憧れは僕の気持ちをまだ知らない
「千尋さん!」
緑道の入口、新崎の姿を見つけて待たせてしまって申し訳なかったと千尋は思い、彼に駆け寄った。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いいんです、俺が会いたくて、千尋さんに迷惑かけてしまってすみません」
「その、さっきのその、話だけど」
「わかっています。でも、俺、千尋さんが好きです」
さっと風が吹いた。夕方のすがすがしい爽やかな風だった。
「あ、う、うん」
「たぶん、幻滅もしません。千尋さんを知りたいんです」
「だ、だから、その、きみが思っているような人間じゃないんだって。そんなの知ってどうするの? ぼくなんかより、きみのほうが、とってもすごい人間なんだよ。頑張って未来にむかって努力している」
「千尋さんもするとおっしゃっていました」
「そ、それは」
松葉にああいわれた直後だったから、つい、ああいってしまっただけのことで――。
「それに、俺は、千尋さんが、だめな脚本家だったとしても、たぶん好きです」
「な!」
「いや、だめな脚本家さんじゃないから、もっと好きなんですけれど、もし、千尋さんが脚本やめちゃっても、そんなことになったら俺、泣いちゃいますけれど、もし、そうなっても、たぶん、人間・千尋崇彦に夢中のままだと思います」
「な、なにを――」
何を彼が言っているのか。千尋は頭がまっしろになった。脚本をやめたあとも、好き――? どういうことだ。
「俺、千尋さんが好きです。たぶん、すごく好きです。地球上の誰よりも、千尋さんが好きです。宇宙人が侵略してきても、千尋さんのことが宇宙でいちばん好きです」
「あ、ああ、うん、わかった、わかったって、ところで宇宙人って本当にいると思う?」
「わかりません、いたとしたらどうなんでしょう」
「そうだよねぇ」
「今度、先生の新しい物語で宇宙人の話、読みたいです」
「そうか、うん、やってみたいね、ぼくも」
「楽しみにしています」
ぺこりと、新崎があたまをさげた。
そうか、彼は、宇宙人ものの物語をみたかったのか――いや、その前に。千尋は宇宙のかなたへととんでいきそうな思考を慌てて現実に戻した。
「あ、えと、まって、新崎くん、さっきの、なに?」
「さっきの、とは」
「なんか、めちゃくちゃ好き好き言ってたけれど」
「はい、めちゃくちゃ好きですよ」
あっけらかんと新崎はそう言い放った。慌てるのは千尋のほうだ。
「な、なんで」
「なんでって俺が知りたいくらい好きです。千尋さんが好きなんです」
「だから、その、どうして」
「それがよくわからなくて、ただ、俺は千尋さんが好きでしかたがないので、俺のこと、千尋さんに好きになってもらいたいです、できれば」
「新崎くん」
「で、それで、できれば、俺のこと好きになってもらって、ふたりで、仲良く生きていけたらって思います。こうしてたまに顔をあわせる仲じゃなくて、毎日、三百六十五日、二十四時間、ずっと一緒にいたいと思います」
新崎堂々と自分の気持ちを素直にことばにする。そのひとことひとことが千尋の胸に刺さる。
「そんなことしたら、死んじゃうよ」
「俺じゃいやだからですか?」
「そうじゃなくて、ぼくの汚いところや嫌なところも見えちゃうよ」
「それなら、もっと嬉しいです」
「へ?」
「俺の知らない千尋さんを、俺に見せてください」
「な、なにを言ってるのかわかってるの?」
「わかっています。いま、俺は千尋さんに大好きだよって言っているんです」
「新崎くん!」
「でも、無理に返事はしなくていいですよ。俺、千尋さんが大好きなので、千尋さんが返答に悩むくらいだったら、宙ぶらりんのままでも、平気です。千尋さんがいちばん幸せで楽しそうなのが一番なので、俺のことでなやんでほしくないので。でも」
と、すこしさびしげな顔を新崎はした。
