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殉愛譚

 返事のない携帯電話を自室の壁にぶつけるように投げた。癇癪に似ていたと思う。俺の瞳からは出てくれとも頼んでいないのに涙が勝手に溢れて、喉からは嗚咽が漏れかけて。
 傑さんが人を殺した。無関係の人間も、彼の両親も。それは守るべきと語っていた非術師という存在だった。
 未だ混乱の中にある俺はその事実の理由を知りたがって、けれども本当は知っているような気さえした。
 ずっと見ないふりをしていたことがある。
 彼が何かに苦悩していること。その何かに俺は蓋をして、苦悩を見ぬふりして。ただ今ある生ぬるい幸せを繋ぎ止めようとしていた。
 傑さんの抱えるものを何一つ知ろうともしないで、俺はただ甘えるばかりだった。
 壁の側で落下している携帯電話を拾い上げ、そのディスプレイを見る。
 待ち受けの画面では俺と傑さんが幸福を噛み締めるように笑っていて、それが更に俺の首を絞めるようだった。
 何一つ分かっていなかった。理解しようとしなかった。何一つ、何一つ。
 もう一度やり直せるのなら、どうか時を戻してほしい。傑さんのために生きさせてほしい。俺が蓋をしたものを分かち合わせてほしい。
 俺が甘えただった事が悪かったのなら、もう二度と甘えることもしないから。
 こんな別れは嫌だ。嫌だ。

「……置いて、いかないで」
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