殉愛譚
「甘エビ! あとサーモン! サビ抜きで! そんだけで良いっす!」
元気よく寿司を注文した可愛い後輩であり恋人である出雲彗は、見れば分かるレベルでご機嫌だ。
任務が昨日早くに終わったことで、今日明日の二日はこの北陸の地を観光して良いこととなった。彗にとって北陸は地元でもあるが、元々閉ざされた生活だったためか何もかもが珍しいというような姿を見せている。
そして二人きりであることや、こうしてチェーン店であるとはいっても寿司屋に来ていることは彗のテンションを上げているのだろう。
私も私で浮かれているようで、本格的な回らない寿司屋よりは手頃な店とはいえ「奢る」と言ってしまっていた。それだけ二人でいる時間は嬉しかった。
私も自分の分を注文し、「そういえば」と疑問を口にする。
「さっきから甘エビとサーモンだけじゃないか? せっかくだから他も食べれば良いのに」
「や、大丈夫です。この二つ以外は……怖いんで」
「……怖い?」
不思議なことを言うものだ。
まさか、口にした瞬間逆に食べられるとでも思っているのだろうか? いや、そこまで幼い思考を持っている訳でもないだろう。
「何が怖いんだ?」
すると彗は神妙な顔をして、とても小さな声で囁くのだった。
「食べたら病気になるって、うちの親が」
「は?」
「特にウニとか……!」
微かに悲鳴じみた声になった彗。板前さんはとっくに気づいているらしく、調理場で小さく肩を震わせている。
どうやら出雲家の教育上、ウニは敵だと思わせなければいけなかったようだ。
「ふ、……はは!」
私もおかしくなってしまって、堪えきれず笑い声を漏らしてしまった。だってこんな純粋に、未だにそんな幼い嘘を信じているとは。
彗は困惑した様子で私を見ている。それが更に無垢でおかしかった。
「はははっ。……ああ、おかしい。じゃあウニでもお願いしようかな」
「えっ! 話聞いてました!?」
「二貫で」
「ええ!?」
板前さんも小さく笑いながら「あいよ」と頷く。
そして先に彗の頼んだ甘エビとサーモンの皿が出され、しばらくして件のウニが出された。
「さて、これは彗の分だ」
二貫ある内の一貫を彗に差し出せば、本当に病気になると思っているのか、ぶんぶんと首を横に振った。だが、彗が完全に私に逆らえると思ったら大間違いだ。
はぁと大袈裟に溜息をつき、「残念だな」と呟いてみせる。
「彗は私の頼み事も何も聞いてくれないわけだ」
「っ……、それ、卑怯っすよ!」
「まぁまぁ良いじゃないか。さぁ、食べてごらん? ほら、口を開けて」
「じ、自分で食べれますから!」
「良いから」
醤油を適量つけたそれを、彗の口の中に放り込んでやる。顔を顰めて恐る恐る咀嚼を始めた彗は、次第に顔を綻ばせていった。
「……う、まぁ!」
「ははっ、だろう?」
「え、こんなん病気にならないっすよ! なんでうちの親は……」
「それはまぁ、大人の事情かな。私もできればこれ以上食べさせたくないし食べたくない」
彗はそれでピンと来たのか、すぐに申し訳なさそうな顔になってしまった。
「やっぱり俺、甘エビとサーモンで生きていきます……」
「ならもし残りのウニもあげると言ったら?」
「傑さん大好きです……!」
現金な愛の言葉に苦笑をこぼしながら、自分の分の皿を彗に渡す。カラーコンタクトで今日は紫色の瞳をキラキラとガラスのように輝かせて、彗は元気よく「いただきます!」と手を合わせた。
*
勘定を済ませながら、少し寂しくなったかなと財布の中を眺めた。彗には外に先に出るよう言ったから、そんな姿は見えていないはずだ。
「ご馳走様でした」と挨拶して外に出れば、街はもう夜になっていた。
「傑さん、ご馳走様でした」
目の前まできた彗は律儀に丁寧なお辞儀をし、そしてまた満面の笑みを見せてくれる。そんな顔が見られただけでもこの出費の意味はあると甘いことを考えつつ、宿への道を頭の中で振り返りながら歩き始める。
「もしかしてもう帰るんですかー?」
「ああ、もう帰るよ。宿の露天風呂にも入りたいし」
「あー、なるほど……」
納得した顔をしながら、彗は通りのコンビニをチラチラと見ている。何か宿に足りないものでもあったのだろうか。
「傑さん、今からの予定は?」
「風呂に入って、寝る」
「あー、そういう……」
「?」
微かに不満げな音が混じる彗の声。疑問を持てば、彗は私を今度はチラチラ見ながら「いや、ほら」と煮え切らない様子で言葉を紡いだ。
「遠いところ来たんだし、折角だし……ほら、……ねぇ?」
「ご当地限定のコンビニ飯か?」
「…………傑さんそれ本気で?」
こちらを見る目が燻った欲求を示しているのは知っている。少しからかいたかっただけだ。
あり得ないと言いたげな顔をする彗の頭を撫でてやりながら「大丈夫」と囁く。
「準備くらいしてあるよ。そんなに一生懸命誘わなくても」
「……そ、すか」
それ以上彗は何も言わず、私の手を払い除けて足早に宿へと歩き出すのだった。
のんびりと彗の背を追いながら、今日の彗はウニの味がするかもなどと馬鹿なことを考えていた。
