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殉愛譚

「傑さぁ、あのポメラニアンの何が良いわけ?」
「ポメラニアン?」
「出雲」
 悟は心底不思議そうな声で続ける。
「傑があんなタイプ好きって思ってなかったけど」
「……突拍子もないことを言うんだな」
「どこが? 好きだろお前、出雲のこと」
 さて、どうこの場をやり過ごそうか。いややり過ごす方が無駄だろうか。悟の確信は当たっていた。
 私は出雲に恋心を抱いてしまっている。
 この会話は次の座学が始まるまでに終わるだろうか。きっと今日は別授業となっている硝子が今この場にいても、助け舟は出してくれなかっただろう。私は机に一度視線を落とし、もう一度悟にへと視線を移す。
 サングラスの奥に覗く蒼い瞳が私を射抜いている。この視線を出し抜くことを考えるよりは、素直に白状した方が良さそうだ。
「そうだな。私は、彼に好意を抱いているよ」
「あいつも男なのに?」
「好きになったんだ。そこに性別も何も関係ない」
 自分でも驚くほど正直な言葉が出てくるものだった。だがこれが私の本音なのだろう。
「どこが良いわけ?」
「……世界が、鮮やかなんだ。出雲といると」
 悟は訳がわからないと言いたげに「何だそれ」と眉を顰める。それもそうだろう。
 これは私だけが理解していれば良い感覚だ。
 私だけが、出雲から与えられていれば良い光だ。
「他にもあるから言おうか? 例えば、はにかんだ笑顔が可愛い。女々しくて悩みやすいところだって、そのくせ好奇心旺盛で無邪気で」
「あーあーもう良いもう良い。お前があのポメ公に執着してるのは分かったよ」
「執着」
「恋って要するに執着だろ。お前らお似合いだよ」
 どうして「お似合い」などと悟が断言するのか。私の心は白状したから兎も角として、出雲の心は分からない。
 私は確かに執着しているのだろう。だが、出雲は私に恋という執着をきっと抱いていない。
 だからこそ私を「良き先輩」と思って頼りにし続けてくれたなら。それだけで私は救われるのに。
 いつだって心に抱える望みがゆっくりと胸の内で溢れ出す。落ち着けるようにため息を吐き出した。
「飛躍しすぎだよ、悟。出雲は……私のことをただの先輩としか思っていないんだから」
 蒼い瞳はこちらをまっすぐ見つめ、しかし何も言わず直ぐに逸れていく。
 廊下からはこの教室に向かってくる足音が。そろそろ座学が始まる。
 もう一度だけ私は呟く。悟にはきっと聞こえることだろう。
「本当に、飛躍しすぎだ」
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