第♯♯♯話 幕間【にちじょう】
これは、弥子が小学校低学年の頃の話。
「んー…」
学校から配布されたプリントを見ながら、弥子はかれこれ五分間はうなっていた。
「弥子? どうしたの? 何か悩み事?」
「んー。悩み事っていうか、何作ろうかなーって」
弥子が手にしている学校から配布されたプリントには、夏休みの自由研究について書いてあった。
「自由研究かぁー、懐かしいわあ。お母さんが子どもの頃はお花についてまとめて、夏休み明けに発表したりしたのよ。弥子は何にするの? 工作かなにか?」
「んーん。女の子みんなでぬいぐるみ作ろうって話になってね。それでどんなぬいぐるみにしようかなあって」
「みんなで? 弥子はそれでいいの? せっかくの自由研究なのに」
「うん。どうせ来年もあるし」
子どもにしては淡泊な返答に、弥子の母である誠子せいこは少し返答に困った。
五歳の頃に突然記憶喪失になった娘は、それ以来淡泊でどこか冷めたところがある一面を見せるようになった。様々な病院に連れて行って、いろんな検査を受けさせたことが原因だろうか。それとも身近な大人が右往左往しているのを間近で見たことで、普通の子よりも早く大人になってしまったのだろうか。
まあ、ご飯のときは年相応になるので、そこまで心配してはいないのだが。
「ゆりちゃんはウサギで、さくらちゃんはネコで、ひなちゃんはパンダにするって言ってたから、それ以外ってなると…」
「そうねえ…イヌはどうかしら?」
「あっ、いいねそれ! わたし、イヌにする!」
そして夏休み中盤。
誠子が買ってきたフェルトと弥子専用の裁縫セットをテーブルの上に並べて、親子二人でぬいぐるみ製作に取りかかり始めた。
「さて、始めよっか! お母さんも手伝うからね」
「うん!……あれ? お母さん、これなに?」
「ああ、それは肉切り包丁とドリルよ」
「え、なんでそんなものが…」
「まずは肉切り包丁でフェルトを切ります!」
「待って!? 裁断バサミは!?」
大きな刀身がフェルトを襲った。もはや型紙は意味をなさない。
「次にドリルでフェルトに穴を開けます!」
「ちょっと待ってテーブルが、ああー!?」
ガガガガガ、とテーブルごとドリルでフェルトを貫く。
「そしてホッチキスでフェルトを縫い合わせます!」
「いや、糸と針使おうよそこは!」
バチンバチンと、鋭い針金でフェルトを囲っていく。
「ふっくらさせるために小麦粉を詰めます!」
「いやケーキやお好み焼きじゃないんだから!」
ばさっと勢いよく小麦粉を投入したことで、辺りは真っ白になった。
「そして先ほど開けた穴に画鋲をはめます!」
「ちゃんと専用のボタンあるから! ていうか穴開けた意味!」
「弥子、細かいこと気にしないの」
困った子ねえ、とわがままな子どもを見るような目を向けられた弥子は、(あれ、私がおかしいのかな?)と一瞬思った。
「そして最後にホッチキスで隙間を埋めて、はい完成!」
母の手に抱えあげられたそれは、フェルトの隙間から小麦粉がこぼれ落ち、ホッチキスの針がところどころはみ出ているという、工作とは呼べない代物であった。
画鋲でできた一対の目がこちらを恨めしそうに見ているような気さえしてくる。
「…お母さん、これイヌじゃないよ…。ていうかぬいぐるみですらないよ…」
「そーお?」
ふざけているわけではない。彼女は真面目にぬいぐるみを作ったのだ。
弥子は母の自信満々な姿にどこか既視感を覚えた。
(そういえば、前世のお母さんは料理限定で狂気的な姿を見せていたな…)
私の母親は家庭の技術の一部が壊滅的になる呪いでもかかっているのだろうか、と後片付けの手間を考えて、弥子はため息をついた。
「…ねえ、弥子?」
それを見た誠子は、少し迷いながらも口を開いた。
「どうしても、ぬいぐるみが作りたい?」
「え?」
きょとんと、弥子が首を傾げる。
「弥子が本当にぬいぐるみがいいなら、お母さんは何も言わないよ? でもね、自由研究っていうのは、自分で何をするのか決めて、自分で調べたり、作ったりするの。もちろん、家族が手伝ったりすることもあるわよ? でも、お友だちに合わせて自分のやりたいことを二の次にするっていうのは、ちょっとちがうと思うの」
それを聞いて、弥子ははっとした。子どもらしく振る舞うのが難しくて、トラブルを避けるため、クラスメイトに合わせることが多いのを自覚していたからだ。
「ねえ、弥子? 弥子が本当にしたいことって、なに?」
「わたし…」
悩みながら、弥子は呟いた。
「わたし、お料理について調べたい。外国の料理とか調べて、それをまとめたいの」
「弥子、食べるの大好きだもんね。よし、それじゃあ図書館に行っていろんな国の料理本借りましょっか!」
「うん!」
「お片付けしてからね!」
「うん……」
結局、一緒にぬいぐるみを作ろうと言った友だちはその約束ごと忘れており、自由研究の発表会ではそれぞれ好きなように調べたり作ったりしたものを発表した。
それ以来、弥子は無理に周りに合わせようとせず、自分の好きなことを好きなようにやるようになったのだ。
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原作の弥子の母はこれよりやばいです。未読の方は15巻を読んでみてください。ヤバいので。
