憧れは僕の気持ちをまだ知らない
枕投げも恋バナ――ではなく好きなバナナの話も楽しかった。そう、楽しかったのだ。
お互いに好きなタイプの話をしようという恋バナを開始したのだが、途中からなぜか好きなバナナの食べ方の話にすり替わってしまった。だがこれがとても楽しかった。
お祭りで食べたチョコバナナの話、テスト前日追い込みの勉強の最中おやつに食べたまるごとバナナが入ったお菓子の話、遠足でバナナを持って行くべきか悩んだ話も、新崎のするバナナの話に千尋は夜中なのに小腹が空いてしまった。
「明日は、バナナ買ってこようかな」
「いいですね。そしたら、俺、ホットケーキミックス買ってきます」
生地にカットしたバナナを入れて焼くと美味しいのだそう。これは試してみなくてはという気になった。
「明日一緒につくろうね」
そんな約束をしてしまった。けれど、仕事から帰ってきて夜、だ。あきらかにホットケーキを食べていい時間帯じゃない。けれど、いい年こいて枕投げをし、恋バナならぬ恋バナナを語りあった仲だ。一緒に悪いことをするのもいい。夜にホットケーキを焼こう。
楽しみで胸がふくらむとはこういうことなのかもしれない。出勤すれば、
「やっぱり千尋さん、いいことありましたよね」
花荻に今日も指摘された。
「ただいま……あれ、新崎くんは?」
てっきり、もう戻ってきていると思っていたが、家には守谷だけがいた。
「あいつバイト〜」
「ああ、えっと量販店で仕事してるんだったね。こんな遅くまで?」
「今日は遅番らしい。昼間は撮影があったみたいだし」
「撮影?」
「知らないのか」と守谷は急にニヤニヤしはじめた。
「なんだよ」
「いーや。にーざきのやつ、モデルの仕事を見つけてきて、頑張ってるんだよ」
「モデル!? ……ああ、確かに」
「なにが確かに、だ?」
「別に」
確かに、と言ってしまったのは、世に出ない方がもったいないくらい新崎がかっこいいからだ。ルックス抜群の彼なら、という思いは千尋のなかにもある。
「養成所に通いながら、バイトもして、守谷にも付き合って、すごいな彼は」
「確かに、俺に付き合ってくれているんだから相当だよな」
「守谷、自分でそれを言うのか」
「新崎、きっと化けるよ、絶対」
「そうだね」
そう思うと、いまこうして、じゃれあうようにしている時間というのは貴重なものなのだと千尋は思った。今は千尋先生となついてくれているが、いつかきっと幻滅する。ただの一般人の好きが高じて脚本を書いているだけだったのだと。そして、いつかきっと手の届くことができないくらいの場所に、彼はいってしまうんじゃないか。
「どうした千尋?」
急に黙り込んでしまった千尋に守谷が尋ねる。
「いいや、なんでも」
「それから、いいニュースだ」
「え? なに?」
「俺ん家の屋根、治る目途がたった! ってことで、そろそろ、修学旅行から千尋も解放されるわけだ」
「え」
「新崎ともども、お世話になりました」
ぺこりと頭をさげる守谷に千尋はあわてて微笑んだ。
「それじゃ、よかったね」
千尋はそう言ったが、内心を渦巻いている感情はそれとは真逆のものだった。どうして、とさえ思う。いままで騒がしかったから、急にいなくなるとさみしく思うものなのだろうか。
「千尋」
守谷がニヤリと笑いながら言った。
「もしお前さえよければ、また修学旅行し続けてもいいんだぞ」
「いや、別に。もともと一人が好きなんだ。みんなでわいわいするのも楽しかったけれど」
「静けさをとりもどしたい?」
「……守谷」
千尋は守谷をにらんだ。するとけらけらと守谷が笑い出す。そんな守谷に千尋は少しむっとした。すると玄関から新崎の声が聞こえて来た。
「すみません、遅くなりました、ごめんなさい、こんな遅くにお邪魔します。千尋せ……千尋さん! その、ちょっと残業してしまって」
「ああ、うん。いや別に」
「これからになりますけれど、つくりますか? バナナでホットケーキ!」