元気よく寿司を注文した可愛い後輩であり恋人である出雲彗は、見れば分かるレベルでご機嫌だ。
任務が昨日早くに終わったことで、今日明日の二日はこの北陸の地を観光して良いこととなった。彗にとって北陸は地元でもあるが、元々閉ざされた生活だったためか何もかもが珍しいというような姿を見せている。
そして二人きりであることや、こうしてチェーン店であるとはいっても寿司屋に来ていることは彗のテンションを上げているのだろう。
私も私で浮かれているようで、本格的な回らない寿司屋よりは手頃な店とはいえ「奢る」と言ってしまっていた。それだけ二人でいる時間は嬉しかった。
私も自分の分を注文し、「そういえば」と疑問を口にする。
「さっきから甘エビとサーモンだけじゃないか? せっかくだから他も食べれば良いのに」
「や、大丈夫です。この二つ以外は……怖いんで」
「……怖い?」
不思議なことを言うものだ。
まさか、口にした瞬間逆に食べられるとでも思っているのだろうか? いや、そこまで幼い思考を持っている訳でもないだろう。
「何が怖いんだ?」
すると彗は神妙な顔をして、とても小さな声で囁くのだった。
「食べたら病気になるって、うちの親が」
「は?」
「特にウニとか……!」
微かに悲鳴じみた声になった彗。板前さんはとっくに気づいているらしく、調理場で小さく肩を震わせている。
どうやら出雲家の教育上、ウニは敵だと思わせなければいけなかったようだ。
「ふ、……はは!」
私もおかしくなってしまって、堪えきれず笑い声を漏らしてしまった。だってこんな純粋に、未だにそんな幼い嘘を信じているとは。
彗は困惑した様子で私を見ている。それが更に無垢でおかしかった。
「はははっ。……ああ、おかしい。じゃあウニでもお願いしようかな」
「えっ! 話聞いてました!?」
「二貫で」
「ええ!?」
板前さんも小さく笑いながら「あいよ」と頷く。
そして先に彗の頼んだ甘エビとサーモンの皿が出され、しばらくして件のウニが出された。
「さて、これは彗の分だ」
二貫ある内の一貫を彗に差し出せば、本当に病気になると思っているのか、ぶんぶんと首を横に振った。だが、彗が完全に私に逆らえると思ったら大間違いだ。
はぁと大袈裟に溜息をつき、「残念だな」と呟いてみせる。
「彗は私の頼み事も何も聞いてくれないわけだ」
「っ……、それ、卑怯っすよ!」
「まぁまぁ良いじゃないか。さぁ、食べてごらん? ほら、口を開けて」
「じ、自分で食べれますから!」
「良いから」
醤油を適量つけたそれを、彗の口の中に放り込んでやる。顔を顰めて恐る恐る咀嚼を始めた彗は、次第に顔を綻ばせていった。
「……う、まぁ!」
「ははっ、だろう?」
「え、こんなん病気にならないっすよ! なんでうちの親は……」
「それはまぁ、大人の事情かな。私もできればこれ以上食べさせたくないし食べたくない」
彗はそれでピンと来たのか、すぐに申し訳なさそうな顔になってしまった。
「やっぱり俺、甘エビとサーモンで生きていきます……」
「ならもし残りのウニもあげると言ったら?」
「傑さん大好きです……!」
現金な愛の言葉に苦笑をこぼしながら、自分の分の皿を彗に渡す。カラーコンタクトで今日は紫色の瞳をキラキラとガラスのように輝かせて、彗は元気よく「いただきます!」と手を合わせた。
*
勘定を済ませながら、少し寂しくなったかなと財布の中を眺めた。彗には外に先に出るよう言ったから、そんな姿は見えていないはずだ。
「ご馳走様でした」と挨拶して外に出れば、街はもう夜になっていた。
「傑さん、ご馳走様でした」
目の前まできた彗は律儀に丁寧なお辞儀をし、そしてまた満面の笑みを見せてくれる。そんな顔が見られただけでもこの出費の意味はあると甘いことを考えつつ、宿への道を頭の中で振り返りながら歩き始める。
「もしかしてもう帰るんですかー?」
「ああ、もう帰るよ。宿の露天風呂にも入りたいし」
「あー、なるほど……」
納得した顔をしながら、彗は通りのコンビニをチラチラと見ている。何か宿に足りないものでもあったのだろうか。
「傑さん、今からの予定は?」
「風呂に入って、寝る」
「あー、そういう……」
「?」
微かに不満げな音が混じる彗の声。疑問を持てば、彗は私を今度はチラチラ見ながら「いや、ほら」と煮え切らない様子で言葉を紡いだ。
「遠いところ来たんだし、折角だし……ほら、……ねぇ?」
「ご当地限定のコンビニ飯か?」
「…………傑さんそれ本気で?」
こちらを見る目が燻った欲求を示しているのは知っている。少しからかいたかっただけだ。
あり得ないと言いたげな顔をする彗の頭を撫でてやりながら「大丈夫」と囁く。
「準備くらいしてあるよ。そんなに一生懸命誘わなくても」
「……そ、すか」
それ以上彗は何も言わず、私の手を払い除けて足早に宿へと歩き出すのだった。
のんびりと彗の背を追いながら、今日の彗はウニの味がするかもなどと馬鹿なことを考えていた。
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