第♯♯♯話 幕間【にちじょう】
「………。……コ。……ヤコ」
「う~ん」
「早く起きろ。この寝ぼけ地蔵」
「へぶうっ!?」
バチイィッン、と頬を叩かれて目が覚める。ソファから床に転がってしまい、くらくらする頭を押さえて、弥子はどうにか起き上がった。
「なにするのネウロ…。今せっかく食べ始めるところだったのに…」
「貴様は食べることしか考えられんのか」
「ネウロだって似たようなものじゃん……ってあれ?」
なんとなく違和感を覚えて首を傾げる。たしか自分は、砂漠で旅をしていなかっただろうか。
「何をぼんやりしている。まさか貴様、頭を打ったのか? おお、チンパンジーよりも劣る知能しか持たなかった貴様が、さらに低レベルの知能となるとは。やはり貴様が人の世で生きるのには、無理があったのやもしれん……」
「元々人間だわ! 私は!」
「復活したか。では行くぞ。謎の気配だ」
「え、ちょっと待ってよ、ネウロ!」
いつも通り、頭を鷲掴みされたまま、ネウロの謎解き食事に連れて行かれる。
でもなんでだろ。この感触が、なんだかとても懐かしい気がする……。
なんて、気のせいだよね。
▼▲▼▲▼
「犯人は……、お前だ!」
指し示した先に、自分が思ってもみなかった人物が、戸惑ったように私を見つめた。でも、この人が犯人なのだろう。
「僭越ながら、先生の推理を、助手である僕が解説させていただきます。まず今回の事件はーーー」
私の推理なんかじゃない。手がかりを見つけたのも、アリバイを崩したのも、証拠を見つけたのも、全部ネウロだ。私は、被害者や容疑者の人たちと話していただけで、何もしていない。
ネウロが解説を進めるにつれて、犯人である女性の顔が凶悪なものになっていく。そして彼女はぶつぶつと何かを呟いて、私たちを睨んだ。
「というわけで、――さん。今回の事件を引き起こせるのは、貴方を置いて他にはーー「だったら何?」………」
ネウロの解説に割り込むようにして、彼女が口を開いた。
「そうだよ、私が犯人だよ。はいはい、私が悪うございましたぁ。警察の人はどうぞ逮捕してくださ~い」
手をぶらぶらさせて、さも反省していませんというような態度に、小さな怒りが湧く。
「な、なんでそんなふうに言えるの? 人が死んでるんだよ?」
「そりゃあ私が殺したし? なに? 文句があんなら言ってみろよ!」
「お、おい、待ちなさい!」
つかつかと彼女が私のほうに近づいてきて、制服の襟をつかまれる。警察が止めようとするが、距離があるため間に合わない。
すると、彼女の手がパンと払いのけられて、青色が私の目の前に広がった。
ネウロの背中だ。
「汚い手で、先生に触らないでいただけますか」
ネウロの顔は見えない。ただ、なんとなくイラついているように感じた。
「なによ! わたしは………、…?…っひ、な、なに?………ぁ」
短い悲鳴を最後に、彼女はその場にへたりこんでしまった。ネウロが彼女の脳内に魔力を流し込んだのだろう。
魔力は人間の目には見えない。魔力を流し込まれた本人でさえ、何をされたか分かっていないだろう。もちろん、私にも。
急におとなしくなった犯人に戸惑いながらも、警察が彼女を確保して、その日の事件は幕を閉じた。
▼▲▼▲▼
「ヤコ、貴様は本当に隙だらけだな。ゾウリムシでも多少俊敏に動けるぞ。いや、愚鈍な貴様に素早さを求めるのは酷な話か…」
「はいはい、お手を煩わせてすみませんでしたー」
軽口を叩きながら、事務所までの道をのんびり歩く。
最初の頃は置いていかれそうになりながら小走りでついていっていたのに、いつの間にか隣の人でなしは、歩幅を合わせるという人間のような芸当を覚えたらしい。
「…ねえ、ネウロ」
「どうした、ワラジムシ」
