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殉愛譚

 朝が近づいただろうか。時計もなくカーテンは重く締め切ったままのこの部屋で、私はささやかな保安灯とカーテンの隙間からの光だけを頼りに、乱れたシーツに共に沈む彗へと手を伸ばす。
 事の後でまだ朦朧としている彗の白い背。その上を、まるで川の流れのように広がる黒髪。手に取って柔らかな感触を楽しみながらひとりごちる。
「すっかり元の色だ」
「ん……ああ……、髪ですか……?」
 彗の髪は元の黒髪になったどころか、長さも随分と変わってしまった。昔は鎖骨あたりだったが、今では腰あたりまで伸びている。
 手入れはしている。……というよりは、菜々子が私の髪の手入れをしてくれているが、それのついでと面倒そうに表面上言っては彗の髪も手入れしていた。
 そんな彗の長くなった黒髪を指先で撫で梳いて、背へとまた落としていく。
「色、入れる時は猿に触らせないといけないから」
「猿なんかに触らせなくていい。それに、今の彗も私は好きだよ」
 背に落ちた髪へと口付ければ、彗はくすぐったそうに笑う。
「好き、だけですか?」
 微笑のまま身を捩りこちらを向いて、物欲しげな視線を寄越してくる。こうして視線を誰かに向けることも、昔はなかなかできなかったのに。
 私が全て塗り替えてしまった。彗の全てを、私の色にした。彗を同じ道に引き摺り込むまでして、全て手に入れた。
「仕方のない子だね」とわざと溜息をつき、苦笑して見せる。仕方がないのはどちらだろうか。彗という存在を見つけてしまってから、今になってもずっと手を離せないでいる私の方だろう。
「愛しているよ、どんな彗でも」
 どれだけ言葉にしても尽きる事のない心を吐き出す。
「俺も、どんな傑さんでも愛してますよ」
 幸福に満ちた表情を浮かべた彗は、甘えた声で言葉を紡いで私に手を伸ばす。
 その手が頬に触れて、確かめるように唇を撫でる。
「どうなっても、どうあっても、俺の大切な人は傑さんだけだから」
 私に触れる手を取り、指と指を絡ませて繋ぎ合った。ぬるい体温が伝わって、このまま一つになりたいと愚かな願いが浮かぶ。
 愛している。
 願いを込めて、言い尽くし足りない言葉をもう一度吐き出した。
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