還り来る風
あとから思えばその日を境にヤラの様子は変わり始めたのだったが、サンもヤラもそれぞれに衝撃から立ち直るのに必死で、誰もそれがいつ始まったのかは気づかないままだった。
「次」はなかなか訪れなかった。戻ってからヤラはまた熱を出して寝込み、何日かを寝床で過ごした。鳥に喰われるのを逃れた最後の木通の実はサンが採ってきて食べさせてやった。
例年になく豊作になった田畑が否応なくアシタカの足を森から遠のかせた。畑仕事から解放されたらしいヤックルが時折ひとりでやってきて、山犬たちと語らっていった。乗る者のないヤックルの鞍には毎度、餅や干し柿の小さな包みが結ばれていて、まだ遠出のできないヤラをいくぶん慰めた。
サンはサンで、冬に備えて仕事はいくらでもあった。
川べりの薄 の穂が光を孕んでやわやわと白く膨らみ、冷たくなった風に連れ去られていくと、いくらもしないうちに初雪が舞った。
サンはヤラと森で冬を越す腹を決めて支度にかかった。
風通しの良いモロの洞窟は冬が来れば塒 の奥まで雪が吹き込む。岩場を下り、湖へと続く南に向かって開けた陽当たりの良い斜面に、毛皮を持たないサンのためにモロが掘ったほら穴があった。入口の斜面には楠の大樹が空を覆うばかりに枝を広げて雪と強風から守ってくれていた。小高い丘にあるのが幸いしてか、楠はあの災厄にも枯れずに生き延び、今でも根を張っている。
サンが幼い頃にはここで冬越しをするのが常だったが、湖のほとりの人間達の動きが活発になり、猪の群れとの衝突が増えた頃からその習慣は取り止めになっていた。
サンはきょうだい達とほら穴を訪れて半分崩れた入口を掘り起こした。すっかり塞がっていた煙出しの穴に詰まっていた枯れ草と土を取り除き、その下に石を運んで竃を組んだ。竃のそばの天井に張った縄と、そこに吊るされた薬草と干し野菜の類は以前にはなかったものだ。薪を集めるのはヤラの役目だった。
サンとヤラは晴れの続いた午後に寝床にしている一番大きな鹿皮を持って出かけ、それに乾いた枯れ葉を包めるだけ包んで持ち帰った。ほら穴の奥に枯葉を敷き詰め、ふたりの寝床にはその上から鹿皮を敷いた。竃のそばに筵を敷いて器や細々としたものを運び入れれば完成だった。
アシタカは雪が積もる前にヤックルの背にたくさんの荷を乗せてやって来た。収穫したばかりの米と麦に雑穀、干し野菜、それに少しの塩と炭だった。雪解けまで暇をもらってきた、とアシタカは言った。
モロのいた頃にはサンは最低限の煮炊きのためにしか火を使わなかった。毛皮を纏うきょうだい達に火は熱すぎたし、サンはモロの腹にくっついていれば寒くはなかった。だがしょっちゅう熱を出す子どものいる今度は訳が違う。
きょうだい達は竃と反対の壁に横穴を掘って自分たちのために涼しい寝床を拵えた。サンとヤラが塒を整える間にも秋の実りで肥えた鹿を追って遠出し、そのたび土産を持ち帰った。
「雪が積もってしまえばもうこんなに忙しくはないよ。母さんから聞いた昔話をしてあげよう」寒気に頬を赤くして薪を運ぶヤラにサンは言った。いつになく心が弾んでいた。
アシタカの縫った頭巾を被り、サンの作った兎皮の沓を履いて、薪を集めに行くのがヤラの毎朝の日課になった。山犬たちのどちらかが、山犬たちが狩りに出ている日にはヤックルが付き添って行った。鼻の頭を赤くして巣穴に戻ってきたヤラの顔を包んで温めてやる両手を、サンはもう厭わしいとは思わなかった。
山犬達は数日おきに狩りに出る他はたいてい巣穴でまどろんでいた。ヤラは巣穴の入口の大楠を気に入り、陽の高いうちはたいてい枝が三股に分かれる付け根に腰掛けて雪に光る森を眺めていた。