相も変わらず罵倒を投げかけてくる相手に向けて、私は指を振り下ろした。
「犯人は……、お前だ」
指差されたネウロは、きょとんとした顔を私に向ける。
「なんだ、事件はもう終わっているぞ。それとも…」
「ネウロじゃない」
彼の言葉を遮って、私は繰り返す。
「あなたは、ネウロじゃない」
途端、彼の輪郭が溶けて、ぐにゃりと変化する。
サイともまた違った成り代わりの仕方だ。
「ーーイつ、気ヅいた?」
複数の声が重なったような奇妙な音が、私へと向けられる。
「私をかばったとき。ああいうとき、ネウロなら『汚い手で触るな、と先生はおっしゃっています』って言うもん」
「そんナ、さサいな違イで?」
「そりゃそうだよ。何年あいつの相棒やってきたと思ってんの」
「そうカ…」
一拍おいて、それは私に襲いかかった。
もはやそれはネウロの姿をしていない。どろどろぐちゃぐちゃとした、黄土色の猫みたいなスタンドだ。
ーーそう、これはスタンド攻撃。
だったら私も、スタンドで応戦しなければ。
自覚した途端、私の隣には黄色い鳥のような頭を持ったスタンドが出現していた。
これが私の、今の相棒。
「イルミネイト・スルー・ロンリネス……、城壁の苔イビルサラウンダー!」
目と口のついた植物のような魔界能力もどきを出して、敵の攻撃をいなす。
敵スタンドは後ろに飛び退いてこちらを睨んだ。
「私をここから出して。そうすれば何もしないから」
「出ス? 脱出なンてできルと思ってイるのか?」
「え?」
「こコはお前の心ノ中。オ前の深層心理。私ハお前の記憶ヲ、欲望を、トラウマを、呼び起コすことガできる!」
そして敵は再び、ネウロの姿になった。そしてそのまなざしは、そう、過去に私に向けられた、失望のまなざし。
「っっ!」
あの時の記憶がよみがえる。大切な知り合いを二人続けて亡くして、もう探偵なんてしたくないと、そう叫んだ、あの日。
「……そんなものが、どうしたの?」
深呼吸して、彼に向き合う。
だってもう、ネウロからもらったんだから。
私を信頼するという言葉を。
「私はもう乗り越えた。二人の死を。無力な自分を。私はもう、大切な出会いを取りこぼしたくないの」
再びぐにゃりと、目の前のそれは歪んだ。ぐにゃりぐにゃりと、敵も、世界も歪んで。
周りの風景がパズルのピースのようにばらけて、世界が崩れる。
▼▲▼▲▼
「………!……ろ……………弥子!」
誰かが私を呼んでいる。
「おい、弥子!」
はっとして目が覚める。
パチリと目を開けると、そこには、心配そうな顔をした承太郎くんと花京院くん、そしてジョースターさんがいた。
「あれ…? 私…?」
「よかった。目が覚めたか」
「敵スタンドに襲われたのだ。今、ポルナレフとアヴドゥルが追っている」
承太郎くんが無言で差し出してきたペットボトルに口をつけて、軽く深呼吸する。
「スタンド…。あれ、スタンドだったんだ」
「他人の心の中に入り込むスタンドだそうだ。思い出したくない過去を見せて精神的に追い込んだり、逆に欲望を引き出して現実に戻れなくしたりする。麻薬のようにな」
「桂木。どんな夢を見た。必要であれば、カウンセラーを呼ぶが」
ジョースターさんの気遣いの言葉に首を振って、私は微笑む。
「平気ですよ、ジョースターさん。確かに嫌なものも見せられたけれど、懐かしいやつにも会えたから」
そう。懐かしかった。理不尽な暴力と暴言を受けて、あいつの代わりに探偵役やって、事件を解決したら二人で帰路について……。
欲望。確かに、私はあいつにもう一度会いたいと思っている。でも…。
(あいつに会うには、まだ早い。私がもっと成長して、進化して、どうだ!って言えるくらいになってからじゃないと)
見てろよー!と急にやる気に満ちた弥子を、三人は不思議そうに眺めていたのだった。
