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殉愛譚

 年の瀬も正月も関係なく、呪術師は呪霊を祓う。俺も例外ではない。十二月三十一日、その日付をあと一時間で越える頃まで俺はひとり低級呪霊の群れを祓った。
 任務を完遂し、補助監督である神野さんが運転する車の後部座席に揺られながらようやく一息をついた。
 携帯電話のディスプレイを確認し、少しだけ気が重くなる。きっと高専の自室に戻った頃には日付も越え、新年だ。
「……傑さんといたかったな」
 恋人同士だから。理由はそれだけではない。
 あの夏から、傑さんが少しずつ何かに苛まれているようで。蝕まれているようで。深入りするのが怖いくせに、俺はそんな傑さんの傍に少しでも長くいて彼を蝕む何かを和らげたかった。
 車内の窓から外を眺めた。車は少しずつ街の明かりから離れて、高専に近づいている。
「神野さん」
「何ですか? 出雲くん」
「あの、……少しだけスピード上げてください」
「ええ、分かりました」
 神野さんは何も聞かず、アクセルを踏み込んだ。少しずつ景色は流れを早くしていく。
 それでも年を越すまでに戻ることはできないだろう。俺はただ、無意味に足掻きたかった。
 ややあって携帯電話が鳴り始めた。ディスプレイに傑さんの名が表示されたそれを俺は見つめていたが、神野さんの「どうぞ」と促す声で電話に出た。
「……あ、えーと、……もしもし」
『もしもし。彗、今大丈夫だったかな』
 電話から傑さんの柔らかな声が響く。「はい」と頷き、姿勢を正して俺は耳を傾ける。
『すまない。なかなか帰ってこないから、心配になってね。……任務は終わったかい?』
「心配かけてすみません。任務の方はバッチリっすよ。あとは帰って、明日報告書書くだけです」
『そうか。なら良いんだ』
 傑さんの声に安堵した音が混じる。本当に心配させてしまっていたようだ。
「大丈夫ですよ。俺、強くないけど……弱くもないですから」
 俺は言い聞かせるように「大丈夫」ともう一度言葉にして、少し頭を斜めに下げてカーステレオの時計を確認する。
 いつの間にか零時となるまであと一分だった。
「傑さん、もうすぐ年越しますね」
『ああ、本当だ。来年もよろしく、彗』
「はい、来年もよろしくお願いします。それから」
『それから?』
 時刻は零時をまわった。
 隣にない熱を精いっぱい傍にあると想像しながら、傑さんの心に届けと言葉を紡ぐ。
「来年も、それから先も、ずっと一緒にいますから」
 傑さんは黙り込んでしまった。けれどもしばらくすると苦笑した音が聞こえて、返事を寄越してくれた。
『ああ、彗がいてくれないと困る』
 うん、と笑う俺は馬鹿みたいにのぼせた顔をしていただろう。神野さんはルームミラー越しに見ていたかもしれないが、結局何も言わずにいてくれた。
 高専まではあと十分と少し。帰ったならば、すぐに傑さんの傍へと行こう。
 俺にできることは、少ないかもしれない。傑さんを蝕む何かは和らげられないかもしれない。
 それでも、それでも。傑さんのためになりたかった。
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