アシタカもヤラの様子が変わり始めているのに気づいたが、他の皆と同じようにこれと指摘することはできなかった。それは冬の寒さに固く閉じた木の芽が春を目指して身を肥らせるように、凍てついた沢の底で再び流れ出すのを待つ水のように、密やかに、しかし着実に進行する変化だった。山犬たちまでがどこか粛然として何かを待つようだった。
ほら穴の中でサンは子守唄を覚え、アシタカは森の古い神々の名を覚え、ヤラはそのどちらもを覚えた。山犬たちが宵の月に向かって歌う古の森の歌もヤラはものにした。
ひとつの目に見える変化は寒さがほんの少し緩んだ頃に訪れた。
熱の下がったヤラの髪を湯で洗ってやっている時にサンがそれを見つけた。どこにぶつけたわけでもないのに額に近いあたりに二つ三つ瘤ができたかと思うと、数日のうちに頭頂が盛り上がって細い枝のような角が生えてきた。それは日に日に伸びて見る間に立派な枝角になった。
サンははじめのうちこそ心配していたが、痛まないことが分かるとすぐに受け入れた。そのうち尻尾も生えてくるかもしれない、そうしたら衣に穴を開けてやらなきゃ、などと言う羨んでさえいそうな声音と、ヤラ自身も別段困ってはいない様子に、アシタカも早々に心配するのをやめることにした。四本足でも二本足でも、ここではあまり関係がない。耳がどこについていようが、角が生えていようがいまいが大した問題ではなかった。
子どもが緑の髪とそこから伸びる何本もの枝角を戴いて薄日の差す木々の間を歩くさまはまるで森がそのまま生き物になったかのようだった。
そうして新芽が赤みを帯びて深緑の森の色合いを変える頃、細い弓張月が天にかかる暖かい夜に時は満ちた。
眠っていたヤラが音もなくゆらりと立ち上がったのは真夜中だった。いつもの彷徨かと見送りかけたサンは、山犬たちがただならぬ様子で立ち上がってあとを追い始めたのを見て顔色を変えた。
山犬たちとともにサンとアシタカが洞窟を走り出た時にはもう子どもの姿は見えなくなっていた。ふたりに背に乗るよう促して山犬たちが追跡を始める。ほどなくして尋常でない速さで獣道を駆ける子どもの後ろ姿が目に入った。
子どもは闇の中を疾風 のように馳せる。月光が子どもの角を白く照らして道しるべになった。山犬たちが全速力で駆けているにもかかわらず、なぜか一向に距離は縮まらかった。
岩場を飛ぶように登って子どもが走り込んだのはモロの洞窟だった。
息を切らしてふたりと二匹が追いついた時には、子どもはかつてモロが座していた岩棚の天辺によじ登るところだった。獣のような身のこなしで瞬く間に登り切ると、顔を月へ向けてすっくと立ち上がる。急に時が動きを止めたように静寂が満ちた。
ヤラ、と呼ぶ前にカタカタと耳慣れた音がすぐ近くで響いてサンは振り返る。気づけば辺り一帯の木の枝じゅうにコダマ達の青白い姿が浮かび上がっていた。次の瞬間には岩棚を中心にして円になった夥しい数のコダマ達がかき鳴らす音でいっぱいになる。
ヤラは月を見つめたまま棒立ちになっていた。全ての動きを止めたかに見える体がしだいに内側から青白い光を帯び始める。最初の夜に見たのと同じだと気づいてサンは総毛立つ。思わず傍らに立つアシタカの肩を掴んだ。
子どもの姿は鈍い光を帯びて、水の中から見るように奇妙に輪郭を揺らめかせる。風が髪を生き物のように波打たせ、その波と連動するようにして子どもの体は伸び上がるように膨れ上がった。角の先がじわりと滲んで燐光を放つ。透き通って泳ぐように空へ伸びる。光は空へ伸びると同時に先端からするするとヤラの体にも染みていった。
この光は。
内側に星を抱いて鈍色に光るこの姿は。
子どもはもう人の姿をしていなかった。声もなく見つめるうち、青い燐光はヤラの全身を包んで無数の角を背負った巨人の姿になった。月を覆うほどに伸び上がると巨人はゆっくりと歩き始めた。
