけるか。
親に向き合い、一体大の進学を決めて、これから柔道の表舞台へと進んでいこうとする姿が妙に眩しく写る。自分の望む道にひたすらに走っていくこの背中を見ていると、ふとした瞬間に胸の奥から得体の知れない不安が湧き上がってくる。
「美奈子?」
「あ、ううん、行こう」
怪訝そうな顔で振り向いた不二山に軽く首を振って見せて、並んで歩き出す。
「風冷たかったか?寒いならちょっと休んでもいいぞ」
「平気だよ」
本当は少し寒かったけれど、つまらないことで時間を取らせたくなかった。
これからもこの先も、走るのを止めて欲しくない、足を引っ張る存在にだけはなりたくない。
「これかな?ほら、あとこっちのお札を部室に貼って」
「お、いいな、あとは……」
社務所の前、お参り時期でもないので人の姿は二人以外にはない。
「すいません、このお札と御守りで」
「はい、わかりました」
あれこれ時間をかけて選んでいる二人に嫌な顔一つせず、お守りを紙袋に入れて封筒に入ったお札を差し出す。
「あとこれもお願いします」
「えっ?」
ひょいと取り上げた不二山の手に紐のついた小さな鈴が二つ。
「はい、じゃあこちらも」
予定になかったような?という顔の美奈子に構わず札入れから紙幣を渡してまとめた包みを受け取って。
「ありがとうございました」
美奈子の手を掴んで後にする。
「嵐くん?」
手を引いたまま石畳を歩いてずんずんと歩いていく。どこか怒ったような様子に恐る恐る声をかけるが、返事がない。
鳥居をくぐって通りに出てようやく歩みが止まった。
「……あの」
「あのな、お前俺といる時に無理するな」
「えっ」
「寒かったんだろ?」
「え、うん……でも」
「なんかわかんねーけど、お前ヘンだ。今日だけじゃなくてここ最近」
どきりとして顔を見上げる。
「なんかあったんか?俺なんかお前困らせるようなことしたか?わかんねーんだ、憶えとかねぇし」
「ち、違うよ。嵐くんがなにかしたってわけじゃなくて……その、進路とか不安で」
嘘ではなかった。高校に入って三年、クラスも部活もずっと一緒だった学生生活からどう変わっていくのか、漠然とした不安で、胸が一杯になっていたのは確かだった。
「……そっか、よし」
いいことを思いついたとばかりに。
「甘いもん食いにいこ」
「えっ?」
「そーいう煮詰まってる時には甘いもん食うのが一番」
「で、でも」
「わかるからさ、そういうの」
ふと、少し沈んだ声で。
「え?」
「この先どうしよう、とか。どうなるのかなーって悩むの。俺んときはお前が話聞いてくれただろ?今度は俺の番」
「嵐くん……」
「ここ曲がったとこにうまい甘味処ある、いこ」
「うん」
「後、これ」
掴んだ手に握らせたのはさっき買っていた小さな鈴が一つ。
「これお前のな」
もうひとつの鈴を自分の目の前で揺らして。
「うん、ありがとう、嵐くん」
握り返した手に力が篭った。
END