憧れは僕の気持ちをまだ知らない


「おかえりなさい、先生、本当にすみません!」
 玄関の前に新崎がいた。
「守谷は?」
「中です」
「どうしてきみは外に?」
「だって、千尋先生がいないのに中に入って待っていられないじゃないですか」
 鼻の頭を真っ赤にさせた新崎に千尋は困ったように笑った。
 あのあと、千尋は自分の帰りが遅くなること、先に部屋に入ってもらえるようにと、守谷に連絡をいれていたのだが。昨日のお泊りから守谷に渡した合鍵をまだ返してもらっていなかったことが幸いして、ふたりは千尋の部屋に入れるはずだったのだが。
「そんな、いいのに」
 忠犬の銅像のイメージが千尋の頭のなかに浮かんだ。
「気にしなくていいんだよ、新崎くん。きみにそんなに意識されるとこっちも逆に意識してしまう。無礼講でいいから」
「先生!」
「それ、なしで」
「あ、えと、じゃあ、千尋さん」
「そう、それで」
「えへへ、千尋さん、えと、なんか仲良くなれたような気がして、俺、嬉しいです」
 仲良く――?
 とくんと、千尋の胸が鳴った。
「そうか、そうか」と笑いながら、誤魔化したが、そうか、仲良くか――。仲良く。この変な青年と。もしかしたら自分はまだ、仲良くなれるのかもしれない、と思うと、なんだか、じわじわと、いまのこの距離がじれったく感じられて、でも、はっと我に返る。新崎は、あまりにも自分とは違うじゃないか。千尋は自分の変化に少したじろいだ。
「おーっす、新崎、千尋帰って来たか」
「なんだ、守谷、ここ守谷の家みたいだな」
 堂々とくつろいでいる守谷に、千尋は苦笑した。こういう図々しいところ、変わっていない。でも、不快感はまったくない。新崎も不思議だが、不思議な男だ。
「新崎は忠犬のように帰りを待ってたからな、俺はくつろぐ係です」
「なんだそれ。ふたりを足して二で割ってくれればちょうどいいのに」
「俺、守谷さんみたいになったほうがいいですかね」
 新崎の発言に千尋は吹き出した。
「きみが! あんな大人になってしまってはだめだよ、新崎くん!」
「待て待て、なんだその言い方、もう俺、ふて寝しちゃう」
 守谷がわざとらしく言った。
「それじゃ、ご飯、まだなら、ふて寝している守谷をほっておいて、一緒に食べようか新崎くん」
「待て待て待て、俺はちゃんとここにいるぞ!」
 倒れたふりをしていた守谷が慌てて立ち上がる。じゃれあいに千尋は笑顔になった。
「千尋せ……さんと、守谷さん、本当に仲がいいですよね。なんか、羨ましいな」
「まあ、学生時代からの付き合いだしな、千尋」
「そうだねぇ、長い付き合いだよね。……仲、いいのかなぁ」
「とてもいいと思います。俺も、千尋さんと、そういうやりとりしたいです」
「新崎、俺とは?」
「しょっちゅうやっているじゃないですか。ありがたいことに。俺、千尋さんともっと仲良くなりたいです。よろしくお願いします」
 ぺこりとお辞儀をした新崎に千尋は吹き出して笑った。笑いを噛み殺しながら、「いや、ご丁寧に」と、自分も新崎につられたように、頭を下げる。
「なにやってんだ、お前たち」
 守谷がへらへら変な笑みを浮かべながら、お辞儀しあう二人を見ていた。
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