「……シシ神さま」
サンが震える声を漏らした時には、ヤラだった巨人はゆっくりと森の奥へ歩み去るところだった。巨人の姿が闇へ消えていくと同時にコダマ達の音も姿も消え、気づけば静寂の中に月だけが残されていた。
**********
――モロが昔言っていた。シシ神さまの姿はひとつではないと。かつては山犬や熊の毛皮を纏うこともあったと。もしそうなら、人の姿を取ってもおかしくないのかもしれない。……でもあの子には荷が勝ちすぎるのじゃないか。あんなに体が弱いのに。
ヤラは夜明けの光が差す頃にふらふらとほら穴に戻ってきた。また熱を出すのだろうと予想がついた。
幾夜にもわたる堂々巡りの末、エボシと話をしないか、と遂にアシタカが言った。サンは黙って頷いた。これまで何度となく躱してきた機会を今度は引き受けなければならないとわかっていた。
早春の陽が草原に燦々と降る。
そばに立つサンは隣にいてくれ、と言ったきり無言だった。足元の若緑は陽を浴びて獰猛なほどに明るい。
丘の向こうに大小ふたつの人影が現れた。大きい方の人影は小さい方に何か言われて立ち止まり、小さい方だけが裾を靡かせながら近づいてくる。
エボシの姿が見えるとサンの周囲に触れれば弾けそうな空気が満ちた。
「森にシシ神が戻った」
数歩の距離を置いてエボシが立ち止まると前置きもなくサンは言った。まっすぐにエボシの目を射る視線は刃のように鋭い。
「お前のしたことは消えない。同じことを繰り返すか、別の道を行くか、お前の答えを訊きたい」
エボシは落ち着きはらっていた。かつて無数の屍に覆われた土の上に三人は立っていた。己の命ひとつで贖い切れないものを背負って生きると決めた片腕の頭首は残った左腕で右肩を掴んだ。
「そなたの母の奪ったこの右腕にかけて、別の道を行くと約束しよう」
サンの目が強い光を帯びた。
「私は森でお前のなすことを見ている。もしも約束を違えることがあったら」空気がさらに膨張して音がしないのが不思議なほどに張り詰める。
「今度こそ私がお前の首を獲りに行く」
軋みをあげる空気に罅 を入れるようにエボシの紅い口角がつと上がった。
「しかと心に留めておこう」
それで終わりだった。サンはかすかに頷いて踵 を返した。アシタカに一瞥をくれたエボシも無言で反対へ歩み去った。
「次」はなかなか訪れなかった。戻ってからヤラはまた熱を出して寝込み、何日かを寝床で過ごした。鳥に喰われるのを逃れた最後の木通の実はサンが採ってきて食べさせてやった。
例年になく豊作になった田畑が否応なくアシタカの足を森から遠のかせた。畑仕事から解放されたらしいヤックルが時折ひとりでやってきて、山犬たちと語らっていった。乗る者のないヤックルの鞍には毎度、餅や干し柿の小さな包みが結ばれていて、まだ遠出のできないヤラをいくぶん慰めた。
サンはサンで、冬に備えて仕事はいくらでもあった。
川べりの
サンはヤラと森で冬を越す腹を決めて支度にかかった。
風通しの良いモロの洞窟は冬が来れば
サンが幼い頃にはここで冬越しをするのが常だったが、湖のほとりの人間達の動きが活発になり、猪の群れとの衝突が増えた頃からその習慣は取り止めになっていた。
サンはきょうだい達とほら穴を訪れて半分崩れた入口を掘り起こした。すっかり塞がっていた煙出しの穴に詰まっていた枯れ草と土を取り除き、その下に石を運んで竃を組んだ。竃のそばの天井に張った縄と、そこに吊るされた薬草と干し野菜の類は以前にはなかったものだ。薪を集めるのはヤラの役目だった。
