第4話 銀【せんしゃ】
「またあのようなスタンド使いに飛行機内で出会ったなら、今度という今度は大人数を巻き込む大惨事を引き起こすだろう。陸路か…海路をとってエジプトへ入るしかない」
香港のレストランで、今後の旅の予定について話し合う男女五人。しかしその雰囲気は、とても優雅な旅行とは思えない、どこか緊張感が漂うものだった。
海路を提案するジョセフとそれに同意するアヴドゥル。学生達も従う旨を伝えて、食事を始めるべくメニュー表を開いた。
「すみません、ちょっといいですか? 私はフランスから来た旅行者なんですが、どうも漢字が難しくてメニューが分かりません。助けてほしいのですが」
そこにフランス訛りのある英語で話しかけてきた一人の男がいた。
背も高ければ髪型も高い、とその男を見た誰もがそう思うだろう。銀髪をワックスでガッチガチに固めたその髪型は、電柱のようにまっすぐ上を目指して固定されていた。
「やかましい。向こうへ行け」
「おいおい承太郎…。まあいいじゃあないか」
先ほどの会話で神経質になっているのか、それとも通常運転か。すげなく返す承太郎をジョセフがなだめて、そのフランス人に席を勧めた。
「メニューなら任せて! 私、広東語読めるから」
「本当か? なら桂木に頼もうか」
わくわくした様子の弥子につられてほんの少し和らいだ空気が流れる。
宣言通り弥子がメニューを読み上げながらそれぞれ食べたいものを選び、店員に注文するのも弥子が担当した。
「弥子ちゃん、広東語なんていつ覚えたんだい?」
「うーん、いつっていうか…香港の料理本とか料理番組とか見てる内に、自然と?」
「桂木らしい動機だな…」
(本当は前世で、香港に来たときに覚えたんだけどね…)
料理を待つ間の歓談で苦笑いされるなか、弥子は今生では初めて訪れた香港の街並みを眺める。
(今は先を急ぐ旅だから仕方ないけど…、またちゃんと観光に来たいな)
▼▲▼▲▼
数分後、テーブルの上には複数の飲茶ヤムチャや雲呑麺ワンタン麺、猪扒飯ゴッツィーパーファンと呼ばれる香港風ドリアや脆皮炸子鶏チョイペイジャーガイという名のローストチキンなどが並べられていた。
小籠包の白い皮にそっと穴を開ければ、肉汁たっぷりのスープが溢れ出して食欲をそそる。米粉の皮でクレープのように巻かれたライスロールは、隙間から肉やニラなどの具材を覗かせている。ゴマをまぶして揚げたゴマ団子は、外はカリカリ中はもちもちで食感が楽しい一品だ。皿の上に並んだ飲茶ヤムチャを、アヴドゥルは一種類ずつ楽しむように味わう。
熱いスープに浮かぶワンタンとつるつるの麺は日本人にも馴染みのある料理だ。うまく箸を使えないフランス人を見かねた花京院が箸の持ち方を教えると、案外器用なフランス人はすぐに箸を使いこなし始めた。
猪扒飯ゴッツィーパーファンは、熱々の米に絡んだトマトソースとその上に乗ったポークチョップが絶品の料理だ。洋食とも似通った味のため、年の割に子ども舌のジョセフが嬉々として口に運ぶ。
低温の油で揚げられた鶏肉にさらに油を回しかけることで完成する脆皮炸子鶏チョイペイジャーガイは、口に入れると皮がほろほろと崩れ、じゅわっとした肉汁が口の中で広がる。承太郎はこれを気に入ったようで、ガツガツと食べていた。
本場の香港料理を、一期一会の出会いとともに楽しむ面々。
その中でも特に食事を楽しんでいるのが、この少女である。
「ん~、この水餃子、肉汁がジュワッと溢れておいしい! やっぱり香港と言えば飲茶ヤムチャだよね! 春巻もスパイスがきいてておいしい! この脆皮炸子鶏チョイペイジャーガイも鶏皮が口の中で溶けていくのが最高! ワンタン麺のコシのある細麺とプリップリのエビのハーモニーといったら! もう! おいしいったらないの!」
手を合わせた後、速攻で箸を手に取り、若干切れ気味で食リポしながら猛烈な勢いで食べ始めた弥子。どうやら相当空腹だったようだ。
「やれやれ、また始まったぜ」
「さっきコンビニで買い食いしてませんでしたっけ?」
「もう花京院くんったら。コンビニ弁当は別腹だよ?」
「そ、そう…」
「追加の注文をしておこう」
「そうじゃな。まあ金はわしが払うから好きに食べなさい」
「ほんとに!? ありがとう! ジョースターさん!」
