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殉愛譚

 夏油は、出雲の視線がどうすれば自分にだけ向けられるのか、自分以外を見なくなるのかを考え始めている自身に焦り始めていた。
 夏油以外の人間に鮮烈な苛立ちや不満を向け、ついには真っ直ぐ睨みつけた出雲。その姿に、少しずつだが出雲は良くも悪くも人間関係が形成できるようになったと心から喜ぶべきだったのだろう。彼を本当に見守る存在であるならば。
 だが夏油はあろう事か出雲、そして出雲が苛立ちをぶつけた対象である五条に、感じるはずもない怒りを抱いていた。
 この感情は今に始まった事ではなかった。五条が出雲との時間に介入してくる時、心が時折ざわめいて芯から焼け付いていく。自分だけの出雲なのにと異様な思いすら抱いてしまうことに、夏油は気づいていた。
 それはまるで、嫉妬のようだった。
 五条が立ち去った後、自分自身だけに出雲の視線が絡めば、泣きたくなる程の安寧を得た。
 口では出雲の社会性の成長を喜んだ。人間関係が今以上に構築されたなら、彼のこれから先のためになる。だから安心できる、とも。
 だが全て偽りの言葉だった。

 自分だけを頼って欲しい。
 自分だけを見ていて欲しい。
 自分だけの存在でいて欲しい。

 独占欲と同義の感情が夏油の中で渦巻いていた。そんな薄汚れたものに蓋をしたかったというのに、簡単に出雲は蓋を取り去ってしまった。
「沢山の人なんていらないから……俺は夏油さんに、傍にいてほしい」
 夏油はその瞬間身が震えそうになる程の悦びと、叩きのめされるような絶望に浸された。
 純粋に出雲が願ったのは夏油傑という良き先輩の姿だ。だが、夏油は自身の全てを求められたように錯覚した。
「熱烈な告白」とからかった。
 いや、その言葉の通りになれば良かった。告白であったならば、全てが思う通りの真実になれば良かったのだ。だが出雲は否定した。そんな訳がない、と。
 夏油はその後出雲と何をどう喋ったのかは覚えていなかった。どうやって自室に帰ったかも。今こうしてベッドに寝転んで、天井を仰ぎ見ていることすら不思議な感覚だった。
 自身の本性を見て絶望だけが残っていた。悦びは一瞬で壊れて、己の心のおぞましさを感じていた。
 夏油の日常に色彩を与えたのは出雲だった。そんな彼に安い同情で近づいた。光に当てられるような感覚と同情が、いつの間にか独占欲に変わり果て醜悪さを抱いた恋心となった。
 手のひらに残る出雲の体温は愛おしく、胸を締め付ける。
 しかし同性からの感情は忌避されるものだ。出雲だって、きっとこんな自分の心を知ったなら嫌悪する事だろう。
だからこそ、せめてこの醜い心をしまい込んだまま彼の傍にいられる術を夏油は思案し、答えを導き出す。
 
——今の関係を、出雲にとっての良き先輩として継続する。

 この答えがどれだけ強欲なものか夏油は分かっている。恋焦がれて想う相手に嫌悪されることを恐れながらも、友愛と尊敬の念を抱かれたまま、信頼されたままでいたいと願っているのだから。
「これ以上は、何も望まない。愛して欲しいなんて言わない。……だから」

 ——だからせめて傍にいさせて欲しい。

 愚かな願いを抱きながら、恋しい熱が消えかけていく手のひらを握りしめた。
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