サンとヤラは晴れの続いた午後に寝床にしている一番大きな鹿皮を持って出かけ、それに乾いた枯れ葉を包めるだけ包んで持ち帰った。ほら穴の奥に枯葉を敷き詰め、ふたりの寝床にはその上から鹿皮を敷いた。竃のそばに筵を敷いて器や細々としたものを運び入れれば完成だった。
アシタカは雪が積もる前にヤックルの背にたくさんの荷を乗せてやって来た。収穫したばかりの米と麦に雑穀、干し野菜、それに少しの塩と炭だった。雪解けまで暇をもらってきた、とアシタカは言った。
モロのいた頃にはサンは最低限の煮炊きのためにしか火を使わなかった。毛皮を纏うきょうだい達に火は熱すぎたし、サンはモロの腹にくっついていれば寒くはなかった。だがしょっちゅう熱を出す子どものいる今度は訳が違う。
きょうだい達は竃と反対の壁に横穴を掘って自分たちのために涼しい寝床を拵えた。サンとヤラが塒を整える間にも秋の実りで肥えた鹿を追って遠出し、そのたび土産を持ち帰った。
「雪が積もってしまえばもうこんなに忙しくはないよ。母さんから聞いた昔話をしてあげよう」寒気に頬を赤くして薪を運ぶヤラにサンは言った。いつになく心が弾んでいた。
アシタカの縫った頭巾を被り、サンの作った兎皮の沓を履いて、薪を集めに行くのがヤラの毎朝の日課になった。山犬たちのどちらかが、山犬たちが狩りに出ている日にはヤックルが付き添って行った。鼻の頭を赤くして巣穴に戻ってきたヤラの顔を包んで温めてやる両手を、サンはもう厭わしいとは思わなかった。
山犬達は数日おきに狩りに出る他はたいてい巣穴でまどろんでいた。ヤラは巣穴の入口の大楠を気に入り、陽の高いうちはたいてい枝が三股に分かれる付け根に腰掛けて雪に光る森を眺めていた。
アシタカもヤラの様子が変わり始めているのに気づいたが、他の皆と同じようにこれと指摘することはできなかった。それは冬の寒さに固く閉じた木の芽が春を目指して身を肥らせるように、凍てついた沢の底で再び流れ出すのを待つ水のように、密やかに、しかし着実に進行する変化だった。山犬たちまでがどこか粛然として何かを待つようだった。
ほら穴の中でサンは子守唄を覚え、アシタカは森の古い神々の名を覚え、ヤラはそのどちらもを覚えた。山犬たちが宵の月に向かって歌う古の森の歌もヤラはものにした。
ひとつの目に見える変化は寒さがほんの少し緩んだ頃に訪れた。
熱の下がったヤラの髪を湯で洗ってやっている時にサンがそれを見つけた。どこにぶつけたわけでもないのに額に近いあたりに二つ三つ瘤ができたかと思うと、数日のうちに頭頂が盛り上がって細い枝のような角が生えてきた。それは日に日に伸びて見る間に立派な枝角になった。
サンははじめのうちこそ心配していたが、痛まないことが分かるとすぐに受け入れた。そのうち尻尾も生えてくるかもしれない、そうしたら衣に穴を開けてやらなきゃ、などと言う羨んでさえいそうな声音と、ヤラ自身も別段困ってはいない様子に、アシタカも早々に心配するのをやめることにした。四本足でも二本足でも、ここではあまり関係がない。耳がどこについていようが、角が生えていようがいまいが大した問題ではなかった。
子どもが緑の髪とそこから伸びる何本もの枝角を戴いて薄日の差す木々の間を歩くさまはまるで森がそのまま生き物になったかのようだった。
そうして新芽が赤みを帯びて深緑の森の色合いを変える頃、細い弓張月が天にかかる暖かい夜に時は満ちた。
眠っていたヤラが音もなくゆらりと立ち上がったのは真夜中だった。いつもの彷徨かと見送りかけたサンは、山犬たちがただならぬ様子で立ち上がってあとを追い始めたのを見て顔色を変えた。
山犬たちとともにサンとアシタカが洞窟を走り出た時にはもう子どもの姿は見えなくなっていた。ふたりに背に乗るよう促して山犬たちが追跡を始める。ほどなくして尋常でない速さで獣道を駆ける子どもの後ろ姿が目に入った。