「んー…」
学校から配布されたプリントを見ながら、弥子はかれこれ五分間はうなっていた。
「弥子? どうしたの? 何か悩み事?」
「んー。悩み事っていうか、何作ろうかなーって」
弥子が手にしている学校から配布されたプリントには、夏休みの自由研究について書いてあった。
「自由研究かぁー、懐かしいわあ。お母さんが子どもの頃はお花についてまとめて、夏休み明けに発表したりしたのよ。弥子は何にするの? 工作かなにか?」
「んーん。女の子みんなでぬいぐるみ作ろうって話になってね。それでどんなぬいぐるみにしようかなあって」
「みんなで? 弥子はそれでいいの? せっかくの自由研究なのに」
「うん。どうせ来年もあるし」
子どもにしては淡泊な返答に、弥子の母である誠子せいこは少し返答に困った。
五歳の頃に突然記憶喪失になった娘は、それ以来淡泊でどこか冷めたところがある一面を見せるようになった。様々な病院に連れて行って、いろんな検査を受けさせたことが原因だろうか。それとも身近な大人が右往左往しているのを間近で見たことで、普通の子よりも早く大人になってしまったのだろうか。
まあ、ご飯のときは年相応になるので、そこまで心配してはいないのだが。
「ゆりちゃんはウサギで、さくらちゃんはネコで、ひなちゃんはパンダにするって言ってたから、それ以外ってなると…」
「そうねえ…イヌはどうかしら?」
「あっ、いいねそれ! わたし、イヌにする!」
そして夏休み中盤。
誠子が買ってきたフェルトと弥子専用の裁縫セットをテーブルの上に並べて、親子二人でぬいぐるみ製作に取りかかり始めた。
「さて、始めよっか! お母さんも手伝うからね」
「うん!……あれ? お母さん、これなに?」
「ああ、それは肉切り包丁とドリルよ」
「え、なんでそんなものが…」
「まずは肉切り包丁でフェルトを切ります!」
「待って!? 裁断バサミは!?」
大きな刀身がフェルトを襲った。もはや型紙は意味をなさない。
「次にドリルでフェルトに穴を開けます!」
「ちょっと待ってテーブルが、ああー!?」
ガガガガガ、とテーブルごとドリルでフェルトを貫く。
「そしてホッチキスでフェルトを縫い合わせます!」
「いや、糸と針使おうよそこは!」
バチンバチンと、鋭い針金でフェルトを囲っていく。
「ふっくらさせるために小麦粉を詰めます!」
「いやケーキやお好み焼きじゃないんだから!」
ばさっと勢いよく小麦粉を投入したことで、辺りは真っ白になった。
「そして先ほど開けた穴に画鋲をはめます!」
「ちゃんと専用のボタンあるから! ていうか穴開けた意味!」
「弥子、細かいこと気にしないの」
困った子ねえ、とわがままな子どもを見るような目を向けられた弥子は、(あれ、私がおかしいのかな?)と一瞬思った。
「そして最後にホッチキスで隙間を埋めて、はい完成!」
母の手に抱えあげられたそれは、フェルトの隙間から小麦粉がこぼれ落ち、ホッチキスの針がところどころはみ出ているという、工作とは呼べない代物であった。
画鋲でできた一対の目がこちらを恨めしそうに見ているような気さえしてくる。
「…お母さん、これイヌじゃないよ…。ていうかぬいぐるみですらないよ…」
「そーお?」
ふざけているわけではない。彼女は真面目にぬいぐるみを作ったのだ。
弥子は母の自信満々な姿にどこか既視感を覚えた。
(そういえば、前世のお母さんは料理限定で狂気的な姿を見せていたな…)
私の母親は家庭の技術の一部が壊滅的になる呪いでもかかっているのだろうか、と後片付けの手間を考えて、弥子はため息をついた。
「…ねえ、弥子?」
それを見た誠子は、少し迷いながらも口を開いた。
「どうしても、ぬいぐるみが作りたい?」
「え?」
きょとんと、弥子が首を傾げる。
「弥子が本当にぬいぐるみがいいなら、お母さんは何も言わないよ? でもね、自由研究っていうのは、自分で何をするのか決めて、自分で調べたり、作ったりするの。もちろん、家族が手伝ったりすることもあるわよ? でも、お友だちに合わせて自分のやりたいことを二の次にするっていうのは、ちょっとちがうと思うの」
それを聞いて、弥子ははっとした。子どもらしく振る舞うのが難しくて、トラブルを避けるため、クラスメイトに合わせることが多いのを自覚していたからだ。
「ねえ、弥子? 弥子が本当にしたいことって、なに?」
「わたし…」
悩みながら、弥子は呟いた。
「わたし、お料理について調べたい。外国の料理とか調べて、それをまとめたいの」
「弥子、食べるの大好きだもんね。よし、それじゃあ図書館に行っていろんな国の料理本借りましょっか!」
「うん!」
「お片付けしてからね!」
「うん……」
結局、一緒にぬいぐるみを作ろうと言った友だちはその約束ごと忘れており、自由研究の発表会ではそれぞれ好きなように調べたり作ったりしたものを発表した。
それ以来、弥子は無理に周りに合わせようとせず、自分の好きなことを好きなようにやるようになったのだ。
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原作の弥子の母はこれよりやばいです。未読の方は15巻を読んでみてください。ヤバいので。
