殉愛譚
僕たちの子どもは、出来の良い悪いで言えば悪い方だっただろう。けれども僕のせいであったのは理解している。こんな瞳さえ遺伝子として受け継がなければ、僕たちの子どもはーー彗はきっともっとのびのびと、軽やかに世界を生きられただろう。
世界と対面してから引き起こしてしまった事故。僕の愛した人、彗にとっては母親を呪ってしまったこと。それだって呪われた瞳さえなければ良かった。こんなものがやはりあったから、彗も僕たち夫婦も不幸となったのだろう。
彗と僕の関係は不和を引き起こした。どうあってもうまく噛み合わず、響き合えない。呪われ全身を後遺症に苛まれながらも、妻は彗を赦そうと努めていた。しかし彗の閉じきった心には届きはしなかった。それがますます彗と僕の間に軋轢を生んだ。
いつかは理解し合える。理解し合いたい。願うくせに手は届かない。絡み合わない。
彗を呪術高専に行かせたのは、きっと親心からではなかった。
「自分の呪いの使い方を知ることで人らしくなれる」
偉そうに僕は彗に説いたが、本心は彗との距離を欲しがっていた。理解し合いたいと願うくせに僕は彗を突き放した。
だから、これはそんな僕への罰なのだろう。
*
彗の行方が分からなくなった。その件について話し合うため東京の呪術高専への顔出しを終え、妻の待つ金沢の家へと帰れば、彗がリビングにいた。
「お帰り」などと呑気に言えたはずもない。行方知れずとなっている人間がこの家にいるイレギュラー。床には、普段座っていた車椅子から落下して倒れている妻の姿があった。
「綾……!」
駆け寄って脈を確認するが、もう事切れたあとだった。すでに体は冷たい。
誰がやった。どうしてこんなことが。そんなこと問わずとも、残穢が全て彗が行ったことだと物語っている。
ーー殺してやる。
今までの噛み合わなかった心が答えを得たように、素直にその言葉は浮かんだ。
彗を呪殺眼と言われたこの瞳で睨み上げるが、僕の術式を彗の瞳は上回っているのか相殺どころかこちらの体が麻痺し動かなくなった。
彗は一度も見せたことのない微笑みを浮かべて口を開く。
「父さんは、本当に母さんを大切に思ってるよな」
「っ……な、に」
僕と同じ目線にまでしゃがみ込んだ彗は多幸感に満ちた笑みのまま続ける。
「俺も、大切な人がいるんだ。この命より大切な人。その人が非術師はいらないって言うからさ、これからたくさん殺す。
俺、やっとこの力の使い方を見つけたんだ。人らしくなれたよな、これで」
彗の言うことは理解したくない言葉の羅列だった。もとより互いを理解できてなどいなかった。だからと言って、こんな悲劇があるだろうか。
僕たちの子どもが、人としての道を踏み外そうとしている。人では、なくなろうとしている。
「け、い……ッ、やめ……」
「本当は父さんも母さんも一緒に来て欲しかった。けど……やっぱりさ、俺だけ親がいるなんて不公平だよな。傑さんは自分の親を殺す苦しみを味わったのに。
だから、……父さんも母さんと一緒に逝ってくれよ」
「ッ……彗……!」
「ーー生んでくれて、育ててくれてありがとう」
彗はさらに呪力を上げていく。僕の体はついに痙攣し、心臓は収縮を繰り返して暴れ回る。
意識は一瞬鮮明に、そして焼き切れるように闇へと落ちていく。寒いとか暑いとか、そんなことももうよく分からなかった。
「さよなら、父さん」
その言葉の意味すら、僕にはもう分からない。
ただ一つ分かったのは、
ーーこの子は、僕たちの罪だ
世界と対面してから引き起こしてしまった事故。僕の愛した人、彗にとっては母親を呪ってしまったこと。それだって呪われた瞳さえなければ良かった。こんなものがやはりあったから、彗も僕たち夫婦も不幸となったのだろう。
彗と僕の関係は不和を引き起こした。どうあってもうまく噛み合わず、響き合えない。呪われ全身を後遺症に苛まれながらも、妻は彗を赦そうと努めていた。しかし彗の閉じきった心には届きはしなかった。それがますます彗と僕の間に軋轢を生んだ。
いつかは理解し合える。理解し合いたい。願うくせに手は届かない。絡み合わない。
彗を呪術高専に行かせたのは、きっと親心からではなかった。
「自分の呪いの使い方を知ることで人らしくなれる」
偉そうに僕は彗に説いたが、本心は彗との距離を欲しがっていた。理解し合いたいと願うくせに僕は彗を突き放した。
だから、これはそんな僕への罰なのだろう。
*
彗の行方が分からなくなった。その件について話し合うため東京の呪術高専への顔出しを終え、妻の待つ金沢の家へと帰れば、彗がリビングにいた。
「お帰り」などと呑気に言えたはずもない。行方知れずとなっている人間がこの家にいるイレギュラー。床には、普段座っていた車椅子から落下して倒れている妻の姿があった。
「綾……!」
駆け寄って脈を確認するが、もう事切れたあとだった。すでに体は冷たい。
誰がやった。どうしてこんなことが。そんなこと問わずとも、残穢が全て彗が行ったことだと物語っている。
ーー殺してやる。
今までの噛み合わなかった心が答えを得たように、素直にその言葉は浮かんだ。
彗を呪殺眼と言われたこの瞳で睨み上げるが、僕の術式を彗の瞳は上回っているのか相殺どころかこちらの体が麻痺し動かなくなった。
彗は一度も見せたことのない微笑みを浮かべて口を開く。
「父さんは、本当に母さんを大切に思ってるよな」
「っ……な、に」
僕と同じ目線にまでしゃがみ込んだ彗は多幸感に満ちた笑みのまま続ける。
「俺も、大切な人がいるんだ。この命より大切な人。その人が非術師はいらないって言うからさ、これからたくさん殺す。
俺、やっとこの力の使い方を見つけたんだ。人らしくなれたよな、これで」
彗の言うことは理解したくない言葉の羅列だった。もとより互いを理解できてなどいなかった。だからと言って、こんな悲劇があるだろうか。
僕たちの子どもが、人としての道を踏み外そうとしている。人では、なくなろうとしている。
「け、い……ッ、やめ……」
「本当は父さんも母さんも一緒に来て欲しかった。けど……やっぱりさ、俺だけ親がいるなんて不公平だよな。傑さんは自分の親を殺す苦しみを味わったのに。
だから、……父さんも母さんと一緒に逝ってくれよ」
「ッ……彗……!」
「ーー生んでくれて、育ててくれてありがとう」
彗はさらに呪力を上げていく。僕の体はついに痙攣し、心臓は収縮を繰り返して暴れ回る。
意識は一瞬鮮明に、そして焼き切れるように闇へと落ちていく。寒いとか暑いとか、そんなことももうよく分からなかった。
「さよなら、父さん」
その言葉の意味すら、僕にはもう分からない。
ただ一つ分かったのは、
ーーこの子は、僕たちの罪だ
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