弥子の食いっぷりを初めて見たフランス人はあっけにとられていた。
「あー…、彼女はいつもこんな感じで?」
「そうじゃな。わしらの中で一番の大食漢じゃよ」
「いやー、お恥ずかしい」
照れながらも箸を動かす手は休むことがない。そしてそれだけ素早く口に運んでいるにもかかわらず、口元も皿の上も汚すことなくきれいに平らげていく。
「ハハハ、いや食に対する情熱があるのはすばらしい。そのおかげで私もおいしい料理にありつけた。それに見てください。手間暇かけてこさえてありますなあ。ほら、このニンジンの形」
そう言ってフランス人は猪扒飯ゴッツィーパーファンに添えられていたニンジンを箸でつまんで見せた。
「星の形…。なんか見覚えあるなあ~」
何気ないその一言が、場の空気を変えた。
男の表情もどこか剣呑なものになる。
「そうそう。私の知り合いが、首筋にこれと同じ形のアザを持っていたな…」
先ほどまでの物腰柔らかな雰囲気は消え去り、鋭い目つきで五人を睨むフランス人。
五人はそれぞれ戦闘態勢を取った。
「貴様! 新手の…」
スタンド使いか、と花京院が叫ぼうとしたとき、ワンタン麺のスープがゴボゴボッと吹き出る。
「ジョースターさん、危ないっ!」
レイピアを持ったスタンドのヴィジョンを、義手で防いだジョセフと、魔術師の赤マジシャンズレッドで加勢するアヴドゥル。
しかし敵のスタンドは魔術師の赤マジシャンズレッドの炎でさえも、レイピアで操って見せた。炎を剣に宿し、先ほどまで囲んでいたテーブルに均等に数字を刻んで堂々と言い放つ。
「俺のスタンドは戦車のカードを持つ、『銀の戦車シルバーチャリオッツ』! モハメド・アヴドゥル、始末してほしいのは貴様からのようだな…。そのテーブルに火時計を作った! 火が十二時を燃やすまでに貴様を殺す!!」
「恐るべき剣さばき、見事なものだが…。相当うぬぼれがすぎないか? ああーっと」
「ポルナレフ…。名乗らしていただこう。ジャン・ピエール・ポルナレフ」
「メルシーボークー。自己紹介恐縮の至り…」
魔術師の赤で炎を操ろうとしたアヴドゥルの前に、弥子が歩みでた。
「ごめん、アヴドゥルさん。こいつ譲って」
「桂木? 何故…」
アヴドゥルがその先を言うことはなかった。弥子の表情から怒りの感情が滲み出ていたからだ。
「悪いがお嬢さん。俺は女性と戦うつもりはないんだがね」
「あんたにはなくても、私にはあるの」
キッとポルナレフを睨みつける弥子。そこには並々ならぬ敵意が宿っていた。
いつも朗らかな笑顔を浮かべている彼女にしては珍しい、と他のメンバーが思う。短い付き合いながらも彼女の明るい性格を知っているからだ。
「どうしたんだ、桂木?」
「まさか、何か因縁が…」
過去、DIOに操られていたことと何か関係があるのか。そう一同が思ったとき、
「見なさいよ! そこにぶちまかれた料理と割れた食器を! あんたのせいで楽しい食事がめちゃくちゃじゃない!」
「いや、料理かよ!」
思わずポルナレフが突っ込む。
「桂木、今は料理どころでは…」
「だいたい、なんで食事中に襲ってきたの! 食べた後なら問題なかったのに!」
「そういう問題かよ」
「そういう問題なの!」
ジョセフの制止をスルーし、承太郎にも噛みつくように叫ぶ弥子。食事を台無しにされた彼女は、常にない剣幕を持っていた。
「私は食べ物が大好きなのよ!! 食べるとすっごく幸せな気持ちになれるから! なのに、それを邪魔するなんて…」
恨めしそうな顔をする弥子を見て、先ほどまで幸せそうに食べていた姿を思い出したのか、ポルナレフは気まずそうな顔をする。
こう見えて年下の女の子の怒った顔には弱いのである。
「謝りなさいよ! 食べ物と、このレストランで働くスタッフたちに!」
弥子の隣にスタンドが浮かび上がる。スタンドの腕は禍々しい巨大な刃物へと変形し、背中には三対の歪んだ翼が浮かんでいた。
睨み合いが続く。
今にも攻撃を始めようという戦闘態勢の弥子に、声をかけたのはアヴドゥルだった。
「やる気になっているところ悪いが、桂木…彼は私をご指名だ。もし私が敗れるようなことがあったら、次は君に頼もう」
「………わかった。アヴドゥルさんが負けるとは思えないけど…」
