このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第23話 時【せかい】

 パチ…パチ…と火花が飛び散る音が小さくなり、辺りには焦げ臭いにおいが漂う。
 DIOの館前で一人佇む承太郎は、DIOの私物を燃やしていた。
 古英語で書かれた暗号だらけの日記になにやら不穏な空気を感じて、DIOの信者が読む前にライターで火を点けたのだ。
 タバコを吸う気にもなれず、一冊の手記が燃えて灰になるのを、じっと待つ。
 やがて紙が完全に炭と化したのを確認したとき、承太郎は背後から声をかけられた。

「承太郎、こんなところにおったか」

 祖父のジョセフだ。
 DIOに血を抜かれて、一時はどうなることかと思ったが、今ではピンピンしている。
 振り返ると、祖父の後ろからポルナレフもついてきていた。

「病院から知らせがあった。意識が戻ったらしい」

 ポルナレフの言葉を聞いた承太郎は、目を見開いて、やがて安心したように息をはいた。

「早く行ってやろうぜ」

 嬉しそうに笑うポルナレフは待ちきれないようで、それだけ告げると先に行ってしまう。
 自分をかばって大怪我をしたアヴドゥルが心配なのだろう。
 ジョセフもそれに続く。
 病院へと歩いていく二人の背を追う承太郎は、一度振り返り、最後にDIOの野望の残骸であったものを踏みつけた。
 これで終わりだ、とでも言うかのように。


▼▲▼▲▼


「ひでー傷だったからな。一ヶ月は絶対安静か」

 カイロの空港にて、ロビーで溜息をついたのはポルナレフだ。

「ともあれ、全員命が助かって何よりじゃ」

 ジョセフの言葉に、承太郎は微かに笑った。
 厳しい戦いだった。どこかで何かが掛け違えば、旅をした仲間の誰かが、あるいは全員が命を落としていただろう。
 本当によかった、と言葉にはしないが、承太郎は心から思った。

「すまんな、ポルナレフ。わしらはホリィのところに戻らなくてはならない」
「いいさ。早いとこ帰って安心させてやりな。あいつらのことは任せてくれ。俺が面倒見とくからよ」

 花京院、アヴドゥル、イギー、そして弥子の四人は病院に入院中だ。
 一度日本へと帰国するジョセフと承太郎を見送るため、ポルナレフは空港まで同行したのだ。

「退院時には必ず戻ってくる」
「任せたぜ」

 二人から仲間を任されたポルナレフは、軽く手を上げて見送った。



▼▲▼▲▼



「本当によかったんですか。ミスター・ジョースターたちに告げなくて」

 病院の一室で、SPW財団所属の医師からの言葉に、弥子は頷いた。

「はい。承太郎くんもジョースターさんも、早くホリィさんに会いたいだろうし」
「しかし桂木さん。あなたの体は…」
「いいんです。…だいじょうぶ、ちゃんと自分の口から言います」

 麻酔が切れて、少し痛みが残る腹部を、弥子の手が撫でる。
 諦めるように、泣きたい自分をなだめるように。

「…申し訳ありません。もう少し我々の到着が早ければ…」
「謝らないでください。スタンド使い同士の戦いの中でも駆けつけてくれたんですから、むしろ感謝したりないくらいですよ」

 病院着の内側、手術痕が残るのは下腹部。
 女性でいう、子宮があるあたりだ。

「みんな、命が助かった。それだけでも奇跡なんですよ。…地元の人たちやSPW財団の皆さんを巻き込んでしまったけど」
「それは…! 我々は皆のぞんであなた方に協力していたんですから…!」
「ありがとう。でも、たくさんの人を巻き込んでおいて、私たちだけ無傷で済むなんて、虫のいい話でしょう?……アヴドゥルさんは頭を撃たれて死にかけたし、花京院くんは失明しかけた。イギーだって前足を失った。承太郎くんもジョースターさんもポルナレフさんも、たくさんの怪我を負った。…私だけなんの代償もないなんて、思ってませんよ」

 そんなことを言わせたかったわけではないのに。
 医師の男は、少女と大人の狭間を行きかう年頃の女性が、化け物を倒すために失った未来を想って後悔した。
 もう少し、早く着いていれば、と。

「それにほら。胃は無事だったんだし! これで食べる楽しみまでなくなってたらさすがに絶望してたかもですけど…」

 なおも明るく振る舞う弥子に、医師はこれ以上彼女に気を遣わせてはいけないと思い、痛み止めを処方して退室した。
 最後まで謝り続ける医師に、あなたが悪いわけじゃない、という言葉が口から出そうになるのを、弥子は我慢した。
 あまりの罪悪感に苛まれるとき、人は時に糾弾の声を望む。なのに呵責してほしい相手から赦しの言葉を掛けられたら、さらなる罪悪感で身動きが取れなくなる。
 そんな人を何人も見てきた。
 人を殺したことに耐えられなくて、罪を告白してきた犯人がいた。彼らは、罰を望んでいた。
 そんなことが何度かあって、どんな風に犯人と接したらいいか、わからなくなったことがある。
 そしてその悩みを、とある歌姫に相談したことがある。


 ――分かるわ。私もそうだもの。
 ――友人を殺したあとのお葬式でね、友人の家族は私に感謝の言葉を述べたの。仲良くしてくれてありがとう、って。
 ――……殺したのは、私なのにね。


 そのとき初めて、弥子はアヤの苦悩に気づいた。
 彼女もまた、断罪を望む罪人の一人だった。だから弥子とネウロの探偵事務所に立ち寄ったのだ。

 彼女の罪悪感を取り除くことは、探偵にはできない。その資格はない。探偵は、謎を解き明かすためにあるのだから。
 そのことに気づいて、悩みに悩んだあげく、弥子はそういう人には自然体で接することに決めた。
 責める言葉はかけない。けれど許しもしない。ただ、ネウロと共に罪を突きつける。
 犯人を罵るのは、あるいは許すという選択をとるのは、遺族にのみ与えられた権利だから。


(………。ネウロに会いたいな…)

 家には連絡済みだ。
 両親には、事故で頭を撃って記憶喪失状態になり、最近記憶を取り戻した、という風にSPW財団の医師から説明がされている。近々面会に来てくれる予定だ。
 けれど弥子は、両親よりも、共に旅をした仲間よりも、ただひたすらネウロに会いたかった。

(ねえ、ネウロ。私、がんばったよね…?)

 罵倒と拷問と魔界ふるさとの思い出話、そしてときどき、思い出したように出てくる褒め言葉。
 それらが懐かしくて、なんとなくスタンドを浮かび上がらせる。
 ネウロによく似た彼女のスタンドは、相変わらず何を考えているのかよく分からない顔で、目玉をギョロつかせていた。

「ま、いつか会えるか」

 気楽にいこう、と、弥子は窓の景色を眺める。
 だって、世界は謎に満ちている。






 きっと会える。いつか会える。
 謎があるところに、あいつはやってくる。
 なら、探偵をしていれば、どこかでばったり会うはずだ。
 あいつなら、私を見つけてくれるだろう。
 瞬く星々の数だけ、道標があるのだから。
5/6ページ
スキ