「う~ん」
「早く起きろ。この寝ぼけ地蔵」
「へぶうっ!?」
バチイィッン、と頬を叩かれて目が覚める。ソファから床に転がってしまい、くらくらする頭を押さえて、弥子はどうにか起き上がった。
「なにするのネウロ…。今せっかく食べ始めるところだったのに…」
「貴様は食べることしか考えられんのか」
「ネウロだって似たようなものじゃん……ってあれ?」
なんとなく違和感を覚えて首を傾げる。たしか自分は、砂漠で旅をしていなかっただろうか。
「何をぼんやりしている。まさか貴様、頭を打ったのか? おお、チンパンジーよりも劣る知能しか持たなかった貴様が、さらに低レベルの知能となるとは。やはり貴様が人の世で生きるのには、無理があったのやもしれん……」
「元々人間だわ! 私は!」
「復活したか。では行くぞ。謎の気配だ」
「え、ちょっと待ってよ、ネウロ!」
いつも通り、頭を鷲掴みされたまま、ネウロの謎解き食事に連れて行かれる。
でもなんでだろ。この感触が、なんだかとても懐かしい気がする……。
なんて、気のせいだよね。
▼▲▼▲▼
「犯人は……、お前だ!」
指し示した先に、自分が思ってもみなかった人物が、戸惑ったように私を見つめた。でも、この人が犯人なのだろう。
「僭越ながら、先生の推理を、助手である僕が解説させていただきます。まず今回の事件はーーー」
私の推理なんかじゃない。手がかりを見つけたのも、アリバイを崩したのも、証拠を見つけたのも、全部ネウロだ。私は、被害者や容疑者の人たちと話していただけで、何もしていない。
ネウロが解説を進めるにつれて、犯人である女性の顔が凶悪なものになっていく。そして彼女はぶつぶつと何かを呟いて、私たちを睨んだ。
「というわけで、――さん。今回の事件を引き起こせるのは、貴方を置いて他にはーー「だったら何?」………」
ネウロの解説に割り込むようにして、彼女が口を開いた。
「そうだよ、私が犯人だよ。はいはい、私が悪うございましたぁ。警察の人はどうぞ逮捕してくださ~い」
手をぶらぶらさせて、さも反省していませんというような態度に、小さな怒りが湧く。
「な、なんでそんなふうに言えるの? 人が死んでるんだよ?」
「そりゃあ私が殺したし? なに? 文句があんなら言ってみろよ!」
「お、おい、待ちなさい!」
つかつかと彼女が私のほうに近づいてきて、制服の襟をつかまれる。警察が止めようとするが、距離があるため間に合わない。
すると、彼女の手がパンと払いのけられて、青色が私の目の前に広がった。
ネウロの背中だ。
「汚い手で、先生に触らないでいただけますか」
ネウロの顔は見えない。ただ、なんとなくイラついているように感じた。
「なによ! わたしは………、…?…っひ、な、なに?………ぁ」
短い悲鳴を最後に、彼女はその場にへたりこんでしまった。ネウロが彼女の脳内に魔力を流し込んだのだろう。
魔力は人間の目には見えない。魔力を流し込まれた本人でさえ、何をされたか分かっていないだろう。もちろん、私にも。
急におとなしくなった犯人に戸惑いながらも、警察が彼女を確保して、その日の事件は幕を閉じた。
▼▲▼▲▼
「ヤコ、貴様は本当に隙だらけだな。ゾウリムシでも多少俊敏に動けるぞ。いや、愚鈍な貴様に素早さを求めるのは酷な話か…」
「はいはい、お手を煩わせてすみませんでしたー」
軽口を叩きながら、事務所までの道をのんびり歩く。
最初の頃は置いていかれそうになりながら小走りでついていっていたのに、いつの間にか隣の人でなしは、歩幅を合わせるという人間のような芸当を覚えたらしい。
「…ねえ、ネウロ」
「どうした、ワラジムシ」
相も変わらず罵倒を投げかけてくる相手に向けて、私は指を振り下ろした。