「ありがとう、桂木。さて、待たせて悪かったな。仕切り直しといこうじゃあないか」
香港のレストランで、今後の旅の予定について話し合う男女五人。しかしその雰囲気は、とても優雅な旅行とは思えない、どこか緊張感が漂うものだった。
海路を提案するジョセフとそれに同意するアヴドゥル。学生達も従う旨を伝えて、食事を始めるべくメニュー表を開いた。
「すみません、ちょっといいですか? 私はフランスから来た旅行者なんですが、どうも漢字が難しくてメニューが分かりません。助けてほしいのですが」
そこにフランス訛りのある英語で話しかけてきた一人の男がいた。
背も高ければ髪型も高い、とその男を見た誰もがそう思うだろう。銀髪をワックスでガッチガチに固めたその髪型は、電柱のようにまっすぐ上を目指して固定されていた。
「やかましい。向こうへ行け」
「おいおい承太郎…。まあいいじゃあないか」
先ほどの会話で神経質になっているのか、それとも通常運転か。すげなく返す承太郎をジョセフがなだめて、そのフランス人に席を勧めた。
「メニューなら任せて! 私、広東語読めるから」
「本当か? なら桂木に頼もうか」
わくわくした様子の弥子につられてほんの少し和らいだ空気が流れる。
宣言通り弥子がメニューを読み上げながらそれぞれ食べたいものを選び、店員に注文するのも弥子が担当した。
「弥子ちゃん、広東語なんていつ覚えたんだい?」
「うーん、いつっていうか…香港の料理本とか料理番組とか見てる内に、自然と?」
「桂木らしい動機だな…」
(本当は前世で、香港に来たときに覚えたんだけどね…)
料理を待つ間の歓談で苦笑いされるなか、弥子は今生では初めて訪れた香港の街並みを眺める。
(今は先を急ぐ旅だから仕方ないけど…、またちゃんと観光に来たいな)
▼▲▼▲▼
数分後、テーブルの上には複数の飲茶ヤムチャや雲呑麺ワンタン麺、猪扒飯ゴッツィーパーファンと呼ばれる香港風ドリアや脆皮炸子鶏チョイペイジャーガイという名のローストチキンなどが並べられていた。
小籠包の白い皮にそっと穴を開ければ、肉汁たっぷりのスープが溢れ出して食欲をそそる。米粉の皮でクレープのように巻かれたライスロールは、隙間から肉やニラなどの具材を覗かせている。ゴマをまぶして揚げたゴマ団子は、外はカリカリ中はもちもちで食感が楽しい一品だ。皿の上に並んだ飲茶ヤムチャを、アヴドゥルは一種類ずつ楽しむように味わう。
熱いスープに浮かぶワンタンとつるつるの麺は日本人にも馴染みのある料理だ。うまく箸を使えないフランス人を見かねた花京院が箸の持ち方を教えると、案外器用なフランス人はすぐに箸を使いこなし始めた。
猪扒飯ゴッツィーパーファンは、熱々の米に絡んだトマトソースとその上に乗ったポークチョップが絶品の料理だ。洋食とも似通った味のため、年の割に子ども舌のジョセフが嬉々として口に運ぶ。
低温の油で揚げられた鶏肉にさらに油を回しかけることで完成する脆皮炸子鶏チョイペイジャーガイは、口に入れると皮がほろほろと崩れ、じゅわっとした肉汁が口の中で広がる。承太郎はこれを気に入ったようで、ガツガツと食べていた。
本場の香港料理を、一期一会の出会いとともに楽しむ面々。
その中でも特に食事を楽しんでいるのが、この少女である。
「ん~、この水餃子、肉汁がジュワッと溢れておいしい! やっぱり香港と言えば飲茶ヤムチャだよね! 春巻もスパイスがきいてておいしい! この脆皮炸子鶏チョイペイジャーガイも鶏皮が口の中で溶けていくのが最高! ワンタン麺のコシのある細麺とプリップリのエビのハーモニーといったら! もう! おいしいったらないの!」
手を合わせた後、速攻で箸を手に取り、若干切れ気味で食リポしながら猛烈な勢いで食べ始めた弥子。どうやら相当空腹だったようだ。
「やれやれ、また始まったぜ」
「さっきコンビニで買い食いしてませんでしたっけ?」
「もう花京院くんったら。コンビニ弁当は別腹だよ?」
「そ、そう…」
「追加の注文をしておこう」
「そうじゃな。まあ金はわしが払うから好きに食べなさい」
「ほんとに!? ありがとう! ジョースターさん!」
弥子の食いっぷりを初めて見たフランス人はあっけにとられていた。