守谷が楽し気に笑った。食べる気まんまんだ。
「ギルティな夜になりそうだな」
「そうだね、やるなら、明日の朝のことも考えて、手早く済ましてしまおう」
こんな夜なのだから延期しても、と思った千尋だったが、彼らがやる気なら、しかたない、付きあうかという気分になってきた。
「はい、俺、高速で焼き入れます。さっそく、バナナ切って……あ、その前に手を洗ってきます」
男三人で夜にホットケーキを食べる。ものすごい絵ずらだ。想像してみて千尋は笑った。なんでこんなバカみたいなこと、やっているんだろう。でも、不思議とそれがすごく楽しいのだが。
がさごそと台所に向かった新崎を追って千尋も臨戦態勢をとる。ボウルに材料を混ぜて、そのなかにカットしたバナナを入れて焼くだけ、簡単といえば簡単なのだが。
「新崎くん、卵、入れ忘れてる」
粉を入れたボウルに牛乳だけいれて混ぜている新崎に千尋は声をかけた。千尋は冷蔵庫から卵をひとつとると、割ってボウルのなかに投下する。肩が触れる。ふと見上げれば「すみません」と仔犬がぺこりと小さくお辞儀をする。
大きい。
そういえば、千尋より新崎はひとまわり大きくて、こうして近くに並んでいると、すっぽりおさまってしまうような、変な感じだ。
「千尋さん?」
新崎がとつぜん、千尋の顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「え?」
「なんか、顔、赤くないですか?」
「あ、いや」
「毎日、お仕事お疲れ様です。その、お疲れだと思うので、あとは俺ひとりでやります。千尋さん、ゆっくりやすまれていてください。すぐ焼き上げますので」
「いや、でも」
「大丈夫です。俺、なんとかやりとげてみせます」
壮大なプロジェクトに挑むような目つきに千尋は吹き出した。
「そこまで必死にならなくても」
「なりますよ。千尋さんのお口にいれるものを作っているので」
「それじゃあ、ぼくも一緒につくったほうがいいな。そのほうが楽しい」
「そうですか、それじゃあ、お付きあいお願いします」
お互いに好きなタイプの話をしようという恋バナを開始したのだが、途中からなぜか好きなバナナの食べ方の話にすり替わってしまった。だがこれがとても楽しかった。
お祭りで食べたチョコバナナの話、テスト前日追い込みの勉強の最中おやつに食べたまるごとバナナが入ったお菓子の話、遠足でバナナを持って行くべきか悩んだ話も、新崎のするバナナの話に千尋は夜中なのに小腹が空いてしまった。
「明日は、バナナ買ってこようかな」
「いいですね。そしたら、俺、ホットケーキミックス買ってきます」
生地にカットしたバナナを入れて焼くと美味しいのだそう。これは試してみなくてはという気になった。
「明日一緒につくろうね」
そんな約束をしてしまった。けれど、仕事から帰ってきて夜、だ。あきらかにホットケーキを食べていい時間帯じゃない。けれど、いい年こいて枕投げをし、恋バナならぬ恋バナナを語りあった仲だ。一緒に悪いことをするのもいい。夜にホットケーキを焼こう。
楽しみで胸がふくらむとはこういうことなのかもしれない。出勤すれば、
「やっぱり千尋さん、いいことありましたよね」
花荻に今日も指摘された。
「ただいま……あれ、新崎くんは?」
てっきり、もう戻ってきていると思っていたが、家には守谷だけがいた。
「あいつバイト〜」
「ああ、えっと量販店で仕事してるんだったね。こんな遅くまで?」
「今日は遅番らしい。昼間は撮影があったみたいだし」
「撮影?」
「知らないのか」と守谷は急にニヤニヤしはじめた。
「なんだよ」
「いーや。にーざきのやつ、モデルの仕事を見つけてきて、頑張ってるんだよ」
「モデル!? ……ああ、確かに」
「なにが確かに、だ?」
「別に」
確かに、と言ってしまったのは、世に出ない方がもったいないくらい新崎がかっこいいからだ。ルックス抜群の彼なら、という思いは千尋のなかにもある。
