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第2話 芽【せんのう】

 エジプトで怪しい男性に出会ったと思ったら、いつの間にか日本に戻ってきていて、何故か軽度の火傷とすり傷がそこかしこにある。
 そんなよくわからない奇妙な状況とぶつ切れな記憶に、弥子は混乱しながらホリィという女性の手当てを受けていた。

(………何がどうなってこんなことに…)

 戦ってたことはなんとなく覚えている。スタンドのことも。しかし、弥子には自分がどうして人を殺そうなんて思考に陥ったのか、さっぱり分からなかった。

「大丈夫? やっぱり痛む?」
「え? ああ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 心配そうに顔をのぞき込む年上のきれいな女性に、思わず身を引いてしまう。気を悪くさせてしまったかな、と不安になるが、よかった、と笑顔で返されてほっとした。
 見ず知らずの他人に丁寧に手当てをしてくれる彼女は優しい人だ。
 弥子は知らず知らずのうちに入れていた肩の力を抜いた。

「承太郎のお友だち? だめよ、女の子が危ないことしちゃあ」
「い、いえ、私は…」
「はっ、もしかして…承太郎の恋人だったり? もう~承太郎ったらママに教えてくれてもいいのに~」

 きゃあきゃあとはしゃぐ少女のような女性に、ちがいますちがいますと慌てて弁解する。
 初対面の相手と恋仲を疑われたとあっては、自分を助けてくれた承太郎という人がかわいそうだ。

「馬鹿言ってんじゃねえぞ、アマ」
「あっ、承太郎。もう、女の子がいる部屋に断りもなく入るんじゃありません」
「もう手当ては終わってるんだろう。おい、今日は泊まっていけ。アマ、着替え貸してやれ」
「あら、あらあら? 女の子を家に泊めるってことは…承太郎、やっぱり?」

 ニマァ~っと父親そっくりのにやけ顔を浮かべたホリィに、彼女の息子は溜息をついた。
 そして身をかがめて母親に顔を近づける承太郎を見て、弥子はふと懐かしさをおぼえた。
 身長差がありすぎると相手の声が聞こえづらくなるため、話をするときはネウロもよく顔を近づけてきたものだ。ネウロの場合、身をかがめる以外に頭を鷲掴みにするという方法を取ることもあるし、「背が低い奴隷を持つと苦労する」などの言葉責めをすることもあるため、気遣われていると感じたことは一度もなかったが。

「ちがう。花京院も泊めることになった。食材が足りなければ買いに行くが」
「そうね、じゃあお願いしようかしら」

 若い子はたくさん食べるものね~、と言って救急箱を片付けるホリィに、弥子はおずおずと声をかける。

「あの、何か私に手伝えることは…」
「いい、オメーは休んでな」

 手持ち無沙汰になり、何かできることはないかと申し出てみたものの、すげなく返された。

(そりゃそうか。敵だったんだもんね、私)

 そう簡単に信用してはもらえないか…と肩を落としていると、承太郎がそれより…と続ける。

「ジジイがオメーに聞きたいことがあるそうだ。ついてこい」


▼▲▼▲▼


「ふむ。ということは、やはり操られていたときの記憶はほぼないと?」
「はい…。日本に着いた辺りからの記憶くらいしかなくて…」
「無理に思い出そうとしなくていい。奴の能力によるものなのだからな」

 先ほどとは違う部屋で、ジョセフとアヴドゥルに事情を聞かれた弥子は、DIOと接触したときのことや肉の芽を植え付けられた後のことについて話している。
 と言っても、正気を失っていたときのことはほとんど憶えてないため、あまり話せることはない。

「次は、君のスタンドについて聞かせてほしいのだが」
「はい」

 スタンドを隣に出して、弥子は自身のスタンドについて話し始めた。

「私のスタンドの名前は、『イルミネイト・スルー・ロンリネス』。色々な武器を生成したり、サブスタンドを生み出したりして戦います。本体の私が食べた物によって、強さが変わります」