「俺のこと、嫌いにならないでくださいね。嫌われたら、悲しいです」
「まさか!」
千尋は慌てて大声をだした。それから、さらに慌てて声をひそめる。
「避けていたのは避けていたけれど、それは、きみが悪いんじゃなくて、さっきもいったけれど、ぼくが、うまくきみと仲良くできるか心配っていうか、ぼくがぼくの悪いところや嫌なところをみせたくなくて、それでっ」
「はい、千尋さんは優しいです。でも、見せてください」
一歩、新崎が距離を詰めた。
「だめですか?」
また一歩、近づいてくる。このままでは触れられる距離に――逃げるならいまのうちだ。
ああ、ダッシュでこの場を走り去ってしまいたい。でなければ、きっと戻れない。そんな気がする。なのに、新崎の顔を見て、千尋はうごけなくなった。本当なら、いまここで、立ち去らなくてはならないのに。
「……だめ、じゃないけど」
「本当ですか?」
「きみとぼく、すごく離れている気がするんだ」
「ええ、ですよね。手を伸ばしても届かないです」
「きみも、伸ばしてくれるの?」
「……え?」
「新崎くんが頑張って手を伸ばしてくれるなら、ぼくも」
そういって、千尋はそっと右手をだした。新崎は少し驚いて、でも嬉しそうに、彼も右手を千尋の手にむかって差し出した。
指先が触れる。相手の体温を感じて、より高鳴る心臓の音。それまでシンクロしてきそうだった。
「俺、浮かれてもいいですよね」
そう言って、新崎は千尋の手をとった。ふたりの手が結ばれた。にぎりしめられた右手から、新崎の鼓動が伝わる。千尋と同じくらい高鳴っていた。
「お願いします。千尋さん、逃げないで」
「新崎くん……」
「逃げても、追いかけさせてください」
「うん」
「地の果てまで追いかけます」
新崎が千尋をじっと見つめていった。どこまでも――追いかけくる。嬉しいのに、つい、その気持ちを隠すように千尋は言った。
「それは……その、重い」
「すみません、体重さいきん増えてしまいました」
「いや、そっちじゃなくて」
新崎の勘違いに千尋は、ふっと笑った。新崎はおどけるように力こぶをつくる動作をしながら宣言した。
「でも、また、運動してもとの体重にもどってみせます」
それが面白くて、千尋は微笑んだ。こうして和ませてくれて、新崎とはずっとそばにいたくなる。
「そうだね、じゃあ、ちょっと歩こうか」
「手、放したくないです」
と、いわれて、千尋は、はっとした。新崎に夢中で忘れていたが、ここは街中。だいの大人がふたり、手をとりあっているという不思議な図に違いない。
「に、新崎くん、だめだ、外でお手々をつないでいては、変なひとに見られてしまう」
「でも、お手々、はなしたくないです」
「お手々と心、どっちを手放しますか?」
「どっちも! むり!」
「どっちかしか得られないとしたら?」
「どっちもです! どっちも!」
「ぼくなら、手をあきらめて……」
すっと千尋は手を引いた。慌てて追い縋ろうとする新崎の手をやさしくさける。
「心でそばにいるから。いまはこれじゃだめ?」
そういって、新崎をみあげて、千尋は彼に訴えた。新崎はくちもとを押さえて、肩をふるわせた。ぎゅっと新崎が唇を噛んだ。彼が何もいわなくなったので、千尋は不安に思って彼に声をかけた。すると、新崎はこたえた。
「すみません、いま、耐えています」
「え、何に?」
「千尋さんに。本当に、絶対に、俺は、あなたが好きなので、耐えてみせます」
よくわからないが、千尋はとりあえず応援しておくことにした。
「が、がんばれ」
「がんばります。で、その、お手々は今日は、今日はですよ、今日はあきらめますので、今日は隣を歩いても?」
「もちろん、これから、ずっと一緒に歩こう」
「千尋さん!」
ぱっと新崎が笑顔になった。
「でも、そのお外でお手々つなぐのは恥ずかしいから、また今度で」
「はい、もちろんです」
それでいいと、新崎は微笑み、千尋もつられるように笑った。