「あー…、彼女はいつもこんな感じで?」
「そうじゃな。わしらの中で一番の大食漢じゃよ」
「いやー、お恥ずかしい」
照れながらも箸を動かす手は休むことがない。そしてそれだけ素早く口に運んでいるにもかかわらず、口元も皿の上も汚すことなくきれいに平らげていく。
「ハハハ、いや食に対する情熱があるのはすばらしい。そのおかげで私もおいしい料理にありつけた。それに見てください。手間暇かけてこさえてありますなあ。ほら、このニンジンの形」
そう言ってフランス人は猪扒飯ゴッツィーパーファンに添えられていたニンジンを箸でつまんで見せた。
「星の形…。なんか見覚えあるなあ~」
何気ないその一言が、場の空気を変えた。
男の表情もどこか剣呑なものになる。
「そうそう。私の知り合いが、首筋にこれと同じ形のアザを持っていたな…」
先ほどまでの物腰柔らかな雰囲気は消え去り、鋭い目つきで五人を睨むフランス人。
五人はそれぞれ戦闘態勢を取った。
「貴様! 新手の…」
スタンド使いか、と花京院が叫ぼうとしたとき、ワンタン麺のスープがゴボゴボッと吹き出る。
「ジョースターさん、危ないっ!」
レイピアを持ったスタンドのヴィジョンを、義手で防いだジョセフと、魔術師の赤マジシャンズレッドで加勢するアヴドゥル。
しかし敵のスタンドは魔術師の赤マジシャンズレッドの炎でさえも、レイピアで操って見せた。炎を剣に宿し、先ほどまで囲んでいたテーブルに均等に数字を刻んで堂々と言い放つ。
「俺のスタンドは戦車のカードを持つ、『銀の戦車シルバーチャリオッツ』! モハメド・アヴドゥル、始末してほしいのは貴様からのようだな…。そのテーブルに火時計を作った! 火が十二時を燃やすまでに貴様を殺す!!」
「恐るべき剣さばき、見事なものだが…。相当うぬぼれがすぎないか? ああーっと」
「ポルナレフ…。名乗らしていただこう。ジャン・ピエール・ポルナレフ」
「メルシーボークー。自己紹介恐縮の至り…」
魔術師の赤で炎を操ろうとしたアヴドゥルの前に、弥子が歩みでた。
「ごめん、アヴドゥルさん。こいつ譲って」
「桂木? 何故…」
アヴドゥルがその先を言うことはなかった。弥子の表情から怒りの感情が滲み出ていたからだ。
「悪いがお嬢さん。俺は女性と戦うつもりはないんだがね」
「あんたにはなくても、私にはあるの」
キッとポルナレフを睨みつける弥子。そこには並々ならぬ敵意が宿っていた。
いつも朗らかな笑顔を浮かべている彼女にしては珍しい、と他のメンバーが思う。短い付き合いながらも彼女の明るい性格を知っているからだ。
「どうしたんだ、桂木?」
「まさか、何か因縁が…」
過去、DIOに操られていたことと何か関係があるのか。そう一同が思ったとき、
「見なさいよ! そこにぶちまかれた料理と割れた食器を! あんたのせいで楽しい食事がめちゃくちゃじゃない!」
「いや、料理かよ!」
思わずポルナレフが突っ込む。
「桂木、今は料理どころでは…」
「だいたい、なんで食事中に襲ってきたの! 食べた後なら問題なかったのに!」
「そういう問題かよ」
「そういう問題なの!」
ジョセフの制止をスルーし、承太郎にも噛みつくように叫ぶ弥子。食事を台無しにされた彼女は、常にない剣幕を持っていた。
「私は食べ物が大好きなのよ!! 食べるとすっごく幸せな気持ちになれるから! なのに、それを邪魔するなんて…」
恨めしそうな顔をする弥子を見て、先ほどまで幸せそうに食べていた姿を思い出したのか、ポルナレフは気まずそうな顔をする。
こう見えて年下の女の子の怒った顔には弱いのである。
「謝りなさいよ! 食べ物と、このレストランで働くスタッフたちに!」
弥子の隣にスタンドが浮かび上がる。スタンドの腕は禍々しい巨大な刃物へと変形し、背中には三対の歪んだ翼が浮かんでいた。
睨み合いが続く。
今にも攻撃を始めようという戦闘態勢の弥子に、声をかけたのはアヴドゥルだった。
「やる気になっているところ悪いが、桂木…彼は私をご指名だ。もし私が敗れるようなことがあったら、次は君に頼もう」
「………わかった。アヴドゥルさんが負けるとは思えないけど…」
「ありがとう、桂木。さて、待たせて悪かったな。仕切り直しといこうじゃあないか」