 魔人状態のネウロに姿が似ている、弥子のスタンド。
 それは魔界777ツ能力を再現したような武器や生き物を出して戦うことができる能力を持っていた。
 他のスタンド使いはタロットカードで名前を決めるそうだが、弥子は好きな曲のタイトルから借りた。アヤ・エイジアの事件で謎を解いたときに、彼女がスタジオで歌っていた曲だ。
 DIOに操られていた弥子が、なぜ彼女の曲をスタンド名に借りたのかは不明である。ただ、そうすることで心のどこかで安心していたのは事実だ。
 ネウロに似たスタンドとアヤから借りた名前。頼りになる二人から勝手に勇気をもらいたかったのではないかと、操られていたときの自分を弥子はそう推測した。

「食べたものによって、というのは?」
「例えば、希少な食材や腕の良い料理人が作った料理を食べると、すっごく強くなるんですけど、スーパーで値引きされた商品や下手な人が作った料理を食べるとすっごい弱くなる、みたいな感じです」
「本体の食事によって影響が出るスタンドか…初めて見るパターンだな」
「そうなのか? アヴドゥル」
「ええ。かなり珍しいですよ」

(とはいえ、スタンドは本体の性格や性質を現すもの。彼女は食に関して、何かこだわりでもあるのだろうか)



 ありました。

「おいし~い!」

 作った本人がアメリカ育ちだからか、父やその友人に配慮したものだからか、空条家の食卓に並んだものは様々な国の家庭料理だった。
 鶏肉とオクラを煮込んだガンボに羊肉を使ったシェパーズ・パイ、“ミラノ風カツレツ”とも呼ばれるフェッティーナ・パナータなどなど。他にもサラダやコロッケにみそ汁など、日本人にもなじみ深い料理が並んでいる。
 そんなカオスとも言える料理に囲まれ、幸せそうに頬張る女子高生が一人。
 小麦色のほっぺをこれでもかと膨らませて、大量の料理をもっきゅもっきゅと平らげていく

「よく食べるわね~弥子ちゃん」
「だってこんなおいしい料理久しぶりに食べたんですよ~! それに最近はホテルを渡り歩いてたから、ちょっと家庭料理に餓えてて…」
「気に入ってもらえてうれしいわ~。じゃんじゃんおかわりしていいんだからね」
「ありがとうございます! いただきます!」

 彼女の前にあった料理が次々と彼女の胃袋に収まっていく。その様まさにブラックホールに飲み込まれるがごとく。彼女の細い体のどこにそんな量が入っているのだろうか。

「このフェッティーナ・パナータ、オリーブオイルとレモンのハーモニーがたまらない! ポルペッテもハーブがきいてて、すごいおいしい! サラダのドレッシングもおいしい! これひょっとして手作りですか?」
「ええ、そうよ。気づいてもらえてうれしいわ~」
「このガンボもスパイシーでおいしい…。お味噌汁も出汁がきいてておいしい…。もうどれもおいしい!」

 満面の笑みで食レポをする弥子と、それをにこにこと聞いているホリィ。あっけにとられる男性陣。
 食卓だけではなく、場の雰囲気もカオスになっていた。

「なるほど。彼女のスタンド能力は、彼女の食に対するこだわりによるものなのだな」
「オメー、そんなに食って腹壊さねーのか」
「はっ! ご、ごめん空条くん。よそのうちでこんなに食べちゃって」
「別に気にしねーが…。あと、下の名前でいい」
「? 承太郎くん?」
「呼び捨てでも構わねーんだが、まあいい」

 そう言って、黙々と食事を進める承太郎と、

「ねえねえ、パパ。やっぱりそうよね」
「そうじゃなあ、ホリィ。お前の予想通りかもしれんなあ」

 どこかニヤニヤしたジョセフとうきうきした様子のホリィ。

「おい、何こそこそ話してやがる」
「何でもないぞ? 承太郎」
「そうよ。ささ、若いんだからもっと食べなさい」

 そう言ってさらに料理を勧めるホリィと、それをうれしそうに受け取る弥子。
 それを見てどこか遠慮がちだった花京院も積極的に箸を運び始めた。

「でも彼女の言うとおり、どの料理もとてもおいしいです。僕シェパーズ・パイって初めて食べました」
「あらそうなの? 花京院くんもたくさん食べていいんだからね」

 いただきます、と物腰柔らかに答える花京院と、もっきゅもっきゅと食事を続ける弥子。いつになく賑やかな食卓に、承太郎はやれやれだぜ、と呟いた。
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