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GS3嵐×バンビ

新マネージャー募集 テーマ:不二山の人気に焼きもちを焼くバンビ

「ごめんね嵐くん、終わったらすぐいくから」
「うん、じゃあ後でな」
 放課後、掃除当番の為に残った美奈子に軽く手を振って不二山が教室を出て行く。
 ゼロから始めた入学当初から丸々一年以上。ようやく部として立ち上がり、新しく入ってきた一年部員達の指導や今後の部の運営でこれまで以上に部長の不二山とマネージャーの美奈子の負担が増えてきている。
「ふぅ」
 掃除のモップを手にしたまま軽く肩を鳴らして溜息をつく。
 元々丈夫で疲れ知らずな美奈子ではあるが、流石に部活と勉強との両立で日々の疲れが溜まっているのは否めない。
「よし、さっさと終わらせようっと」
 床のモップがけと拭き掃除も終わり、ごみ箱から中の詰まったビニール袋を引っ張りだして口をぎゅっと縛る。
「あとこれだけ?」
「うん」
「じゃあ、部室の途中だから私捨ててくるよ」
「ありがと、部活お疲れだね」
「いつものことだし」
「でもこれから少しは楽になるんじゃない?」
「え?」
 掃除当番のクラスメイトがモップを片付けながら不思議そうな顔で美奈子を見る。
「あれ?知らないの。柔道部の新マネージャー募集、さっきポスター見たよ?」
「えっ」
 寝耳に水の話に思わずゴミ袋を取り落としそうになるのを慌てて持ち直して。
「一年だけじゃなくて二年でも結構話題になってるみたいだよ。ほら、彼さ入学当初から目立ってたから」
「……ああ、うん」
 柔道部の不二山嵐。
 今や、はば学でも桜井兄弟に並ぶと言っていいほどの有名人といっていい。
 全くのゼロから柔道同好会を興し、学校イベントでの数々のアピールで堂々と表に立ち、その熱意を理事長に認められ、一年の文化祭の百人掛けでは長い間語り草になる武勇伝を打ちたてた。その行動力と男らしさは女子ばかりでなく男子にも人気が高い。
「そうだよね」
 部員も増えて確かに美奈子一人では手が回りきらなくなってきている。それは充分承知していることのはずなのに、妙に心が苦しい。
「今頃柔道部に申込者殺到してると思うよ、一年の子とか特に」
「うん」
「少しは美奈子も楽になるんじゃない?」
「そう、だね。うん、確かに大変だし」
 頭ではモヤモヤしつつもなんとか笑って答えつつ。
「あ、じゃあ部活行くついでにこれ捨ててくるね」
「うん、お疲れー」
 部活用のスポーツバッグを肩に背負い、ゴミ袋を抱えたまま逃げるように教室を後にした。

 ゴミ捨て場に向かう途中、廊下の掲示板の前で足を止める。
「これ、が」
 白い紙に達筆の文字で書かれた『柔道部部員及びマネージャー募集』のポスター。
 足元にゴミ袋を置いてじっと見あげる、その字は確かに不二山の書いた文字。
「……そうだよね」
 学年も上がり、マネージャーの仕事も後輩に引き継いでいかないといけない。それは頭ではわかっているが、やはり頭のどこかで何かが引っかかっている。
「募集するならするって、一言いってくれればよかったのに」
 マネージャー募集をすること自体には美奈子にも不服はない。だがずっと一緒だった自分に一言くらい声をかけてくれてもよかったのではないか。
「やめた……部活いこ」
 掲示板からくるりを顔を背けて足元のゴミ袋を拾い上げて歩き出して、ふと背後から掲示板を見たらしい声が聞こえてきた。
「あ、柔道部マネージャー募集だって!」
「ほんとだ、不二山センパイの?」
「うんっ、いいなー。ね、見学歓迎だって」
 一瞬ギクリとして、足が止まる。
「いいよねー部活紹介の時さ、見た?」
「見た見た!柔道着姿で。かっこよかったよねー」
「センパイ彼女いるのかなぁ」
「居ないみたいだよ?なんか女より柔道!って感じみたい、今どきいないよね」
「マネージャーになってアピールかぁ、それもアリだよね」
「うん、いつも身近にお前がいてくれる!みたいな」
「ねー」
 盗み聞きするまい意識するまいと必死に自分に言い聞かせても、足がその場を動いてくれない。
「どうしよっか」
「行ってみる?カラオケの約束どうしよっかなー」
「今日は断ってさぁ、センパイ見に行こうよぉ」
「そうしちゃおっか」
 くすくす笑いあう声になんとなくイライラしてしまう。両手に抱えたゴミ袋から軋むような音が小さく響く。
「じゃあ、いこいこっ」
「うんっ」
 走り去っていく足音が聞こえなくなるまで、その場から動けなかった。

