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殉愛譚

「あまり、見ないでくれ」
 傑さんは居心地悪そうに視線を逸らす。けれども俺は好奇心から、……いや、その可愛らしさから傑さんに視線が釘付けだった。
 傑さんは今、今日の任務で祓った呪霊が遺した一時的な呪いによって猫の耳と尾が生えている。五条さんもどうやらそうなっているらしく、部屋にこもっているとか。傑さんもまぁ、今日は俺を自分の部屋に呼んだ訳だから、同じように部屋にこもっている状態ではある。
 二人にしては珍しいミスをするものだと思いながら、傑さんの頭部に生えている黒い猫耳に手を伸ばした。
「本当に猫耳だ」
「彗」
「すみません、可愛……珍しくて」
「今可愛いって言うつもりだっただろ」
「そんなことないですって」
 いや、本当は可愛い。誰がなんと言おうとも、俺には可愛くて仕方ない。
 今二人で座っている場所がベッドだからだろうか、余計に意識が昂っていた。
 俺は普段、行為をする時は女役だ。だからといって女役が男役の相手を可愛いと思わない、なんて道理はない。元々傑さんに対してそんな意識がない訳でもなかった。かっこいい人だと思う、素敵だとも思う。そして、世界で一番可愛い人だとも。
 こんな付属物がなくても思っている。だが今日に限っては、傑さんにかかっている呪いのせいで常日頃思っていても口にしてこなかった感情が爆発していた。
 俺は感情のまま次は尾に手を伸ばした。すると傑さんは抗いの声を上げる。
「そこは駄目だ」
「えっ、何でっすか?」
「そこは、……嫌な感覚がするから駄目だ」
「あー……、分かりました」
 嫌な感覚がするならやめておくしかない。俺だって、もし自分の裸眼を無遠慮に覗き込まれたり触れられたりしたならば嫌だ。
 ふよりふよりと動く尾は俺を誘うようだが、触りたい気持ちをぐっと堪えた。猫耳に手を戻せば、「そこなら良いよ」と傑さんは仕方ないと言いたげに許してくれる。
「この呪い、どれくらいで消えるんすか?」
「さぁ。数日中には消えるんじゃないか?」
「じゃあまだこのままなんですね」
「……私としてはもう消えて欲しいけどね、特に尻尾」
「まあ……服に穴開けるかしないといけなくなりますもんね」
 今はスウェットをぎりぎり腰パンに留めて尻尾を出しているが、普段の制服姿などになれば話は別だろう。穴を開けた方が多分生活しやすくなる。
 想像した俺は、傑さんが怒るだろうことを承知の上で小さく笑ってしまった。
「彗」
「本当に可愛い」
「私は可愛くなんかないよ。彗の方が可愛い」
「それは無いですって」
「分からない子だね」
 傑さんは猫耳に未だ触れている俺の手を取り、そのまま崩すように俺の体をシーツの上に倒した。
 倒れたまま傑さんの顔を見上げる。何処となく拗ねた様子だ。普段なら怒らせただろうかと焦るのに、今日は猫の耳があるからか、はたまた長い尾がふよりと動くのが見えるからか、やはり可愛いという言葉しか浮かばない。
 一匹の大きな黒猫が戯れているようにしか感じない。俺の口元は緩んでしまう。
「分からないです。だって傑さんはこの世で一番可愛……、ん……っ」
 俺の口を傑さんの唇が塞ぐ。喰らいつくような口付けだった。何度も唇を食まれ、呼吸を求めて口を開けば舌をねじ込まれる。歯列をなぞったかと思えば口蓋を舌先で撫でられ、そして次第に舌先同士を絡め合わせられた。
 普段の柔らかな舌ではなく、まるで猫のざらついた舌だった。
 呪いの影響がここまで出ているのかと冷静な頭で考えていれば、傑さんに口内をじっくりと犯されていく。呼吸がうまく出来ないせいで目尻から涙が溢れ、視界は歪んだ。
 蕩けていく俺の体を抱きしめて、口付けに満足した傑さんは目尻を一度舐めて耳元で低く囁いてくる。
「これでもまだ可愛いと言うのか?」
「あ、ぅ……」
「彗?」
 なかなか返事ができない俺の耳を、更に追い打ちをかけるように傑さんは舐める。ひ、と上擦った声が喉から出ても、傑さんはやめてくれない。
「や……、ひぅ……、ごめん、なさ……っ! 傑さんは、……可愛いじゃなくて……」
「じゃなくて?」
「……かっこいい、から……っ」
「許して」と乞えば、よしよしと頭を撫でられた。
 こんなやり口は汚いと言ってやりたかったが、これ以上機嫌を損ねれば後々が酷いことになるだろう。
「もう可愛いと言わないね?」
「言い、ません」
「彗が可愛いと認めるね?」
「……、……はい」
 従順に頷くしか結局できない。それが少し悔しくて、俺は胸の内で呟くのだった。

 ——それでも貴方が一番可愛いんだ。
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