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殉愛譚

 いつからか彗の笑顔がぎこちなくなっていた。どうしてそんな顔をしているのか、理由は聞けなかった。聞かなかった。
 聞けばきっと私の抱えたものを彗にぶちまけなくてはならなくなる。そんなことになれば彗はきっと私を軽蔑するだろうから。私はいつからか臆病者になっていた。彗がこの手からすり抜けることが恐ろしくて、自分の中の醜悪を理解してもらうことすら出来なくなっていた。
 きっと彗は気づいていた。
 私の抱える醜悪に気づきながら、それでいながらも傍にいてくれたのだ。
 だというのに。
「……置いてきてしまったな」
 淡々と事実を確認していた。血の海で佇みながら。
 制服のポケットから携帯電話を取り出し、一度ディスプレイを見れば待ち受けに設定してある画像に目がいく。彗の無邪気な笑顔がそこには映っていて、愛おしさがやはり湧いた。
 それでも置いてきてしまった。そして、このまま私は彗を置いていく。
 足元に携帯電話を落として、簡単な動作で踏みつける。潰れる鈍い音が耳に届いた。
 背後から二人分のささやかな呼吸音が聞こえてきて、振り返れば幼い少女二人が身を寄せ合ってこちらを見上げている。
 私の醜悪はきっとこの時のための正義だったのだと信じながら、微笑んだ。
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