憧れは僕の気持ちをまだ知らない
「ちちちち、千尋 先生ぃいいいい!」
ひひーんと青年が鳴いた。馬か。お前は馬なのか。ひんひんと鳴きながら、全力で頭を下げた――かと思えば、その頭はふたたびもとの位置に持ち上がり、そしてまた、地面に額がつく勢いで下がる。何度もぺこぺこと頭を下げている新崎 迅人 と名乗ったこの青年に、千尋は半歩後ろに下がった。
ただ数日間だけ、泊めてあげる、という約束をした途端に、壊れてしまったのは何故か。わけがわからずに、戸惑う千尋崇彦 に、守谷 勝世 はケラケラと軽やかに笑うのだった。
「あいかわらず、新崎は面白いやつだな!」
守谷がけらけらと笑った。千尋はため息をつく。
「面白いというレベルを超えて、自動腰折り機になってるんだが?」
「そりゃ、千尋、新崎にとって憧れのひとはお前なんだぞ。お前に泊めてもらえるんだから、そりゃ、な?」
憧れ――か。千尋は小さくつぶやいた。
この新崎は、千尋に憧れてわざわざこの場所までやってきたのだ。千尋の書く脚本の物語を演じたい、ただそれだけで。けれど、千尋に対する新崎の言動はいつも不審者じみていて、千尋からみると危なっかしい人物にしかうつらない。彼には、まっすぐな性格や頑張り屋さんなところなど、いいところはたくさんあるはずなのだが、どうも、千尋といると挙動不審になってしまうことのほうが多い気がする。
「千尋せんせぇのぉおお、執筆の邪魔だけはぁ、いたしませぬからぁ」
平伏、平伏。そんな新崎に千尋は苦笑しながら、彼の行動をとめようとした。
「いや、うん、わかったから、顔をあげて! 頭をとめて! もうそれ以上、ぺこぺこされても、ぼく、どうしたらいいかわからないからね?」
「はいいいい、恐れいります」
あわあわと新崎の頭が止まった。それにほっと胸をなでおろす千尋。一体、この変質者まがいの青年を自室にいれて大丈夫なのだろうか。守谷がいるにせよ、らしくない選択をしてしまったとしかいいようがない。
「遅くなるまえに、移動しようか」
千尋は、さっと、彼に背中をむけた。ええい、もう、どうにでもなれ。さっきまでは、まだ普通の、いつもどおりの日常だったのに――。一瞬でこわれてしまった、いつもどおりの欠片を未練がましく拾い集めたくなる衝動をおさえて、この行き場のない、犬っころ二匹のことを考える。
自分でホテルでも借りろ!といいたいところだったのだが、思わず、うんと首を縦にふってしまった自分を恨みたい。ああ、どうして、こんなことになってしまったのだろう――。
ビニール傘のなかの自身の身体をぎゅっと抱きしめた。
ひひーんと青年が鳴いた。馬か。お前は馬なのか。ひんひんと鳴きながら、全力で頭を下げた――かと思えば、その頭はふたたびもとの位置に持ち上がり、そしてまた、地面に額がつく勢いで下がる。何度もぺこぺこと頭を下げている
ただ数日間だけ、泊めてあげる、という約束をした途端に、壊れてしまったのは何故か。わけがわからずに、戸惑う千尋
「あいかわらず、新崎は面白いやつだな!」
守谷がけらけらと笑った。千尋はため息をつく。
「面白いというレベルを超えて、自動腰折り機になってるんだが?」
「そりゃ、千尋、新崎にとって憧れのひとはお前なんだぞ。お前に泊めてもらえるんだから、そりゃ、な?」
憧れ――か。千尋は小さくつぶやいた。
この新崎は、千尋に憧れてわざわざこの場所までやってきたのだ。千尋の書く脚本の物語を演じたい、ただそれだけで。けれど、千尋に対する新崎の言動はいつも不審者じみていて、千尋からみると危なっかしい人物にしかうつらない。彼には、まっすぐな性格や頑張り屋さんなところなど、いいところはたくさんあるはずなのだが、どうも、千尋といると挙動不審になってしまうことのほうが多い気がする。
「千尋せんせぇのぉおお、執筆の邪魔だけはぁ、いたしませぬからぁ」
平伏、平伏。そんな新崎に千尋は苦笑しながら、彼の行動をとめようとした。
「いや、うん、わかったから、顔をあげて! 頭をとめて! もうそれ以上、ぺこぺこされても、ぼく、どうしたらいいかわからないからね?」
「はいいいい、恐れいります」
あわあわと新崎の頭が止まった。それにほっと胸をなでおろす千尋。一体、この変質者まがいの青年を自室にいれて大丈夫なのだろうか。守谷がいるにせよ、らしくない選択をしてしまったとしかいいようがない。
「遅くなるまえに、移動しようか」
千尋は、さっと、彼に背中をむけた。ええい、もう、どうにでもなれ。さっきまでは、まだ普通の、いつもどおりの日常だったのに――。一瞬でこわれてしまった、いつもどおりの欠片を未練がましく拾い集めたくなる衝動をおさえて、この行き場のない、犬っころ二匹のことを考える。
自分でホテルでも借りろ!といいたいところだったのだが、思わず、うんと首を縦にふってしまった自分を恨みたい。ああ、どうして、こんなことになってしまったのだろう――。
ビニール傘のなかの自身の身体をぎゅっと抱きしめた。
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