緑道の入口、新崎の姿を見つけて待たせてしまって申し訳なかったと千尋は思い、彼に駆け寄った。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いいんです、俺が会いたくて、千尋さんに迷惑かけてしまってすみません」
「その、さっきのその、話だけど」
「わかっています。でも、俺、千尋さんが好きです」
さっと風が吹いた。夕方のすがすがしい爽やかな風だった。
「あ、う、うん」
「たぶん、幻滅もしません。千尋さんを知りたいんです」
「だ、だから、その、きみが思っているような人間じゃないんだって。そんなの知ってどうするの? ぼくなんかより、きみのほうが、とってもすごい人間なんだよ。頑張って未来にむかって努力している」
「千尋さんもするとおっしゃっていました」
「そ、それは」
松葉にああいわれた直後だったから、つい、ああいってしまっただけのことで――。
「それに、俺は、千尋さんが、だめな脚本家だったとしても、たぶん好きです」
「な!」
「いや、だめな脚本家さんじゃないから、もっと好きなんですけれど、もし、千尋さんが脚本やめちゃっても、そんなことになったら俺、泣いちゃいますけれど、もし、そうなっても、たぶん、人間・千尋崇彦に夢中のままだと思います」
「な、なにを――」
何を彼が言っているのか。千尋は頭がまっしろになった。脚本をやめたあとも、好き――? どういうことだ。
「俺、千尋さんが好きです。たぶん、すごく好きです。地球上の誰よりも、千尋さんが好きです。宇宙人が侵略してきても、千尋さんのことが宇宙でいちばん好きです」
「あ、ああ、うん、わかった、わかったって、ところで宇宙人って本当にいると思う?」
「わかりません、いたとしたらどうなんでしょう」
「そうだよねぇ」
「今度、先生の新しい物語で宇宙人の話、読みたいです」
「そうか、うん、やってみたいね、ぼくも」
「楽しみにしています」
ぺこりと、新崎があたまをさげた。
そうか、彼は、宇宙人ものの物語をみたかったのか――いや、その前に。千尋は宇宙のかなたへととんでいきそうな思考を慌てて現実に戻した。
「あ、えと、まって、新崎くん、さっきの、なに?」
「さっきの、とは」
「なんか、めちゃくちゃ好き好き言ってたけれど」
「はい、めちゃくちゃ好きですよ」
あっけらかんと新崎はそう言い放った。慌てるのは千尋のほうだ。
「な、なんで」
「なんでって俺が知りたいくらい好きです。千尋さんが好きなんです」
「だから、その、どうして」
「それがよくわからなくて、ただ、俺は千尋さんが好きでしかたがないので、俺のこと、千尋さんに好きになってもらいたいです、できれば」
「新崎くん」
「で、それで、できれば、俺のこと好きになってもらって、ふたりで、仲良く生きていけたらって思います。こうしてたまに顔をあわせる仲じゃなくて、毎日、三百六十五日、二十四時間、ずっと一緒にいたいと思います」
新崎堂々と自分の気持ちを素直にことばにする。そのひとことひとことが千尋の胸に刺さる。
「そんなことしたら、死んじゃうよ」
「俺じゃいやだからですか?」
「そうじゃなくて、ぼくの汚いところや嫌なところも見えちゃうよ」
「それなら、もっと嬉しいです」
「へ?」
「俺の知らない千尋さんを、俺に見せてください」
「な、なにを言ってるのかわかってるの?」
「わかっています。いま、俺は千尋さんに大好きだよって言っているんです」
「新崎くん!」
「でも、無理に返事はしなくていいですよ。俺、千尋さんが大好きなので、千尋さんが返答に悩むくらいだったら、宙ぶらりんのままでも、平気です。千尋さんがいちばん幸せで楽しそうなのが一番なので、俺のことでなやんでほしくないので。でも」
と、すこしさびしげな顔を新崎はした。
「俺のこと、嫌いにならないでくださいね。嫌われたら、悲しいです」
