殉愛譚
誰かを抱いた経験も抱かれた経験も一度としてない。そんな俺が、今から夏油さんに抱かれるというのだから笑ってしまう。
夏油さんの部屋は相変わらず無駄なものはなくこざっぱりとしていて、雑多になっている俺の部屋にしなくてよかったと思わせられた。
「出雲、とりあえず……好きなところに座って」
どことなく気恥ずかしそうにしている彼を見て、夏油さんにも羞恥心とかそういう感情はあるんだと俺はおかしな感動を覚えていた。
ひとまず言われた通り好きなところに……と言っても自然と俺はベッドに腰掛けた。すると一瞬夏油さんの視線が鋭くなった気がして、身がすくんだ。
「あ、やっぱ床の方が」
「いや、大丈夫。ベッドでいい」
そう言うと夏油さんは俺の足元にしゃがみ込んで、ベッドの下を探り始めた。
しばらくして探り終わると、ローションやらコンドームやらを持った手が出てきた。
夏油傑がベッドの下にいかがわしいものを隠している。俺はその事実にまた感動した。この人も男なんだな、などと失礼なことすら思った。
「悟から隠すのが一番面倒だったんだ」と呟きながら、まだしゃがんだままでベッドにそれらをポンポンと置いていく。
「けど出雲とするなら、必要だったから」
「えっ、まさか全部俺用なんですか?」
目を丸くして問えば、夏油さんは真顔で頷く。
「そうでないなら不要だよ、こんなもの」
——まじか。
喉まで出かかったが、何とか飲み込みながら胸の中で呟く。
「ち、なみに、……誰かとの身体の経験とか」
「…………ああ、まだ無いんだ」
心の中でガッツポーズ、万歳三唱。表情が緩みそうになるのは結局堪えきれなかったし、夏油さんには見られてしまった。少し怒ったような、拗ねたような声で彼は「出雲」と俺を嗜める。だがそれでも頬が緩むのは止められなかった。
「夏油さん、初めてなんすね」
「……そういう出雲も初めてだろ?」
「そうです。抱くのも抱かれるのも全部無いから初めてです」
夏油さんは「そうか」と頷き、ふふと小さく笑った。
「なら初めて同士だ、私達は」
「そうですね。優しくしてくださいね」
「努力するよ」
そう言って夏油さんは立ち上がると、俺の目の前で部屋着のシャツをゆっくり脱ぎ始めた。俺も脱がないといけないのだろうなと思いながら、眼前に晒されていく夏油さんの身体から目が離せない。
「出雲? どうしたんだい?」
「あっ、えーっと、……何か……手伝います?」
手伝うも何も無いだろう。これからの事を脳は予感してパニックになっているのか、とんちんかんな言葉を吐き出してしまう。しかし夏油さんは考える素振りを見せ、「それなら」と提案を一つ。
「ここからは出雲が脱がせてくれないか?」
「ココカラハ、……ヌガセ……?」
さらにパニックを起こした脳はほぼ停止状態に近い。俺のそんな状態など理解しているのか、彼は小さく笑いながら俺の片手を取った。手がたどり着いた先は、夏油さんのスウェットの腰部分。
「下、脱がせて」
「……あ、……え、…………は、はい」
俺も立ち上がり、言われるがまま脱がせていく。スウェットも、下着も。その間に夏油さんは俺の髪ゴムを解き、着ていたジッパー付きのパーカーシャツやハーフパンツを脱がせていく。
身体のどこにも触れていないし、触れられてもいない。ただ脱がせ合っているだけだと言うのに、馬鹿みたいに興奮して俺のモノはいつのまにか固くなっていた。こんな無様は笑われるだろうと思ったが、見れば夏油さんのモノも俺と同じ状況となっていて無性に安心した。
互いに脱がせ終わりベッドに座ると、夏油さんは俺を見つめて喜びと不安の混ざった表情をした。
「ずっと、……触れたいと思っていたんだ。けれども、触れたら壊れてしまいそうで」
「俺は壊れませんよ」
「……はは、そうじゃない。関係が壊れそうで、今だって怖いんだ」
「それでも」と繋げながら、彼の瞳は猛禽のように鋭くなる。その瞳の中に隠れている何かは間違いなく欲望を持って俺を捉えている。
夏油さんの手が伸びて、俺に触れていく。頬に、唇に、首に、胸に。ゆっくり指先を滑らせながら、確かめるように。
そのまま抱きしめられ、耳元で熱の籠った声が囁く。
「君が欲しくて仕方がない。……彗、私だけの物になってくれるね?」
否定を求めない言葉。「そんなのはずるい」と言ってやりたいのに、惚れた弱みというやつか、俺には従順にイエスを言う以外の道はない。
せめてもの抵抗は、俺からの噛みつきにも似たキスだった。だが夏油さんには俺の抵抗もじゃれつきにしか感じないのだろう。キスの主導権なんて直ぐに奪われて、ベッドに押し倒されていく。
長い、長いキスをした。離れた頃には酸素が足りないくらいだった。
これから俺たちは、一つになっていく。
夏油さんはこの関係が壊れるのが怖いと言った。それでも俺が欲しいとも。
俺は今から夏油さんの物になる。これまでの関係は、どう足掻いても壊れてしまう。
夏油さんを見上げれば、彼の瞳にはもう不安も何もない。俺への愛欲だけが、そこには渦巻いている。
「……傑、さん」
「うん。……愛しているよ、彗」
このまま二人でこれまでを殺していく。
良い先輩。可愛い後輩。そんなものはもういない。
不器用に、一つになっていく。