子どもは闇の中を
岩場を飛ぶように登って子どもが走り込んだのはモロの洞窟だった。
息を切らしてふたりと二匹が追いついた時には、子どもはかつてモロが座していた岩棚の天辺によじ登るところだった。獣のような身のこなしで瞬く間に登り切ると、顔を月へ向けてすっくと立ち上がる。急に時が動きを止めたように静寂が満ちた。
ヤラ、と呼ぶ前にカタカタと耳慣れた音がすぐ近くで響いてサンは振り返る。気づけば辺り一帯の木の枝じゅうにコダマ達の青白い姿が浮かび上がっていた。次の瞬間には岩棚を中心にして円になった夥しい数のコダマ達がかき鳴らす音でいっぱいになる。
ヤラは月を見つめたまま棒立ちになっていた。全ての動きを止めたかに見える体がしだいに内側から青白い光を帯び始める。最初の夜に見たのと同じだと気づいてサンは総毛立つ。思わず傍らに立つアシタカの肩を掴んだ。
子どもの姿は鈍い光を帯びて、水の中から見るように奇妙に輪郭を揺らめかせる。風が髪を生き物のように波打たせ、その波と連動するようにして子どもの体は伸び上がるように膨れ上がった。角の先がじわりと滲んで燐光を放つ。透き通って泳ぐように空へ伸びる。光は空へ伸びると同時に先端からするするとヤラの体にも染みていった。
この光は。
内側に星を抱いて鈍色に光るこの姿は。
子どもはもう人の姿をしていなかった。声もなく見つめるうち、青い燐光はヤラの全身を包んで無数の角を背負った巨人の姿になった。月を覆うほどに伸び上がると巨人はゆっくりと歩き始めた。
「……シシ神さま」
サンが震える声を漏らした時には、ヤラだった巨人はゆっくりと森の奥へ歩み去るところだった。巨人の姿が闇へ消えていくと同時にコダマ達の音も姿も消え、気づけば静寂の中に月だけが残されていた。
**********
――モロが昔言っていた。シシ神さまの姿はひとつではないと。かつては山犬や熊の毛皮を纏うこともあったと。もしそうなら、人の姿を取ってもおかしくないのかもしれない。……でもあの子には荷が勝ちすぎるのじゃないか。あんなに体が弱いのに。
ヤラは夜明けの光が差す頃にふらふらとほら穴に戻ってきた。また熱を出すのだろうと予想がついた。
幾夜にもわたる堂々巡りの末、エボシと話をしないか、と遂にアシタカが言った。サンは黙って頷いた。これまで何度となく躱してきた機会を今度は引き受けなければならないとわかっていた。
早春の陽が草原に燦々と降る。
そばに立つサンは隣にいてくれ、と言ったきり無言だった。足元の若緑は陽を浴びて獰猛なほどに明るい。
丘の向こうに大小ふたつの人影が現れた。大きい方の人影は小さい方に何か言われて立ち止まり、小さい方だけが裾を靡かせながら近づいてくる。
エボシの姿が見えるとサンの周囲に触れれば弾けそうな空気が満ちた。
「森にシシ神が戻った」
数歩の距離を置いてエボシが立ち止まると前置きもなくサンは言った。まっすぐにエボシの目を射る視線は刃のように鋭い。
「お前のしたことは消えない。同じことを繰り返すか、別の道を行くか、お前の答えを訊きたい」
エボシは落ち着きはらっていた。かつて無数の屍に覆われた土の上に三人は立っていた。己の命ひとつで贖い切れないものを背負って生きると決めた片腕の頭首は残った左腕で右肩を掴んだ。
「そなたの母の奪ったこの右腕にかけて、別の道を行くと約束しよう」
サンの目が強い光を帯びた。
「私は森でお前のなすことを見ている。もしも約束を違えることがあったら」空気がさらに膨張して音がしないのが不思議なほどに張り詰める。
「今度こそ私がお前の首を獲りに行く」
軋みをあげる空気に
「しかと心に留めておこう」
それで終わりだった。サンはかすかに頷いて