「まさか!」
千尋は慌てて大声をだした。それから、さらに慌てて声をひそめる。
「避けていたのは避けていたけれど、それは、きみが悪いんじゃなくて、さっきもいったけれど、ぼくが、うまくきみと仲良くできるか心配っていうか、ぼくがぼくの悪いところや嫌なところをみせたくなくて、それでっ」
「はい、千尋さんは優しいです。でも、見せてください」
一歩、新崎が距離を詰めた。
「だめですか?」
また一歩、近づいてくる。このままでは触れられる距離に――逃げるならいまのうちだ。
ああ、ダッシュでこの場を走り去ってしまいたい。でなければ、きっと戻れない。そんな気がする。なのに、新崎の顔を見て、千尋はうごけなくなった。本当なら、いまここで、立ち去らなくてはならないのに。
「……だめ、じゃないけど」
「本当ですか?」
「きみとぼく、すごく離れている気がするんだ」
「ええ、ですよね。手を伸ばしても届かないです」
「きみも、伸ばしてくれるの?」
「……え?」
「新崎くんが頑張って手を伸ばしてくれるなら、ぼくも」
そういって、千尋はそっと右手をだした。新崎は少し驚いて、でも嬉しそうに、彼も右手を千尋の手にむかって差し出した。
指先が触れる。相手の体温を感じて、より高鳴る心臓の音。それまでシンクロしてきそうだった。
「俺、浮かれてもいいですよね」
そう言って、新崎は千尋の手をとった。ふたりの手が結ばれた。にぎりしめられた右手から、新崎の鼓動が伝わる。千尋と同じくらい高鳴っていた。
「お願いします。千尋さん、逃げないで」
「新崎くん……」
「逃げても、追いかけさせてください」
「うん」
「地の果てまで追いかけます」
新崎が千尋をじっと見つめていった。どこまでも――追いかけくる。嬉しいのに、つい、その気持ちを隠すように千尋は言った。
「それは……その、重い」
「すみません、体重さいきん増えてしまいました」
「いや、そっちじゃなくて」
新崎の勘違いに千尋は、ふっと笑った。新崎はおどけるように力こぶをつくる動作をしながら宣言した。
「でも、また、運動してもとの体重にもどってみせます」
それが面白くて、千尋は微笑んだ。こうして和ませてくれて、新崎とはずっとそばにいたくなる。
「そうだね、じゃあ、ちょっと歩こうか」
「手、放したくないです」
と、いわれて、千尋は、はっとした。新崎に夢中で忘れていたが、ここは街中。だいの大人がふたり、手をとりあっているという不思議な図に違いない。
「に、新崎くん、だめだ、外でお手々をつないでいては、変なひとに見られてしまう」
「でも、お手々、はなしたくないです」
「お手々と心、どっちを手放しますか?」
「どっちも! むり!」
「どっちかしか得られないとしたら?」
「どっちもです! どっちも!」
「ぼくなら、手をあきらめて……」
すっと千尋は手を引いた。慌てて追い縋ろうとする新崎の手をやさしくさける。
「心でそばにいるから。いまはこれじゃだめ?」
そういって、新崎をみあげて、千尋は彼に訴えた。新崎はくちもとを押さえて、肩をふるわせた。ぎゅっと新崎が唇を噛んだ。彼が何もいわなくなったので、千尋は不安に思って彼に声をかけた。すると、新崎はこたえた。
「すみません、いま、耐えています」
「え、何に?」
「千尋さんに。本当に、絶対に、俺は、あなたが好きなので、耐えてみせます」
よくわからないが、千尋はとりあえず応援しておくことにした。
「が、がんばれ」
「がんばります。で、その、お手々は今日は、今日はですよ、今日はあきらめますので、今日は隣を歩いても?」
「もちろん、これから、ずっと一緒に歩こう」
「千尋さん!」
ぱっと新崎が笑顔になった。
「でも、そのお外でお手々つなぐのは恥ずかしいから、また今度で」
「はい、もちろんです」
それでいいと、新崎は微笑み、千尋もつられるように笑った。
