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殉愛譚

「……ごめんな」
 震える声で謝罪を絞り出した彗の足元には、友人であった存在が倒れている。
 私は残酷な事をさせてしまったのだろう。
 非術師の友を彗が殺すことを、言葉では一度止めはした。だがそれは彗がこうして自主的に「猿」を殺すと見込んでだった。
「彗まで私のようなことはしなくて良い」とさえ言えば、きっと私と同じ業を背負って道を進もうとする。
 盲目的に彗は私を想っている。その想いは、私たちの間に空白の期間を設けたことでより強いものとなっていた。
 それでもやはり親しい存在を殺したのだ。彗の中に残る痛みはあるだろう。
 歳相応の少年の背中だと言うのに、酷く震えて哀れなほど華奢に見える。
 守ってやるように後ろから抱きしめて、銀灰色の瞳を手のひらで覆う。今はもう何も見なくて良いように。
「すまなかったね、彗。辛い思いをさせてしまった」
「傑さん……俺……」
「さぁ、帰ろうか」
「……まだ、です」
 今にも泣きそうな声で、けれどもはっきりと彗は自分の意志を言葉にしていく。
「まだ、終わってない。次は……俺の家族です。話して……もし分かってもらえなかったなら、殺すしかない」
「彗……」
「呪術師を殺すのは、傑さんの意志に反するかもしれない。……けど、……あなたの言葉に従えない人間は、俺の視界に不要なんです。それが例え、親でも、誰でも」
 盲目な言葉が愛おしい。こんなにも私だけを想って、悲しみと恐怖で震えが止まらないのであろうに彗は自身の大切なものを次々に喪おうとしている。
 これは私だけの物だと思えば思考は酔った。健気で従順な、純粋過ぎる愛。全て、そう全て、私だけに捧げられている。
 きっと私は今、醜悪な笑みを浮かべている事だろう。
 彗は何も知らない。何も知らないままに、私へと堕ちていく。
「分かった、彗の言葉の通りにしよう。けれども、万が一を考えて私も行くよ。君を喪いたくはないからね」
「……はい」
 彗の視界を覆う手を離せば、こちらを向いた彼の瞳が涙で濡れている事を知った。
 指先で目尻を拭ってやり、血の気を失っている唇に口付ける。彗は口を開き舌先を絡め、縋るように私を求めた。
 これから少しずつ彗の心は崩壊するだろう。私に認められ愛される悦びと、大切だった存在を殺す悲しみや後悔が、彗を擦り減らしていく。
 きっと彗は、父母を殺す。皆が皆、彗のように私を理解するとは思っていない。
 そして父母を殺せば彗は壊れかけるだろう。そうなった時、私だけが傍にいれば良い。
 擦り減った彗が、居場所は私の傍だけなのだと理解すれば、永遠に私の物として生きるのだから。
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