「養成所に通いながら、バイトもして、守谷にも付き合って、すごいな彼は」
「確かに、俺に付き合ってくれているんだから相当だよな」
「守谷、自分でそれを言うのか」
「新崎、きっと化けるよ、絶対」
「そうだね」
そう思うと、いまこうして、じゃれあうようにしている時間というのは貴重なものなのだと千尋は思った。今は千尋先生となついてくれているが、いつかきっと幻滅する。ただの一般人の好きが高じて脚本を書いているだけだったのだと。そして、いつかきっと手の届くことができないくらいの場所に、彼はいってしまうんじゃないか。
「どうした千尋?」
急に黙り込んでしまった千尋に守谷が尋ねる。
「いいや、なんでも」
「それから、いいニュースだ」
「え? なに?」
「俺ん家の屋根、治る目途がたった! ってことで、そろそろ、修学旅行から千尋も解放されるわけだ」
「え」
「新崎ともども、お世話になりました」
ぺこりと頭をさげる守谷に千尋はあわてて微笑んだ。
「それじゃ、よかったね」
千尋はそう言ったが、内心を渦巻いている感情はそれとは真逆のものだった。どうして、とさえ思う。いままで騒がしかったから、急にいなくなるとさみしく思うものなのだろうか。
「千尋」
守谷がニヤリと笑いながら言った。
「もしお前さえよければ、また修学旅行し続けてもいいんだぞ」
「いや、別に。もともと一人が好きなんだ。みんなでわいわいするのも楽しかったけれど」
「静けさをとりもどしたい?」
「……守谷」
千尋は守谷をにらんだ。するとけらけらと守谷が笑い出す。そんな守谷に千尋は少しむっとした。すると玄関から新崎の声が聞こえて来た。
「すみません、遅くなりました、ごめんなさい、こんな遅くにお邪魔します。千尋せ……千尋さん! その、ちょっと残業してしまって」
「ああ、うん。いや別に」
「これからになりますけれど、つくりますか? バナナでホットケーキ!」
守谷が楽し気に笑った。食べる気まんまんだ。
「ギルティな夜になりそうだな」
「そうだね、やるなら、明日の朝のことも考えて、手早く済ましてしまおう」
こんな夜なのだから延期しても、と思った千尋だったが、彼らがやる気なら、しかたない、付きあうかという気分になってきた。
「はい、俺、高速で焼き入れます。さっそく、バナナ切って……あ、その前に手を洗ってきます」
男三人で夜にホットケーキを食べる。ものすごい絵ずらだ。想像してみて千尋は笑った。なんでこんなバカみたいなこと、やっているんだろう。でも、不思議とそれがすごく楽しいのだが。
がさごそと台所に向かった新崎を追って千尋も臨戦態勢をとる。ボウルに材料を混ぜて、そのなかにカットしたバナナを入れて焼くだけ、簡単といえば簡単なのだが。
「新崎くん、卵、入れ忘れてる」
粉を入れたボウルに牛乳だけいれて混ぜている新崎に千尋は声をかけた。千尋は冷蔵庫から卵をひとつとると、割ってボウルのなかに投下する。肩が触れる。ふと見上げれば「すみません」と仔犬がぺこりと小さくお辞儀をする。
大きい。
そういえば、千尋より新崎はひとまわり大きくて、こうして近くに並んでいると、すっぽりおさまってしまうような、変な感じだ。
「千尋さん?」
新崎がとつぜん、千尋の顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「え?」
「なんか、顔、赤くないですか?」
「あ、いや」
「毎日、お仕事お疲れ様です。その、お疲れだと思うので、あとは俺ひとりでやります。千尋さん、ゆっくりやすまれていてください。すぐ焼き上げますので」
「いや、でも」
「大丈夫です。俺、なんとかやりとげてみせます」
壮大なプロジェクトに挑むような目つきに千尋は吹き出した。
「そこまで必死にならなくても」
「なりますよ。千尋さんのお口にいれるものを作っているので」
「それじゃあ、ぼくも一緒につくったほうがいいな。そのほうが楽しい」
「そうですか、それじゃあ、お付きあいお願いします」
