殉愛譚
要らなくなった「猿」の処分は、俺が率先して行っていた。
人の形をしたものを殺すのに、今更一も二も変わらない。友人を俺は殺しているし、何なら理解のない呪術師——両親だって、手にかけたのだから。
そして今日も。
「ひ、ぃ……うううう……ッ!?」
俺の目の前で、悶え苦しみ、泡を吹いて死にゆく猿。誰に絞められているわけでもない首を掻きむしり、口をぱくぱくと開閉しながら絶命していく。数秒の後にはどしゃりと足元に倒れて、動かなくなった。
さてこの死体をこれから片付けなくては。
表立ってはいわゆる宗教団体の施設、その相談の場として利用している部屋での処分だ。目撃者はなく問題は少ない。どうにでもなるが、片付け作業というのはやはり面倒でもある。
一つ息を吐いて、死体を億劫な気持ちで見下ろしていた。
「やぁ、ご苦労様」
背後の声の主に振り返り、俺は微笑む。
「傑さん、どうしたんですか? こんなところに来るなんて」
「ここで彗が猿を処分しているだろうと聞いてね。……可哀想に、疲れた顔だ」
傑さんの手が伸びて、指先で頬を撫でる。くすぐったさに目を細めていれば、そのまま頭も撫でられた。
「後は私が片付けるから、彗は戻って休みなさい。ここしばらく、ずっと処分しているだろう?」
「え、でも」
「良いから」と少し強い語調で囁かれたかと思えば、傑さんの足元から何体か呪霊が現れ、俺の足元を通り過ぎていく。
背後で肉の裂ける音や血を啜る音が聞こえた。きっと猿の死体は、俺が振り返る頃には跡形もなく消えていることだろう。
「……分かりました、先に戻ります」
「彗は良い子だね。……ゆっくり休むんだよ。私も後で戻るから」
「はい」
「それじゃあ」と言って、俺は一度背後を振り返り、そして部屋の出入り口へと歩き出そうとした。
今まで死体があったそこには、もう何もない。まるで傑さんは、俺の罪を白紙に……いや正当化するようだ。
同じ道を歩むと決めたくせに、まだ迷う心がある。今更もう手遅れだというのに。
「彗」
「はい? ……っん……」
立ち止まり傑さんを見上げれば、抱き寄せられ唇同士を重ね合わせられた。
口付けは長くもなく、直ぐに離れた。けれども傑さんの身体は直ぐそこにある。
俺が求めたものは、彼だ。彼を求めた代償が今なのだ。
「苦しいかい?」
「……そうですね、苦しいかもしれません」
「私のせいだね」
頷くことはしなかった。代わりに、その背に手を回して俺は言葉を紡ぐ。
「俺が決めたことだから」
「そうか」
そう、と頷き、傑さんの腕から抜け出して俺はもう一度笑ってみせる。
「だから大丈夫ですよ。……先行きますね」
ようやく俺は歩き始める。
もう、振り返ることはしなかった。
人の形をしたものを殺すのに、今更一も二も変わらない。友人を俺は殺しているし、何なら理解のない呪術師——両親だって、手にかけたのだから。
そして今日も。
「ひ、ぃ……うううう……ッ!?」
俺の目の前で、悶え苦しみ、泡を吹いて死にゆく猿。誰に絞められているわけでもない首を掻きむしり、口をぱくぱくと開閉しながら絶命していく。数秒の後にはどしゃりと足元に倒れて、動かなくなった。
さてこの死体をこれから片付けなくては。
表立ってはいわゆる宗教団体の施設、その相談の場として利用している部屋での処分だ。目撃者はなく問題は少ない。どうにでもなるが、片付け作業というのはやはり面倒でもある。
一つ息を吐いて、死体を億劫な気持ちで見下ろしていた。
「やぁ、ご苦労様」
背後の声の主に振り返り、俺は微笑む。
「傑さん、どうしたんですか? こんなところに来るなんて」
「ここで彗が猿を処分しているだろうと聞いてね。……可哀想に、疲れた顔だ」
傑さんの手が伸びて、指先で頬を撫でる。くすぐったさに目を細めていれば、そのまま頭も撫でられた。
「後は私が片付けるから、彗は戻って休みなさい。ここしばらく、ずっと処分しているだろう?」
「え、でも」
「良いから」と少し強い語調で囁かれたかと思えば、傑さんの足元から何体か呪霊が現れ、俺の足元を通り過ぎていく。
背後で肉の裂ける音や血を啜る音が聞こえた。きっと猿の死体は、俺が振り返る頃には跡形もなく消えていることだろう。
「……分かりました、先に戻ります」
「彗は良い子だね。……ゆっくり休むんだよ。私も後で戻るから」
「はい」
「それじゃあ」と言って、俺は一度背後を振り返り、そして部屋の出入り口へと歩き出そうとした。
今まで死体があったそこには、もう何もない。まるで傑さんは、俺の罪を白紙に……いや正当化するようだ。
同じ道を歩むと決めたくせに、まだ迷う心がある。今更もう手遅れだというのに。
「彗」
「はい? ……っん……」
立ち止まり傑さんを見上げれば、抱き寄せられ唇同士を重ね合わせられた。
口付けは長くもなく、直ぐに離れた。けれども傑さんの身体は直ぐそこにある。
俺が求めたものは、彼だ。彼を求めた代償が今なのだ。
「苦しいかい?」
「……そうですね、苦しいかもしれません」
「私のせいだね」
頷くことはしなかった。代わりに、その背に手を回して俺は言葉を紡ぐ。
「俺が決めたことだから」
「そうか」
そう、と頷き、傑さんの腕から抜け出して俺はもう一度笑ってみせる。
「だから大丈夫ですよ。……先行きますね」
ようやく俺は歩き始める。
もう、振り返ることはしなかった。
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