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第12話 母【せいぎ】

 女性ということで一人部屋を与えられた弥子。何かあったらすぐ動けるように荷物を整理しつつ、魔界の凝視虫イビルフライデーで周囲の様子をチェックしていた。

(宿の周囲…というか町の様子は相変わらずだな…。ひっそりとしていてなんだか不気味…。あのおばあさんは……、…え?)

 宿を経営している老婆につけた魔界の凝視虫イビルフライデーにチャンネルを合わせると、ちょうど彼女とホル・ホースが会話しているところが映った。

(あれは…アヴドゥルさんを撃った…! じゃあもしかして、あのおばあさんもスタンド使い…?)

 魔界の凝視虫イビルフライデーの欠点は音が拾えないことだ。そのためホル・ホースが偶然この宿に泊まりにきただけなのか、それとも老婆とグルなのかの判断がつかない。

(とにかくジョースターさんたちに知らせないと…!)

 スタンドを通した映像に夢中になっていた弥子は、背後の洋服ダンスからぬっと誰かが這い出てくるのに気づけなかった。

「!?」

 後ろから伸びてきた手に口を塞がれて、ベッドに体を押さえつけられる。

「騒ぐなよぉ嬢ちゃん。騒ぐんじゃあねえぞぉ」

 男の声だ。しかも複数いる。

(気づかなかった…!)

 必死にもがくが女一人の力では振りほどくことができず、疲労をためるだけに終わった。

「ひひひ。お前は厄介だからなァ~。どんなにジョースター共が一人になった時を狙っても、てめえはす~ぐに気づいちまう。だから仕方ねえのさぁ。てめえから始末するのはさぁ」

 この人、DIOからの刺客!?
 そのことに気づいた弥子はとっさにスタンドを出現させる。
 スタンドの目を通して見た男達の顔は、腐り落ち、虫がたかっていた。

「ひっ」
「おっと見られちゃったよ~。おじさんの腐った顔見られちゃったよ~」
「蛆虫だらけの顔も見るかい? 口の中には蜘蛛もいるんだ」
「骨がのぞいて見栄えするだろう? 目が一個落ちちゃったからバランスは悪いけどねえ」

 下品な笑い声を上げながら死体同然の顔を近づけてくる男達に弥子は悲鳴を上げるが、くぐもったそれが外に聞こえることはなかった。

(…っ! 『断面へのイビル』…『投擲ジャベリン』!)

 スタンドの腕を巨大な刃物へと変形させ、男達の腕を切断する。しかし男達は痛がる様子もなく平然としていた。その上、体と切り離したはずの腕は未だに弥子を拘束し、離れることはなかった。

(どうして!? なんで腕から力が抜けないの!?)

 何度切りつけても拘束する腕は離れず、スタンドで引っぱっても腕はがっしりと弥子をつかんで離さない。弥子がもがいている間にも、洋服ダンスや備え付けのチェストからさらに複数の人が出てきて、細い体を拘束する。

(どうする!? 断面への投擲イビルジャベリンで斬っても効果がない! 城壁の苔イビルサラウンダーだとこの腕を振りほどくほどの力がない! スタンドで引き離すこともできない! それどころか、どんどん身動きがとれなくなってる!)

 腐臭を漂わせる町民や、目に見えない糸で操られたかのような腕に、ぎりぎりと口や体を押さえつけられ、次第に呼吸が苦しくなってくる。

(………ネウロ…!)

 助けて、と呼ぼうとしたとき、バチリと脳裏に記憶がよみがえった。
 怪盗XIサイに操られて、彼と一緒にネウロを殺そうとしたときのこと。部分的にしか思い出せなくて、ネウロとサイ私たちがどんな会話をしていたのかなんてほとんど覚えていなかったけど。

(魔界…777ツ能力…)

 スタンドの体を自身に重ねて、

(………『花と悪夢イビルラベンダー』!)

 弥子は、自身の体から咲かせた大輪の花で、拘束する全ての腕を切り裂いた。
 ラベンダーの形を模したその花は、人間の掌のような花弁で構成され、町民の血で赤く染まった。
 腐った体の町民が、糸が切れたようにバタバタと倒れる。しかし幾人かはまだ動けるようだった。
 ハサミを、包丁を、釘を、鎌を、次々に手に取った町民死体たちが弥子に襲いかかる。しかし、

「…『銀の被雷針イビルプレッシャー』」

 弥子のスタンドの後頭部が巨大な機械のような形に変形する。そこからバチバチと光が迸り、残っていた敵に鋭い電流を浴びせた。
 薄暗い部屋の中を不規則な眩い光が満たす。
 光が収まったとき、その場に立っているのは、弥子と弥子のスタンド、イルミネイト・スルー・ロンリネスだけだった。

「……筋肉繊維をズタズタに…とまではいかないけど、…もともと壊れかけてるんならもう操れないでしょ」

 そう呟いた弥子の目は、片方がその色を変えていた。
 彼女はずっと見ていたのだ。エンヤ婆のスタンドを。霧で死体を操るという、その特性を。同時に戦う仲間の姿も。

「承太郎くんが、勝った……。…はあ、さすがに…つかれたなぁ…」

 ため息をつきながら、弥子はベッドに寝転んだ。ところどころ焦げている上に、血で染まっていたが、気にするほどの繊細さは今は持ち合わせてはいなかった。

「てゆうか…あの電流のやつ…私にもちょっと浴びせてたんじゃん……ネウロのバカ…」

 どおりであの後全身が痛かったわけだよ、と呟いて、弥子は目を閉じた。





「弥子ちゃん!? 今の音は……っ弥子ちゃん! どうしたんだ!」
「なんじゃ、この惨状は!?」
「弥子ちゃん、しっかりしろ。弥子ちゃん!」
「落ち着け、花京院。寝とるだけじゃ」
「……あ」
「………うーん、おなかいっぱい…」
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