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殉愛譚

 呼び出されたのは初めてだった。
 だってあいつが、出雲が俺を呼ぶなんてことは今まで一度だってなかった。だから心はひどくはしゃいだ。嬉しかったんだ。
 近所にある公園まで、走った。足取りは軽かった。
 二年前にこの金沢で会った日の、別れ際のあいつのはにかんだ笑顔がずっと脳裏にこびりついていた。
 たったの数年だというのに、ひどく時が経っているように感じている。あの日から、何故だかもう二度と会えない気すらしていた。
 呼び出された公園に辿り着いた俺は呼吸を整えながら辺りを見回し、中心へと進んだ。出雲の姿はしかし見えない。
「帰った、……のか?」
 少しだけ不安になった。
 だって仕方がない、あいつに呼ばれたことは本当に生涯で初めてで。もしかしたら出雲は待ち飽きて帰ってしまったのかもと、微かな不安を抱いてしまった。
「剣持」
 耳馴染みのある声に呼ばれ、俺は振り向いた。そこには最後に会った時と同様に黒髪に金のメッシュを入れて、中学時代数度見た時よりは少し派手なナリになっている出雲がいた。
「走ってきたんだな、お前。そんな事しなくて良かったのに」
「何言ってんだよ。走るだろ普通。お前からの初めての呼び出しだぞ?」
「そうか?」
「そうだよ」
 出雲は「そっか」と笑みを零す。
 しかしその表情ときたら、まだ幼かったはずのあの日の出雲の笑顔をどこかに捨てたようなものだった。まるで、何かを決意した後のような。
 そういえば、どうして出雲は今ここにいるのだろうか?
 東京の高等専門学校、そこの寮にいてもおかしくない時間だ。金沢の実家に帰ってくる時は、会わなくても事前に一応の連絡を寄越してくれる。
 何か理由があるのだろうか?
「剣持、あのさ」
 出雲の声が思考の海に溺れかけた俺を引き戻した。数秒思考する事に没頭して見失ったから、どうして出雲がそんな顔をしているのか分からなかった。
 どうして、そんな。
「俺と、友達になってくれて……ありがとな」
「何……——」
 そういえば、今日はカラーコンタクト灰色なんだな。出雲の瞳の色は、退廃的で、だというのに透き通って綺麗だ。
 銀灰色の瞳を煌めかせて俺を見つめる出雲の笑顔は、今にも泣きそうで。
 そして俺は呼吸を忘れ始めて。心臓なんて、機械が誤作動を起こしたかのように止まったり動いたりを繰り返し始めた。
 何が起きているかは分からない。分からないが、俺がこのまま終わる事は理解できた。
「ぃ、ずも……ッ」
 崩れていく世界の中で、出雲の微笑みはやっぱり俺の中にこびりついた。
「……ごめんな」
 震える声が、最期に聞こえた。
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