夏油さんの部屋は相変わらず無駄なものはなくこざっぱりとしていて、雑多になっている俺の部屋にしなくてよかったと思わせられた。
「出雲、とりあえず……好きなところに座って」
どことなく気恥ずかしそうにしている彼を見て、夏油さんにも羞恥心とかそういう感情はあるんだと俺はおかしな感動を覚えていた。
ひとまず言われた通り好きなところに……と言っても自然と俺はベッドに腰掛けた。すると一瞬夏油さんの視線が鋭くなった気がして、身がすくんだ。
「あ、やっぱ床の方が」
「いや、大丈夫。ベッドでいい」
そう言うと夏油さんは俺の足元にしゃがみ込んで、ベッドの下を探り始めた。
しばらくして探り終わると、ローションやらコンドームやらを持った手が出てきた。
夏油傑がベッドの下にいかがわしいものを隠している。俺はその事実にまた感動した。この人も男なんだな、などと失礼なことすら思った。
「悟から隠すのが一番面倒だったんだ」と呟きながら、まだしゃがんだままでベッドにそれらをポンポンと置いていく。
「けど出雲とするなら、必要だったから」
「えっ、まさか全部俺用なんですか?」
目を丸くして問えば、夏油さんは真顔で頷く。
「そうでないなら不要だよ、こんなもの」
——まじか。
喉まで出かかったが、何とか飲み込みながら胸の中で呟く。
「ち、なみに、……誰かとの身体の経験とか」
「…………ああ、まだ無いんだ」
心の中でガッツポーズ、万歳三唱。表情が緩みそうになるのは結局堪えきれなかったし、夏油さんには見られてしまった。少し怒ったような、拗ねたような声で彼は「出雲」と俺を嗜める。だがそれでも頬が緩むのは止められなかった。
「夏油さん、初めてなんすね」
「……そういう出雲も初めてだろ?」
「そうです。抱くのも抱かれるのも全部無いから初めてです」
夏油さんは「そうか」と頷き、ふふと小さく笑った。
「なら初めて同士だ、私達は」
「そうですね。優しくしてくださいね」
「努力するよ」
そう言って夏油さんは立ち上がると、俺の目の前で部屋着のシャツをゆっくり脱ぎ始めた。俺も脱がないといけないのだろうなと思いながら、眼前に晒されていく夏油さんの身体から目が離せない。
「出雲? どうしたんだい?」
「あっ、えーっと、……何か……手伝います?」
手伝うも何も無いだろう。これからの事を脳は予感してパニックになっているのか、とんちんかんな言葉を吐き出してしまう。しかし夏油さんは考える素振りを見せ、「それなら」と提案を一つ。
「ここからは出雲が脱がせてくれないか?」
「ココカラハ、……ヌガセ……?」
さらにパニックを起こした脳はほぼ停止状態に近い。俺のそんな状態など理解しているのか、彼は小さく笑いながら俺の片手を取った。手がたどり着いた先は、夏油さんのスウェットの腰部分。
「下、脱がせて」
「……あ、……え、…………は、はい」
俺も立ち上がり、言われるがまま脱がせていく。スウェットも、下着も。その間に夏油さんは俺の髪ゴムを解き、着ていたジッパー付きのパーカーシャツやハーフパンツを脱がせていく。
身体のどこにも触れていないし、触れられてもいない。ただ脱がせ合っているだけだと言うのに、馬鹿みたいに興奮して俺のモノはいつのまにか固くなっていた。こんな無様は笑われるだろうと思ったが、見れば夏油さんのモノも俺と同じ状況となっていて無性に安心した。
互いに脱がせ終わりベッドに座ると、夏油さんは俺を見つめて喜びと不安の混ざった表情をした。
「ずっと、……触れたいと思っていたんだ。けれども、触れたら壊れてしまいそうで」
「俺は壊れませんよ」
「……はは、そうじゃない。関係が壊れそうで、今だって怖いんだ」
「それでも」と繋げながら、彼の瞳は猛禽のように鋭くなる。その瞳の中に隠れている何かは間違いなく欲望を持って俺を捉えている。
夏油さんの手が伸びて、俺に触れていく。頬に、唇に、首に、胸に。ゆっくり指先を滑らせながら、確かめるように。
そのまま抱きしめられ、耳元で熱の籠った声が囁く。
「君が欲しくて仕方がない。……彗、私だけの物になってくれるね?」
否定を求めない言葉。「そんなのはずるい」と言ってやりたいのに、惚れた弱みというやつか、俺には従順にイエスを言う以外の道はない。
せめてもの抵抗は、俺からの噛みつきにも似たキスだった。だが夏油さんには俺の抵抗もじゃれつきにしか感じないのだろう。キスの主導権なんて直ぐに奪われて、ベッドに押し倒されていく。
長い、長いキスをした。離れた頃には酸素が足りないくらいだった。
これから俺たちは、一つになっていく。
夏油さんはこの関係が壊れるのが怖いと言った。それでも俺が欲しいとも。
俺は今から夏油さんの物になる。これまでの関係は、どう足掻いても壊れてしまう。
夏油さんを見上げれば、彼の瞳にはもう不安も何もない。俺への愛欲だけが、そこには渦巻いている。
「……傑、さん」
「うん。……愛しているよ、彗」
このまま二人でこれまでを殺していく。
良い先輩。可愛い後輩。そんなものはもういない。
不器用に、一つになっていく。
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