 結局あれからゴミ捨て場を経由して美奈子が部室に着いた頃には大分時間が経っていた。
 そしてプレハブ部室の前は女子生徒が群れを成していた。
「あの、通してもらえる?」
「え?ちょっと見学の順番は守ってもらえます?」
「あたしらずっと待ってるんだから」
 部室に群がる女の子達を押しのけて入ろうとすると、尖った視線と避難するような声が上がる。
「私、柔道部マネージャーなんで!」
 次々あがる声に思わず大声を上げると、途端にしんと静かになる。
 だが、その目はどこか睨むような不服そうでそろそろと部室に入っていく美奈子の背にちくちうと視線が刺さる。
「マネージャー?」
「うん、一年からの」
「付き合っては居ないんだ」
「みたいだよ」
 背後からひそひそと聞こえてくる言葉に、苛立ちを感じながら。
「どうした?遅かったな」
「ごめんね、ちょっとゴミ捨てよってて。荷物置いたらすぐ着替えてくるから」
 ふと見ると、部室の隅で体操着姿の女子数名がこちらをちらちら見ている。
「マネージャーの見学さん、だよね」
「ああ、ポスター見たのか」
「うん」
「お前にも話しとこうと思ったけど、宣伝は早めがいいと思ってさポスターは早めに作って提出しといたんだ」
「そっか」
 決して蔑ろにしてたわけではない、ということに、少しだけ安堵する。
「じゃあ、着替えてくる。すぐ戻るね」
「ああ、戻ったらあの見学の奴らにマネージャーのこと教えてやってくれ」
「うん、わかった」
 
 部室を出て着替えに行って戻る間、やはりちくちくと睨んでくる部室前の女子生徒集団に内心舌を出して。
「よろしく、小波美奈子です」
「こいつがウチのマネージャー、仕事のことはこいつに聞いてくれ」
「……はーい」
「よろしくお願いしまーす」
 明らかに気のなさそうに返事する見学希望者女子に苛立ちを必死に抑えて笑顔を浮かべる。
「えっと、じゃあまず基本からだね」
「あ、不二山先輩タオルどうぞー」
「ドリンクありまーす」
 まるで聞いてない。
 むしろ明らかに不二山と親しい美奈子に敵意を向けている節がある。
「俺はいらない、あっちの交代の奴に渡してやってくれ」
「はーい」
「……えー、わかりました」
 残念そうにタオルを放り投げるように部員に渡すとつまらなそうに戻ってくる。
「ねぇ、もうちょっとタオルは丁寧に渡してあげられないかな。心配りとか大事だと思うんだよ。あとタオルやドリンクのほかにも憶えなきゃいけないことが」
 落ち着いて、と、自分自身に言い聞かせながら嫌味にならないよう注意の言葉をかけようとするが、そっぽを向いて人の話を聞こうとしない。
「あのね……だからまず柔道の知識とか」
 ふざけるな、と。怒鳴りなくなるのを必死で押えて説明しようとした時。
 畳に投げ落とされる音とプレハブの外から黄色い歓声が上がった。
「きゃー!不二山センパイかっこいー!!」
「すごーい、不二山くんすてき!!」
「やった、不二山センパイすっごーい」
 耳を押えて振り向くと、組みあいで相手を投げた不二山が険しい顔で帯を絞めなおしている。
 不二山が格好いいのは確かだ、すごいのもずっと前から知っている。
 だけど。
「ちょっと、静かにして下さい」
 思わず入り口を開けて女子集団に注意するが。
「なんでですか、応援してるのに!」
「マネージャーだからって独り占めとかずるいですっ」
 四方から上がってくる抗議の声に思わず言葉を続けようとして、肩をつかまれた。
「嵐くん?」
 そのまま肩を引かれてずいっと険しい顔で女子集団を睨んだ。
「おい、お前ら!練習中は静かにしろ!」
 ぴりぴりと空気を振るわせる声にその場にいた女子達が一斉に押し黙る。
「あと、お前ら」
 くるりと振り向いてマネージャー見学者二人を見る。
「ちゃんと美奈子の言うこと聞いてるか?」
「え、でも……」
「真面目にやれ、マネージャーの仕事だろ。先輩の美奈子の言うこと聞かなくてどうする」
「だ、だって」
「やる気があるのかねーのかハッキリしろ、やる気がねーならお前ら帰れ!」
 しん、と。水を打ったように静かになる。
 一人、二人、と。女子生徒らが逃げるようにプレハブから離れていく。
 体操着の女子も半泣きになりながら着替えを抱えて部室を飛び出していく。
「嵐くん……」
「ダメだな、こりゃ」
 肩を落として息をついて。
「やっぱりお前みたいな逸材、早々いねーか」
「えっと」
「最近さ、部活でお前の負担大きいだろ?だから助けになる奴いねーかって思ってたんだけどさ」
「……あ」
 新マネージャー募集の意味。
「悪い、まだ当分頼りっぱなしかも。やっぱお前の代わりとかいねーや」
「うん」
 自分の負担を軽くする為。
「大丈夫だよ」
 ついさっきまでのイライラがするりと解けていく。
「頼んだ」
「押忍」

END
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