「犯人は……、お前だ」
指差されたネウロは、きょとんとした顔を私に向ける。
「なんだ、事件はもう終わっているぞ。それとも…」
「ネウロじゃない」
彼の言葉を遮って、私は繰り返す。
「あなたは、ネウロじゃない」
途端、彼の輪郭が溶けて、ぐにゃりと変化する。
サイともまた違った成り代わりの仕方だ。
「ーーイつ、気ヅいた?」
複数の声が重なったような奇妙な音が、私へと向けられる。
「私をかばったとき。ああいうとき、ネウロなら『汚い手で触るな、と先生はおっしゃっています』って言うもん」
「そんナ、さサいな違イで?」
「そりゃそうだよ。何年あいつの相棒やってきたと思ってんの」
「そうカ…」
一拍おいて、それは私に襲いかかった。
もはやそれはネウロの姿をしていない。どろどろぐちゃぐちゃとした、黄土色の猫みたいなスタンドだ。
ーーそう、これはスタンド攻撃。
だったら私も、スタンドで応戦しなければ。
自覚した途端、私の隣には黄色い鳥のような頭を持ったスタンドが出現していた。
これが私の、今の相棒。
「イルミネイト・スルー・ロンリネス……、城壁の苔イビルサラウンダー!」
目と口のついた植物のような魔界能力もどきを出して、敵の攻撃をいなす。
敵スタンドは後ろに飛び退いてこちらを睨んだ。
「私をここから出して。そうすれば何もしないから」
「出ス? 脱出なンてできルと思ってイるのか?」
「え?」
「こコはお前の心ノ中。オ前の深層心理。私ハお前の記憶ヲ、欲望を、トラウマを、呼び起コすことガできる!」
そして敵は再び、ネウロの姿になった。そしてそのまなざしは、そう、過去に私に向けられた、失望のまなざし。
「っっ!」
あの時の記憶がよみがえる。大切な知り合いを二人続けて亡くして、もう探偵なんてしたくないと、そう叫んだ、あの日。
「……そんなものが、どうしたの?」
深呼吸して、彼に向き合う。
だってもう、ネウロからもらったんだから。
私を信頼するという言葉を。
「私はもう乗り越えた。二人の死を。無力な自分を。私はもう、大切な出会いを取りこぼしたくないの」
再びぐにゃりと、目の前のそれは歪んだ。ぐにゃりぐにゃりと、敵も、世界も歪んで。
周りの風景がパズルのピースのようにばらけて、世界が崩れる。
▼▲▼▲▼
「………!……ろ……………弥子!」
誰かが私を呼んでいる。
「おい、弥子!」
はっとして目が覚める。
パチリと目を開けると、そこには、心配そうな顔をした承太郎くんと花京院くん、そしてジョースターさんがいた。
「あれ…? 私…?」
「よかった。目が覚めたか」
「敵スタンドに襲われたのだ。今、ポルナレフとアヴドゥルが追っている」
承太郎くんが無言で差し出してきたペットボトルに口をつけて、軽く深呼吸する。
「スタンド…。あれ、スタンドだったんだ」
「他人の心の中に入り込むスタンドだそうだ。思い出したくない過去を見せて精神的に追い込んだり、逆に欲望を引き出して現実に戻れなくしたりする。麻薬のようにな」
「桂木。どんな夢を見た。必要であれば、カウンセラーを呼ぶが」
ジョースターさんの気遣いの言葉に首を振って、私は微笑む。
「平気ですよ、ジョースターさん。確かに嫌なものも見せられたけれど、懐かしいやつにも会えたから」
そう。懐かしかった。理不尽な暴力と暴言を受けて、あいつの代わりに探偵役やって、事件を解決したら二人で帰路について……。
欲望。確かに、私はあいつにもう一度会いたいと思っている。でも…。
(あいつに会うには、まだ早い。私がもっと成長して、進化して、どうだ!って言えるくらいになってからじゃないと)
見てろよー!と急にやる気に満ちた弥子を、三人は不思議そうに眺めていたのだった。
